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自分が替え玉?身代わりの代償は永遠の別れ

自分が替え玉?身代わりの代償は永遠の別れ

By:  ひと粒の麦 Completed
Language: Japanese
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結婚式の日、ちょうど指輪を交換しようとした時だった。 突然一人の女が駆け寄り、手に持ったナイフで藤堂清也(とうどう せいや)を突き刺そうとした。 藤堂雪乃(とうどう ゆきの)は反射的に身を翻し、清也を庇った。 ナイフが胸に刺さった瞬間、雪乃の身体から力が抜け、そのまま清也の腕の中へ崩れ落ちた。 突き飛ばされた女は、声を振り絞って叫んだ。 「清也、私たちの決着はまだついてない!何が結婚よ!?」 雪乃は、その女が6年前に清也と絶縁した篠原莉子(しのはら りこ)だと悟った。 騒然とする中、押さえつけられていた莉子は突然暴れ出し、その刃先を自分の首に向けた。 「清也、もう疲れたわ。二人の縁も、ここで終わりにしてやる」 雪乃を抱えていた清也は瞳を見開いて手を離すと、莉子のもとへ駆け寄り、素手でナイフを掴み止めた。 その勢いで、雪乃は硬い地面に強く叩きつけられた。 胸からの血が、純白のドレスを真っ赤に染め上げていく。 清也は莉子を強く抱きしめ、傷つけまいとその身を庇っていた。 そして、情緒不安定で気を失った莉子を抱き上げ、目の前を急ぎ足で通り過ぎる清也を見る。 最初から最後まで、清也が自分を振り返ることは一度もなかった。

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Chapter 1

第1話

藤堂雪乃(とうどう ゆきの)は冷静沈着で理知的な女医として有名で、多くの男たちの初恋の人でもあった。

そんな雪乃が、なぜか陰鬱で近寄りがたい藤堂清也(とうどう せいや)に一目惚れしてしまった。

藤堂グループのトップに立つ清也。6年前、婚約者だった女性の父親が婚約パーティーの最中に泥酔して火事を起こし、清也は藤堂家の唯一の生き残りとなった。

それ以来、清也はかつて婚約までした恋人である篠原莉子(しのはら りこ)と絶縁し、誰も寄せ付けないほどに性格が歪んでしまった。

誰もが雪乃の恋は実らないと思っていたが……

氷のように冷たい清也が、雪乃にだけは心を開き、3年間もの間、独占的で優しい愛を捧げ続けた。

結婚式の日、ちょうど指輪を交換しようとした時だった。

突然一人の女が駆け寄り、手に持ったナイフで清也を突き刺そうとした。

雪乃は反射的に身を翻し、清也を庇った。

ナイフが胸に刺さった瞬間、雪乃の身体から力が抜け、そのまま清也の腕の中へ崩れ落ちた。

突き飛ばされた女は、声を振り絞って叫んだ。

「清也、私たちの決着はまだついてない!何が結婚よ!?」

雪乃は、その女が6年前に清也と絶縁した莉子だと悟った。

騒然とする中、押さえつけられていた莉子は突然暴れ出し、その刃先を自分の首に向けた。

「清也、もう疲れたわ。二人の縁も、ここで終わりにしてやる」

雪乃を抱えていた清也は瞳を見開いて手を離すと、莉子のもとへ駆け寄り、素手でナイフを掴み止めた。

その勢いで、雪乃は硬い地面に強く叩きつけられた。

胸からの血が、純白のドレスを真っ赤に染め上げていく。

清也は莉子を強く抱きしめ、傷つけまいとその身を庇っていた。

そして、情緒不安定で気を失った莉子を抱き上げ、目の前を急ぎ足で通り過ぎる清也を見る。

最初から最後まで、清也が自分を振り返ることは一度もなかった。

雪乃は口の端から血を溢れさせながら、皮肉な笑い声を漏らした。

なぜ清也があの時、自分と付き合う気になったのか分かった気がした。

目の前の莉子の顔が、自分によく似ていると気づいた瞬間、すべてを悟った。

自分はただ、莉子の「替え玉」だったということに。

意識が途切れる寸前、客たちの悲鳴が耳に届いた。

「花嫁が大量に出血してる!早く救急車を!急ぐんだ!」

……

病院での3時間にわたる救命措置を経て、雪乃はついに意識を取り戻した。

枕元に立つ清也は、一枚の書類を差し出した。

「これにサインしてくれ」

莉子に対する示談書だった。

雪乃は冷めた表情を浮かべた。刃先は心臓からわずか半ミリの位置。まだ生死の境をさまよっている状態なのに、自分の夫が目覚めた自分に最初にかけた言葉は、自分を殺しかけた人間を許せというものだったのだ。

