All Chapters of 異世界転生してもスキルはなかったけど、白い羽をもつ彼女を守るため最強の勇者目指します: Chapter 11 - Chapter 20

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第11話 今度は、俺が守る

「わたしが闘う!」 ミユウの声が、馬車の軋む音を押しのけて森の中に響いた。 俺が止めるより早く、彼女は荷台から飛び降りていた。白い羽がふわりと揺れ、陽の光を受けて淡く輝く。その背中は小さかった。俺の肩よりもずっと細くて、風が強く吹けば飛ばされそうなくらい軽そうなのに、彼女は迷わず小型悪魔の群れへ向かっていった。「待て、ミユウ!」「大丈夫! 龍夜くんは馬車のそばにいて!」 振り返ったミユウは、こんな時なのに笑った。 まるで、道ばたで迷子の子供を見つけた時みたいに。まるで、困っている誰かを助けに行くのが当たり前だと言うみたいに。 その笑顔に、俺は一瞬だけ足を止めてしまった。 次の瞬間、小型悪魔が地面を蹴った。 黒い影が三つ、同時にミユウへ飛びかかる。鋭い爪が光り、耳障りな鳴き声が空気を裂いた。 ミユウは怖がらなかった。 白い羽をひとつ大きく広げ、体をくるりと回す。足元に淡い光の輪が広がったかと思うと、彼女の手のひらから細い光が伸びた。「えいっ!」 可愛い声に似合わない速さだった。 光は鞭のようにしなり、先頭の小型悪魔を横から打った。黒い体が木の幹に叩きつけられ、霧のように散る。続いて二匹目。ミユウは身を低くして爪をかわし、地面に手をつくようにして跳ねた。白いスカートの裾が舞い、彼女の足が小型悪魔の胸に入る。 小型悪魔は悲鳴をあげて吹き飛んだ。 俺は息を呑んだ。 強い。 ミユウはただ明るくて、すぐ笑って、食べ物を見ると目を輝かせる女の子だと思っていた。俺が守ると決めた相手だ。守らなきゃいけない相手だ。なのに今、森の真ん中で一番前に立っているのは彼女だった。「すごい……」 思わず声がこぼれた。 けれど、隣のルゥは冷たい目で戦場を見ていた。「あの程度で見惚れている場合ではありません。よく見なさい、龍夜」 ルゥの言葉に、俺は視線を戻した。 ミユウに倒されたはずの小型悪魔が、地面の上で黒い泥のように揺れていた。霧になって消えたはずの体が、じわじわと集まっていく。折れた爪が戻り、潰れた頭が膨らみ、黄色い目がまた開いた。「……なんだよ、あれ」「小型悪魔の中でも厄介な種類です。核を潰さない限り、何度でも形を戻します」「核ってどこだよ!」「見えれば苦労はしません」 ルゥは当然のように言った。 その間にも、小型悪魔は増えていくよ
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第12話 黒髪が黄金に染まる時

 胸の奥で、何かが暴れていた。 それは、火のようで、雷のようで、けれどどちらとも違った。 熱い。 痛い。 心臓のすぐ裏側から、身体の中心を無理やりこじ開けられているみたいだった。息を吸うたびに胸の内側が焼け、指先まで熱が走る。骨がきしみ、足の裏が地面から浮きそうになる。 それでも、俺は倒れなかった。 森の空気は、さっきまでとはまるで違っていた。 馬車道の両側には、濃い緑の木々が壁のように立ち並んでいる。枝の隙間から差し込む夕方の光は細く、地面に落ちた影は黒い水たまりみたいに揺れていた。車輪の跡が残る土の道には、馬が暴れた跡がある。折れた枝、散った葉、倒れた荷物。 そして、その先にミユウがいた。 ルゥに抱きかかえられたまま、ぐったりと目を閉じている。 白い羽は力なく垂れ、いつも明るく揺れていた銀色の髪も、今は頬に張りつくように乱れていた。さっきまで、あんなに必死に笑っていたのに。俺たちを安心させるみたいに、「大丈夫だよ」と言って飛び出していったのに。 今は、動かない。 その姿を見た瞬間、胸の奥で暴れる熱とは別の痛みが走った。 俺が弱かったからだ。 俺が前に出られなかったから、ミユウが一人で無茶をした。 俺が守ると言ったのに。 俺が勇者になると決めたのに。 結局、守られていたのは俺の方だった。 歯を食いしばると、口の中に苦い味が広がった。 悔しい。 情けない。 けれど、その気持ちに沈んでいる時間はない。 小型悪魔たちが、また動き出していた。 黒い煙のような身体が、地面の上でうごめく。さっきミユウが倒したはずのものまで、核を残したまま再び形を取り戻していく。獣に似た背中。細く長い爪。赤黒く光る目。口元に浮かぶ、いやな笑み。 こいつらは、ミユウが倒れても止まらない。 こいつらは、まだミユウを狙っている。「……暴れるな」 俺は、胸の中の力に向かってつぶやいた。 怒りはある。 叫びたいほどある。 でも、怒りに任せて剣を振れば、きっと何も見えなくなる。何も守れなくなる。 俺に必要なのは、壊すための力じゃない。 守るための力だ。 ミユウが俺を信じてくれた。 弱くても、逃げそうになっても、何もできなくて歯を食いしばるだけだった俺に、何度も笑ってくれた。 龍夜くんなら大丈夫。 その言葉を、今も耳が覚えている。 
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第13話 900年、1人で闘ってきた君へ

