All Chapters of 自分が替え玉?身代わりの代償は永遠の別れ : Chapter 11 - Chapter 20

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第11話

数秒後、会場は騒然となった。「うそ……あれって誰?なんとなく面影はあるけど、花嫁さんじゃないわよね?」「前回の式に乱入して、藤堂社長を刺そうとして……花嫁さんを殺しかけたあの女じゃないか?」「マジかよ?藤堂社長があの女とできてたのか?しかも花嫁さんの寝室で?」「そういえば、刺された時も花嫁さんじゃなくてあっちの女を庇って抱えていったな。あれ、愛人だったのかよ!」「『間違えて抱えた』なんて言ってたけど、本気で信じてた自分らが馬鹿みたいだ」「恩を仇で返すとは、このことだな?人間のやることじゃない」野次が飛び交う中、事情を知る者が声を潜めてささやいた。「知ってるか?あれ、藤堂社長の元婚約者、篠原さんだぞ。6年前の火事の原因を作った男の娘だよ!」その爆弾発言が、会場の熱を一気に最高潮まで引き上げた。「は?仇の娘?藤堂社長、どういう趣味だよ?」「花嫁が哀れすぎる。命がけで庇ってあげたのに、この仕打ちなんて……」「どうりで、花嫁さんが現れないわけだわ。私なら二度と来ない!」「藤堂社長の結婚式は、いつだって期待を裏切らないねぇ!」「……」周囲の声が響く中、画面に映し出された修羅場を見て、清也は氷の彫像のように固まっていた。異変を察した側近の高橋和真(たかはし かずま)が、バックステージの操作室へ全速力で駆け出す。「消せ、今すぐ切ってください!」映像は途切れたが、冷ややかな視線と噂話は消えるどころか熱を帯びるばかりだった。莫大な費用を投じた豪華な結婚式は、今や誰もが知るみっともない茶番と化していた。清也は拳を固く握り、爪が白く食い込んだ。言うまでもない。これもすべて雪乃の仕業だ。だが、怒りよりも先に押し寄せてきたのは、凍りつくような恐怖だった。雪乃は、自分との縁を完全に切り捨てるつもりなのだ。そのニュースはすぐさまメディアに広まり、情報操作すら無力化されるほどの広がりを見せた。刺激的な見出しが躍る。【藤堂グループ社長の結婚式、新婦不在で修羅場に】【衝撃のスキャンダル――花嫁のブライダル寝室で敵の娘と関係か】【盾となった花嫁の悲劇――純愛は裏切られた】……療養所でニュースを見た莉子は、流れた映像に呆然と立ち尽くした。画質は粗いが、あれが自分と清也であることは明白
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第12話

一方、清也が邸宅に戻ると、部屋中を埋め尽くす飾りが目障りなほど鮮やかに輝いていた。ふと気づけば、リビングの壁にかかっていたはずのウェディングフォトが見当たらない。「ここに飾ってあったウェディングフォトはどこへ行った?」「奥様が処分されたようです」使用人は困ったように首をすくめた。清也は、莉子の薬の効果を和らげるために雪乃をその場に残した、あの夜のことを思い出していた。胸が締め付けられるような痛みを感じ、後悔のあまり深く目を閉じた。雪乃、一体どこへ行ってしまったんだ?清也は重い足取りで3階の書斎へと向かった。部屋に入り、書斎の机に並べて置かれたものが目に入る。結婚式で交わすはずだったダイヤモンドの指輪と、ある書類だった。机のそばまで駆け寄り、清也は息を呑んだ。離婚届の受理証明書だ。受理証明書を手に取ると、震えが止まらない。喉元が何かに塞がれたように詰まり、呼吸すら苦しくなる。自分はいつ、雪乃と離婚することに同意したんだ?一体いつ、離婚届にサインしたというんだ?どんな書類でも、必ず自分の目で内容を確認してきたはずだった。その時、清也の頭にある記憶がよぎった。以前、莉子が「もう行くあてがない。母が残したあの家を返してほしい」と頼みに来たことだ。「母が生前、あなたを本当の息子のように可愛がっていたのを忘れたの?今度の件、母は無関係よ。それなのに、母はあなたへの罪悪感で一生をかけて贖いたいと言っていた。それなのにあなたは許してくれなかった。清也、せめてもの情けで、あの家を返して」当時、衰弱しきった莉子の顔を見て心がかき乱された清也は、書類の内容の精査もせず、ついサインをしてしまったのだ。それこそが、直近で中身を見ずに署名してしまった唯一の書類だった。まさか莉子が雪乃と結託し、自分を騙してまで書類にサインさせるとは夢にも思わなかった。二人が裏で繋がっていたということか?莉子を問い詰めようと立ち上がったその時、スマホが鳴った。療養所からの緊急連絡だった。「藤堂社長!大変です!篠原さんがどうしても食事をとろうとなさらず、周囲が何を言っても聞き入れません。それどころか、届いた食事をすべて投げ飛ばしてしまったのです!」電話を切ると、清也はすぐさま車を飛ばし療養所へ向かった。
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第13話

