《剣聖と聖女の娘はのんびりと(?)後宮暮らしを楽しむ》全部章節:第 121 章 - 第 130 章

142 章節

第121話 オークション開始

誘拐された少女たちの闇オークションが開催されようとしていた頃、レジーナはある人物を尾行していた。彼女はジスタルとエドナから昔話を聞いたあと、彼らを国王アルドと引き合わせるために王城へと向かったのだが……あいにくと入れ違いになってしまった。そのため二人はレジーナに、「一旦宿に戻る」と言ってその場で別れた。そして彼女も、後宮に戻ろうとしたのだが……王城から出ていく|ある人物《・・・・》に気付いた。その人物に声をかけようとしたものの、深刻そうな表情をしていたのが妙に気になり……彼女は自身の直感に従って、あとをつける事にしたのだった。(神殿に戻る……と言うわけではなさそうね。どこに行くつもりなのかしら?)自分が知る|あの人《・・・》であるなら、普通であれば真っ直ぐ神殿に向かうはず……と、彼女は思ったのだが、いま向かっているのは別の方角だ。その点において、レジーナの直感は正しいのかもしれない。そうして、その人物とレジーナは王都市街を抜け、外壁の東門までやってくる。(……外に出るの?……本当に、どこまで行くのかしら?)疑問を感じながらも尾行を続け、彼女は再び外壁の外に出る。その人物の行動に何の意味があるのか……今はまだ分からない。しかし、一連の事件に何らかの関係があると彼女の直感は告げていた。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆更に時を同じくして。街道の、王都まであと十数キロほどという地点。十数名ほどの騎兵の集団が馬を走らせていた。そのスピードは通常の行軍のものではなく、ほとんど全力疾走に近かった。彼らは皆、エルネア王国騎士団の制服と軽鎧を纏っていた。長旅をしてきたらしく、彼らが騎乗する軍馬には大きな荷物が括り付けられている。馬の消耗も考えずに飛ばしていることからすれば、彼らが相当に急いでいる事が分かる。「だ、団長!!ディラック団長!!どうしたんですか、急に!?」騎士の一人が、集団の先頭を行く隊長らしき騎士に、馬が駆ける音に負けないように大声で問いかけた。他の騎士たちよりも立派な装いをしたその騎士……エルネア王国騎士団団長であるディラックは、振り返らずに更なる大音声をもって応える。「分からん!!『|漢《おとこ》の勘』だ!!」その答えはおよそ常人には理解しがたいものだろう。彼の部下の騎士たちも、その『勘』とやらが何の根拠も無いことを知っている。し
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第122話 剣聖の娘、爆発する!

ついに始まってしまった闇オークション。しかし、アルド率いる王国騎士団の精鋭たちも、少女の救出と裏組織壊滅のため既に突入の準備を終えている。あとはアルドの合図があれば、一斉に事態は動き出すはずだ。オークションは粛々と進行し、少女たちの何人かは既に買い手が決まっていた。それも、騎士たちが動けば全てご破産である。『では、そろそろ突入を……』『あ、|陛下《へ〜か》、ちょっと待ってもらえますか?』アルドがこれから号令をかけるため、エステルに念話を飛ばしたところ、何故か彼女はそれに待ったをかけた。『どうした?』『いえ、ちょっと会場の雰囲気が変わって……』彼女がそう感じたのは、観客席の隅の方にいた白仮面の男が、おそらくは何らかの合図のため右手を上げた時から。(あいつ……あの時の……やっぱり幹部っぽいね)その人物の気配に、エステルは覚えがあった。彼女が聖女であることを確認するため、監禁場所から連れ出した男だ。その強さは『そこそこ』というエステル評を得るほどの、一般的には相当な手練れと思われる。そして、その男の合図を受けた司会役は一つ頷いて……「……さて、あまり引っ張っても皆様も痺れを切らしてしまうと思いますので、そろそろ目玉商品を出品いたしましょう。32番、前に出ろ」(32番……って、私!?)ここまで順番に少女たちを登場させていたのだが、ここにきて番号を飛ばしてエステルが出品される事に。彼女は少し驚きつつも、言われた通りに前に進み出た。これまで、オークションで競っている間でさえも会場内は不気味なほど静かだったが……一際目立つ美貌の少女の登場に、観客たちから感嘆のため息が漏れた。「事前に告知しておりました通り、彼女は見ての通りの美貌だけでなく、なんと『聖女』の資質を持ってます。これほどの出物はなかなかございません。みなさま奮ってご入札ください」司会役の男は淡々とした口調は変わらないものの、そんな煽り文句でバイヤーたちの購入意欲を刺激した。前王バルドが|娘《レジーナ》に語った話によれば、『聖女』はエルネア王国でしか生まれることがないという。そんな貴重な存在を奴隷として手に入れられるならば、どれだけ金を積んでも良いと思う者は多いはずだ。それも、他国の者であれば尚のこと。まさしくエステルは『目玉商品』であった。(……どれくらいの値段が付くのか、ちょっと
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第123話 剣聖の娘、真価を発揮する!