「清也」と雪乃は掠れた声で呼んだ。「私と結婚したのも……私が元恋人さんに似ているから?大切にしてくれたのも……私が替え玉だから?」

清也は答えず、ただ沈黙を守った。

その沈黙は何の弁明よりも残酷で、鈍いナイフとなって雪乃の心臓をえぐった。

清也は、生理中なら何十億もの契約書さえ放り出して一晩中お腹をさすってくれたし、連休には全ての仕事をキャンセルして海外へオーロラを見に連れて行ってくれた。こっちの夜勤のたびに夜食を届けて、明け方には病院の入り口で毎日欠かさず出迎えてくれた……

そのすべての温もりも愛も、自分が莉子に似ていたからに過ぎなかったのだ。

「莉子との間には埋められない深い恨みがある。もう一生、関わることはない。

だから、俺の妻は君だけだ」

清也は少し間をおいて続けた。「だが、莉子を刑務所に入れる気はない。雪乃、この示談書にサインしてくれ。俺を困らせないでくれ」

微かに残っていた最後の希望さえ、これで完全に断たれた。

雪乃の心は内側からずたずたに引き裂かれ、ぐちゃぐちゃになっていくのを感じた。

清也の「妻は君だけ」という言葉は、彼が自分を愛しているからではなく、ただ「莉子との復縁は不可能だから」という妥協の結果でしかないのだ。

雪乃の視線は、莉子を守ろうと素手でナイフを掴んだ清也の、厚いガーゼに包まれた手に止まった。

「仮にターゲットが私じゃなくてあなたでも、私があなたを庇ったせいで殺されそうになっても、私にサインしろって言うの?」

清也は目線を落とし、雪乃から顔をそらした。

「助けてくれなんて頼んでいない」

雪乃はふっと表情を緩め、赤く充血した目で、呆れたように笑った。

3年間の純粋な恋心を笑い、自ら身を滅ぼす道を選んだ愚かさを笑い、これこそ愛だと信じ込んでいた全ての妄想を笑った。

「そうよね。余計なことをしたのは私だわ」

3年前、雪乃は友人に頼まれて、藤堂家で清也の治療にあたることになった。

怪我をしながらも淡々と仕事に向かう清也の姿を見た瞬間、彼の放つ孤独で鋭い美しさに魅了されてしまったのだ。

あの一瞬で、すべては決まった。

冷静な雪乃が身を滅ぼす姿を、周りの者は皆「狂っている」と言った。

それでも、雪乃は自分でも驚くような行動をとった。清也への告白である。

冷酷に断られると思いきや、あの氷の彫刻のような清也はふっと微笑んだ。

「告白なんてのは、男がするものだろ?

