異世界転生してもスキルはなかったけど、白い羽をもつ彼女を守るため最強の勇者目指します

異世界転生してもスキルはなかったけど、白い羽をもつ彼女を守るため最強の勇者目指します

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ある日突然異世界に召喚されたごく普通の高校生。期待していたスキルはほとんど0?!そんな彼が出会ったのは天真爛漫、人助けが大好きな白翼の継承者の少女だった。彼女との距離が近づくにつれ、彼女の凄惨な過去が明らかに。「普通の女の子になりたい」彼女のささやかな願いを叶えるため、少年は何度傷ついても、何度でも立ち上がり、剣を振い、闇を切り裂く。これは、ごく普通の高校生が、大切な少女のために、そして世界を救うために、異世界で最強の勇者を目指す俺TUEEE成長譚

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الفصل الأول

第一話 異世界に召喚された青年

 教室の床が光った瞬間、俺の指先からスマホが滑り落ちた。

 画面の中では勇者が剣を振り上げたまま止まり、机の脚も、上履きの先も、椅子の影も白く焼けていく。誰かのシャーペンが床に転がる音だけが、耳の奥でやけに大きく響いた。

 次に膝へ触れたのは、教室の床ではなかった。

 手のひらに食い込む、ざらついた石の冷たさ。肺に入った空気は、チョークではなく、古い香炉と雨上がりの石畳みたいな匂いがした。

 俺は瀬野龍夜。漫画やゲームの世界に逃げ込み、異世界で無双する妄想ばかりしている、ごく普通の高校生だ。

 ……なのに。

 足元には白い線で描かれた巨大な円があった。文字、羽のような模様、薄く脈を打つ光。その中心で、俺の影だけが小刻みに震えている。

「……なんだ、これ」

 見上げると、天井は体育館よりも高かった。細い柱が何本も伸び、壁の上では色ガラスが赤、青、金の光を石床に落としている。

 その外側に、人がいた。

 白や灰色のローブを着た大人たちが、魔法陣を囲んでいる。誰も近づいてこない。ただ俺を見ていた。割れ物がまだ砕けていないか確かめるような目で。

「……学校は」

 自分の声が、神殿の中へ転がった。

 返事の代わりに、人垣が割れた。

 白いローブの男が一歩前へ出る。胸元には金の刺繍、肩から下がる布には翼を広げた鳥の紋章。男は俺の前で膝をつき、額が床につきそうなほど頭を下げた。

「ようこそお越しくださいました、救世主様。我ら天界アストリアの民は、この時を待ち続けておりました」

 救世主。

 耳に入った言葉が、頭の中でうまく形にならなかった。

 俺の袖口には、昼休みにこぼしたパンの粉がついている。ポケットには充電が半分もないスマホ。足元には上履き。剣も杖もない。昨日の英単語テストだって、最後の一問は勘で埋めた。