手術室の明かりは、一晩中消えることがなかった。医師がマスクを外し、重い口を開いた。「藤堂社長、篠原さんは以前から栄養失調で精神的にも不安定でした。さらに不適切な薬の服用で、お腹の子も厳しい状態でした。今回、絶食と外傷が重なり、出血多量で流産されました。命は取り留めましたが……脳への血流が長時間途絶えてしまったため……二度と意識は戻らないかもしれません」清也は呆然と聞き返した。「意識が戻らないとは?」「つまり……植物状態、ということです」植物状態?清也は手術室の前で立ち尽くした。医師の言葉の意味を理解することもできず、耳鳴りだけが響いていた。自分がどうやって莉子の病室にたどり着いたのか、分からなかった。ベッドに横たわる生気のない莉子を眺めながら、清也の頭の中は混乱していた。ふと、莉子が以前言っていた言葉がよみがえる。「愛する人を失う辛さ、身に染みて分かった?雪乃さんを私の替え玉にしていることは知ってる。でもね、あなたは一番許されないことをした……それは、雪乃さんを愛したことよ!」自分でも気づかないなんて、馬鹿な人。雪乃さんを失って当然ね!」雪乃を、愛した?清也は戦慄した。ベッドの前の莉子を見つめながら、清也の脳裏には勝手に雪乃の姿が浮かんでくる。結婚式で、身を挺して自分を守り、血に染まったウェディングドレス。病院で、自分が雪乃に示談書を突きつけた時の、彼女の冷めきった瞳。夫婦の寝室で、自分が莉子を刺激するために雪乃を突き放し、怒りに震えた雪乃が自分の舌を噛み切ったあの日。廃工場で、自分が迷わず莉子を抱えて逃げたとき、コンクリートに埋もれながら見せた雪乃の力ない笑み。廃倉庫で、またも雪乃を捨て置いて逃げた時の、吊るされた彼女が見せた死をも覚悟したような表情。一幕ずつ、回想シーンのように記憶が再生されていく。信じがたいことに、自分はことあるごとに雪乃を見捨て、彼女を傷つけ続けていた。胸が締め付けられるようで、息が止まりそうになった。清也はそのまま、一日中ベッドの前に座り込んでいた。夜が明けると、清也はゆっくりと立ち上がり、窓の外から差し込む朝日に目を向けた。「これでいい」声は枯れ、掠れていた。莉子に対してなのか、自分に対してなのかさえ分からなかった。「互いに
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第14話

