王都リオネールの城壁が、視界に入った瞬間、クラリッサは息を呑んだ。「……これが」 遠目にも、分かった。 空気そのものが、違う。 王都を包む光が、どこか濁っている。 まるで、薄い灰色の膜が、街全体を覆っているようだった。「殿下、あれは……」「見えるか」 エルネストが、静かに問う。「はい」 クラリッサは、頷いた。「空気が、澱んでいます」「私にも、分かる程度には、進行しているということだ」 エルネストは、馬車の窓へ手をかざした。《アナライズ》【対象:王都リオネール/固定率:推定五十二%/前回計測比:五%上昇】「五十二……」 クラリッサの声が、震えた。「離宮を出た時より、また上がっています」「日に日に、進んでいるということだ」 エルネストの声には、抑えた焦りが滲んでいた。 馬車は、東の商業門へと近づいていく。 門の前には、思いのほか、人の姿がまばらだった。「静かすぎますね」 ジュリアンが、窓の外を覗きながら呟いた。「本来なら、この時間は、商人たちの荷馬車で賑わっているはずです」 馬車が停まる。 物陰から、一人の男が、静かに近づいてきた。 地味な外套を纏っているが、その佇まいには、隠しきれない気品がある。「――アルベリオンの方々ですね」「カリドン殿」 エルネストが、小さく頷いた。 宰相カリドンは、素早く周囲を見渡し、それから、静かに一礼した。「殿下。よくぞ、ご無事で」「王都の様子は」「……ご覧の通りです」 カリドンの表情は、硬かった。「日を追うごとに、悪くなっています」「誰もが、同じことを言うようになりました」「『聖女様のおかげで、この国は平和だ』と」「……異論を唱える者は?」「いません」「まるで、それ以外の考えが、最初から存在しなかったように」 クラリッサの背筋が、冷たくなった。 学園祭の翌日と、同じ光景が、今、この王都全体で起きている。「セリーヌ様は」 エルネストが、静かに尋ねた。 カリドンの表情が、僅かに曇った。「王妃殿下は……ご無事です。ですが」「ですが?」「時折、ご自身の記憶に、確信が持てなくなるご様子が」「先日も、陛下との思い出を語られる際、 ふと、言葉に詰まられることがありました」 クラリッサは、拳を強く握りしめた。(セリーヌ様まで……) エルネスト
Última atualização : 2026-10-05 Ler mais