雪乃、俺と付き合わないか?」

以来、陰鬱で近寄りがたかった清也は、雪乃にだけ甘く接するようになった。

周囲の皆が、冷淡な清也を雪乃が本当に変えたのだと驚いていた。雪乃自身も、自分だけが清也にとって唯一の例外だと思っていたのだ。

だが、すべてが自分本位な愛の勘違いだった。

それなら、もうこんな夫はいらない。

「示談書にはサインするわ」

雪乃は清也を見つめた。その眼差しは、かつてないほど冷たく、遠かった。

「その代わり、あなたも私との離婚届にサインして」

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松坂 美枝
松坂 美枝
迷惑な復讐カップルに巻き込まれた主人公の話 主人公がうっかりクズ男に一目惚れした代償エグすぎてドン引き クズ男も主人公じゃなくて因縁女と復讐し合ってればいいのに主人公を巻き込むなよ…
2026-07-21 09:58:36
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第1話
藤堂雪乃(とうどう ゆきの)は冷静沈着で理知的な女医として有名で、多くの男たちの初恋の人でもあった。そんな雪乃が、なぜか陰鬱で近寄りがたい藤堂清也(とうどう せいや)に一目惚れしてしまった。藤堂グループのトップに立つ清也。6年前、婚約者だった女性の父親が婚約パーティーの最中に泥酔して火事を起こし、清也は藤堂家の唯一の生き残りとなった。それ以来、清也はかつて婚約までした恋人である篠原莉子(しのはら りこ)と絶縁し、誰も寄せ付けないほどに性格が歪んでしまった。誰もが雪乃の恋は実らないと思っていたが……氷のように冷たい清也が、雪乃にだけは心を開き、3年間もの間、独占的で優しい愛を捧げ続けた。結婚式の日、ちょうど指輪を交換しようとした時だった。突然一人の女が駆け寄り、手に持ったナイフで清也を突き刺そうとした。雪乃は反射的に身を翻し、清也を庇った。ナイフが胸に刺さった瞬間、雪乃の身体から力が抜け、そのまま清也の腕の中へ崩れ落ちた。突き飛ばされた女は、声を振り絞って叫んだ。「清也、私たちの決着はまだついてない!何が結婚よ!?」雪乃は、その女が6年前に清也と絶縁した莉子だと悟った。騒然とする中、押さえつけられていた莉子は突然暴れ出し、その刃先を自分の首に向けた。「清也、もう疲れたわ。二人の縁も、ここで終わりにしてやる」雪乃を抱えていた清也は瞳を見開いて手を離すと、莉子のもとへ駆け寄り、素手でナイフを掴み止めた。その勢いで、雪乃は硬い地面に強く叩きつけられた。胸からの血が、純白のドレスを真っ赤に染め上げていく。清也は莉子を強く抱きしめ、傷つけまいとその身を庇っていた。そして、情緒不安定で気を失った莉子を抱き上げ、目の前を急ぎ足で通り過ぎる清也を見る。最初から最後まで、清也が自分を振り返ることは一度もなかった。雪乃は口の端から血を溢れさせながら、皮肉な笑い声を漏らした。なぜ清也があの時、自分と付き合う気になったのか分かった気がした。目の前の莉子の顔が、自分によく似ていると気づいた瞬間、すべてを悟った。自分はただ、莉子の「替え玉」だったということに。意識が途切れる寸前、客たちの悲鳴が耳に届いた。「花嫁が大量に出血してる!早く救急車を!急ぐんだ!」……病院での3時間にわたる救命
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第2話
清也は、微かに眉をひそめた。二人の結婚式は今日だが、婚姻届は2週間前に受理されていた。「離婚は、ありえない。莉子は早急に海外へ送り返す。1ヶ月後、君にはもっと盛大な結婚式をやり直してやるから」清也の口調は拒絶を許さない。「示談書についてもだ。雪乃、無理強いをするような真似はしたくない」雪乃は目を閉じた。縫い合わせたばかりの胸の傷口が、また引き裂かれたような気がした。無理強いはしたくない?じゃあ、これは一体何なの?けれど雪乃はよく分かっていた。清也は一度言ったことは必ず実行する。承諾しようとしまいと、結局は示談書にサインさせるはずだ。