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All Chapters of イケメン上司とボク: Chapter 11 - Chapter 20

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美術館デート

 デートと言っても、美術館巡りは俺の日課のようなもので、言ってみれば仕事の延長だ。それに成海をつき合わせてしまうのだ。少し罪悪感がある。 俺たちは、ミュージアムショップで売られるグッズを発案する仕事をしているので、新しいアート展が始まると通える範囲で足を運び、グッズを視察するのだった。美術館巡りは元々好きだし、休日にはよくやっている事だった。「成海!」待ち合わせた上野駅前で、成海を見つけた。相変わらず、スーツ姿とはがらりと印象の変わるやつだ。ガタイの大きさが際立つというのだろうか。半袖のTシャツの下にタンクトップを重ね着して、わざとずらしてタンクトップが見えるようにしているようだ。それは色のコントラストからの推測だが。Tシャツがカーキ色で、タンクトップが白。Tシャツには白い英文字が流れるような筆致で書いてあり、タンクトップもその白い文字に合わせて選んだに違いない。 いつもは上が白、下がジーンズという服ばかり着る俺だが、今日は白い半そでパーカーの下に水色のTシャツを着て、下はくすんだ黒のデニムだった。ちょっとしゃれてみたつもりだが、俺に似合っているのかどうかは分からん。「仁さん、今日は一段とオシャレですね。」成海がそう言って微笑んだ。思わず赤面。「あ、今日は俺につき合わせて悪いな。」照れ隠しもあって、そんな風に言って歩き出した。「とんでもない。俺もこのアート展には行きたかったので。」成海も一緒に歩き出しながら言った。たとえ仕事の延長でも、成海と一緒に歩けたら楽しい。 アート展を観終えてミュージアムショップに入ると、俺たちは真剣に品定めを始めた。「これはステッカーですね!ステッカーってお手頃価格で買いやすいし、スマホケースの中に入れられるし、すごくいいと思うんですけど、意外と売ってるミュージアムショップが少ないんですよね。」成海が展示されていた絵のステッカー、つまりシールを手に取って言った。「そうだな、確かにそれほど多くない。絵葉書や付箋は必ずあるのに。」俺はそう答えながら、物色して歩く。「お、ネックレスがある。こういうの、俺はいいと思うんだよなー。」俺が手に取ったのはアート展の作品にちなんだ形のネックレスだった。高価な物ではないが、他にはないオリジナリティーがある。「ネックレスか。同じようにブレスレットや指輪もあるといいですよね。
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父と母の画策

 結局ステッカーとネックレスを買った俺たち。ネックレスはそれぞれ違うアーティストの作品のものを買って、同じ物ではないが、何となくお揃い気分を味わう。ステッカーも違う作品のものを買ったが、お互いに買ったステッカーをスマホケースに入れた。「なんか、いいっすね。」成海が隣でニッコリ笑うのを見て、俺もすごく嬉しくなる。が、ほっこりしているところ申し訳なくなるが、この後は俺の実家、というか家に成海を連れて行かねばならない。どうしてこんなにプレッシャーを感じるのだろうか。「じゃあ、うちに行こうか。」俺がさりげなく言うと、「は、はい!」成海が急に緊張した声で言った。「なんか、ごめん。」「どうして謝るんですか、大丈夫です。俺、すごく楽しみです。」無理してるなあ、と思いながらも仕方がない。とにかく一度母に紹介して、その後はなあなあにして……と俺は考えていた。 「ただいまー。」家の玄関に入り、そう言ったか言わないかの内に母が台所から出てきた。「仁さんお帰りなさい、まあ、まあ、良くいらっしゃいました。成海さんよね?」母は満面の笑みだ。「あ、はい!本日は、お招きありがとうございます。」成海は元気よく言って、思い切り頭を下げた。「どうぞ上がって~。あ、スリッパをどうぞ。」母はスリッパを成海の為に揃えると、リビングの方へと入って行った。「お邪魔します。」成海はそう言って靴を脱ぎ、スリッパを履いた。何だか俺まで緊張する。 リビングに入ると、父が既にテーブルに着いていて、俺たちが入って行くとやあ、と片手を挙げた。「お父さん、こちら成海準一君。」「どうも初めまして。さあ、座って。」父は上機嫌で言った。「初めまして。ありがとうございます!」成海はやはり深々と頭を下げ、椅子を引いて座った。俺も成海の隣に座る。「りーんー!ご飯だから、下りてらっしゃい。」母が階段の下から妹の凛を呼んだ。「あ、凛というのは妹なんだ。」俺は隣の成海に説明した。「ああ、そうですか。」成海は緊張しているようで顔が硬い。 母がリビングに入ってきて、続いて凛が入って来た。凛の顔を見ると、成海の事を見てハッとしている。来ることを知らなかったのだろうか。「あ、こちら成海準一君。」凛にも成海を紹介した。そして、「妹の凛。」と、改めて成海にも妹を紹介した。「初めまして
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繰り返すキス