「……っ、は!」 喉の奥が裂けたような声が、自分のものとは思えないほど大きく響いた。 俺は寝台の上で跳ね起きた。 胸の奥が、まだ燃えていた。熱い。けれど、熱いはずなのに、指先だけは氷のように冷えている。布団を掴んだ手に力を込めようとしても、うまく入らない。腕の筋肉が遅れて震え、肩から背中にかけて鈍い痛みが広がった。 息が荒い。 鼻から吸い込んだ空気は乾いていて、少しだけ埃っぽかった。 暗い天井。 木の壁。 薄いカーテンの向こうに、夜の青黒い色がにじんでいる。 ここは、どこだ。 俺は何をしていた。 寝台が、ぎし、と小さく軋んだ。その音にさえ身体がびくつく。まるで、まだ目の前に黒い影がいるみたいだった。 頭の奥で、途切れ途切れの記憶が跳ねた。 馬車。 街道。 小型悪魔の群れ。 ミユウの白い羽。 地面に倒れた小さな身体。 俺の中から吹き上がった、怒りとも熱ともつかない何か。 剣を握った手のひらが、じんじんと疼く。 そうだ。 俺は立った。 立たなきゃいけないと思った。 ミユウを守りたかった。 守りたいと願った瞬間、身体の奥で何かが弾けた。 俺のものじゃないみたいな力が、血の中に流れ込んできて、目の前の黒い影を斬った。怖かった。強くなったはずなのに、怖かった。剣を振るたび、自分の輪郭が削れていくようで、心の底が冷たくなった。 それでも、止まれなかった。 ミユウが倒れていたから。「ミユウは?!」 声が勝手に飛び出した。 布団を跳ねのけようとして、全身に痛みが走った。胸の内側を爪で引っかかれたような痛みだった。腕も足も重い。たったそれだけの動作で、息が詰まる。 それでも寝台から降りようとした時、扉が静かに開いた。 入ってきたのはルゥだった。 いつも通り、背筋は伸びている。表情も大きくは崩れていない。けれど、目の下に薄い疲れの影があった。髪も服も整っているのに、どこか空気だけが重い。「起きましたか。思ったより早いですね」「ミユウはどこだ」 自分でも驚くほど、声が荒かった。 ルゥは俺を責めるでもなく、ただ静かに答えた。「隣の部屋です。まだ眠っています」 まだ眠っている。 その言葉を聞いた瞬間、胸の奥が少しだけ緩んだ。命がある。すぐそばにいる。その事実だけで、肺に空気が戻ってくる。 けれど、安心は一瞬だ
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第14話 普通の女の子でいいんだ

