Semua Bab アストラル・オース〜白い羽根の君に誓う、最強勇者の恋〜: Bab 31 - Bab 40

59 Bab

第31話 例えこの胸が止まろうとも

「ミユウ!」 閉じかけた魔界の門へ、俺は手を伸ばした。 赤黒い光の裂け目が、刃のように細くなっていく。その向こうで、ラフィセルがミユウを連れ去ろうとしていた。白い翼を押さえ込まれても、ミユウは振り返り、まっすぐに俺を見ていた。 怯えきった顔ではなかった。 俺が来ると信じている目だった。「龍夜くん!」 声が届いた直後、ラフィセルの姿が闇に溶けた。 門が閉じる。 ミユウの白い指先が見えなくなり、赤黒い光は一本の線となって消えた。俺の手は、何もない空間をつかんだ。「ミユウ!」 返事はない。 鏡の池を渡ってきた冷たい風が、金色の髪を揺らした。さっきまで門があった場所には、黒く焼けたような円形の跡だけが残っている。「ミユウ! 聞こえるか!」 俺は拳で門の跡を叩いた。 固い壁を殴ったような衝撃が腕を走る。それでも構わず、もう一度拳を振り上げた。「ミユウ!」「いつまでそうやって叫んでいるつもりですか」 背後から飛んできたルゥの声が、俺の拳を止めた。 振り返ると、ルゥは腕を組んで立っていた。いつもと変わらない、偉そうな顔だ。けれど、その視線は俺ではなく、閉じた門へ向けられている。「叫べば門が開くのですか。あなたの声が大きいことくらい、もう十分に分かりました」「分かってる。だけど……!」 言いかけた言葉をのみ込む。 このまま名前を呼び続けても、何も変わらない。 ミユウは最後まで俺を見ていた。助けを諦めた顔ではなかった。なら、俺がここで立ち止まる理由はない。 俺は目を閉じ、一度だけ深く息を吸った。 冷たい空気が胸へ入る。速くなっていた鼓動を数え、吐く息と一緒に焦りを押し出した。 今やるべきことは、嘆くことじゃない。 閉じた門を開けることだ。「ルゥ。この門は、もう開かないのか」「通常の方法では無理でしょう。向こう側から閉じられた門です。鍵穴すら残っていません」「通常の方法なら、か」 ルゥがわずかに眉を動かした。 俺は再び門の跡へ向き直り、今度は拳ではなく、開いた手のひらを押し当てた。 氷に触れたような冷たさが皮膚から染み込んでくる。 だが、その奥に別のものがあった。 小さな脈。 閉じた門の向こうで何かが鼓動しているように、かすかな振動が手のひらへ返ってくる。 意識を集中すると、俺の身体の内側にも、それに応える熱が生
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第32話 黒く染まった翼との再会

 靴底が石段を打つたび、乾いた足音が螺旋階段の奥へ吸い込まれていった。 ひび割れた石壁は肩が触れそうなほど近く、壁に掛けられた古いランタンだけが、狭い足元を頼りなく照らしている。炎は風もないのに揺れ、俺の金色の髪と、ねじれながら伸びていく影を何度も闇へ沈めた。 右へ、さらに右へ。 いくら登っても同じ景色が続き、中央の吹き抜けは底のない穴のように口を開けている。錆びた手すりの向こうを覗いても、下層の明かりさえ見えない。踏み外した石片が暗闇へ落ちていったが、いつまで待っても音は返ってこなかった。 胸の奥で、鼓動がひとつ大きく跳ねた。 続くはずの次の鼓動が来ない。 心臓だけが取り残されたような空白のあと、遅れを取り戻そうとする激しい脈動が胸を内側から叩いた。冷たい輪で締めつけられる感覚が強まり、吸い込んだ息が喉の途中で止まる。「っ……まだだ」 俺は胸元を押さえていた手を離した。 