彼らは、自分たちが今まで爆弾を抱えていたという事実に、今更ながら気付いた。エステルは抑え込んでいた闘気を爆発させると、まずは舞台上で少女たちを取り囲んでいた白仮面の男たちを無力化させるため行動を開始した。見た目は可憐な少女が突如として獰猛な肉食獣と化すのを目の当たりにした彼らは、驚きのあまり硬直している。それは致命的な隙となり、エステルはあっというまに男たちに肉薄して強烈なボディーブローを叩き込んでいく。「ぶぇっ!?」「ぐはぁっ!!」「うぼぁっ!!」悶絶してその場に蹲る男たち。そして、そのタイミングで会場内にある複数の扉が音を立てて一斉に開け放たれ、アルド率いる部隊がなだれ込んできた。「一人も取り逃がすな!!少女たちの安全にも配慮するんだ!!」静かだったオークション会場は、一転して怒号が飛び交う状況に陥った。突然の事態に混乱して狼狽する黒仮面のバイヤーたちに対し、騎士たちは統制のとれた動きで次々と彼らを無力化、捕縛していく。その一方で、白仮面の男たちは混乱から立ち直って騎士たちに応戦する者もいたが、クレイやギデオンら精鋭たちの前にその数を確実に減らしていった。と、その時。「止まれ!!女たちがどうなっても良いのか!?」そう叫んだ白仮面の一人は観客席の隅の方に立ち、狙いを付けるかのように右腕を舞台上の少女たちに向けていた。そしてその手に火の玉が生まれる。更に、同じように舞台上を狙う者が数名確認できた。「ちっ……!魔導士か!!」アルドは舌打ちする。だが、エステルならばきっと何とかしてくれるはず……と声をかけようとするが、それより前に彼女は行動していた。「えいっ!!とりゃっ!!そりゃっ!!」エステルは足元に転がっていた石をいくつか拾い上げると、目にも止まらぬ速さで魔導士たちに向かって投げつける。可愛らしい掛け声とは裏腹に、猛烈な勢いで放たれたそれは正確に男たちの頭を直撃……彼らは悲鳴を上げるまもなく昏倒した。「みんな!!絶対に護るからね!!」エステルの力強い言葉が、恐怖と絶望に心を支配されていた少女たちを勇気付ける。彼女たちはエステルの、騎士たちの活躍をその瞳に焼き付ける事だろう。そうして、騎士たちがその場を制圧するのも時間の問題と思われたのだが……(あの男はどこに……)仮面の者たちの中でも最も手練れと思われた男を、エステルは探し
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第124話 制圧……?