扉が閉まった音だけが、いつまでも耳の奥に残っていた。 ミユウが宿屋を飛び出していった。 それは、たったそれだけの出来事のはずだった。けれど俺には、胸の真ん中を乱暴にえぐられたみたいに感じた。 部屋の中には、さっきまでミユウがいた気配が残っている。 椅子が少しだけ斜めを向いていた。テーブルの上には、冷めかけたお茶が置かれている。窓の隙間から入ってくる夜風が、ランプの火を頼りなく揺らした。 その揺れる光の中で、ミユウの叫び声だけが何度もよみがえる。 雑魚のくせに。 わたしにかまわないで。 怒鳴られたことが痛かったんじゃない。 あいつが、あんな顔をしていたことが痛かった。 いつもなら、明るすぎるくらい笑っている。誰かが怪我をしていれば、自分の危険なんて考えずに駆け寄ってしまう。俺が情けなく膝をついても、馬鹿にするどころか、何度でも手を伸ばしてくれる。 そんなミユウが、まるで自分自身を傷つけるために叫んだみたいだった。 俺を遠ざけるために。 俺に嫌われるために。 自分はひとりでいいのだと、無理やり信じ込むために。「何をしているのです」 静かな声が落ちた。 ルゥだった。 いつものように姿勢よく立っている。顔には大きな焦りもない。けれど、赤い瞳だけが鋭く光っていた。「追うのでしょう」「……当たり前だ」 俺は剣に手を伸ばした。 その瞬間、腕の筋が引きつった。さっきまでの戦いの痛みが、遅れて牙をむいてくる。肩は鉛のように重く、背中には鈍い熱が残っていた。膝もまだ笑っている。 けれど、そんなものは言い訳にもならない。 ミユウがひとりで外にいる。 それだけで、身体の痛みなんて後回しだった。 剣を掴む指が、少し震えた。 ルゥはその手を見下ろし、わずかに目を細める。「そのまま飛び出しても、無駄に走り回るだけです。気で探しなさい」「気で……ミユウを?」「あなたはあの子の気配を何度も感じてきたはずです。戦いの中で。倒れかけた時に。あの子に救われた時に。目で見ることばかりに頼るから、あなたは遅いのです」 きつい言い方だった。 けれど、今はそのきつさが必要だった。 俺は目を閉じた。 世界が暗くなる。 最初に聞こえたのは、自分の荒い呼吸だった。胸が上下するたびに、肋骨の奥が痛む。宿屋の下の階からは、食器を片づける音がかすかに聞こ
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第15話 焦げたクッキーと勇者の違い

 夜が深くなるにつれ、宿屋の木の壁は、昼間とは違う顔を見せ始めた。 食堂から聞こえていた人々の笑い声はとうに途絶え、煮込み料理の温かな匂いも、今ではかすかに残るだけになっている。廊下に並んだランプが頼りなく揺れ、その淡い光が扉の隙間から細く差し込んでいた。 窓の外には、黒い波のような森が広がっている。 風が吹くたびに枝葉が触れ合い、さわさわと音を立てた。遠く離れた場所で、誰かがひそひそと囁いているようにも聞こえる。 旅の途中で、一晩だけ身体を休めるための宿。 本来なら、それ以上でもそれ以下でもない場所だった。 それなのに、ミユウが俺の腕の中にいるだけで、この狭い部屋がどこにも代えられない場所に思えた。 ミユウは俺の胸元に額を寄せたまま、しばらく何も言わなかった。 いつものミユウなら、窓の向こうに星を見つければ嬉しそうに指を差す。宿の入口で丸くなっていた猫に勝手に名前をつけ、道端で怪我をした人を見れば、俺たちを置いてでも駆け出してしまう。 けれど今夜は、背中の白い羽を小さくたたみ、俺の服を指先で掴んでいるだけだった。 その指が、かすかに震えていた。「龍夜くん」「ん?」「普通の女の子って、何をするのか、まだわからないの」 消え入りそうな声だった。 俺を責めているわけでもなければ、答えを急かしているわけでもない。 自分の中にあるはずの答えを見つけられず、暗闇の中を手探りしているような声だった。 俺はすぐに言葉を返せなかった。 ミユウは九百年もの間、たった一人で悪魔族と戦い続けてきた。 誰かに甘えることも、疲れたと弱音を吐くことも、今日は何もしたくないと布団の中へ逃げ込むことも、きっと簡単には許されなかった。 誰かを助けることが当たり前で、自分の傷はいつだって後回し。 泣くより先に立ち上がり、怖がるより先に手を伸ばしてきた。 普通の女の子なら当たり前に過ごせたはずの時間を、ミユウはすべて戦いに差し出した。 そのミユウが今、俺の腕の中で、普通がわからないと呟いている。 胸の奥に、鈍い痛みが広がった。 守る、と口にするのは簡単だ。 けれどミユウが失ったものの大きさを思えば、どんな言葉を並べても軽く聞こえてしまう気がした。 だから俺は、無理に格好をつけるのをやめた。「実は俺も、よくわからない」 正直に答えると、ミユウが驚
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第16話 好きなのに、まだ言えない