長い沈黙の後、雪乃は目を開き、掠れた声で言った。「分かったわ」雪乃は冷たい手でペンを受け取り、示談書の最後に名前を書いた。清也は示談書を手に取り、雪乃の血が付着したままの結婚式のスーツのポケットから、ブラックカードを取り出してサイドテーブルに置いた。「20億だ。莉子が君を傷つけたことへの補償金だと思え」そう言うと、病室を後にした。病室のドアが閉まり、雪乃は無理やり身を起こし、そのカードを手に取った。ふと、笑いがこみ上げた。それと同時に、理由もなく目から涙が零れ落ちた。これが自分の3年間と、全プライドを賭けた愛の代償というわけね。……夕方、病室のドアが開き、莉子が入ってきた。自分によく似ている顔をし、あわや殺されるところだった相手を前にして、雪乃の機嫌が良くなるはずもなかった。「出ていってください」しかし莉子はそのまま椅子に腰を下ろし、雪乃の胸の包帯をじっと見つめた。「ごめんなさい。あの時、カッとなって……傷つけるつもりなんてなかったんです。あなたが示談書にサインしてくれた理由なんて分からないけれど、私、借りを作りましたね」莉子はそこで言葉を切ると、複雑な表情を浮かべた。「でも、清也からは離れてほしいです。私と彼は、寄り添えば寄り添うほど互いを傷つけてしまうハリネズミみたいなものなんです。離れられないのに、傷つけ合うことしかできない。次に感情を抑えられなくなったとき、あなたまで傷つけないとは言い切れないです」誠実そうな莉子の様子に、雪乃は少なからず驚いた。挑発でも嘲りでもなく、本心からの言葉だと分かったからだ。清也がなぜ、
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第3話
清也は雪乃に一瞥もくれず、そのまま2階へと駆け上がった。雪乃は怒りで息も絶え絶えだった。「私は外科医であって、解毒の専門家じゃないわ。人違いじゃない?」清也は階段で足を止めると、雪乃越しに立ち去ろうとしているボディーガードを見据えた。「部屋の前にいろ。絶対に妻を出すな」そう言い捨てると、莉子を抱き抱え、二人の寝室へと消えた。雪乃は魂を抜かれたように、その場に立ち尽くした。誰もいない広々とした邸宅で、新婚の華やぎがひどく惨めな皮肉に思えた。寝室から聞こえてくる音が、静まり返った邸宅に響き渡る。抑えきれない、絡み合う吐息……耳を塞いでも、どうすることもできなかった。その音は壁を突き抜けて、雪乃の脳裏に焼き付くようだった。そして、清也が何度も漏らす、切なく激しい呼び声が聞こえてくる。「莉子……」雪乃の体は凍りついた。莉子。「雪乃」ではなかったのだ。思えば、これまでの3年間、肌を重ねるとき、彼が心の中で抱き、本当に求めていたのは、決して自分ではなかったのだ。どうりで、普段は「雪乃」と呼ぶのに、ベッドの中では一度も名前を呼んでくれなかったわけだ。間違えて「莉子」と呼んでしまわないようにね。見えない巨大な手に心臓を握りつぶされ、息すらできなくなった。現実はとうの昔に理解していたつもりだったけれど、それでもなお、張り裂けそうなほど心が痛い。壁に掛けられたウェディングフォトを見上げた。写真の中の自分は、これ以上ないほど幸せそうな顔で、清也に身を委ねていた。なんという皮肉だろう。雪乃は赤く充血した目でキッチンに向かい、ハサミを手に取った。写真の自分を、一度に全部切り刻んでいく。さらに3階の書斎へ向かい、すべてのアルバムを引っ張り出した。二人が歩いた場所の数だけ、思い出のツーショットがある。サクッ、サクッ……自分の写っている箇所をすべて切り取って暖炉に投げ込み、燃え尽きて灰になるのを眺めていた。夜は、ひどく長かった。下の階からの音は、一度も止むことがなかった。雪乃は書斎の隅で一夜を明かし、外が白み始めた頃にようやく静寂が戻ってきた。どれくらい時間が経ったのか、扉が大きく開くと、清也が入ってきた。シャワーを浴びたのか、体にはバスローブが雑に巻かれているだけだ
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第4話