「ちょっと待て! 救世主ってなんだよ! 漫画の中の話だろ。それに名前で呼べよ!」

「あなた様は神がお選びになった救世主様でございます。名前で呼ぶなどおがましいばかりです」

 男は申し訳なさそうに頭を下げる。

 何だよ、それ。意味分かんねえよ。

「下界での記憶を保ったまま顕現された。やはり、神託の通りです」

 周囲のローブたちが一斉に息を呑んだ。

「神託の……」

「測定前から、この光量……」

「間違いない」

 囁きが石壁に跳ね返る。知らない単語ばかりなのに、その一つ一つが重かった。

「俺は、そんな大層なものじゃないです」

 どうにか押し出した声は、自分でも驚くほど頼りなかった。

「ご混乱は当然です。ですが、貴方様はこのアストリアに招かれた唯一の方。やがて剣を取り、空を裂く災厄を退けるお方です」

「剣って……俺、剣道部でもないんですけど」

 誰も笑わなかった。

 そのせいで、余計に膝の裏が冷えた。

 その時、石畳の向こうで小さな鈴のような音がした。

 人垣の隙間から白が飛び込んでくる。ローブではない。光を受けた髪だ。銀に近い髪がふわりと揺れ、背中から伸びた白い羽が空気を払った。

「龍夜くん!」

 名前を呼ばれた。

 この世界で、まだ誰にも名乗っていない名前を。

 少女は勢いのまま俺の腕に両手を絡めた。細い指が制服の袖を掴み、羽先が俺の肘をくすぐる。息に、花の蜜みたいな甘い匂いが混じっていた。

 白を基調にした服は神殿の光を拾い、胸元の金細工がきらりと揺れている。瞳は青い。けれど、その奥には白い光が淡く揺れていた。

「やっと来てくれた」

 少女は笑った。初対面の距離じゃなかった。長い雨が上がったあと、扉の前に待ち人が立っていたような顔だった。

「……なんで、俺の名前を」

「ミユウ」

「え?」

「ミユウ・ネフェルト。まずはそれ、覚えて」

 俺の質問は、そっと横へ押し流された。

 振りほどこうと思えば、できたはずだ。けれど、その指先に入った力が妙に必死で、俺は腕を動かせなかった。

「ミユウ様。まだ儀式の余光が残っております。救世主様には、まず測定を——」

「あとで」

 やわらかい声だった。なのに、神官たちの足音がぴたりと止まった。

「龍夜くん、立てる?」

 差し出されたミユウの手は、見た目より温かかった。

 俺はその手を掴み、立ち上がる。魔法陣の外に並ぶ人々の顔が見えた。祈る者、涙を拭う者、まだ信じきれないように唇を噛む者。

 全部、俺に向けられていた。

「俺は、まだ何もしてない」

 小さく呟いたつもりだった。

 ミユウが俺を見上げる。

「これからするんだよ」

 軽い言い方じゃなかった。

 白いローブの男が、祭壇の奥へ手を向けた。そこには人の背丈より高い水晶の柱が立っている。内部には白い霧がゆっくり流れ、根元には剣をかたどった金具が並んでいた。

「救世主様。適性の測定をお受けください。貴方様の力を、我らにお示し願います」

 力。

 その言葉に、胸の奥で漫画のページがめくれた。

 何も持たない主人公が、異世界で眠っていた力を見つける。剣を握った瞬間、光が走る。周りがどよめき、誰かが言う。やはり伝説の——と。

 読み慣れた展開だった。

 その中心に、今、俺が立っている。

 けれど、スマホの画面はもう手元にない。読み飛ばせるページも、閉じられるアプリもない。

「大丈夫。龍夜くんなら」

 ミユウが俺の袖を軽く引いた。

 何を根拠に。

 そう聞こうとして、やめた。

 彼女の目は、神託でも魔法陣でも周りの期待でもなく、俺だけを見ていた。

「……何をすればいいですか」

「水晶へ手を。内に眠る力があれば、光が応えます」

 あれば。

 その二文字が耳に残った。

 俺は水晶の前に立つ。表面には、制服姿の情けない顔が歪んで映っていた。少し乱れた髪、開ききった目。どこにでもいる高校一年の顔。

 この手を置いたら、何かが決まる気がした。

 帰れるかどうか。ここで何者として扱われるのか。目の前の少女の笑みを、俺が壊すのかどうか。

「龍夜くん」

 ミユウが名前だけを呼んだ。

 俺は水晶に手を置いた。

 冷たさが掌から骨へ走る。中の霧がぴたりと止まった。神官たちの衣擦れも、誰かの息も、遠ざかっていく。

 一秒。

 二秒。

 水晶の芯に、細い光が灯る。

 誰かが息を呑んだ。