仮面の男が放った魔物、『ルゥ・ガルゥ』と対峙するエステル。クレイやギデオン、そしてアルドも部下の騎士たちに任せ合流する。エステルとクレイは魔物退治は慣れたもの。ギデオンも辺境の強力な魔物と戦った経験はないが、ハンターとして活動していたので人間相手よりはやりやすい。アルドはエステルとも互角の力を持つ強者だ。この場ではコレ以上は考えられない最強の布陣である。そして魔物たちは……仲間を倒された怒りに唸り声を上げつつも、一度に数体を屠ったエステルに対して警戒している様子。「スピードと連携に気をつけろよ」「ぜんぜん問題ないよ。一撃必殺で確実に仕留めていこう」「ああ」クレイとエステルは強力な魔物を前にしても落ち着いて言葉を交わす。シモン村の自警団に所属していた二人にとって、辺境の魔物たちとの戦いは日常に過ぎなかったから。「よし、やるか。……陛下、俺たちはコイツらと戦い慣れてるんで、前は任せて下さい。他に抜けていきそうなヤツや、討ち漏らしの方をお願いします。ギデオンも頼んだぞ」「……分かった」「任せてくれ!!」クレイの頼みを、アルドとギデオンは了承する。アルドが一瞬ためらったのは、自分も前に出て戦うつもりだったからだが、戦い慣れた者に任せたほうが良いだろうと判断したらしい。そして、その場にとどまって警戒していたルゥ・ガルゥたちは、エステルたちの戦意の高まりを受けたのか再び動き始める。最初の襲撃とは異なり、隊列を組んだ統制のとれた動き……それこそがこの魔物の真の恐ろしさだ。エステルとクレイも魔物を迎え討つために飛び出していく。数の差では圧倒的不利……しかし、二人とも全く意に介さずに群れの中に突っ込んでいった。「はぁーーっっ!!!スペシャルローリングエステルあたーーっくっ!!!」エステルは大剣を両手でぐるぐると回転させながら更に大きく振り回し、先頭を走る魔物たちを蹂躙していく。……そしてやはり、技名はイマイチである。「せいっ!!はぁっ!!」クレイも、エステルの攻撃から逃れた魔物を一頭ずつ確実に仕留める。そうやって二人で多くの魔物を撃退していくが、中には二人を避けて無力な獲物……舞台上の少女たちを狙おうとする敵もいた。しかし。「させるかっ!!はっ!!」「ここから先には行かせねぇぜっ!!ふんっ!!」アルドとギデオン、そして仮面の男たちの制圧を終
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第125話 竜人/情報提供者

異形の者から不可視の波動が放たれる。それは真の強者のみが持ち得るもの。力なき者は、それを浴びただけで恐れ慄くほど。白仮面の手練れの男……人間だったはずの彼の姿は、全く別のものに変じていた。身体の大きさこそそれ程変わってないが……その相貌は竜種のように。頭には二本の長い角が生え、口の中には無数の鋭い牙。同様に、硬質の鱗がびっしりと体表を覆い尽くし、更には長く太い尻尾まで生えている。一言でそれを表すなら……『竜人』とでも言うべきか。あまりにも非現実的な光景に、誰もが立ち尽くしていた。……いや、エステルやクレイ、アルドは、最初こそ人間が異形に成り果てた事に驚いたものの、今は冷静さを取り戻して『竜人』と対峙する。「……エステル、どうだ?」クレイが短く問う。どれほどの強さを持っているのか、エステル評を確認するためだ。「……『強い』よ。でも、人間じゃないから底が読めない」先程までのどこか余裕がある態度とは異なり、厳しい表情で彼女は答えた。それを聞いたクレイとアルドは、更に気を引き締めた。彼女が『強い』と評する……それも、未知数と言うほどの相手なのだから当然だろう。「……稽古なら一対一で手合わせしたいところなんだけど」「そうも言ってられんだろ。遊びじゃないんだから」「分かってるよ。これは『極秘任務』なんだからね!」正々堂々を好むエステルではあるが、流石に優先順位を取り違えたりはしない。今この場で一番大事なのは、攫われた少女たちと味方の被害を出さないこと。強さが未知数の敵に対してリスクを取る必要など何もない。「ヤツとの戦いは俺たち3人に任せろ!!ギデオン!!お前は戦いが始まったら、巻き添えをくらう前に隙を見て少女たちを外に逃がせ!!」「は、はっ!!」アルドがギデオンに指示を出すと、その叫びが引き金となったのか『竜人』は腰に佩いていた長剣を抜き放ち構えをとった。その姿は人間の剣士のように見えるが……果たして理性は残っているのだろうか?そして、激戦の幕が上がる……! ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆同刻。アルドの部隊とは別行動をとっていたディセフ率いる小隊は、『情報提供者』からもたらされた地図を頼りに王都内のとある場所にいた。神殿から程近い立地の、表向きはとある商会が所有する屋敷。しかし、『地図』上では地下遺跡への出入口が記されている場所だった
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第126話 必殺剣