気持ちを落ち着けた雪乃は、窓辺に立ち、下の芝生で重なり合っている二人を冷ややかな目で見ていた。清也はかなりひどい怪我をしているようで、周囲の使用人たちがパニック状態で駆け寄っている。雪乃は深く息を吸い込んだ。目の前の命を救うのが、医者の務めだ。ただ、清也だけは例外だった。引き裂かれた自分の服に目をやり、雪乃はウォークインクローゼットへと向かった。破られた服のポケットから書類を取り出すと、そのまま邸宅を後にした。外ではすでに救急車のサイレンが鳴り響き、使用人たちは右往左往して騒ぎになっていた。雪乃は清也の方を一瞥もせず、そのまま車に乗り込み、アクセルを踏んだ。本人確認書類を弁護士へ送ると、雪乃は足早に病院へと向かった。院長室を訪ね、異動届を院長に提出する。「院長、以前おっしゃっていた、海外分院への異動の件。まだ有効でしょうか?」「ええ、もちろん。現地からずっと人員を催促されているから。ただ、以前は結婚されると言っていたのでは……」「今すぐに行けます」「分かった。それなら、至急手続きを進める。ただ、最短でも1ヶ月はかかるよ」「ありがとうございます」院長室を出てエレベーターに向かうと、扉が開き、急ぎ足の看護師たちがベッドを押しながら出てきた。そこに乗せられていたのは、清也だった。雪乃の傍を通り過ぎる瞬間、何かを感じ取ったのか、清也は急に目を覚ました。目が合うと、彼の瞳に、複雑な色が浮かんだ。だが雪乃はすっと視線を外し、下の階へ向かうボタンを押した。しばらくして、雪乃は自分の所属する診察室へ呼び戻された。科の部長が困り果てた顔で雪乃を見つめている。「藤堂社長ですが、肋骨を3本折っており、すねの骨も骨折しています。直ちに整復手術が必要なんです。ところが今日の当直担当が急病でしてね。あなたは最も信頼できる執刀医であり、一応彼と結婚式も挙げましたから……」雪乃は、部長の言いたいことが痛いほど分かった。清也の傷を診られるのは、自分しかいないのだ。とことんまで、運命からは逃れられないらしい。「承知いたしました。すぐに手術の準備をいたします」手術室では、すでに麻酔をかけられた清也が眠っていた。深呼吸をし、感情を一切断ち切って、雪乃は執刀に集中する。手術の翌日、雪乃は病室で淡々
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第5話
ある日、ゴミ出しのためにマンションの下へ降りた時だった。突然、背後から腕を掴まれる。険しい顔をした清也が、そこにはいた。「答えろ。莉子をどこに隠した?」病院の近くで莉子が失踪し、清也は雪乃が莉子を拉致したと決めつけた。「莉子を恨んでいるのは君だけだ。君以外に誰がいる?」雪乃はその言葉を荒唐無稽だと思った。「忘れたの?篠原さんを一番恨んでいるのは私じゃなくて、あなたでしょ?」清也の目は一瞬にして殺気立ち、今まで見たこともないほど残虐な本性を露わにした。「どうやら、君を甘やかし過ぎたようだ」清也は背後のボディーガードに手で合図を送った。数人のボディーガードが雪乃の体を取り押さえ、海辺へと強制的に連れ出した。雪乃の頭は、容赦なく冷たく刺すような海水へと押し付けられた。窒息感が全身を包み込んだ。意識が遠のきかけたその時、乱暴に頭が水面から引き上げられた。「げほ……っ、ごほっ!」「どこだ?」清也の声は氷のように冷え切っていた。雪乃は必死に息を吸い込んだが、肺に逆流した海水が焼けつくように痛んだ。「もう一度聞く。莉子はどこにいる?」激しい咳き込みで声も出せず、雪乃はただ赤く充血した瞳で清也を睨みつけた。次の瞬間、またもや雪乃の頭は海中に押し付けられた。何度も、何度も。清也は雪乃を水に沈め、浮かべ、また沈めることを繰り返した。息が詰まるたびに意識は遠のき、せっかく癒えかけた心の傷口がまた大きく裂けるようだった。雪乃がもう終わりだと死を覚悟したその時、清也のスマホが鳴った。「社長、病院付近で篠原さんを連れ去ったのは、かつてのライバル会社の……」電話を切ると、清也は急いで車に乗り込んだ。ビーチの上で濡れそぼり、咳き込んでいる雪乃を一瞥だけした。「妻を病院へ送らせろ。いい医者に診てもらうんだ」そう、ボディーガードに冷たく投げつけると、車は猛スピードで去っていった。ボディーガードが歩み寄ってきた。「奥様、社長の命令ですので、病院へ送ります」雪乃は地面に手を突き、よろよろと立ち上がった。「必要ない」ふらつく足取りでその場を去った雪乃は、すぐに警察に電話をした。「もしもし、事件です……」清也が莉子を捜すのに躍起になっているなら……好きにさせるつもりはなかった。
