アストラル・オース〜白い羽根の君に誓う、最強勇者の恋〜

アストラル・オース〜白い羽根の君に誓う、最強勇者の恋〜

last updateLast Updated : 2026-10-28
By:  東雲明Updated just now
Language: Japanese
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ある日突然異世界に召喚されたごく普通の高校生。期待していたスキルはほとんど0?!そんな彼が出会ったのは天真爛漫、人助けが大好きな白翼の継承者の少女だった。彼女との距離が近づくにつれ、彼女の凄惨な過去が明らかに。「普通の女の子になりたい」彼女のささやかな願いを叶えるため、少年は何度傷ついても、何度でも立ち上がり、剣を振い、闇を切り裂く。これは、ごく普通の高校生が、大切な少女のために、そして世界を救うために、異世界で最強の勇者を目指す俺TUEEE成長譚

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第一話 異世界に召喚された青年
『お願い、早く、来て』 ーーきみは、誰だ。 夢の中で、誰かが俺を呼んでいる。眩い光に包まれ、顔はよく見えない。だが、その涙に歪んだ声で、本当に俺を必要としているのはわかった。 「待て!せめて名前を! 」 叫んだ瞬間、アラームの乾いた音が部屋中に鳴り響き、現実に戻される。 「また、あの夢か……」 俺は身体を起こし、乱れた髪を適当に直してから、居間に降りた。 「兄ちゃん、遅ーい!」 「龍!あんたまた昨夜遅くまでゲームしてたでしょ!」 妹と姉さんの声から逃げるように俺は鞄を手に学校へ向かった。学校と言っても、俺がやることは、教科書に隠れて話題のスマホの異世界漫画に逃げ込み、先生に叱られるだけだ。これからもこんなどうしようもなくてくだらない日常が続いていく。そう思っていたのに。 漫画の中では、勇者が叫びながら魔王に突っ込んで行く。思わず立ち上がった瞬間 教室の床が光った瞬間、俺の指先からスマホが滑り落ちた。 画面の中では勇者が剣を振り上げたまま止まり、机の脚も、上履きの先も、椅子の影も白く焼けていく。誰かのシャーペンが床に転がる音だけが、耳の奥でやけに大きく響いた。 次に膝へ触れたのは、教室の床ではなかった。 手のひらに食い込む、ざらついた石の冷たさ。肺に入った空気は、チョークではなく、古い香炉と雨上がりの石畳みたいな匂いがした。 俺は瀬野龍夜。漫画やゲームの世界に逃げ込み、異世界で無双する妄想ばかりしている、ごく普通の高校生だ。 ……なのに。 足元には白い線で描かれた巨大な円があった。文字、羽のような模様、薄く脈を打つ光。その中心で、俺の影だけが小刻みに震えている。 「……なんだ、これ」 見上げると、天井は体育館よりも高かった。細い柱が何本も伸び、壁の上では色ガラスが赤、青、金の光を石床に落としている。 その外側に、人がいた。 白や灰色のローブを着た大人たちが、魔法陣を囲んでいる。誰も近づいてこない。ただ俺を見ていた。割れ物がまだ砕けていないか確かめるような目で。 「……学校は」 自分の声が、神殿の中へ転がった。 返事の代わりに、人垣が割れた。 白いローブの男が一歩前へ出る。胸元には金の刺繍、肩から下がる布には翼を広げた鳥の紋章。男は俺の前で膝をつき、額が床につきそうなほど頭を下げた。 「ようこそお越し
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第2話 測定不能の力で、最初に守ったのは君だった
 白い扉の前で、俺は足を止めた。 測定の間。そこへ向かうまで、ミユウは俺の手首を掴んだまま、迷いなく歩いてきた。「龍夜くん、こっちだよ」「……これ、本当に必要なのか」 ミユウはきょとんと振り返った。白い羽が揺れ、銀色の髪が肩で跳ねる。「必要だよ。龍夜くんが、どんな力を持ってるか見るの」「触っただけで分かるのか?」「うん。力の強さも、どんな魔法に向いてるかも」 自分の掌を見下ろした。昨日までシャープペンを握り、教科書をめくっていた手だ。この中に魔法なんてものが眠っていると言われても、実感は湧かない。 けれど、試せるなら確かめたかった。