「はぁーーーっっ!!!」ガキィンッ!!!裂帛の気合いで振るわれたエステルの大剣の一撃を、竜人は長剣でしっかりと受け止める。その細腕からは全く想像がつかない絶大な膂力を誇る彼女の本気の一撃にも、竜人の剣は微動だにしない。その事実一つだけで、彼の実力が遥か高みの領域にある事を示している。ぶおんっ!!「うおっ!?」「!!ちっ……!!」エステルが竜人と切り結んでいる隙に、背後に回ったクレイとアルドが連携して攻撃を加えようとしたが、竜の尾が高速で彼らを薙ぎ払おうとする。二人は瞬時に反応して後方に跳び、辛うじてそれを避けたものの攻撃は中断せざるを得なかった。「ぐ…………こいつ、私より力が強い……!!」鍔迫り合いを押し込まれそうになり、エステルは歯を食いしばって何とか持ちこたえようとする。人間はもとより、例え相手が辺境の魔物であっても彼女が力負けすることは殆ど経験の無いこと。ごく一部の大型魔獣や、それこそ竜種くらいである。そして一度は後退を余儀なくされたクレイとアルドは、今度は尻尾の一撃がある事を念頭に連携をとって再び竜人に襲いかかる。一人が竜尾で迎撃されても、もう一人は攻撃を継続できるような位置取りで。しかし……!「っ!!」竜人は瞬間的に闘気を爆発させ、切り結んでいたエステルの大剣を無理やり押し込んで彼女と間合いを外す。そして瞬時に身体を回転させながら背後に迫っていたクレイとアルドに、竜尾と長剣を振るう。「くっ!!」「これを凌ぐか!?」先程と同じように二人は何とか攻撃を避けるが、再び仕切り直しとなってしまった。三人との間合いが出来た竜人は、大きく息を吸い込むような動作をする。そして……ぶおぉぉーーっっ!!!竜人が溜め込んだ息を吐き出すと、灼熱の炎がエステルに放たれる。だが、彼女はまだ態勢を立て直そうとしているところだった。「「エステルっ!!」」アルドとクレイの叫び声が重なる。「なんの!!エステルぐるぐるバリアっ!!」炎が届く寸前に態勢を立て直したエステルは、大剣を高速回転させることでそれを防ごうとする。それだけでは|竜の吐息《ドラゴン・ブレス》にも匹敵しそうな攻撃を防ぎきれるものではないが、エステルの大剣は強力な闘気と魔力を帯び、かつ高速回転させることで炎の尽くを吹き散らしてしまった。しかし、彼女は技名に自分の名前を入れずにはいら
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第127話 惑う剣、活かす剣

激しい剣戟の音が鳴り響く。戦いの場は古代の劇場跡地。異形の者と強者たちの戦いは、生半可な実力では手出しすることができない。アルド配下の騎士たちは、まさに観劇の如く結末まで見届けるほかなかった。既に自身の限界までギアを引き上げたアルドとクレイは即席ながら息の合った連携で果敢に攻め、竜人をその場に釘付けにしていた。しかし敵もさる者、二人の強者を一度に相手にしても互角以上に渡り合っている。この状況を打破するためには……その鉄壁ごと打ち砕く一撃が必要だ。それは、二人が竜人を足止めしてくれることを信じ絶大な闘気を集中させている聖女騎士に託され……今まさに爆発しようとしていた。(……よし。準備できたよ!)準備中は両手で中段に構えていた大剣を、右手に持ち直して背中の後ろに隠すように振りかぶる。そして、左掌を敵に狙いをつけるように前に突き出した。溜め込んだ莫大な闘気と魔力を更に体内で圧縮させると、力の波動が辺りの空気を震わせる。そして……彼女が準備している間、竜人の足止めをしてくれていたアルドとクレイに向かって叫んだ。「二人とも!!離れて!!」「!!任せたぞ!!」「やれ!!エステル!!」エステルの攻撃が回避されないように、最後に一撃ずつ入れてから二人は退避する。そして……エステルの切り札が炸裂する!!「必殺!!エターナルエステルファイナルぶれいくっ!!」その場から動かずに振り下ろされた大剣から、極限まで圧縮された闘気と魔力が解き放たれた。それは眩い光と凄まじい衝撃波を伴い、地面を抉りながら一直線に竜人へと向かって行く。アルドとクレイの最後の一当てによって態勢を崩されていた竜人は、手にした長剣で何とか防ごうとするが……ドドォーーーンッッ!!!!鼓膜を突き破るかのような爆発音が辺りに響き渡り、その衝撃は遺跡全体を震わせパラパラと土埃が舞い落ちる。技名が変わってる……という突っ込みはさておいて、それはまさしく切り札、必殺剣と呼ぶべき威力を持っていた。そして、まともに直撃を食らった竜人は……果たしてどうなったのか。視界を遮っていた土埃が少しずつ慣れていくと、その姿が再びあらわになる。「…………!!あれを耐えたのか……!」「だが、何とか立っているというだけだな。勝負あり……だろう」エステルが放った必殺の一撃、あれ程の破壊の力を受けながらも竜人は未だその
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第128話 事後処理