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第6話
雪乃は運が良かった。コンクリートの残骸が崩れ、奇跡的に彼女の周りに三角のスペースを作ったおかげで、後の崩落や火災に巻き込まれずに済んだのだ。そして、消防隊に救助され、九死に一生を得た。清也は眉間に微かにしわを寄せた。……病院で目を覚ました雪乃の表情からは、何の感情も読み取れなかった。清也はベッドのそばに付きっきりで看病していたが、充血した瞳と伸びた無精髭のせいで、疲れの色は隠せなかった。「悪かった」清也は雪乃を見つめ、掠れた声で言った。雪乃の表情に変化はない。「何が?篠原さんを救うために私を見捨てたこと?それとも、死ぬような目に遭わせたこと?」清也は言葉に詰まり、押し黙った。雪乃は冷ややかに笑った。「もういいわ。ここにあなたは必要ないから」清也は動けず、病室はまた長い沈黙に包まれた。しばらくして。「莉子が、妊娠した。俺の子供だ」清也は絞り出すようにそう告げた。雪乃の瞳が揺れた。数週間前、清也が莉子を抱き、一晩中、愛を囁き合う声がフラッシュバックする。皮肉めいた笑みを浮かべようとしたが、上手くいかなかった。「私には関係ない。自分のプライベートの話は私に話さないで」清也は顔をしかめた。胸の奥に、言葉にできない違和感が広がる。かつての雪乃なら、こんなに冷たく接することはなかった。確かに最近、莉子の件で雪乃を傷つけてしまったことは認める。だが、莉子を海外へ送りさえすれば、すべて以前の状態に戻るはずだ。雪乃は自分を愛している。自分のために命まで賭けようとするほどに。時間が解決するだろうし、機嫌を取ればきっと元に戻るはずだ。「少し待っててほしい。莉子が出産を終えたら、俺が追い出す。2週間後の結婚式に問題は出させない。約束する」清也は一息ついてから言った。「それにその子供は……いずれ君を『お母さん』と呼ぶはずだ。俺たち二人の、唯一の子としてな」雪乃はじっと清也を見つめた後、突如として笑い出した。「あなたの『卑劣さ』には驚かされるわ。子どものことは、あなたが気にする必要はないわ。別の男との子を産むから」清也の顔色は一瞬で強張った。「雪乃、自分が何を言ってるか分かっているのか?」「言葉足らずだった?ならもう一度言うわ。あなたの償いなんていらな
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第7話
清也が駆けつけると、数メートルの高さに吊り下げられた雪乃の姿があり、彼は呆然と立ち尽くした。「清也、来たのね」莉子は、指をさして雪乃の方を見た。「雪乃さんを吊るしているロープは半分だけ切っておいたわ。あと20分もすれば、真っ逆さまね」清也は目を血走らせ、莉子を鋭く睨みつけた。「一体何をするつもりだ?」莉子は答えず、隅に積まれた廃棄用の木箱を指した。「雪乃さんを救うために早く動けば、梯子くらいは組めるんじゃない?あ、言い忘れたけれど、ここは郊外だから。救急車を呼んでも到着まで最低30分はかかるわよ」清也は拳を固く握り、指を鳴らした。「頭がおかしいのか!」「ええ、もうイカれちゃってるわよ」莉子は哄笑した。その瞳には、これまでにない狂気が宿っていた。彼女は男たちに近づき、着ていた服の襟を乱暴にはだけた。「ねえ、汚れた女は嫌いなんでしょ?だったら、他の男の子を身ごもって、この男たちに好きなだけ汚してもらうわ。今日はとことん、見届けてよ」莉子はポケットから錠剤を数粒取り出し、飲み込むと、男たちにも同じ薬を差し出した。「今さら逃げようなんて思わないで。そんなことしたら、雪乃さんはここで死ぬわ」清也は青ざめた。