朝霧がゆっくりと薄れていく。 離宮の庭園は、柔らかな陽光に包まれていた。 噴水の水面が揺れ、薔薇の花壇には露が残っている。 クラリッサは東棟の廊下を歩いていた。 抱えているのは数冊の羊皮紙の束。 《アナスタシス・コード》の研究記録だ。 気付けば、離宮に来て十日以上が過ぎていた。(早いわね……) あの日、断罪された夜。 すべてを失ったと思っていた。 家族も。 婚約者も。 自分の未来も。 それなのに――。「おはようございます、クラリッサ様」 侍女のエマが笑顔で一礼する。「おはようございます」「本日の朝食ですが、殿下方は中庭で召し上がるそうです」「そうなの?」「はい」 自然と笑みが浮かぶ。 最初は恐縮していた侍女たちとも、 少しずつ言葉を交わせるようになっていた。 離宮全体が、少しずつ変わっている。 クラリッサは中庭へ向かった。 白い円卓が置かれている。 エルネストはすでに席に着いていた。 手元には大量の書類。 いつもの光景だ。「おはようございます、殿下」「おはよう」 すると、ルシアンもやって来た。「おはよう、クラリッサ」「おはようございます」 三人が席に着く。 円卓には、焼きたてのクロワッサンと香草を添えたふわりとしたオムレツ、 季節の野菜を使った温かなポタージュが並んでいた。 小皿には色鮮やかな果実と、離宮で採れた蜂蜜が添えられている。 紅茶からは、ほのかに柑橘を思わせる爽やかな香りが漂っていた。 華やかさを競う王宮の食卓とは違う。 中庭でというエルネストの要望に応えるべく、 一つひとつが丁寧に用意されている。 ふと、クラリッサは思う。(こんな朝を迎えられるなんて……) すると、エルネストが書類から顔を上げた。「どうした」「え?」「少し表情が違う」 クラリッサは慌てる。「そ、そうでしょうか?」「ええ。」 ルシアンも微笑んだ。「嬉しそうですよ」 その言葉に少し照れる。「そう……かもしれません」 エルネストが紅茶を口に運ぶ。「理由は?」 クラリッサは少し考えた。 そして、素直に答える。「居心地がいいんです」 一瞬だけ静寂が落ちる。「ここが」 二人の王子が彼女を見る。「最初は不安しかありませんでした」「……」「でも、今は違います」
Última atualização : 2026-08-26 Ler mais