 けれど、光は強くならなかった。剣を呼ぶ轟きも、天井を裂く柱もない。漫画みたいな派手な演出は、何ひとつ起きなかった。

 霧はほんの少し揺れ、すぐ薄い白へ戻った。

 沈黙が落ちた。

「……反応値、微弱」

 若い神官が震える声で言った。

「属性適性は」

「剣、魔術、防御、治癒……いずれも規定値未満」

 神殿の空気が変わった。

 祈りの目が揺れる。涙を浮かべていた人が瞬きを忘れる。さっきまで俺に向けられていた熱が、引き潮みたいに遠ざかっていく。

「そんなはずは……もう一度」

 白いローブの男がかすれた声で言う。

 けれど俺には分かっていた。もう一度やっても、変わらない。

 神官が金属板を見つめ、さらに声を震わせた。

「総合値……測定不能」

 その言葉で、ざわめきが爆ぜた。

 期待外れなのか、異常なのか、それすら分からない響きだった。けれど、俺を見る目はもうさっきと同じじゃない。救世主を見る目でも、伝説を見る目でもなかった。

 答えの出ないものを見る目だ。

「……だから言ったじゃないですか」

 俺は水晶から手を離した。

「俺は、普通の高校生です」

 誰も返せなかった。

 ただ、袖を掴む指だけがあった。

 ミユウが俺の前へ半歩出る。

「龍夜くんは、龍夜くんだよ」

 大きな声じゃない。神殿中に響かせるためのものでもない。俺にだけ届く距離で落とされた声だった。

 彼女の白い羽は、ほんの少し震えていた。唇の端は持ち上がっているのに、指先には力が入りすぎて、俺の袖に皺が寄っている。

 この子も、平気なわけじゃない。

 俺はようやく、それに気づいた。

「状況を教えてください」

 俺は白いローブの男へ向き直った。

 足はまだ震えている。けれど、膝は折れなかった。

「俺に力がないなら、ないなりに。ここがどこで、何が起きてて、俺がどうして呼ばれたのか。最初から、全部」

 男は俺を見た。

 今度は救世主を見る目ではなかった。水晶に映らなかった何かを、裸眼で探そうとする目だった。

 何も持っていない。

 それは今、ここで証明された。

 それでも、目の前で笑おうとしている白い羽の少女だけは、俺の失敗ごと抱えて立っている。

 なら、せめて。

 俺は冷えた掌を握りしめた。

 この手がまだ空っぽなら、何かを掴むところから始めればいい。

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第一話 異世界に召喚された青年
 教室の床が光った瞬間、俺の指先からスマホが滑り落ちた。 画面の中では勇者が剣を振り上げたまま止まり、机の脚も、上履きの先も、椅子の影も白く焼けていく。誰かのシャーペンが床に転がる音だけが、耳の奥でやけに大きく響いた。 次に膝へ触れたのは、教室の床ではなかった。 手のひらに食い込む、ざらついた石の冷たさ。肺に入った空気は、チョークではなく、古い香炉と雨上がりの石畳みたいな匂いがした。 俺は瀬野龍夜。漫画やゲームの世界に逃げ込み、異世界で無双する妄想ばかりしている、ごく普通の高校生だ。 ……なのに。 足元には白い線で描かれた巨大な円があった。文字、羽のような模様、薄く脈を打つ光。その中心で、俺の影だけが小刻みに震えている。「……なんだ、これ」 見上げると、天井は体育館よりも高かった。細い柱が何本も伸び、壁の上では色ガラスが赤、青、金の光を石床に落としている。 その外側に、人がいた。 白や灰色のローブを着た大人たちが、魔法陣を囲んでいる。誰も近づいてこない。ただ俺を見ていた。割れ物がまだ砕けていないか確かめるような目で。「……学校は」 自分の声が、神殿の中へ転がった。 返事の代わりに、人垣が割れた。 白いローブの男が一歩前へ出る。胸元には金の刺繍、肩から下がる布には翼を広げた鳥の紋章。男は俺の前で膝をつき、額が床につきそうなほど頭を下げた。「ようこそお越しくださいました、救世主様。我ら天界アストリアの民は、この時を待ち続けておりました」 救世主。 耳に入った言葉が、頭の中でうまく形にならなかった。 俺の袖口には、昼休みにこぼしたパンの粉がついている。ポケットには充電が半分もないスマホ。足元には上履き。剣も杖もない。昨日の英単語テストだって、最後の一問は勘で埋めた。「ちょっと待て! 救世主ってなんだよ! 漫画の中の話だろ。それに名前で呼べよ!」「あなた様は神がお選びになった救世主様でございます。名前で呼ぶなどおがましいばかりです」 男は申し訳なさそうに頭を下げる。 何だよ、それ。意味分かんねえよ。「下界での記憶を保ったまま顕現された。やはり、神託の通りです」 周囲のローブたちが一斉に息を呑んだ。「神託の……」「測定前から、この光量……」「間違いない」 囁きが石壁に跳ね返る。知らない単語ばかりなのに、その一つ一つが重