「分かった。どうやればいい?」 ミユウは嬉しそうに頷き、白い扉を押し開けた。 部屋の中央には、両腕で抱えるほどの水晶玉が据えられていた。台座を囲む円形模様から光の線が伸び、透き通った球の底へ集まっている。周囲には白い法衣の長老たちが並んでいた。「救世主様。御身の資質を測定いたします」 正面の長老が告げた。 救世主様。 昨日まで教室にいた高校生に、ずいぶん大きな名前を被せてくる。何を期待されているのか、まずは自分の目で確かめてやろうと思った。「水晶へ手を」 俺は台座の前に立ち、右の掌を水晶玉に重ねた。 ひやりとした感触。その奥から、指先を押し返すような振動が伝わってくる。 白い光が腕をなぞり、水晶の中に文字が浮かんだ。 攻撃力。魔力。耐久力。適性。 それぞれの下で数字が走り出す。 十、百。その先を読み取る前に桁が増え、光の文字が次々と上書きされていった。「……これ、いつ止まるんですか」 返事はなかった。 台座を囲む光の線が、急に太くなる。床に刻まれた模様が端から端まで輝き、靴底に細かな振動が伝わった。「測定域を拡張せよ」 長老の声に、若い神官が台座へ駆け寄った。「すでに上限です」「補助術式を開け。すべてだ」 壁に並んだ石が一斉に青く灯った。 それでも、数字は止まらなかった。水晶の内側を白い光が満たし、四つの項目がかき消される。 代わりに浮かんだのは、同じ文字だった。 攻撃力 測定不能  魔力 測定不能  耐久力 測定不能  適性 測定不能「測定不能……?」 俺が読み上げた時、水晶の芯で青い炎のようなものが揺れた。 掌が熱い。 手を離したのに、光は細い糸になって
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第3話 名前を知っている理由
「お前、なんで俺の名前知ってるんだ」 俺の声は、自分で思ったより低く響いた。 白い石で造られた広間は、天井がやたらと高い。柱には羽を広げた女神みたいな彫刻が並び、壁の奥では青白い光がゆらゆら揺れていた。 ここが天界アストリアだとか、俺が勇者として召喚されたとか、正直まだ頭が追いついていない。 それでも、一つだけ引っかかっていた。 目の前の少女――ミユウ・ネフェルト。 俺よりずっと小柄で、銀色の髪をふわりと揺らし、背中に大きな白い翼を持った少女。初対面のはずなのに、こいつは当然のように俺の名前を呼んだ。 瀬野龍夜。 俺が名乗る前に。 その事実だけは、どんな不思議な景色よりも気味が悪かった。 ミユウは、ぱちぱちと目を瞬かせたあと、なぜか嬉しそうに胸の前で手を合わせた。「えへへ。だって、古い予言書に載っていたんだよ」「予言書?」「うん! 異国の服を着て、龍の背に乗って夜の闇を切り払い、アストリアの闇を晴らす人が現れるって」 ミユウはそこで、俺をまっすぐ見上げた。 澄みきった瞳だった。 疑うことを知らない子供みたいな目。だけど、その奥には子供の憧れだけじゃない、長い間ずっと誰かを待っていたような熱があった。「だから、龍夜くんよ」「いや、だからって……」 俺はこめかみを押さえた。 待て。 龍の背に乗って、夜の闇を切り払う。 それで龍夜。 そんな雑な名付けクイズみたいな理由で、俺は異世界に引っ張られてきたのか。「お前、それ本気で言ってるのか?」「もちろんだよ!」「予言書に『龍夜』ってそのまま書いてあったわけじゃないのか?」「えっとね、文字はもっと難しかったけど、神官さまたちがたくさん調べてくれてね。龍と夜で、龍夜くんだって」「翻訳の結果が俺の人生を巻き込んでるんだが」 俺が思わず呟くと、ミユウは申し訳なさそうに眉を下げた。けれどすぐに、ぱっと花が開くように笑った。「でも、来てくれた。ちゃんと来てくれたもん」 その言い方に、胸の奥が少しだけ詰まった。 責めるつもりだった。 ふざけるなと言うつもりだった。 勝手に呼び出して、勝手に勇者扱いして、しかも俺には戦闘力もスキルもない。さっき測られた数値は、きれいに何もなかった。 なのにミユウは、俺を見ている。 俺が何もできないことなんて、まだ知らないみたいに。 い
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第4話 蒼き剣の真価