喉の奥に鉛を詰められたかのような感覚だった。躊躇う暇などなかった。彼はすぐに積まれた木箱に飛びつき、無我夢中で積み上げ始めた。時は容赦なく過ぎていく。莉子は薬が回り始め、自分の服を剥ぎ取りながら、荒い吐息を漏らし始めた。男たちも獣のような瞳で、一歩ずつ莉子へにじり寄っていく。木箱を運んでいた清也の手が止まった。莉子たちが飲んだ薬の正体を、ようやく悟ったからだ。莉子は本当に狂っていた……男の手が莉子に届こうとした瞬間、清也は持っていた木箱をそちらに投げつけた。「ぐあっ!」男が激痛に声を上げた。清也は間髪入れず駆け出し、最も近くにいた男を蹴り倒すと、莉子を腕に抱えて素早く距離をとった。意識が混濁し始めた莉子は、清也の胸に寄りかかり、その服の襟を指で引っかけた。「清也……まだ、私のことを見捨てられないのね?」莉子は笑みを浮かべたが、目元から一筋の涙が伝った。清也は迫り来る男たちと、空中で今にも落ちそうな雪乃の間で、極限の葛藤に身を焦がしていた。腕の中の莉
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第8話
体が宙に浮き、真っ逆さまに落ちていく瞬間、雪乃は死を覚悟した。ドンッ!しかし、落下地点には複数の男たちが重なるように座り込んでいた。クッション代わりに、雪乃は男たちの体の上に激しく叩きつけられた。生存本能が働き、意識が一気に鮮明になる。全身の激痛を押し殺し、男たちが異変に気づくより早く、雪乃は這いつくばって廃倉庫から外へと転がり出た。背後から男たちの怒号と、追いかけてくる足音が響いてくる。雪乃は夢中で走り続けた。肺は焼けるように熱く、喉には鉄さびのような血の味が広がっている。それでも立ち止まるわけにはいかない。どれくらい走っただろうか。目の前の暗闇の中に、ようやく車のライトが見えた。公道へ駆け出したところで、ついに限界が訪れた。目の前が真っ暗になり、雪乃は意識を失った。……次に目を覚ますと、そこは再び病院のベッドの上だった。枕元では清也が付き添っていた。彼の目は充血し、その顔には疲れが滲んでいた。「雪乃、すまなかった。莉子が今、精神的にひどく不安定なんだ。カウンセリングの手配は済ませてある。莉子のことを、許してやってくれないか?彼女だってわざとやったわけじゃないんだ」清也は一息つくと、こう付け加えた。「それに、君に莉子を訴えるための証拠も残っていないだろう?」清也の意図は明らかだった。たとえ追及しようとしても、無駄だと突きつけているのだ。後ろめたさからか、清也は最後に言い足した。「この件については、俺から莉子に厳重注意をしておいたから」雪乃は、清也の首筋にある赤いキスマークに目を奪われた。あまりにも目に刺さる、禍々しい赤色だった。雪乃は思わず笑みを浮かべた。ああ、なるほど。「厳重注意」とやらは、さぞ激しくおこなわれたようね。雪乃は視線を外し、落ち着いた声で答えた。「2000億。これで示談に応じるわ」清也は一瞬、黙り込んだ。「分かった」そう言って、彼はデスクに黒いカードを一枚置いていく。「莉子には子供がいるんだ。精神的にも不安定でね。君と子供、双方の安全のためだ。莉子は当面、遠方で静養してもらうことにした。1週間後の結婚式には戻る。何が何でも、結婚式には影響させない」雪乃はただ目を閉じ、沈黙を守った。しばらく雪乃の様子を窺っていた清也だったが、最後には背を向
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第9話