和真の報告は、鋭利な刃物となって清也の鼓膜を切り裂いた。「もう一度言え!嘘だ!そんなはずがない!」冷静沈着な清也が、信じられないと言わんばかりに和真の胸倉を掴み上げた。突然の豹変に、和真は顔から血の気が引き震えていた。「間違いありません。乗客リストには奥様の名前が……」清也はたまらず手を離すと、壁にもたれかかるように崩れ落ちた。報告を受け入れるまでには、途方もない時間がかかった。やがて表情からは感情が消え、ただ虚ろな瞳で宙を見つめていた。「どんな手を使ってでもいい。徹底的に探し出せ」絞り出すようなその声は、小さく震えていた。「生きていれば必ず見つけろ。死んでいればその亡骸を探せ」和真は言葉を失いながらも、頷いて部屋を出た。ドアが閉まると、清也は力なくその場に立ち尽くし、置物のように動けなくなった。……それからの清也は、自ら社長室に閉じこもった。会議はすべて断り、株価が暴落しても、外野が何を言おうと無視し続けた。ただ社長室の画面を見つめ、海での捜索映像を一日中、ただ眺め続けた。引き揚げ船も、ヘリも、ダイバーも、眠らずに海を捜索し続けた。しかし戻ってくるのは他の遺体や、壊れたスーツケースの残骸ばかりだった。和真が毎日訪ねてきては、繰り返す言葉は決まっていた。「奥様の手がかりはありません」清也はただ無言で手を振り、和真を追い払った。夜も眠らず、充血した目で、頬には無精髭が伸びていく。常に隙のない完璧な藤堂グループの社長は、今はただの狂人のようだった。2週間が経ち、和真が小さなジッパーバッグを持ってきた。「社長……これは海から見つかったものです。確か、奥様がいつも身につけておられたはずです」清也は、ゆっくりとその小さなジッパーバッグへと視線を移した。震える指で、慎重にそれを受け取った。袋の中には、「YK」の文字をかたどった、ひどく歪んだネックレスがあった。知っていた。見間違いのはずがない。雪乃が、肌身離さず持っていたものだからだ。母親からもらった、たったひとつの形見だと言っていた。心の奥底で縋り付いていた、わずかな希望も砕け散った。ジッパーバッグを力任せに握り締めると、清也の身体は激しく波打った。次の瞬間、彼はたまらず跪き、叫びを上
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第15話

清也には、書斎のドアの前に立つ雪乃の姿が見えた。血に染まったウェディングドレス姿で、ただ、絶望的な瞳でこちらを見つめていた。「清也……どうして助けてくれなかったの?」清也は震える手を伸ばし、雪乃を掴もうとした。「雪乃……すまない……雪乃、愛してるんだ。もう二度と君を離さない。やり直させてくれないか?」だが指は虚しく空を切り、そこには誰もいなかった。清也は自嘲気味に笑い、再び酒を呷った。酒瓶を抱え、千鳥足でパソコンを開くと、保存しておいた動画を再生した。それは、結婚式の日に雪乃が身を挺して自分をかばった時の光景だった。画面の中で、振り返った雪乃に迷いはなかった。胸にナイフが突き立てられ、雪乃がぐったりと倒れ込み、口元から血の泡が溢れる。雪乃は、本気で命懸けで自分を愛していたんだ。どうしてあの時、見ないふりをしてしまったのだろう?繰り返し見るその映像は、まるで心臓にナイフを突き立てられているような痛みだった。清也はまた、別の動画を開いた。式場で雪乃に暴かれ、自分と莉子が寝室で見せた見苦しい醜聞の記録だった。ドン!手にした酒瓶を、思い切りモニターに叩きつけた。空っぽの邸宅に巨大な音が響き、モニターは砕け散って映像は途切れた。……深夜、清也は車を走らせ、海辺にやってきた。ここで以前、雪乃の頭を、何度も執拗に冷たい海へと沈めていた。清也はジャケットを脱ぎ捨て、凍りつく海の中へゆっくりと歩み入った。打ち寄せる波が体に叩きつけるが、寒さなど感じなかった。清也は深く息を吸い込み、海中に顔を沈めた。呼吸ができず、窒息感が全身を支配する。肺の空気が少しずつ押し出されていくと、死への恐怖が本能的な抵抗を呼び起こした。意識が遠のく寸前、清也は猛然と顔を上げた。大きく荒い息をつき、肺に入った海水を激しく咳き込んで吐き出した。「ケホッ、ゲホゲホ……」濡れた顔を乱暴に拭い、真っ赤に充血した目は狂気じみていた。「雪乃……あの時、苦しかったか?俺を恨んでたのか?」しわがれた声で、空に向かって独りごとのように問う。だが、答えは返ってこない。清也は再び、頭を水に押し込んだ。何度も、幾度も繰り返した。とうとう力尽き、打ち寄せる波によって砂浜へと打ち上げられた。迎えの和
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第16話