痛みがあることはわかっている。体が普段どおりではないことも、無視できるほど鈍くはない。 それでも、止まる理由にはならなかった。 この階段の先にミユウがいる。それなら今の俺に必要なのは、痛みの正体を考えることではなく、一段でも多く登ることだ。 視界を遮る曲がり角へ踏み込んだ瞬間、頭上の闇が膨らんだ。 俺は反射的に右手を伸ばした。「アストラルフレイム!」 金色の光が指先へ集まり、剣の形を結ぶ。 直後、上段から振り下ろされた巨大な爪が刃へ激突した。 耳を刺す金属音とともに、狭い階段の空気が爆ぜる。両腕へ押し潰すような重圧がかかり、足元の石段から何本もの亀裂が伸びた。俺は奥歯を噛みしめ、沈みそうになった腰を支える。 敵は上にいる。 ただでさえ狭い場所で、体重まで乗せた一撃を受け続ければ押し切られる。 俺は刃をわずかに傾け、爪の力を外壁側へ逃がした。黒い爪がアストラルフレイムの表面を滑り、石壁へ深く突き刺さる。 石の破片が頬をかすめた。 敵の腕の下を潜り、二段上へ踏み込む。懐へ入れば巨体の力は使えない。そう判断して剣を振り上げようとしたが、切っ先が低い天井へ触れた。 ほんの一瞬、剣筋が止まる。 その隙を、敵は見逃さなかった。 横から黒い衝撃が叩き込まれた。「ぐっ!」 体が浮き、外壁へ弾き飛ばされる。 俺は激突する直前に左足を壁へ突き立てた。靴底が石を削
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第33話 例え全部嘘でも、俺は信じてる

「うそ…だろ。なんで…お前…そんな」 声が震えた。 広大な玉座の間へ放たれたはずの言葉は、黒い柱と高い天井に何度も反響し、最後には冷たい石の壁へ吸い込まれていった。 返事はない。 正面に立つミユウは、俺が知る白い翼の少女ではなかった。 銀色の髪は変わらない。細い頬も、透き通るような瞳も、何度も俺へ笑いかけてくれた顔も同じだ。 けれど、その背中から広がっている翼だけが、夜よりも深い黒に染まっていた。 一枚一枚の羽根から闇色の魔力がこぼれ落ち、床を這う霧となって彼女の足元へ絡みついている。青白い燭台の炎が黒い翼に遮られ、ミユウの顔には凍りついたような影が差していた。 違う。 姿だけじゃない。 俺を見る目に、あのあたたかさがない。「ミユウ……」 名前を呼び、一歩踏み出した瞬間、胸の奥で冷たい輪が縮んだ。「ぐっ……!」 心臓を内側から握り潰されるような衝撃に、身体が前へ折れる。 俺は胸を押さえた。螺旋階段を駆け上がっていたときから続いている異変が、玉座の間へ入ってから急激に強まっている。 乱れた呼吸が、やけに大きく響いた。 床へ膝が落ちそうになる。 それでも、つま先に力を込めた。 ここまで来たのは、倒れるためじゃない。 あいつを連れて帰るためだ。 俺が顔を上げると、ミユウは黒い翼の向こうから俺を見下ろしていた。澄んだ瞳には、心配も迷いも浮かんでいない。 やがて、薄い唇が冷たく動いた。「無様な姿ね」 聞き慣れた声だった。 だからこそ、その言葉は刃より深く胸へ突き刺さった。 ミユウは具合が悪そうな誰かを見つければ、考えるより先に駆け寄るようなやつだった。苦しむ相手を見下ろして笑うなんて、俺の知るミユウなら絶対にしない。「そんな顔で、そんなこと言うなよ……」 絞り出した声に、ミユウは答えなかった。 黒い翼をゆっくりと畳み、俺へ背を向ける。 そして玉座へ向かって歩き出した。 一歩ごとに鳴る靴音が、冷たい空間を重く打つ。 俺から離れ、あいつへ近づいていく。 玉座の間の最奥には、黒銀の装飾に囲まれた巨大な玉座がそびえていた。その上に腰かけるラフィセルは、頬杖をついたまま俺たちを見下ろしている。 怒りも警戒もない。 俺がここへ来ることも、ミユウが俺の前に立つことも、最初から知っていたような顔だった。 玉座へ続く床には