馬車の車輪が、ぬかるんだ道の上で大きく跳ねた。 ガタン、と木の車体が軋む。 山道を抜けた先、道はゆるやかに海へ向かって下っていた。片側には低い崖が続き、もう片側には風に揺れる草地が広がっている。雨上がりの土はまだ湿っていて、ところどころに水たまりが残っていた。 馬が前脚を滑らせたのは、その水たまりを避けようとした瞬間だった。 車体が右へ傾く。「きゃっ……!」 ミユウの体が、座席から浮いた。 開きかけた窓の外へ、白い羽がふわりと流れる。小さな肩が崖側へ傾くのを見た瞬間、俺の中で何かが弾けた。「ミユウ!」 考えるより先に、手が伸びていた。 俺は座席を蹴り、彼女の腰を抱き寄せる。細い体が腕の中に飛び込んできた。その軽さに、胸の奥がひやりとする。 落ちていたかもしれない。 ほんの少し遅れていたら。 そう思った瞬間、指先に力が入った。 俺はミユウを抱きしめたまま、座席へ倒れ込む。背中に木の硬さが当たり、息が詰まった。それでも腕だけは緩めなかった。 ミユウの手が、俺の服をぎゅっと握り返す。 馬車がもう一度揺れた。 俺は彼女をかばうように体を丸めた。「……大丈夫か」 声が、思ったより低く出た。 ミユウは俺の胸元に額を預けたまま、少し遅れて頷いた。「うん……龍夜くんが、抱き止めてくれたから」 顔を上げたミユウと、目が合う。 近い。 近すぎる。 銀色の髪が俺の腕にこぼれて、潮を含んだ風と一緒に淡い花のような匂いがした。胸の中で心臓が嫌になるくらい大きく鳴る。 ミユウの頬も赤かった。 怖かったからなのか。 それとも、俺と同じように別の何かを意識しているのか。 わからない。 わからないのに、視線をそらせなかった。 俺の腕の中で、ミユウが小さく息を吸う。俺の服を握る指に、また少し力が入った。「龍夜くん……」 その声だけで、理性が危なかった。 守りたいと思ったはずなのに。 そのために腕を伸ばしたはずなのに。 今は、触れている距離の近さに頭の奥が熱くなっていく。 このまま、もっと近づいたら。 そんな考えが浮かんだ瞬間、向かい側からわざとらしい咳払いが聞こえた。「こほん」 俺とミユウは、同時に固まった。 おそるおそる視線を向けると、ルゥが腕を組み、冷ややかな目でこちらを見ていた。「危機を救ったこと自体は、悪くあ
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第17話 守ると決めたから、強くなる

「……うっ、ぐ……」 喉の奥から、潰れた声が漏れた。 暗い。 目を開けているはずなのに、何も見えない。 湿った土の匂いが鼻を刺し、遠くで金属がぶつかり合う音が響いている。剣と剣がぶつかる甲高い音。その合間を縫うように、誰かの悲鳴が夜の空気を震わせていた。 ここは宿屋の部屋じゃない。 頭ではそう分かっているのに、足の裏には冷たい大地の感触があった。 黒い雲に覆われた空。 焼け落ちた建物。 地面には折れた槍や砕けた盾が散らばり、その隙間を赤黒い炎が這っている。煙で霞んだ景色の向こうに、大きな白い羽が見えた。 ミユウだ。 今より少しだけ髪が長く、見たことのない白い衣を身にまとっている。細い腕には血が滲み、片方の羽は泥と煤で汚れていた。 それでも、ミユウは誰よりも前に立っていた。 背後で震えている人々を守るように両手を広げ、迫り来る黒い影へ向かって、一歩も退かずに立ち続けている。「駄目だ……」 声を出したはずなのに、ミユウは振り返らない。「行くな。ミユウ、戻れ!」 足を動かそうとする。 だが、身体が地面に縫いつけられたように動かなかった。どれだけ力を込めても、指一本すら思うようにならない。 黒い影が膨れ上がる。 人の形をしているのに、人ではない。 背中から伸びた黒い翼。湾曲した角。闇の中で赤く光る目が、まっすぐミユウだけを見ている。『ようやく見つけたぞ』 腹の底まで震わせる声がした。『九百年待った。今度こそ、お前の光を我らのものにする』 ミユウは答えなかった。 両手を胸の前で重ねると、白い羽が大きく広がった。眩しい光が彼女の身体から溢れ、闇に包まれていた戦場を照らしていく。 その光は優しかった。 けれど、優しすぎた。 傷ついた人間を癒し、倒れた兵士を守り、逃げ遅れた子どもたちを包み込む。そのたびにミユウの顔から血の気が失われていくのが、離れた場所からでも分かった。「もういい! お前がそこまでやる必要はない!」 叫んでも届かない。 ミユウはいつもそうだ。 自分が傷つくことを少しも考えず、誰かが困っていると真っ先に飛び出していく。 明るく笑いながら。 大丈夫だと、自分に言い聞かせながら。『愚かな天使だ』 黒い翼が広がった。 その瞬間、景色が歪んだ。 悪魔の姿が消えたと思った直後、黒い刃がミユウの背後に
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第18話 白い羽が舞う海岸で、俺は初めて愛を叫んだ