同じ頃。人里離れた深い山の中に、緑に囲まれた小さな村があった。木漏れ日が、村で唯一の診療所の前を照らしている。診察室では、白衣を着た女性がしゃがみ込み、6歳くらいの男の子の膝の擦り傷を手当てしていた。手つきは、とても優しい。「よし、もう大丈夫よ。強い子だもの、泣かないわよね」男の子は、膝に貼られた可愛い蝶結びの絆創膏を見ると、にっこりと笑った。「ありがとうございます、小林(藤堂雪乃の旧姓)先生」その様子を、子供の母親が感謝の眼差しで見守っている。「小林先生、本当にありがとうございます。先生がいなかったら、この村じゃ診察に行くのにも3日もかかるんです」雪乃が立ち上がり、優しい笑みを浮かべた。「そんな、礼なんていいですよ。医者として当然のことをしているだけですから」3年前、飛行機は解体する瞬間、巨大な気流が全てを暗い深淵へと飲み込んだ。雪乃は、重力から解き放たれる感覚と激痛の中で意識を失った。機体が海に墜落する直前、雪乃は激しい気流で機外へ放り出され、海に浮かぶ島の森へと墜落したのだ。次に目を覚ました時、この村の診療所に寝かされていた。頭部を強く打ったせいで記憶を失っており、分かっていたのは自分の名前が「小林雪乃」で、医者だということだけだった。村の薬草採りと、ボランティアに来ていた佐伯悠(さえき ゆう)が雪乃を救い出してくれたのだ。診療所の医師は「運が良かったですね」と言った。あれほど高い山から落ちても、木々がクッション代わりとなって命だけは取り留めたのだ。ただし、激しい脳の損傷により記憶は消えていた。皆は家族探しに協力しようとしてくれたが、雪乃はそれを拒んだ。なぜか分からないが、自分には家族なんていないような気がした。誰にも見つけてほしくなかったのだ。それから、雪乃はこの場所に留まった。元の医師が高齢で都会に戻ることになると、雪乃がそのままこの診療所を受け継いだ。「雪乃、ご飯だよ」入り口から、優しそうな男の声がした。すると、悠がお弁当箱を持って入ってきた。清潔感のある白シャツが似合う、穏やかで知性を感じさせる男性だ。彼は手慣れた様子で雪乃の手から道具を預かり、片付けを手伝う。「今日は雪乃の好きなものを作ってきたんだ」この3年間、ずっと悠が雪乃の生活を支えてくれ
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第17話

雪乃は、清也の突然の行動に驚いた。手首を掴まれる強い痛みに眉をひそめ、必死に抵抗した。「何をするんですか?放してください!」悠が即座に割り込み、清也の腕を掴んで引き剥がすと、雪乃を背後に庇い、敵意のこもった鋭い視線を向けた。「ちょっと、落ち着いてください!」押しのけられた清也は、よろめいた。背後に隠れる雪乃の姿を認め、その視線が、自分を見る時だけ、まるで知らない他人を見るような困惑、そして警戒心に満ちていることに言葉を失う。そこには、愛も憎しみも、何もなかった。まるで、全くの他人を見るかのような眼差しだった。胸が、幸福の絶頂からどん底へと一瞬で突き落とされた。「雪乃、俺のことが分からないのか?」清也は自らの震える声に驚きながら、独り言のように呟いた。目の前にいるのは雪乃だ。人違いのはずがない。悠は怯える雪乃を庇いながら、立ち尽くす医療隊の隊長と村長に向かって言った。「村長、僕たちは先に診療所へ戻って引き継ぎの準備をします」そう言い捨て、悠は雪乃を連れてその場を去った。追いかけようとした清也だが、隊長に止められる。「藤堂社長、落ち着いてください。あの方は村の小林先生ですが、人違いでは?」清也は答えず、ただ去っていく雪乃の背中を、じっと見つめていた。失意のどん底にいる清也を眺めながら、村長は雪乃の過去を思い出した。「藤堂さん、もしや小林先生を知っているのですか?小林先生は3年前、山から落ちて頭を打って以来、過去のことを殆ど覚えていないんですよ。藤堂さんが昔のことでも話せば、ひょっとしたら思い出すかもしれませんよ」記憶喪失だと?だから、自分を忘れていたのか?昔の思い出を語ればいいのだろうか?どう言えばいい?雪乃を代わりの道具にして、どれだけ傷つけたか?どれだけ雪乃を壊してしまい、絶望させて追い出した末に、やっと自分の愛に気づいたとでもいうのか?いや、あの忌まわしい過去なら、忘れた方がいいかもしれない。今の自分なら、新しい一歩を踏み出せる。そう思った瞬間、清也の心に静けさが訪れた。今すべきことは一つ。どんな手段を使っても、雪乃のそばに残ることだ。……その晩、村では医療隊を招いて歓迎会が開かれた。最大のスポンサーである清也は、主賓席に座らされた。
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第18話