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第2話 選ばれなかった数値
 白い扉の前で、俺は足を止めた。 測定の間。そこへ向かうまで、ミユウは俺の手首を掴んだまま、迷いなく歩いてきた。「龍夜くん、こっちだよ」「……これ、本当に必要なのか」 ミユウはきょとんと振り返った。白い羽が揺れ、銀色の髪が肩で跳ねる。「必要だよ。龍夜くんが、どんな力を持ってるか見るの」「持ってなかったら?」 自分でも嫌な聞き方だと思った。 けれどミユウは怒らない。俺の手首を離し、両手で俺の手を包んだ。「持ってなくても、龍夜くんは龍夜くんだよ」「それ、答えになってない」「うん。答えじゃないよ。でも、先に言いたかったの。水晶が見せるものが、ぜんぶじゃないって」 小さな掌は温かかった。その言葉が慰めなのか、何かを知っているからなのか、俺には分からない。 扉が開く。 部屋の中央には、俺の身長より大きな水晶が立っていた。床の円形模様から光の線が伸び、水晶へ脈のように集まっている。周囲には白い法衣の長老たちが並び、歓迎の声はひとつもない。「救世主様。御身の資質を測定いたします」 正面の長老が告げた。 救世主様。 昨日まで教室にいたただの高校生に、そんな名前を被せられても、息の仕方が分からなくなるだけだった。「水晶へ手を」 促され、俺は水晶に近づいた。表面に映る自分の顔は、情けないほど硬い。 指先を触れさせた瞬間、冷気が腕を這い上がる。白い光が身体をなぞるように上下した。 やがて、水晶の奥に文字が浮かんだ。 攻撃力 0 魔力 0 耐久力 0 適性 0 部屋の空気が止まった。 四つ並んだゼロは、やけに綺麗だった。綺麗すぎて、胸の奥をまっすぐ殴られたみたいだった。 誰も何も言わない。長老たちは水晶を見て、それから俺を見て、互いに視線を交わした。大きな失望の声なんてない。ただ、その沈黙だけで十分だった。 異世界に来ても、俺は何も変わらなかった。 剣を掲げる勇者にも、魔法を放つ英雄にもなれない。場所だけが変わって、俺は俺のまま。掌の中には何もない。「……もう一度、測ることは」 若い神官が言いかける。「水晶は、同じ魂を二度誤らぬ」 長老の声が静かに落ちた。 魂までゼロだと言われたようで、俺は唇を噛んだ。その時、隣でミユウが一歩近づく。「龍夜くん」 名前を呼ぶ声は小さかった。でも、逃げていなかった。 ミユウは水晶
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第3話 名前を知っている理由
「お前、なんで俺の名前知ってるんだ」 俺の声は、自分で思ったより低く響いた。 白い石で造られた広間は、天井がやたらと高い。柱には羽を広げた女神みたいな彫刻が並び、壁の奥では青白い光がゆらゆら揺れていた。 ここが天界アストリアだとか、俺が勇者として召喚されたとか、正直まだ頭が追いついていない。 それでも、一つだけ引っかかっていた。 目の前の少女――ミユウ・ネフェルト。 俺よりずっと小柄で、銀色の髪をふわりと揺らし、背中に大きな白い翼を持った少女。初対面のはずなのに、こいつは当然のように俺の名前を呼んだ。 瀬野龍夜。 俺が名乗る前に。 その事実だけは、どんな不思議な景色よりも気味が悪かった。 ミユウは、ぱちぱちと目を瞬かせたあと、なぜか嬉しそうに胸の前で手を合わせた。「えへへ。だって、古い予言書に載っていたんだよ」「予言書?」「うん! 異国の服を着て、龍の背に乗って夜の闇を切り払い、アストリアの闇を晴らす人が現れるって」 ミユウはそこで、俺をまっすぐ見上げた。 澄みきった瞳だった。 疑うことを知らない子供みたいな目。だけど、その奥には子供の憧れだけじゃない、長い間ずっと誰かを待っていたような熱があった。「だから、龍夜くんよ」「いや、だからって……」 俺はこめかみを押さえた。 待て。 龍の背に乗って、夜の闇を切り払う。 それで龍夜。 そんな雑な名付けクイズみたいな理由で、俺は異世界に引っ張られてきたのか。「お前、それ本気で言ってるのか?」「もちろんだよ!」