 海から吹きつける風は、火照った身体を冷ますどころか、濡れた刃のように肌へ突き刺さった。 漁村を覆う空は低く、重い雲の隙間から差す光も弱い。細い路地の両側には、潮風で白く傷んだ木造の家々が肩を寄せ合っている。閉ざされた窓の向こうから、ときおり苦しそうな咳が聞こえた。 俺と同じ病に侵された人たちがいる。 昨日までは港を歩き、網を引き、家族と食卓を囲んでいたはずの人たちだ。 その日常を、悪魔族が奪った。 路地の先へ目を向ける。 海岸は、もう遠くない。 波が岩へぶつかる音も、潮に混じった生臭い匂いも、さっきよりずっと近くなっている。 それなのに俺の足は、前へ進むことを拒むように震えていた。「……くそっ!」 石壁へ手をつく。 足元の景色が大きく揺れ、膝から力が抜けた。壁に肩をぶつけながら、どうにか倒れるのをこらえる。 身体が熱い。 額や首筋には汗が浮かんでいるのに、背中は凍えるほど寒かった。薄い服の下を冷たい虫が這い回っているような悪寒が、何度も背骨を駆け上がる。 呼吸を整えようとすると、胸の奥がきしんだ。 一度息を吸うだけで、肺へ細い針を何本も突き刺される。「はっ……はあ……」 荒い息が、冷えた石壁へ白くかかった。 立っているだけで精いっぱいだった。 今すぐ引き返せ。 宿に戻って身体を休めろ。 頭のどこかで、そんな声が聞こえる。 けれど、戻った先にはミユウがいる。 俺の顔を見れば、何があったのかすぐに気づくだろう。隠したところで、まともに歩けない今の姿を見ればごまかせない。 そして、あいつはきっと俺を癒そうとする。 自分の身体がどうなるかも考えず、いつもの明るい笑顔で手を差し出す。『大丈夫だよ、龍夜くん。わたしに任せて』 その声まで、はっきり想像できた。 だから戻れない。 病に侵された俺が悪魔族と戦うより、ミユウに癒しの力を使わせるほうが怖かった。 ルゥから聞いた、九百年前の話が頭を離れない。 人々を救うため、癒しの力を使い続けた。 自分の命を削り、成長する力まで失って、それでも戦場へ立ち続けた。 その結果、今も幼い姿のまま、ミユウの時間だけが取り残されている。 あいつは笑っている。 失敗すれば慌て、うまくいけば全力で喜ぶ。 けれど、その明るさの裏にどれだけの痛みが隠れているのか、俺にはまだ分からない
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第19話 黄金に輝く勇者、もう一度君に想いを告げる