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第34話 俺の命は、俺が決める

「愚か者!」 冷え切った声が、玉座の間の高い天井へ突き刺さり、幾重にも反響して降ってきた。 ミユウの指が、俺の首へ容赦なく食い込んでいる。細い腕からは想像もできない力で持ち上げられ、爪先は黒い石床を離れていた。喉を塞がれた肺が空気を求めても、唇から漏れるのは掠れた吐息だけだった。 目の前には、見慣れた銀色の髪がある。 けれど、その背から広がる翼は白くない。艶のない漆黒の羽根が重なり合い、俺たちの頭上を覆っていた。わずかに翼が揺れるたび、羽根の隙間から黒い魔力が粉雪のように舞い落ち、床へ触れる前に闇へ溶けていく。 明かりを遮られた俺とミユウの影は、足元でひとつに重なっていた。向かい合う二人の影には見えない。巨大な黒い翼を持つ怪物が、人間を呑み込もうとしているようにしか見えなかった。 遥か後方では、白骨を思わせる長い階段が闇の中を延び、その頂に据えられた玉座へラフィセルが腰かけている。 床が割れようと、柱が揺れようと、すぐには届かないほど遠く、高い場所だ。 ラフィセルは頬杖をつき、薄い笑みを浮かべて俺たちを見下ろしていた。ようやく獲物が罠の中心へ踏み込んだことを確かめるような、静かで冷たい眼差しだった。「あんなちっぽけで無力なわたしはもういないわ」 ミユウが吐き捨てる。 堕天の力によって成長した姿は十六歳ほどに見えた。すらりと伸びた手足も、大人びた輪郭も、俺の知る姿とは違う。だが、何より遠く感じたのは、真っ直ぐ俺を見つめる瞳だった。 かつてそこに宿っていた柔らかな光はなく、凍りついた夜の湖のような冷たさだけがある。 首を締め上げる指へ、さらに力が込められた。 耳の奥で鼓動が鳴る。息を吸えない苦しさに重なり、胸の中心を冷たい刃で抉られるような痛みが走った。視界の端が黒く欠け、玉座の間の景色が遠ざかっていく。 それでも、俺はミユウの目を見続けた。「自分のことをそんなに否定するな」 喉を絞られた声は、ひどく掠れていた。「小さかったからって、お前が無力だったわけじゃない。お前は誰かが困っていたら、自分の危険も考えずに飛び出してただろ」 俺の声が石壁にぶつかり、弱々しく戻ってくる。 ミユウは答えなかった。 その表情にも変化はない。ただ、俺の首へ触れている指先がわずかに震えたように見えた。そう見えただけかもしれない。確かめようと目を凝らすよ
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第35話 愛する人とは戦わない

「わたしと戦え!」 鋭い声が、広大な玉座の間を切り裂いた。 高すぎる天井へ吸い込まれた声は、黒い石壁にぶつかり、幾重にも重なって戻ってくる。ひび割れた柱の隙間を冷たい風が抜け、床に散らばる小石を乾いた音とともに転がした。 その中心で、ミユウが黒い翼を広げている。 翼から舞い落ちた羽根は、白かった頃の面影を残していない。闇を固めたような黒が、床を這う紫色の光を受け、不吉な光沢を放っていた。 赤い瞳が、まっすぐ俺を射抜く。 俺は胸元を押さえながら、荒れかけた呼吸を整えた。 ミユウとの距離は、およそ三十歩。 