「そうよ。急いでいるの」「誰のためなんだ?」その問いに、澪はふと足を止めた。征司が何かを察したのかと一瞬思ったが、すぐに違うと気づいた。おそらく――さっき宇一に送ってもらったことを気にしているのだろう。澪はあえてその流れで答えた。「好きに受け取っていいよ」また沈黙が落ちた。あたりには、二人の足音だけが響いている。どのくらい歩いただろうか。征司には、これ以上さっきの話を続ける気はないようだ。気にしていないのか、それとも澪の言葉を信じていないのかはわからない。「おめでとう」彼は何気なく言った。澪は今度こそ振り返って彼を見た。彼もその視線をまっすぐ受け止めた。「アカリ製薬の新薬のことだ」その意味を理解し、澪はふっと笑った。「そんな嫌味な言い方しなくてもいいでしょ。紗耶は名前を連ねられなくて不満なんだから、あなたが心から私を祝うはずないよね?」大切な人が悔しい思いをしたから、気に入らないのだろう。祝いの言葉というより、責められているようにしか聞こえなかった。澪は刺すような視線を征司に向けた。征司は目を細め、なぜか小さく笑った。「自分でも分かってるだろ。本当に気にしてるのか、それともただ俺に当たりたいだけなのか」彼の態度はあまりにも飄々としていて、澪がここぞとばかりに喧嘩をふっかけようとしても、そのきっかけすら掴めない。まるで綿に拳を打ち込んだようで、手応えがない。澪にしてみれば、ただ事実を口にしただけだ。それなのに征司は、まるで彼女が感情任せに食ってかかっているような言い方をする。澪はもう何も言わなかった。二人はそのまま並んで歩いた。ごく普通の夫婦が散歩でもしているように。しかし、二人の間に漂っているのは、ひどくぎこちなく冷たい空気だ。家に着くと、征司はジャケットのファスナーを下ろしながら言った。「二十九日は蓮のおじいさんの誕生日祝いだ。一緒に出席してくれ。佐伯家とは、これからビジネスでの提携があるからな」つまり、自分にも森宮家の嫁として、きちんと場をわきまえた振る舞いをしてほしいということだ。佐伯家は森宮家と昔から付き合いが深い。征司が結婚していることを知っている以上、妻である澪が顔を出さなければ失礼に当たる。美佐子も、澪が意地を張って欠席することなど、絶対
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