「予言書に『龍夜』ってそのまま書いてあったわけじゃないのか?」「えっとね、文字はもっと難しかったけど、神官さまたちがたくさん調べてくれてね。龍と夜で、龍夜くんだって」「翻訳の結果が俺の人生を巻き込んでるんだが」 俺が思わず呟くと、ミユウは申し訳なさそうに眉を下げた。けれどすぐに、ぱっと花が開くように笑った。「でも、来てくれた。ちゃんと来てくれたもん」 その言い方に、胸の奥が少しだけ詰まった。 責めるつもりだった。 ふざけるなと言うつもりだった。 勝手に呼び出して、勝手に勇者扱いして、しかも俺には戦闘力もスキルもない。さっき測られた数値は、きれいに何もなかった。 なのにミユウは、俺を見ている。 俺が何もできないことなんて、まだ知らないみたいに。 い
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第4話 守れぬ手
「雑魚だろ。そんなひょろくて能力もないやつが救世主なんて信じられん」 ルゥの声が、神殿の裏庭に冷たく落ちた。 白い石畳の上で、俺は拳を握ったまま動けなかった。言い返したいのに、喉の奥が焼けつくばかりで、うまく声にならない。 天界アストリアに召喚されてから、俺は何度も自分の弱さを見せつけられている。 戦闘力はない。魔力もない。剣を握っても、手のひらに残るのは頼りない重さだけ。 それでも、ミユウを守るためにここへ来たのだと、俺は思いたかった。「ルゥ、そんな言い方しないで」 俺の隣で、ミユウがむっと頬をふくらませた。 背中の白い羽が、朝の光を受けてやわらかく揺れる。神殿の庭に咲いた淡い花より、その白はずっとまぶしい。 けれど、その白さを見るたび、胸の奥がざわついた。 もしミユウが白い翼を持つ存在ではなく、ただの普通の少女として生きていたら。 もっと穏やかに笑って、誰かに狙われることもなく、痛みや恐怖から遠い場所で幸せに暮らせたのかもしれない。 でも、現実のミユウは違う。 白翼の継承者。 特別な癒しの力を持つ少女。 その力のせいで、天使族からも悪魔族からも狙われている。 あの白い羽は綺麗なだけじゃない。ミユウを特別にして、同時に、この世界の残酷さの真ん中に立たせているものでもあった。「事実を言っただけだ」 ルゥは腕を組んだまま、俺を上から下まで眺めた。 銀色に近い淡い髪が風に揺れている。整った顔立ちをしているのに、その目つきだけは刃物みたいだった。「ミユウを守る? お前が? 雑魚の偽物が?」 胸の奥に、鈍い音がした。 雑魚。 偽物。 たった二つの言葉が、俺の足元を崩していく。 学校では、こんなふうに誰かから面と向かって価値を否定されたことなんてなかった。何者にもなれない焦りを、くだらない妄想でごまかしていた俺には、ルゥの言葉が痛すぎた。「偽物かどうかは、まだ決まってないだろ」 やっと出た声は、思ったより低かった。 ルゥの眉が少しだけ動く。「へえ。口だけは救世主っぽいな」「口だけで終わらせるつもりはない」「なら、見せてみろ」 ルゥが片手を掲げた瞬間、裏庭の空気が変わった。 神殿の白壁に刻まれた紋様が、かすかに光る。足元の草が、見えない風に押されるようにざわめいた。 少し離れた噴水の水音まで、急に遠のいた気が
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第5話 俺がいる
「いやあぁっ!」 ミユウの悲鳴で、俺は目を覚ました。 胸に寄りかかっていた小さな身体が、びくんと跳ねる。白い翼がばさりと乱れ、俺の腕から逃げようとするみたいに暴れた。 一瞬、何が起きたのかわからなかった。 ここはアストリアの神殿にある、ミユウの部屋だ。 昨日、ルゥに連れていかれた裏庭で、俺はスライム相手に情けないほど転がされた。何度も倒れて、立ち上がって、最後は気合だけでどうにか前に出た。 そのあと、膝が笑ってまともに歩けなくなった俺を、ミユウがこの部屋まで連れてきた。「龍夜くん、少しだけ休んでいって」 そう言って、俺の手を離さなかった。 本当はすぐ自分の部屋に戻るつもりだった。けれど、ミユウが眠るまでそばにいてほしいと小さな声で言ったから、俺はベッドの端に腰を下ろした。 ミユウは俺の袖を掴んだまま、安心したように目を閉じた。 その手を振りほどけなかった。 気づけば、俺も壁にもたれてうとうとしていたらしい。 だから、目の前でミユウが泣き叫んでいる光景に、頭が追いつかなかった。「やめてよぉ……お父さん、お母さん、みんな……!」 