さらに奥には、長い階段と巨大な玉座がそびえている。その上からラフィセルが俺たちを見下ろしていた。片肘をつき、ゆったりと脚を組んだ姿には、この場へ降りてくる気配すらない。 俺たちが傷つけ合うのを待っている。 その視線が、肌に絡みつくようだった。「剣を抜いて、龍夜くん」 ミユウの声は冷たかった。 けれど、俺の名を呼ぶ響きまで別人になったわけじゃない。その事実が、かえって胸の奥を深く抉った。「断る」 俺が答えると、ミユウの口元から笑みが消えた。 左手が持ち上がる。 細い指の周囲へ青白い光が集まり、空気が軋んだ。魔力が圧縮される音に反応し、俺は足裏へ力を込める。 次の瞬間、閃光が一直線に放たれた。 俺は右へ跳んだ。 光が残像を焼き払い、直前まで立っていた床を貫く。耳を打つ轟音とともに黒い石が砕け、鋭い破片が雨のように降り注いだ。 着地と同時に身体を低くする。 ミユウはもう次の攻撃へ移っていた。 振り下ろされた腕に合わせ、空気の壁が迫る。目には見えない。だが床の砂塵が一斉に押し流されるのを見て、その広さと速さを読んだ。 避け切れない。 俺は背後へ跳び、両腕を交差させた。 衝撃波が全身を叩く。 身体が宙へ浮き、背中から床へ落ちた。肺の空気が押し出される。それでも後頭部を打たないよう顎を引き、肩から斜めに転がって勢いを逃がす。 回転した視界の端で、柱の陰を捉えた。 床を蹴り、そこへ滑り込む。 直後、青白い光が柱へ命中した。 石壁の内側まで揺さぶる轟音が響き、頭上から砂と欠片が降ってくる。柱には深い亀裂が走り、今にも崩れ落ちそうに軋んでいた。「隠れても無駄よ」 靴音が近づく。 一歩ごとに重い反響を残し、ミユウが柱の向
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第36話 たった一人の正天使

短剣が、俺の胸を貫くはずだった。 けれど、衝撃は来ない。 気づいたときには、俺はミユウの短剣を両手で受け止めていた。 冷えきった刃が掌へ食い込み、焼けるような痛みが手首から両腕へ駆け上がる。 指の間から赤い雫が落ちた。 磨かれた石床に、小さな染みが一つ。また一つと増えていく。その音さえ、広大な玉座の間は逃さない。高い天井と黒い石壁が拾い上げ、幾重もの反響に変えて遠くへ運んでいく。 俺の目の前で、ミユウの赤い瞳が大きく見開かれていた。 背中に広がる黒い翼が空気を打ち、乱れた風が金色の髪を揺らす。けれど、短剣を握る腕は止まったまま。刃を押し込もうとする指先だけが、俺の目にも分かるほど震えている。「は……離せ! 死ぬぞ!」 鋭く突き放すはずの声が、途中で掠れた。 答えようと息を吸った瞬間、胸の奥を冷たい手で鷲掴みにされた。 鼓動が跳ねる。 一度、二度。間隔を狂わせながら暴れ、次には動くことを忘れたように弱まった。凍った杭を打ち込まれるような痛みが心臓から背中へ抜け、膝から力を奪っていく。 喉が狭まり、吸い込んだはずの空気が肺まで届かない。 視界も暗く狭まっていく。短剣の輪郭が滲み、ミユウの顔さえ遠ざかりかけた。 それでも、手を離せなかった。 俺はさっき、この刃を受け入れようとした。 死ねばミユウの手を汚す。そんなことは分かっていた。それでも俺が抵抗をやめれば、彼女が抱えている苦しみも終わるのではないかと、心のどこかで考えてしまった。 けれど、それは救うことじゃない。 ここで倒れれば、俺はミユウを魔王のもとへ置き去りにする。守ると誓った俺自身が、彼女を一人にして逃げることになる。 それだけは、死ぬことより怖い。「龍夜……?」 