「その細い腕でアストラル•フレイムを扱えるとは、とても思えませんね」  神殿の裏庭に出るなり、ルゥは俺の腰へ視線を落とした。銀色に近い淡い髪が朝風に揺れている。腕を組んだ姿は涼しげだが、品定めするような目つきまで隠す気はないらしい。  俺は剣の柄を握り、鞘からゆっくり引き抜いた。  白い石畳に、刀身の青い輝きが映る。見た目には立派な長剣なのに、持ち上げた腕は拍子抜けするほど楽だった。 「……軽いな」  羽根でも持っているみたいだ。  試しに手首を返すと、剣先が思った場所でぴたりと止まった。腕を引っ張られる感じもない。初めて握るはずなのに、指の一本一本まで柄になじんでいた。 「軽々しく振り回さないでください。あなたが転ぶだけならともかく、ミユウに当たったらどうするんです」 「だから、周りを見てから抜いたんだろ」  俺は花壇から離れ、庭の中央へ歩いた。噴水を背にする位置も避ける。石畳の先にあるのは、背の高い白壁だけだった。  ミユウがついてこようとしたので、振り返って手を上げた。 「そこから見ててくれ。終わったら呼ぶ」 「龍夜くん、大丈夫?」 「ああ。この剣、俺には合ってるみたいだ」  笑ってみせると、ミユウの肩から少し力が抜けた。胸の前で握っていた両手をほどき、白い羽を小さく揺らす。  ルゥは面白くなさそうに目を細めた。 「剣を持った感想だけで安心できるとは、ずいぶんおめでたいですね。測定用の水晶が壊れた件も、あなたの実力だと決まったわけではありませんよ」 「だったら、ここで確かめればいい」  俺は剣先を下げたまま、ルゥを見る。 「何をすればいいんだ?」  ルゥの眉がわずかに上がった。俺が言い返すか、尻込みするか、そのどちらかを待っていたような顔だった。 「……簡単な実戦です。もっとも弱い部類の魔物を召喚しますので、倒してみてください」  長い袖から出した手が、空中に円を描く。  澄んだ水の匂いがした。  石畳の継ぎ目に青白い光が走り、庭の真ん中に輪を作る。その中から、半透明の塊がゆっくりと盛り上がってきた。  膝くらいまでの高さがある。透けた体の向こうで、石畳の模様がぐにゃりと曲がった。 「本物のスライムか……」  思わず見入った。  画面の中なら何度も見ている。でも、目の前で体を震わせ、水滴のような光を弾いて
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第5話 君を守る決意
「あなたがそんな心では、いつまでも解放されません」 ルゥは俺の手元を一瞥すると、神官の隣で腕を組んだ。高窓から差す夕日が、床の模様を長く引き伸ばしている。ついさっき身体に吸い込まれた光の感触は残っているのに、手を開いても閉じても何も起こらない。俺は掌から顔を上げ、涼しい顔をしたルゥを見た。「そんな心って言われてもな。使い方を知りたいから聞いてるんだろ」 ルゥの眉がわずかに動いた。スライムを倒したときも、ちょうどこんな顔をしていた。俺は傍らに立てかけたアストラル•フレイムを取り、柄の握り心地を確かめた。見た目に反して羽根のように軽く、腕を動かせば切っ先までぴたりとついてくる。スキルがまだ使えなくても、この剣を振れることは確かだった。「一撃で倒せたからといって、何でも扱えると思わないことです。力任せの意気込みでどうにかなるものではありませんよ」 俺がもう一度試したいと言うより先に、夕刻を告げる鐘が鳴った。神官が儀式の道具を片づけ始め、ミユウが扉のそばからこちらを覗く。食事の用意ができたらしい。俺は剣を収め、明日また試せばいいと、彼女の待つ扉へ向かった。 食卓でミユウは、俺の皿に丸いパンを載せてくれた。焼きたてだからと勧める本人の指が熱そうで、俺が皿を近づけると、照れたように笑う。そのあとも神殿の庭や窓から見える街の話をしてくれたが、食事が終わり、廊下の灯りが減る頃には、少しずつ口数が少なくなっていた。 部屋まで送ったところで、袖が軽く引かれた。「龍夜くん。眠るまで、そばにいてくれる?」 ミユウは俺の袖口を見つめたまま、返事を待っていた。廊下へ向けていた足を戻し、俺は部屋に入った。窓辺の椅子を引こうとすると指に力がこもったので、そのままベッドの端に腰を下ろす。これならいいかと顔を覗けば、ようやく小さく頷いた。 しばらく話しているうちに、肩に白い髪が触れた。眠ったミユウを起こさないよう背中を壁に預けると、庭の水音がよく聞こえた。薄いカーテンが膨らんでは戻るのを眺めているうちに、俺もいつの間にか目を閉じていた。「いやあぁっ!」 肩が激しく揺さぶられ、俺は目を開けた。ミユウが胸元を押し、身をよじっている。広がった白い翼が枕を払い落とした。支えようと伸ばした手を振り払われ、頬に乾いた音と痛みが走る。 ミユウの目は開いていた。けれど、見ているのは俺ではなか