涙で濡れた声が、月明かりの部屋に落ちた。 白い石壁。薄く揺れるカーテン。窓の外には、青白い光を帯びた夜の庭が広がっている。 綺麗な部屋だった。 なのに、ミユウの瞳だけが、そこにない地獄を見ていた。「ミユウ」 俺は名前を呼んだ。 届かない。 ミユウは目を開けている。けれど、俺を見ていない。俺の向こう側にいる誰かに向かって、必死に首を振っていた。「お願い、連れていかないで……! もう、ひとりにしないで……!」 胸の奥が、ぎゅっと縮んだ。 昼間のミユウは、いつも笑っていた。 天真爛漫で、少し強引で、俺みたいなスキルなしの高校生にまで「大丈夫」と手を伸ばしてくれる。 でも今のミユウは違う。 笑顔の下に隠していたものが、夢の中から無理やり引きずり出されているみたいだった。「ミユウ、起きろ。俺だ。龍夜だ」「こないでっ!」 伸ばした手を、ミユウが払いのけた。 次の瞬間、乾いた音が部屋に響いた。 頬に鋭い痛みが走る。 叩かれたのだとわかるまで、一拍遅れた。 でも、腹は立たなかった。 ミユウの手は冷たかった。震えていた。何より、叩いた本人のほうが、痛みに耐えているような顔をしていた。「い
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第6話 雑魚と呼ばれた少年の一閃
「来いよ」 俺は剣を構えた。 怖くないわけじゃない。 足は重く、腕もまだ痺れている。 それでも、もう一度地面に転がされるために、ここへ立ったわけじゃない。 アストリアの神殿の裏庭。 白い石柱に囲まれた芝生の中央で、俺はルゥの召喚したスライムと向き合っていた。 青白く透き通った小さな魔物。 見た目だけなら、子どもでも倒せそうに見える。 だが、昨日の俺はこいつに振り回された。 剣は当たらない。 足は取られる。 動きは読めない。 この世界で魔力のない俺が、どれだけ無力なのか。 思い知らされるには十分すぎる相手だった。 けれど、俺は剣を下げなかった。 少し離れた場所で、ルゥが俺を見ている。 長い金髪。背に広がる白い羽。 天使族の長。その姿は、ただ立っているだけで空気を支配していた。「まだ挑むのか」 ルゥが静かに言った。 冷たい声だった。けれど、雑ではない。 試している。測っている。 俺が本当にミユウのそばに立つ資格があるのかを。「挑むんじゃない」 俺は剣を握る手に力を込めた。「勝つんだ」 ルゥの瞳が、わずかに細くなる。「魔力もない。技も未熟。戦い方も知らない。それで何を根拠に勝つと言う」「根拠ならある」「何だ」「俺が、もう逃げないって決めた」 言った瞬間、自分の中で何かが定まった。 俺は勇者じゃない。 まだ救世主なんて呼ばれるような人間でもない。 けれど、ミユウを守りたいと思った。 あの白い羽の少女を、もう一人で泣かせたくないと思った。 それだけは、誰かに与えられた役目じゃない。 俺自身が選んだ理由だ。「口でなら何とでも言える」 ルゥが片手を上げた。 空気が張り詰める。 芝の上に淡い光が落ち、青白いスライムが跳ねた。 その瞬間、体がぐにゃりと歪む。 一体だったはずの姿が、二つ、三つ、五つに分かれた。 俺を囲むように、同じ姿のスライムが跳ね回る。 右。左。正面。背後。 さっきの俺なら、全部を目で追おうとして、全部に騙された。 でも、もう同じ失敗はしない。 俺は剣先をわずかに下げた。 焦るな。 目だけに頼るな。 魔力がないなら、感じればいい。 読むんだ。奴の動きを。 芝が沈む音。 空気を押す気配。 跳ねる直前の、ほんのわずかな間。 偽物は軽い。 本物だけが、地面
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第7話 俺はもう、逃げない
「やった……」 倒れたスライムが、青白い光になって芝生の上へ消えていく。 俺は剣を下ろした瞬間、その場に膝をつきそうになった。 息が荒い。 腕が痛い。 指先はまだ震えている。 それでも、俺は立っていた。 勝った。 たった一匹のスライムだ。 この世界では、子どもでも倒せるような魔物なのかもしれない。勇者を目指すなんて言っている人間が、ここで喜んでいいのかもわからない。 それでも。 俺にとっては、初めて自分の足で踏み出した一歩だった。「龍夜くん!」 ミユウが走ってきた。 次の瞬間、俺の両手をぎゅっと握る。「すごい! 本当にすごいよ! 龍夜くん、最後まで逃げなかった!」「いや、逃げたかったけどな」「でも逃げなかったもん!」 