ミユウの声が小さくなる。 俺は刃を掴んだまま、滑りかけた右足を踏み直した。 靴底が石床を擦る。乾いた音は黒い柱の間を抜け、遥か後方に閉ざされた大扉へぶつかって戻ってきた。 玉座の間には、肌へまとわりつくような冷気が沈んでいる。天井を支える柱は太く、どれも人の力では動かせそうにない。壁際に灯された青白い炎は揺らぎもせず、俺たちの影だけを床へ長く伸ばしていた。 その影の先、赤黒い石段の最上部にラフィセルがいる。 漆黒の玉座へ深く身を預け、頬杖をついたまま俺たちを見下ろしていた。俺が刃を止めても、ミユウの
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第37話 剣を捨てる覚悟

「許さない!ラフィセル!わたしの真の力を思い知るといいわ!」 ミユウの声が、闇に閉ざされていた玉座の間を貫いた。 次の瞬間、彼女の全身から噴き上がった黄金の光が、広大な空間を一息に満たしていく。光は六枚の翼から滝のように流れ落ち、砕けた床を走り、天井を支える漆黒の柱を根元から照らし上げた。 魔族の紋章を刻んだ柱の表面へ無数の亀裂が生まれる。亀裂の奥へ入り込んだ黄金が、長い間この城に染みついていた闇を内側から押し出していた。 崩れた玉座の周囲では、黒い石片が重さを失ったように浮かんでいる。その一つ一つが黄金を反射し、夜空に散った星のように瞬いた。 眩しいだけじゃない。 ミユウの光は、触れるものすべてを押し潰そうとするほどの圧力をまとっていた。 床に片手をついていた俺の肩へも、見えない巨岩のような重さがのしかかる。息を吸うたび胸の奥が軋み、魔王の呪いが残る場所から、鋭い棘を押し込まれたような痛みが広がった。 それでも俺は、目を逸らせなかった。 流れる金色の髪。天井近くまで大きく広がった黄金の六枚翼。細い手に握られた弓からは、溢れた光が火花となってこぼれている。 堕天の闇を脱ぎ捨てたミユウは、まるで夜明けそのものだった。 けれど、その顔に穏やかな微笑みはない。 金色の瞳は大きく見開かれ、震える唇は強く噛み締められていた。弓を握る指先にも、白くなるほど力が込められている。 光の圧力がさらに膨れ上がった。 ラフィセルの黒い外套が背後へ激しくはためく。床を踏みしめた両足の下で石が砕け、長い亀裂が玉座の階段へ向かって走った。 それでも踏みとどまろうとしたラフィセルの片膝が、ついに床へ落ちる。 轟音が響き、黒い石の破片が跳ね上がった。 ラフィセルの瞳は針の先ほどに縮んでいる。床へついた指は細かく震え、息を吸うたび喉から引きつった音が漏れていた。 しかし、顔を上げた瞬間、その唇は屈辱に歪んだ。 床をつかんだ指に力が入り、硬い石が粉となってこぼれ落ちる。乱れた呼吸を押し殺しながら、ラフィセルはもう片方の足を立てた。「このわたしが、こんな小娘に!」 低く濁った声が、玉座の間に残る闇を震わせた。 片膝をついた姿から怯えは消えていない。それでも、背筋は折れていなかった。縮んだ瞳の奥にも、相手をどこまでも見定めようとする冷たい光が戻り始めている。 
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第38話 黄金の翼が散る時、勇者は限界を超える