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第6話 君に見せる勝利
「本当にミユウを守りたいなら、早く煩悩を捨てなさい。」 神殿の廊下に、ルゥの声が涼しく響いた。開いた窓から風が入り、背中の白い羽を揺らしている。その脇を通り抜けようとしていた俺は、足を止めた。「守りたいって言ってるのに、なんで煩悩になるんだよ」 振り向くと、ルゥは俺の顔から剣の柄へ視線を落とした。こちらの言い分を聞くより先に、返す言葉を選び終えていそうな顔だった。俺は柄に触れていた手を離さず、向かいの窓まで歩く。裏庭には広い芝生があり、白い石柱の影が端まで伸びていた。剣を振るには十分な場所だ。「言い合っててもしょうがないだろ。あそこで試せばいい。今の俺に何ができるか、ちゃんと見えるから」 窓の外を示すと、ルゥは庭を一瞥しただけで俺に向き直った。「意気込みだけで押し通そうというのなら、根性論ですね。スライムを一撃で倒した力と、相手を正しく捉える力は別です」「じゃあ、そっちも確かめればいいだろ」 窓から離れ、そのまま裏庭へ続く扉に向かった。後ろで衣擦れの音がして、ルゥの足音がついてくる。止める声はなかった。 扉の取っ手に手を掛けたところで、廊下の向こうからミユウが来るのが見えた。俺たちの行き先を確かめるように、開きかけた扉へ顔を向けている。「龍夜くん、何をするの?」「最終試験です。この方がご自分で確かめたいそうですから」 俺より先に答えたルゥが、扉の隙間を広げた。ミユウの白い羽がそこを通るのを待ってから、俺も外へ出る。石畳の照り返しが眩しく、廊下に慣れた目を一度しばたたいた。「ミユウは、ここで見てろ。柱の内側なら剣も届かないから」 芝へ下りようとしていた彼女に声を掛け、扉の横の平らな場所を指した。ミユウは足元を見てから頷き、そこで両手を重ねた。俺を見上げる目には、もう試験が始まったような真剣さがある。「うん。気をつけてね」「すぐ終わるよ」 軽く手を上げて返したつもりなのに、口元が緩んだ。見ていてくれるなら、格好悪いところは見せたくない。背筋を伸ばして芝へ踏み出すと、靴底から柔らかな土の感触が伝わってきた。 裏庭の中央へ進みながら、俺は左右の広さを確かめた。片側には低い花壇があり、反対側は石柱まで芝が続いている。ミユウのいる扉を右手の後方に置き、花壇から離れたところで立ち止まる。ここなら前へ踏み込んでも、剣を振り抜いても、誰にも近づかず
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第7話 俺はもう、逃げない
「やった……」 倒れたスライムが、青白い光になって芝生の上へ消えていく。 俺は剣を下ろした瞬間、その場に膝をつきそうになった。 息が荒い。 腕が痛い。 指先はまだ震えている。 それでも、俺は立っていた。 勝った。 たった一匹のスライムだ。 この世界では、子どもでも倒せるような魔物なのかもしれない。勇者を目指すなんて言っている人間が、ここで喜んでいいのかもわからない。 それでも。 俺にとっては、初めて自分の足で踏み出した一歩だった。「龍夜くん!」 ミユウが走ってきた。 次の瞬間、俺の両手をぎゅっと握る。「すごい! 本当にすごいよ! 龍夜くん、最後まで逃げなかった!」「いや、逃げたかったけどな」「でも逃げなかったもん!」 ミユウは、まるで自分のことみたいに笑っていた。 その笑顔を見た瞬間、胸の奥が熱くなる。 俺は強くない。 魔力もない。 剣だって、まだまともに振れない。 でも、ミユウはそんな俺を見て、まっすぐに笑う。「龍夜くんは、絶対強くなるよ」「……なんでそんなに言い切れるんだよ」「だって、諦めない人だから」 何気ない言葉だった。 でも、俺にはそれが、どんな魔法よりも強く響いた。 