 世界から、音が消えていた。 さっきまで海を荒らしていた風も、壊れかけた船着き場へ押し寄せていた波も、空の奥で鳴り続けていた雷も、すべてが息を潜めている。 聞こえるのは、俺の鼓動だけだった。 どくん、と胸が鳴る。 そのたびに熱い何かが身体の奥からあふれ、血と一緒に全身を駆け巡っていく。 苦しくはない。 伝染病に侵された身体を無理やり動かしたときのような、骨の内側まで削られる痛みもなかった。むしろ、生まれて初めて自分の身体が自分のものになったような、不思議な感覚があった。 握った拳に、確かな力が宿っている。 地面を踏む足は揺れず、深く息を吸えば、冷たい潮の匂いまで胸いっぱいに取り込めた。「これが……俺なのか?」 呟いた自分の声さえ、以前より強く響いた。 視界の端で、前髪が揺れる。 黒かったはずの髪は、夜の闇を照らすほど鮮やかな金色に変わり、天へ向かって鋭く逆立っていた。 病と戦いのせいで汚れていた制服も消えている。代わりに身体を包んでいるのは、白と青を基調にした勇者服だった。 前に覚醒したときのものと似ている。けれど、同じではない。 胸元や肩を守る装甲は厚くなり、白い表面には金色の縁取りが走っている。手首を覆う手甲にも、腰から伸びる布にも、細い光の筋が脈打つように浮かんでいた。 見た目は重そうなのに、身体には羽のようになじんでいる。 吹きつける風も、舞い上がる砂も、俺を包む金色の光に触れた瞬間、左右へ静かに流れていった。 これが、アストラルブレイブ。 その名を知るよりも先に、俺の心はこの姿が何のために現れたのかを理解していた。 守るためだ。 自分の命を投げ出してまで俺を癒そうとした、あの少女を守るために。「ミユウ……」 振り返ると、少し離れた砂浜で、ルゥがミユウを抱き起こしていた。 白い翼は泥と雨に汚れ、力なく地面へ広がっている。いつもなら柔らかな光を宿している羽は、今にも夜の闇へ溶けてしまいそうなほど弱々しかった。 銀白色の髪が頬に張りつき、閉じた瞼の下には濃い影ができている。 俺を癒すために、限界を超えて力を使った。 俺が目を覚ます代わりに、ミユウが倒れた。 その事実が胸へ突き刺さり、手に入れたばかりの力への驚きが一瞬で消えた。 喜んでいる場合じゃない。 俺が強くなりたいと願ったのは、あいつを傷つけるため
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第20話 傷跡を包む勇者の光

 漁村を離れた馬車は、陽の傾き始めた街道をゆっくりと進んでいた。 昨夜の嵐が嘘だったように、空は高く澄んでいる。街道の両側には、風に押されて波打つ草原がどこまでも広がり、その向こうには青く霞んだ山々が幾重にも重なっていた。 車輪が乾いた土を踏むたび、一定の振動が荷台まで伝わってくる。 馬の蹄が地面を打つ音。 御者台の脇に吊るした水筒が揺れる音。 風を受けた覆い布が、時折大きく膨らむ音。 旅の始まりから何度も聞いてきたはずの音なのに、今日は妙に穏やかに感じられた。 悪魔の幻影は消えた。 漁村の人たちは助かった。 そして俺は、ずっと胸の奥へ押し込めていた思いをミユウに伝えた。 好きだと告げた俺に、ミユウも同じ言葉を返してくれた。 思い出すたび、胸の奥が熱くなる。 けれど同時に、どう振る舞えばいいのか分からなくなった。 昨日までと同じように話せばいいはずなのに、ミユウと目が合うだけで意識してしまう。手が触れそうになれば、触れていいのか、それとも離れたほうがいいのかと迷う。 両思いになったからといって、急に何もかも分かるわけではないらしい。 俺の向かいに座るミユウも、似たようなことを考えているのだろうか。 膝の上で両手を組み、何度も俺を見ている。目が合うと、決まって慌てたように窓の外へ顔を向ける。 その繰り返しが、もう十回近く続いていた。「何だよ」「な、何が?」「さっきからずっと見てるだろ」「見てないよ」「今も見てた」「龍夜くんの後ろの景色を見てたの」「俺の後ろは覆い布だぞ」 ミユウは言葉に詰まり、気まずそうに口を閉じた。 白い羽が落ち着きなく動いている。感情を隠したいなら、まず羽を動かさない練習から始めたほうがいい。 そんなことを考えていると、ミユウの視線がまた俺の顔へ戻ってきた。 正確には、俺の髪へ向けられている。「そんなに変か?」「変じゃないよ。綺麗だなって思ってたの」 俺は額にかかった前髪をつまんだ。 陽の光を受けた髪は、自分のものとは思えないほど鮮やかな金色に輝いている。 漁村でアストラルブレイブへ覚醒したとき、身体中を駆け巡った金色の力。その反動なのか、力が収まっても髪だけは元の黒に戻らなかった。 水で何度洗っても、布でこすっても変わらない。 根元から毛先まで、完全な金色だ。 見慣れない姿が
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