ミユウは、まるで自分のことみたいに笑っていた。 その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。 俺は強くない。 魔力もない。 剣だって、まだまともに振れない。 でも、ミユウはそんな俺を見て、まっすぐに笑う。「龍夜くんは、絶対強くなるよ」「……なんでそんなに言い切れるんだよ」「だって、諦めない人だから」 何気ない言葉だった。 でも、俺にはそれが、どんな魔法よりも強く響いた。 誰かに信じてもらうことが、こんなに怖くて、こんなに嬉しいものだなんて知らなかった。「雑魚スライム一匹で感動するな。見てるこっちがむず痒い」 石柱にもたれたルゥが、鼻で笑った。「うるさいな。勝ちは勝ちだろ」「ほう。言い返す元気は残ってるのか」 ルゥは俺の足元から剣先までを見て、小さく息を吐いた。「まあ、逃げなかったことだけは認めてやる」「それ、褒めてるのか?」「勘違いすんな。底辺が少し地面から顔を上げただけだ」 相変わらず腹の立つ言い方だった。 けれど、不思議と嫌ではなかった。 たぶん、今の俺は少しだけ浮かれていた。 初めて、自分にも何かできるかもしれないと思えたから。 その時だった。 神殿の表側から、ざわめきが聞こえた。 歓声じゃない。 祈りでもない。 泣き声。 叫び声。 助けを求める声。 ミユウの笑顔が消えた。「行かなきゃ」「待て、ミユウ」 俺が止めるより早く、彼女は走り出していた。 神殿の大広間は、人であふれていた。 老人を背負った男。 熱にうなされる子どもを抱いた母親。 顔
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第8話 守るための決意
「……あの人が」 かすれた声が、夜の部屋に落ちた。 アストリアの神殿の奥。ミユウに与えられた部屋は、白い石壁に囲まれていて、窓から差し込む月明かりだけが、薄く床を照らしていた。 昼間はあれだけ人の声であふれていた神殿が、今は嘘みたいに静まり返っている。 その静けさの中で、ミユウは眠っていた。 いや、眠っているはずだった。 白い羽は力なくシーツに広がり、細い指は胸元で何かをつかもうとするように震えている。額には汗が浮かび、唇だけが何度も同じ言葉を繰り返していた。 「……あの人が。……あの人が」 俺は椅子を蹴るように立ち上がった。 「ミユウ」 返事はない。 「ミユウ、起きろ」 声をかけても、まぶたは開かない。代わりに、ミユウは苦しそうに眉を寄せ、首を横に振った。 「いや……来ないで……」 胸の奥が冷えた。 昼間、ミユウは倒れるまで人を癒した。 止めても笑っていた。まだ大丈夫だと、いつもの明るい声で言った。 大丈夫なわけがなかった。 こんなに細い体で、こんなに力なく眠って、夢の中でまで誰かに怯えている。 俺はベッドの横に膝をつき、ミユウの手を握った。 驚くほど冷たかった。 「ミユウ!」 自分でも驚くくらい大きな声が出た。 その瞬間、ミユウの瞳が開いた。 「っ……!」 白い羽が跳ねる。ミユウは何かから逃げるように上半身を起こし、そのままベッドの端へ傾いた。 「危ない!」 俺は考えるより先に腕を伸ばした。 倒れ込んできた体を抱き止める。 軽い。 あまりにも軽かった。 腕の中のミユウは、今にも消えてしまいそうだった。薄い雪を抱いているみたいに、強く触れたら壊れそうで、離したら二度と戻ってこない気がした。 「龍夜……くん……?」 「俺だ」 「ここ……どこ……? あの人は……」 またその言葉を聞いた瞬間、胸の奥に火がついた。 怒りじゃない。 たぶん、悔しさだった。 俺はミユウの肩を支え、逃げるように揺れる顔を自分のほうへ向けた。 「悪夢でも、ラフィセルでもなく、俺を見ろ」 ミユウの瞳が揺れた。 「俺はここにいる。お前の目の前にいる。だから、今はそいつを見るな」 「でも……」 「でもじゃない」 俺はミユウの額に、そっと口付けを落とした。 ほんの一瞬だった。 泣きそうな子どもを現実に引き戻すみた
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第9話 900年の孤独と、勇者の誓い