誰かに信じてもらうことが、こんなに怖くて、こんなに嬉しいものだなんて知らなかった。「雑魚スライム一匹で感動するな。見てるこっちがむず痒い」 石柱にもたれたルゥが、鼻で笑った。「うるさいな。勝ちは勝ちだろ」「ほう。言い返す元気は残ってるのか」 ルゥは俺の足元から剣先までを見て、小さく息を吐いた。「まあ、逃げなかったことだけは認めてやる」「それ、褒めてるのか?」「勘違いすんな。底辺が少し地面から顔を上げただけだ」 相変わらず腹の立つ言い方だった。 けれど、不思議と嫌ではなかった。 たぶん、今の俺は少しだけ浮かれていた。 初めて、自分にも何かできるかもしれないと思えたから。 その時だった。 神殿の表側から、ざわめきが聞こえた。 歓声じゃない。 祈りでもない。 泣き声。 叫び声。 助けを求める声。 ミユウの笑顔が消えた。「行かなきゃ」「待て、ミユウ」 俺が止めるより早く、彼女は走り出していた。 神殿の大広間は、人であふれていた。 老人を背負った男。 熱にうなされる子どもを抱いた母親。 顔
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第8話 1人で頑張らなくていい
 神殿の入口で、俺はアストラル・フレイムを構えていた。 剣先の向こうに続く石畳を、一つの人影が歩いてくる。月明かりの下、その姿がはっきりするにつれて、肌に触れる空気が重くなった。 ラフィセルは俺の前で足を緩めた。こちらの剣に視線を落とし、それから俺の肩越しに神殿の奥を見た。 その目が、気に入らなかった。 俺は剣を握り直し、入口を塞ぐように立った。 「ここから先には行かせない」 ラフィセルの視線が、ようやく俺に戻った。 「そこを退け。ミユウに用がある」 低い声とともに、息が詰まるほどの威圧が押し寄せた。首筋がひりつき、柄を握る手に汗がにじむ。それでも俺は顎を引き、目の前の相手を真っ直ぐ見据えた。 奥ではミユウが休んでいる。倒れるまで人を癒し、ようやく眠れたところだ。その眠りを、こいつに踏み荒らさせるつもりはなかった。 「ミユウは休んでる。お前には会わせない」 ラフィセルが一歩近づいた。俺は剣先をその胸元から外さず、石畳を踏みしめた。 「お前に止められると思っているのか」 「止めるんだよ」 答えながら、俺は前へ踏み込んだ。 神殿を背にして立つだけじゃない。こいつを、ミユウのいる場所から遠ざける。そのために詰めた一歩だった。 ラフィセルの足が止まった。 俺の顔を見つめる目が細くなる。再び押しつけられた威圧を、俺は正面から受けた。呼吸を深く腹へ落とし、両足に力を込める。剣先は揺らさなかった。 「ミユウは渡さない。ここも通さない」 口にすると、胸の奥にあった熱が、はっきりとした芯になった。 誰かに認められるための言葉じゃなかった。俺の後ろには、守ると決めた相手がいる。その前から退く理由なんて、一つもなかった。 ラフィセルが俺を見据えたまま、踏み出そうとした。俺はその動きに合わせて、さらに一歩、間合いを詰めた。 「帰れ」 声を叩きつける。 ラフィセルの肩がわずかに強張った。こちらを押し退けようと上がりかけていた手が止まり、片足が石畳を擦った。 後ろへ。 俺の気迫を受けたラフィセルが、初めて一歩退いた。 その瞬間、意識の奥に一つの言葉が鮮明に浮かんだ。 ――スキル「根性」が解放されました。 確かに、その意味が伝わった。だが、俺は剣にも自分の手にも目を落とさなかった。目の前の相手は、まだ神殿を狙っている。 「どうした。ここ
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第9話 900年の涙