その頃、ある療養所の個室では、テレビでニュースが流れていた。ある国際線の航空機が離陸後に消息を絶ち、海上に墜落、生存者は一人もいないという内容だった。清也は表情一つ変えずテレビを消し、リモコンを投げ捨てると、ベッドで黙り込んでいる莉子へと視線を向けた。「なぜ治療を拒むんだ?」莉子はテレビの暗い画面を見つめたまま、聞こえていないかのようにうつろな瞳をしていた。「必要ないわ」清也は眉をひそめ、厳しい口調で言い放った。「治療を受けろ。そして子供を産むんだ」ようやくゆっくりと振り返った莉子は、清也を見て冷ややかに笑った。「子供を産めって?清也、父親も分からない子を孕ませて、こんな方法で私を辱めるだけじゃ足りないの?そんな辱めを一生背負わせるつもり?それほど私に復讐したいなら、いっそ殺せばいいでしょ?」「殺す?それが一番甘い処罰だな」清也の表情は冷酷に沈んだ。彼は一歩踏み込み、莉子の手首を強く掴んだ。「篠原家の罪を、君に生きて償ってもらう!」清也の瞳に宿る殺気に射抜かれたように、莉子も激しく応戦した。「私が償う?清也、父が過失であなたの家族を死なせたこと、それで父を追い詰めたのは何も言わなかったわ。でも母や祖父母にまで、一体何をしたのよ!なぜ彼らまで巻き添えにしたの!?」「じゃあ聞くが、俺の両親、妹、姉、そして姉のお腹の中にいた子供まで……彼らが一体何をしたと言うんだ!?」核心を突かれた清也は目を血走らせ、怒りに声を震わせた。「君の父親のような飲んだくれが引き起こした火事で、みんなの命が奪われたんだ!それなのに俺が、彼の身内を許すとでも思ったか!?君たちを許せるわけがないだろう!」二人の間にある憎しみは、蔦のように絡み合い、ほどこうにもほどけなくなっていた。やがて、莉子の瞳から涙があふれ出し、彼女は悲しく笑った。「そうね。私たち、生まれつきの敵同士だもの。でも、清也。あなたがどれほど私の心を支配していたか分かる?死んでもいいほど愛してたの!あの時、私の命で償うつもりだったのに。なのにあなたは、私の身内を追い詰めておきながら、そのたびに私を死の淵から引きずり戻して、私を死なせてくれなかった。私が生きるためにと海外に送って……」莉子の笑みが歪んでいく。「だからあなたが憎
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第10話
清也の脳裏に、雪乃の溢れんばかりの笑顔や、自分をかばってウェディングドレスを真っ赤に染めた姿が、抗いようもなく浮かび上がってきた。胸を何かで締め付けられるような激痛が走り、息もできないほど苦しい。少しして、清也は莉子から手を離した。「俺は誰のことも愛していない。誰のこともだ!」そう吐き捨てると、何かに追い詰められたかのように、清也は部屋を飛び出した。背後から、莉子のどんどん高くなる狂気じみた笑い声が聞こえてくる。「清也、もう嘘はバレてるよ……あなたって本当に鈍いんだね。失うべくして失ったんだよ!あはは……」……乱れた思考のまま、清也は莉子から目を離さないよう、これ以上何一つ失態を許さないよう指示した。結婚式当日、清也は家へと急いだものの、どこにも雪乃の姿はなかった。スマホを取り出し、何度電話をかけても、応答はない。送ったメッセージもすべて、既読すらつかない。ブロックされているのか?言いようのない不安が、胸の中でじわじわと広がっていく。清也は即座に人を使って街中の捜索に向かわせ、自らはひと足先に式場へ駆けつけた。雪乃がこの式をどれほど望んでいたか、清也はよく知っていた。会場の装飾や細かな手配に至るまで、雪乃がすべて自ら関わってきたからだ。雪乃の自分への愛の深さも誰もが知るところであり、あの日彼女が迷わず自分をかばったことが、その証拠だった。そんな雪乃が、今日のような日にいなくなるはずがない。近頃の出来事を思い出し、清也はイライラを募らせた。まさか、本当に雪乃は出て行ったのか?その考えがよぎり、胸がドクンと鳴ったが、その考えはすぐに打ち消した。2000億円もの慰謝料を渡してある以上、雪乃が出ていくはずはない。おまけに今は籍を入れた正式な夫婦だ。どこに行くと言うんだ?単に、自分が戻るのが遅れたことへの意地悪かもしれない。式の時間が来れば、きっと帰ってくる。……清也はタキシードに着替え、控室の窓際に立ったまま何度もスマホを見たが、着信はなかった。司会者がおずおずとドアをノックし、声をかけてきた。「藤堂社長、定刻が近づいております。出席者の皆様もお待ちです」清也は大きく息を吸い込み、ネクタイを整え、何事もなかったかのように無表情を装った。「妻は来る」
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