ザクリ、と鈍い音がした。 俺の剣は、小型悪魔の肩をかすめただけだった。 次の瞬間、黒い影が地面を蹴る。 低く、速い。 俺が剣を戻すより早く、腹に衝撃がめり込んだ。「ぐっ……!」 息が詰まった。 足が浮く。 背中から神殿の裏庭の石畳に叩きつけられ、肺の中の空気が全部逃げていく。 視界が白く弾けた。 それでも、握っていた剣だけは離さなかった。 小型悪魔は、俺より頭一つ分小さい。 なのに、速さも力も桁が違う。 黒い皮膚。 ぎょろりとした赤い目。 裂けた口。 訓練用だとルゥは言った。 けれど、俺には十分すぎるほど化け物だった。「立て」 ルゥの声が飛んだ。 神殿の裏庭には、朝の光が差している。 白い柱。 蔦の絡んだ壁。 噴水の涼しい音。 平和そうな景色の中で、俺だけが泥と汗にまみれていた。「言われなくても……立つ」 膝が笑っていた。 腕も震えていた。 それでも俺は、剣を杖みたいにして立ち上がった。 小型悪魔が、喉の奥で笑うような音を立てる。 馬鹿にされている。 たぶん実際、馬鹿にされている。 魔力ゼロの高校生が、勇者服だけ着せられて、剣を振っている。 向こうからすれば、これ以上ない見世物だ。 けれど、俺はもう決めていた。 逃げない。 ミユウを守ると決めた。 だったら、今ここで膝をついている暇なんてない。「もう一回だ」 俺は剣を構え直した。 ルゥの金色の目が、わずかに細くなる。「雑魚のくせに、口だけは一人前ですね」「雑魚だからやるんだよ」 俺は荒い息のまま笑った。「強いやつが努力したって普通だろ。弱い俺がやるから、意味がある」 小型悪魔が跳んだ。 今度は正面じゃない。 左。 そう思った瞬間、影が右へ流れた。「くそっ!」 俺は反射で剣を振る。 空を切った。 脇腹に爪が当たる。 浅い。 けれど、熱い痛みが走った。 勇者服の布が裂れ、血が滲む。 それでも、俺は下がらなかった。 逃げるためじゃない。 捕まえるために、一歩踏み込んだ。「おおおっ!」 左手で、小型悪魔の腕を掴む。 爪が掌に食い込んだ。 痛い。 でも、離さない。 右手の剣を短く持ち替え、全体重を乗せて突き出す。 刃先が、小型悪魔の胸元をかすめた。 黒い影が、初めて後ろへ跳んだ。 ほんの少し。
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第10話 夢の中の俺に負けたくない
 馬車という乗り物は、想像していたよりずっと信用ならなかった。 木の車輪が石を踏むたび、座席ごと体が跳ねる。背中を板にぶつけ、膝が浮き、ようやく落ち着いたと思ったら次の穴だ。俺は何度目か分からない揺れに耐えながら、窓の外へ目をやった。 王都の白い城壁は、もう遠い。 見えるのは、なだらかな草原と、ぽつぽつ立つ木、それから道の先で薄く霞む山の影だけだった。「……なあ、ルゥ」「なんです」 向かいの席で腕を組んでいたルゥが、目だけをこちらへ向ける。「この世界、魔法はあるんだよな」「あります」「悪魔もいるんだよな」「います」「だったら、船とか、飛行船とか、空飛ぶ馬車とか、そういう便利な乗り物はないのか」 少しくらい期待していた。 異世界に召喚されたのだ。剣と魔法。勇者。白い羽を持つ少女。なら、空を走る船くらいあってもいいだろう。 なのに現実は、尻が痛い木の馬車である。 ルゥは一秒だけ俺を見て、鼻で笑った。「甘えるな」「一言で終わらせるなよ」「ラステルまでの街道は、結界石が残っているだけまだ恵まれています。馬車で進めるだけ感謝しなさい」「感謝しろって言われても、さっきから俺の腰が勇者になる前に折れそうなんだけど」「折れたら癒します」「そういう問題じゃない」「文句を言う体力があるなら、剣の握りを復習しておきなさい。あなたは魔力がほとんどないうえ、剣もまだ子どもの棒振りです」 ぐうの音も出なかった。 俺は腰に下げた剣へ手を置く。勇者服なんて大げさなものを着せられても、中身は昨日まで普通の高校生だった俺だ。小型悪魔に突っ込まれれば吹っ飛ぶし、スライム相手にも足を取られる。あの程度で守るなんて口にした自分が、今さら恥ずかしくなる。 けれど、言ったことを取り消す気はなかった。 隣を見る。 ミユウは窓枠に両手を置き、流れていく景色をきらきらした目で見つめていた。風に白い羽が小さく揺れている。羽の先に光が触れるたび、雪の結晶みたいに淡く輝いた。「すごいね、龍夜くん。草が全部走ってるみたい」「走ってるのは馬車のほうだろ」「でも、草も頑張ってるよ。ほら、あそこの花も一緒に来ようとしてる」 そんなわけあるか、と言いかけてやめた。 ミユウは本気で言っている顔だった。からかっているわけでも、子どもっぽく見せようとしているわけでもない。た
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