清也は、村で用意された場所に腰を落ち着けた。翌日から彼は病院に通い始め、雪乃に接近しようと試みた。「小林先生、胸が痛むんだ」清也は病院で椅子に座り、真剣な顔で切り出した。雪乃は聴診器を手に取ると、無表情に診察を行った。「藤堂さん、お体は至って健康ですよ。環境の変化による疲れでしょう。水分を摂って、しっかり休んでください」雪乃の態度は専門的で、同時に目に見えるほど距離を置いていた。清也は、すぐ目の前にある雪乃の顔を見つめ、3年間思い焦がれた彼女の香りを貪るように吸い込んだ。「小林先生、頭も痛い」雪乃は顔を上げ、まるで理不尽な駄々をこねる患者を見るような目で清也を見た。「藤堂さん、私の診察が信用できないのなら、市内の病院へ行ってください」清也は気まずそうに鼻をさわり、苦笑した。だが他にも患者がいたため、彼はすぐに追い出されてしまった。それから数日後、清也は診察室の屋根から雨漏りしているのを見かけ、雪乃が悠と修理について相談している姿を目にした。清也は即座に電話をかけ、プロの工事チームを呼び寄せた。工事チームが村に意気揚々と乗り込んだ時、屋根はすでに修繕されていた。悠が数人の村人と協力し、雨漏りする箇所を完璧に直していたのだ。雪乃は軒先に立ち、大勢の作業員を見て困惑した様子だった。「藤堂さん、お心遣いは嬉しいのですが、もう直っているのでお気になさらないでください」清也は、悠の側に立ち、村人たちと笑顔で談笑する雪乃の姿を眺め、自分だけが浮いたよそ者であることを痛感した。何とか雪乃のご機嫌を取ろうと必死になり、村の医療機器が古すぎることに気づいた清也は、即座に最新機器を匿名で寄贈した。機器が届いた日、村はお祭りのような賑わいを見せた。雪乃が新しい医療機器を見る瞳には、純粋な喜びが溢れていた。雪乃は村長を通じ、その「匿名の手厚い恩人」に心からの感謝を伝えた。ある日、清也はジープを診察室の前に停め、雪乃が帰宅するのを待った。夜も更け、街灯のない山道なので、雪乃を家まで送るのが安全だと思ったからだ。清也は雪乃が疲れ果てた様子で診察室から出てくるのを見た。清也に気づいた雪乃は、明らかに表情を硬くした。清也はドアを開け、「送るよ」と声をかけようとした。だが雪乃はちらりと一
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第19話

