アルカディア離宮の朝は、王都より少し遅く始まる。 北方山脈から吹く風が、高原の草花を優しく揺らしていた。 白い石造りの館。深い青色の屋根。 中央には時計塔がそびえ、 その周囲には手入れの行き届いた庭園が広がっている。 その片隅では、数輪の青薔薇が朝露をまとい、静かに咲いていた。 人々は、この場所を―― 『青薔薇の離宮』と呼ぶ。 長く忘れ去られていた場所。 だが、この二週間で、その景色は少しずつ変わり始めていた。 止まっていた理紋には光が戻り。 荒れていた庭園は整えられ。 人の笑い声が聞こえるようになった。 そして、その変化の中心には、一人の少女がいる。「順調ね……」 クラリッサはしゃがみ込み、小さな芽を見つめていた。 指先で土を優しく整える。 三輪しか咲いていなかった青薔薇は、今では五輪まで増えていた。「青薔薇って、不思議ですね」 背後から声がする。「また朝から庭か」 振り返ると、エルネストが数冊の資料を抱えて立っていた。「おはようございます」「ああ。おはよう」 クラリッサは嬉しそうに花を指差した。「少しずつ増えているんです」 エルネストも視線を向け、小さく頷く。「本当だな」「ほんの少し手を掛けるだけで、ちゃんと応えてくれるんですね」 風が吹き、青い花弁が揺れた。「未来も、きっと同じなんです」 クラリッサは柔らかく微笑む。「放っておけば枯れてしまう。 でも、誰かが育てれば、ちゃんと花になる」 エルネストはしばらく花を眺めていた。 そして、小さく笑う。「君らしい考え方だ」「そうでしょうか?」「ああ。未来を花に例える者は珍しい」 一拍置いて、続ける。「だが、嫌いじゃない」「……ふふっ」 二人は自然と笑い合った。 その時だった。 花壇の奥で、小さな影が素早く走った。「あら?」 クラリッサが振り向く。 しかし、草むらは静まり返っている。「どうした?」「……今、何かいたような」 エルネストも視線を巡らせた。 だが、何も見当たらない。「小動物でしょう」「そうですね」 二人はそのまま館へ向かった。 今は、まだ。 それだけの出来事だった。 ◆ 食堂には、焼きたてのパンと野菜たっぷりの温かなスープが並んでいた。 窓から差し込む朝日が、木製の食卓を優しく照らしてい
Last Updated : 2026-09-15 Read more