「今のは焦ったぞ、虫ケラどもが」 低く押し殺した声が、魔王城の玉座の間を震わせた。 天柱の矢に貫かれた玉座は原形を失い、黒い石の破片となって広間の奥へ散乱している。床には黄金の光を宿した亀裂が幾重にも走り、その上をルゥの水の残光が青い帯となって流れていた。さらに、俺が投げ放ったアストラルフレイムの青白い炎が、砂塵に霞む玉座の残骸を照らしている。 三人の力を重ねた一撃。その中心には、黄金と青と白が混ざり合った光の奔流が、今なお激しく渦巻いていた。 だが、その奥から黒い霧が滲み出す。 最初は糸ほどに細かった影が、床や壁を這う闇を吸い上げながら膨らみ、残っていた光を内側から押し退けていく。黒い霧は一点へ収束すると、人の背丈を越える柱となって立ち上がった。その内側で幾筋もの影が絡まり、頭、肩、腕、胴体の輪郭を静かに取り戻していく。 やがて霧の中で、二つの瞳が開いた。 そこに立っていたのは、完全な姿を取り戻したラフィセルだった。「我が玉座を砕き、この身にまで届いたことは褒めてやろう」 黒い衣には乱れ一つなく、背筋もまっすぐに伸びている。けれど、こちらを見下ろす冷たい眼差しと、その身体から溢れ出す魔力は、復活する前とは比べものにならなかった。 目に見えない巨大な圧力が玉座の間を満たし、呼吸をするたびに肺が押し潰されそうになる。床に転がっていた小石が震え、次々と宙へ浮かび上がった。崩れかけた柱から砂が零れ、天井に走った亀裂の奥で、岩盤が軋む鈍い音が続いている。「だが、貴様らが得たものは、我が怒りだけだ」 ラフィセルが静かに片足を踏み出した。 その瞬間、空気が爆ぜた。 衝撃が床を走り、黄金の光を宿していた亀裂が黒く染まる。ルゥの水の残光は押し潰され、無数の飛沫となって散った。遠くに横たわるアストラルフレイムの炎も大きく揺らぎ、今にも闇へ呑まれそうなほど細くなる。 俺は腕で顔を庇い、踏みとどまろうとした。しかし、足元の石床ごと揺さぶられ、身体が何歩分も後ろへ滑っていく。胸の奥では魔王の呪いが黒い杭となって食い込み、心臓の鼓動に合わせて、焼けるような痛みを全身へ送り込んでいた。 苦しい。まともに息を吸うことさえできない。 それでも、ここで目を逸らすわけにはいかなかった。 砂塵の向こうで、ラフィセルを包む黒い魔力が渦を巻いている。それは炎でも霧でもない
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第39話 全てをかけた、黄金の一撃

「龍夜!今のうちに、あなたの全ての気を溜めなさい!」 「でも、どうやって……」 「わたしがあいつの注意を惹きつけます」 「わ、わかった!」  直前まで玉座の間を満たしていた黄金の光は、薄い残照となって砂塵の中を漂っていた。胸から肩、腕、腰、脚へと身体に沿って連なる黄金の装甲が、戦場を震わせる低い唸りに呼応し、刻まれた紋様を明滅させている。 ミユウの天柱の矢に貫かれた玉座は原形を失い、その残骸が黒い石床へ散乱していた。広間を縦横に裂く亀裂は柱の根元にまで達し、崩れかけた天井から絶え間なく砂や小石が降ってくる。散った黄金の羽根も、床へ落ちる前に輪郭を失い、静かな光の粒へ変わりつつあった。 その荒れ果てた広間の中心に、ラフィセルが立っている。 玉座を砕かれ、幾度も攻撃を受けたはずなのに、その背筋は少しも曲がっていない。黒い衣を包む魔力は、むしろ先ほどまでよりも凶悪な密度を帯びていた。闇が何層にも折り重なり、周囲に残る黄金の光を端から呑み込んでいく。 ラフィセルの目が、ルゥの肩越しに俺を捉えた。 冷たく研ぎ澄まされた視線だった。感情のまま怒鳴り散らすことも、砕けた玉座を振り返ることもない。ただ、低く下げられた顎と細められた目から、踏みにじられた威厳への怒りが、刃物のような鋭さを伴って伝わってきた。 俺のすぐ後ろには、幼い身体へ戻ったミユウが横たわっている。 