少女救出作戦における戦いは決着した。組織の構成員と思われる白仮面の男たち、そしてオークションのバイヤーらしき黒仮面の男たち、その全員が捕縛された。戦いの場から一時避難させた少女たちは全員無事。騎士団員たちも、多少の怪我を負ったものはいたが、大勢に影響はない。そして、その事後処理での事。「クレイ、ありがとね」「ん?何が?」落ち着きを取り戻したエステルがクレイに礼を言うが、言われた当人は何のことか分からなかった。「ほら、私が取り乱していた時に……」「ああ……別に、大したことじゃないさ」アルドが自分の身代わりになって負傷したとき、エステルは頭が真っ白になって、その場でやるべき事を直ぐに実行することができなかった。クレイの叱咤の声で我に返ったこと……そして、竜人に止め刺してくれたこと。そのお礼だったのだが、クレイは何でもないことのようにさらっと流した。「……クレイは、いつも頼りになるよね」エステルが普段からクレイに甘えているのは、信頼して頼りにしているからこそ。口うるさくて『お母さん』みたい、などと言っていたが、やはり頼れる『お兄ちゃん』という感じでもあるのだろう。「…………お前がそんなしおらしくしてるとは。熱でもあるんじゃないか?」「失礼な!私だって反省するときはするし、助けてもらったらお礼だって言うよ!」心底意外だという表情でからかうようにクレイが言えばエステルは憤慨するが、どうやらいつもの調子が戻ったようだ……と、彼はホッとする。「ははっ、調子が出てきたじゃないか。お前にしんみりは似合わないよ。周りを振り回すくらいでなきゃな」「もぅ……。でも、ありがと。……あ、私みんなの様子を見てくるね!」助け出された少女たちが視界に入り、その様子が気になった彼女はそう言い残してそちらの方へと行ってしまった。すると、そのタイミングでアルドがやって来る。配下の騎士たちに指示を出していた彼は、クレイが一人になるのを見計らっていたようだ。「クレイ、ご苦労だったな」「陛下……大丈夫ですか?」エステルを庇って負傷したアルドを気遣うクレイ。癒しの奇跡により既に回復したとは言え、王に仕える騎士としてはやはり気になるのだろう。「あぁ、全く問題ない。お前も聖女の力は知ってるだろう?大したものだよあれは。まさに女神の奇跡だ。欲する者がいるのも不思議ではない」
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第129話 謎の男