剣を振り抜くと、小型悪魔の身体が黒い霧になって弾けた。 爪を振り上げた隙に踏み込んだだけだった。刃に残る手応えは軽く、足元を流れた影も朝の風にさらわれていく。白い石畳には傷一つなく、噴水の水音が涼しく響いていた。 「なんだ、もう終わりか。もう少し強いのでもよかったんじゃないか?」 剣を下ろしてルゥを振り返る。身体はまだ動きたがっていた。昨日はラフィセルを気迫で押し返し、今日は悪魔を一撃だ。思わず緩んだ口元のまま、この調子なら案外早く決着がつくかもな、と続けた。 ルゥの目が細くなった。 「調子に乗るのも大概になさい。ラフィセルは、あなたが思うほどの相手ではありません」 ぴしゃりと言い切る声が、裏庭に響いた。俺が何か言うより先に、ルゥは石畳を踏んで近づいてきた。 「小型悪魔を倒した程度で、力を測れると思わないことです。九百年、ミユウを狙って来た者ですから」 敬称の抜けた名前が妙に耳に残った。目の前の顔には、いつもの俺をからかうような余裕がない。俺は肩の力を抜き、握っていた剣を鞘へ戻した。 「早くスキルを解放することです。『根性』の解放は、その始まりにすぎません。勝てるつもりでいる暇があるなら、勝つための力を身につけなさい」 「……わかったよ。でも、倒す気は変わらないからな」 「でしたら、その言葉に見合う働きをすることです」 言い返せないまま、先に歩き出した背中を追った。扉をくぐると、熱の残った頬に神殿の冷たい空気が触れた。 廊下の窓辺にはミユウがいた。小さな鉢を抱え、倒れかけた花の根元へ土を寄せている。銀色の髪に朝日が透け、背中の白い羽が淡く輝いていた。俺に気づくと、土のついた指を止めて笑った。 「龍夜くん、おはよう。訓練、終わったの? 怪我はしてない?」 「ああ、一撃だった。怪我もなし」 「よかった。朝ごはん、まだだったら一緒に食べようよ」 その明るい声を聞くと、さっきの叱責まで遠くなりそうだった。けれど、笑った目の下には疲れが残っている。昨夜、汗に濡れて震えていた顔が重なり、俺は足を止めた。 「その前に、聞きたいことがあるんだ。九百年前に、何があった?」 ミユウの指が鉢の縁を掴んだ。窓から入る風が髪を揺らしても、こちらを見上げる顔は動かなかった。 「昨日うなされてただろ。ラフィセルのこと
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第10話 夢の中の俺に負けたくない
 馬車という乗り物は、想像していたよりずっと信用ならなかった。 木の車輪が石を踏むたび、座席ごと体が跳ねる。背中を板にぶつけ、膝が浮き、ようやく落ち着いたと思ったら次の穴だ。俺は何度目か分からない揺れに耐えながら、窓の外へ目をやった。 王都の白い城壁は、もう遠い。 見えるのは、なだらかな草原と、ぽつぽつ立つ木、それから道の先で薄く霞む山の影だけだった。「……なあ、ルゥ」「なんです」 向かいの席で腕を組んでいたルゥが、目だけをこちらへ向ける。「この世界、魔法はあるんだよな」「あります」「悪魔もいるんだよな」「います」「だったら、船とか、飛行船とか、空飛ぶ馬車とか、そういう便利な乗り物はないのか」 少しくらい期待していた。 異世界に召喚されたのだ。剣と魔法。勇者。白い羽を持つ少女。なら、空を走る船くらいあってもいいだろう。 なのに現実は、尻が痛い木の馬車である。 ルゥは一秒だけ俺を見て、鼻で笑った。「甘えるな」「一言で終わらせるなよ」「ラステルまでの街道は、結界石が残っているだけまだ恵まれています。馬車で進めるだけ感謝しなさい」「感謝しろって言われても、さっきから俺の腰が勇者になる前に折れそうなんだけど」「折れたら癒します」「そういう問題じゃない」「文句を言う体力があるなら、剣の握りを復習しておきなさい。あなたは魔力がほとんどないうえ、剣もまだ子どもの棒振りです」 ぐうの音も出なかった。 俺は腰に下げた剣へ手を置く。勇者服なんて大げさなものを着せられても、中身は昨日まで普通の高校生だった俺だ。小型悪魔に突っ込まれれば吹っ飛ぶし、スライム相手にも足を取られる。あの程度で守るなんて口にした自分が、今さら恥ずかしくなる。 けれど、言ったことを取り消す気はなかった。 隣を見る。 ミユウは窓枠に両手を置き、流れていく景色をきらきらした目で見つめていた。風に白い羽が小さく揺れている。羽の先に光が触れるたび、雪の結晶みたいに淡く輝いた。「すごいね、龍夜くん。草が全部走ってるみたい」「走ってるのは馬車のほうだろ」「でも、草も頑張ってるよ。ほら、あそこの花も一緒に来ようとしてる」 そんなわけあるか、と言いかけてやめた。 ミユウは本気で言っている顔だった。からかっているわけでも、子どもっぽく見せようとしているわけでもない。た
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