正天使の力を使い果たし、十六歳の姿さえ保てなくなった小さな身体。その周囲に残る羽根はもう数えるほどしかない。ミユウは反応を見せないまま、砕けた石と消えかけた光の中にいる。 振り返りたい衝動が、胸を強く締めつけた。 けれど、今はできない。 ここで視線を外せば、ラフィセルは必ずその隙を突く。俺が戦いを終わらせない限り、ミユウのそばへ戻ることさえ許されないのだ。 ルゥは俺とミユウを背にかばうように立ち、両腕を広げた。足元へ集まった水が薄青い光を放ち、細い流れとなって亀裂の間を走っていく。「あなたの相手は、わたしです」「一人で僕を止めるつもりかい?」 ラフィセルの低い声とともに、周囲の黒い魔力がうねった。「止めます。そのために、わたしはここへ立っています」 ルゥは静かに答えると、俺を振り返ることなく床を蹴った。 俺も迷いを切り離す。両足を亀裂の走る床へ踏ん張り、重心を低く落とした。両手を
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第40話 十日目の再会

「……っ、は!」 身体が寝台の上で大きく跳ねた。喉の奥から引きつった息がこぼれ、肺へ入りきらなかった冷たい空気が、胸の内側をざらつかせる。 最初に目へ入ったのは、薄闇に沈む天井だった。 太い梁。そのあいだを埋める淡い色の板。視線をずらせば、寝台を囲う天蓋の布が、閉ざされた窓から忍び込む風にかすかに揺れている。見覚えがあるはずなのに、それがどこなのか、すぐにはわからなかった。 朝なのか、夜なのかさえ判然としない。カーテンの隙間から差し込む光は白く濁り、床の上へ細長い筋を作っている。頬を撫でる空気はひどく冷え、荒い呼吸だけが、耳元で何度も反響した。 俺は両手で敷布をつかんだ。 柔らかな布の感触。背中を支える寝台。指のあいだに絡む皺。少なくとも、崩れかけた石床の上ではない。 けれど、どこからここへ来た。 何をしていた。 頭の中を探っても、そこには深い空洞があった。目覚める直前まで見ていたはずの何かが、霧の向こうへ丸ごと隠されている。思い出そうとするほど額の奥が軋み、輪郭のない光ばかりが視界の奥で明滅した。 身を起こすと、肩から掛布が滑り落ちる。 黄金の甲冑はなかった。胸元にあるのは、異世界へ召喚された日に着ていた学校の制服だ。袖も、ボタンも、使い慣れた形へ戻っている。腕を覆っていた光も、身体の奥から溢れていた力も、今は欠片すら感じられない。 額へ落ちた髪を指で払う。 薄暗い部屋の光を受け、その髪は金色に輝いた。長さも髪型も以前のまま、自然に流れている。それでも色だけが黒へ戻らず、あの姿の名残のように残されていた。 俺は息を呑んだ。 その色をきっかけに、黄金の残光が頭の中で炸裂する。 崩れた玉座。亀裂の走る石床。宙を舞う砂埃。押し寄せる黒い魔力。焼けつくような光。身体の芯まで震わせた轟音。空間そのものが悲鳴を上げるように揺れ、砕けた石片が足元で跳ねている。 だが、どの光景も順序を持たなかった。 一つ浮かんでは消え、別の断片に押し流される。誰かの声がした気がするのに、言葉まではつかめない。俺は天井を見上げたまま、乱れた息を整えようとした。 ここは魔王城ではない。 壁にかかった布も、窓枠の形も、寝台の脇に置かれた小さな卓も知っている。アストリアの城で与えられた、俺の部屋だ。 どうしてここにいるのかは、わからなかった。 誰に運ばれたのか
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