竜人の姿から人間に戻った裏組織幹部と思われる男は『癒しの奇跡』によって何とか一命を取り留めた。しかし治療にあたったエステルは、何故か首を傾げる。「どうしたんだ?」 様子を訝しんだアルドが問いかけると、エステルは戸惑いながら答えた。「いえ、それが……一応、命に別状が無いくらいには回復したとは思うんですけど……いつもより治りが良くなくて。これ以上は私の力じゃ治らないみたいなんです」彼女の疑問は、つまりはそういう事だった。エステルは聖女としても稀有な力の持ち主であり、彼女の癒しの力は|普通の聖女《・・・・・》のそれよりも非常に強力なものである。例え瀕死の重傷であっても完治させるほどに。母エドナもそうだったので、血筋なのかもしれない。しかし、そんな彼女の力であっても男の傷は完全には癒せなかったのである。彼女が言った通り、直ちに命の危険が無いくらいには回復したのではあるが。「お前の力でも治せないなんて……そんな事があるのか」「ふむ……もしかして『竜人』となった事と関連があるのかもしれんな」「確かにその可能性はあるかも。普通の人とは違って、何かこう……拒否されるような感じがしました」今まで見たことがない光景にクレイは驚き、アルドは男が特異な存在である事が原因ではないか……と推測した。そしてエステルも、治療を施す時に感じた違和感を口にした。ともかく、推論だけでは答えは出ない。男が目を覚ましたら話を聞かなければ……と思った矢先。「……あ、目を覚ましたみたいです!」見れば、地面に横たわっていた男は僅かに身動ぎしてから、うめき声を上げてうっすらと目を開くところだった。彼のぼんやりとして視線は中空を彷徨っていたが、段々と目に光が戻ってくる。そして。「う…………なぜ……俺は生きている……?なぜ、人間に戻ってるんだ……?」意識を取り戻した彼は力なく呟く。その言葉は自分の現状に戸惑うものだった。どうやら自身が竜人と化したことは覚えているが、もとの姿に戻っている事が理解できないようだ。「お前が今も生きていられるのは、彼女が『癒しの奇跡』で治してくれたからだ。完治させることはできなかったらしいが。まあ、それでも礼は言う事だな」「聖女の……そうか……」自分が生きている理由を聞かされた男は納得するが、その事に対して礼を言うことはなかった。アルドもそれは期待していたわ
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第130話 尾行の果て

一連の少女誘拐事件の捜査過程において、過去にエル=ノイア神殿で起きた聖女行方不明事件を連想させる出来事があった。すなわち、少女誘拐・人身売買は隠れ蓑であり、真の目的は神殿が把握していない聖女を探し出すことにある……と。当然、騎士団としては神殿にも捜査の手を伸ばしたいところだったが……例え国王と言えど神殿内部には権限が及ばない。だが、国王と大神官の交渉により、騎士団が神殿主導の捜査に協力するという体裁をとって実質的な共同捜査を行うことになった。国王アルドの命により騎士団から派遣されたディセフは、かつての事件の事を知る者達に聞き取り調査を行っていたが、その結果はあまり芳しいものではなかった。得られる情報は既知のものばかりで、現在進行で起きている事件との関わりを示すような決定的な手がかりは得られなかったのである。そんな中、神殿側の捜査責任者に指名された大神官補佐のモーゼスが、かつての事件の際に集めたという様々な情報や資料を秘密裏に提供してきた。なぜ捜査開始時すぐにそうしなかったのか?彼が言うには、神殿内部に裏組織の間者が紛れている事を懸念した……ということらしい。そして、それらの情報によって今度は神殿側が王国に捜査協力するため、モーゼスは騎士団本部に赴いたのだが……彼はそこで事態が急転したことを知る。急ぎ作戦行動を開始することになった騎士たちを尻目に、彼は単身で別行動を取ろうとするのだった。 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆誰にも何も告げず、一人である場所に向かっていたモーゼス。彼は王都の外壁の外に出ると早々に街道から外れ、小高い丘に向かう小径へと入っていった。後を追うレジーナも、気付かれないように木立の陰に隠れながら付いていく。(この道は……お父様の屋敷の近くを通るわね)数時間ほど前にも通った道である。もしかするとモーゼスは、父に会いに行くのだろうか……彼女はそんな疑問を抱いた。しかし彼は更に進むと、バルドの屋敷に向かう道からも逸れていく。道は段々と細くなり、辺りは薄暗い森となった。もはやほとんど獣道といった風情。いったいこんな場所に何の用があるのか……と、レジーナのモーゼスに対する疑念はますます深まった。やがて森を抜け……両側が断崖となっているゴツゴツとした岩場に到達する。すると、モーゼスはしばらくそこを進んでから立ち止まった。そこにあっ
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