雪乃のパジャマが冷や汗でぐっしょりと濡れ、肌に張り付く不快な感触に身体が強張った。ドアが控えめに叩かれ、外から悠の心配そうな声が聞こえた。「雪乃、大丈夫か?」雪乃は大きく息を吐いて気を立て直し、布団をめくってドアを開けた。悠はパジャマ姿のまま、手には温かいお茶を持っていた。雪乃の様子に気づき、すぐに駆けつけてくれたのだ。「また悪夢?」そう言ってカップを差し出した。受け取ったカップから伝わる温かさに、乱れた心が少しずつ落ち着きを取り戻した。雪乃はただ無言で頷くしかなかった。悠は夢の内容を問い詰めたりせず、雪乃がお茶を飲み干すまで静かに側にいてくれた。「もし眠れないなら、少し話し相手になるよ」悠の寄り添いのおかげで張り詰めた神経はほぐれ、雪乃はようやく安らかな眠りに落ちた。だがその夜を境に、悪夢は影のように彼女を追い回すようになった。夢の輪郭は日増しに濃く、混沌としていく。夢の中で大男に机に押し付けられ、悔しさに視界が潤むこともあれば、黒い闇の中で複数の男に追い回され、絶望の中で逃げ惑うこともあった。とりわけ鮮烈なのは、空まで焦がす大火の夢だった。灼熱の嵐が、自分を今にも飲み込もうとしていた。身体にまで変な反応が現れ始めた。ストーブの火を見つめるだけで、火の中にいる夢が蘇り、制御不能なほどの震えに襲われる。川遊びをする子供が弾いた水飛沫でさえ、暗い深海に沈む夢を連想させ、窒息しそうなほどのパニックを引き起こすのだった。悠はすぐに、雪乃の異変に気づいた。「雪乃、顔色がひどいぞ」雪乃の目の下のクマを見て、悠は痛ましげに言った。「診療所はしばらく休んで、少し休息をとったほうがいい」雪乃は静かに首を振った。働いている時だけが、付きまとう恐怖を忘れられる唯一の避難所だったからだ。清也もまた、雪乃の変化を感じ取っていた。清也は毎日あらゆる言い訳を探しては診療所の近くをうろつき、雪乃の姿を少しでも目に焼き付けようとした。ある日のこと、診療所で雪乃がうっかりアルコールランプをひっくり返してしまった。中身が撒き散らされ、一気に炎が燃え上がる。すぐに鎮火はできたが、雪乃は顔面蒼白のままその場に凍りつき、ガタガタと震えが止まらない。雪乃を見て、清也はあの日、崩落した廃工場の下で彼女を襲
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第20話

だが、それを聞いた悠は鼻で笑った。悠は人里離れた村で教えているが、藤堂グループの情報を得る手段がないわけではない。雪乃が今の暮らしを大切にしているからこそ、彼女の過去を詮索することは控えてきたのだ。しかし、清也が現れてから、誰もがこの男と雪乃の過去を察していた。しかも清也が来てから雪乃のうなされ方が酷くなったため、調査に踏み切らざるを得なかったのだ。その結果、3年前に起きた、清也のかつての婚約者との「替え玉」の経緯を知った。悠は、目の前の男を殴り倒したい衝動を抑える。ただ、雪乃のために我慢するしかなかった。雪乃はただ、穏やかな日常を望んでいるのだから。「妻?」悠は言い返した。「それが自分の妻にする仕打ちですか?替え玉にして、傷つけたでしょう?おまけに、二人はもう離婚しているから、あなたはただの他人でしょう」その言葉に清也は驚く。地方の教師が、なぜ自分のことをそこまで知っているのか?「あなたは一体、何者ですか?」悠は答えない。ただ一歩近づき、鋭い視線を清也に向けた。「警告します。雪乃に近づかないでください。雪乃がやっと塞いだ傷口を、あなたの勝手で開かないでください。雪乃を苦しめたら、絶対に許しません!」そう言い捨て、悠は清也の横を通り過ぎて行った。清也はその場に立ち尽くした。今の言葉が、胸の一番深いところを切り裂いていく。……悠は、雪乃の気晴らしにと、町から雑誌や本をたくさん持ち帰ってきた。片付けをしている時、雪乃はうっかり結婚情報誌を開いてしまう。綺麗な紙面には、華やかなウェディングドレスが載っていた。チャペルでのドレス姿の写真に指が触れた瞬間、記憶が閃く。白いウェディングドレスが、血に染まっていく。自分を置いて、迷いなく立ち去る男の後ろ姿がそこにはあった。「っ!」頭を抱え込む。激痛が脳を切り裂いていくようだった。目の前が暗くなり、雪乃はそのまま意識を失った。次に目が覚めたのは、自分のベッドの上だった。ベッドサイドで付き添っていた悠が、すぐに雪乃の手を握った。「雪乃、大丈夫か?」雪乃は天井を見つめたまま、長い沈黙の後、ゆっくりと顔を向けた。「悠、私、全部思い出しそうなの」悠は強く雪乃の手を握りしめた。ついに、思い出してしまうのか?村
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