 成海を連れて階段を上がり、自分の部屋のドアを開けた。電気を点け、成海を先に中へ入れ、自分も入ってドアを閉めた。成海は部屋の真ん中に突っ立って、こちらを見ている。ちょっと複雑な表情で。「あの、仁さん、何か怒ってます?」成海が言った。俺は真顔で成海を見つめた。俺は怒っているのだろうか。誰に?「いや、怒ってない。」そう言って、成海に抱き着いた。「仁さん?」俺が黙っていると、成海はそのまま背中に腕を回してくれた。そして、そっと頭を撫でてくれる。そうしていると、だんだん心がほどけて行った。「なんであんなに、凛のこと見てたんだよ。」思わず言った。俺、やっぱり成海に怒っていたみたいだ。「え、そんなに見てました?」「見てたよ。」「それは、仁さんと似てるなーと思って、つい。」「それは、そうだろうけど。」そうだろうけど、それでも気に食わない。「怒らないでください。もう仁さんの事しか見ませんから。」成海が言う。「そんなの……」無理だ、と言おうとして顔を上げると、成海が顔を近づけてきて、キスをした。黙るしかない。すると、もう一度キス。顔の向きを変えてまたキス。キス、キス、キス……キスの嵐。何度も唇を重ね、だんだんと唇を吸われるようになり、それと同時に成海が俺の背中を撫でさする。俺も夢中になって成海の背中をさすった。チュッ、チュッとリップ音だけが響く。胸がドキドキする。こんな感覚は初めてだ。これが、恋、なのだろうか。これが愛のあるキス、なのか。 気づけば、成海は俺の唇から頬に、そして首筋にまでキスを繰り返している。クラクラする。もうダメだ。倒れそう。そう思ったら、成海がギュッと俺の腰を引き寄せた。「ちょ、ちょっと待った……。」と俺が言ったその時、部屋のドアがトントンとノックされた。ビックリ。「あ、はい。」急いで成海から離れ、ドアを開けに行く。だが、俺が開ける前にドアがガチャっと開いた。「よお!」そこに立っていたのは兄貴。「仁、お前男連れ込んでんだって?どんな男だ?」いきなりそう言って首を伸ばし、後ろを見ようとする。「ちょっと、その言い方!」だが、兄貴は俺の言葉を無視し、部屋に入って来る。「何か楽しい事やってたらしいんじゃん。知らせてくれないんだもんなー。知ってたらもう少し早く帰って来たのに。」そして成海の前に立ち、「どうも。成
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あなたの為

 成海を送り出そうとして、二人で俺の部屋を出ると、凛が自分の部屋から顔を出した。凛の部屋は俺の部屋のはす向かいにある。「成海さん、もうお帰りですか?」凛が言った。「はい。お邪魔しました。」成海がまた深々とお辞儀をする。すると凛は、「あの、連絡先交換しません?」と言った。俺は驚きで声も出なかった。成海は当然困惑し、俺の顔を見る。「ダメ、ですよね。忘れてください。」凛がそう言って部屋に引っ込もうとした時、「いえ、ダメじゃないです。交換しましょう。」成海がそう言って、ズボンのポケットからスマホを取り出した。俺は未だに声も出ない。何を言うべきか、見当もつかない。成海と凛はスマホをつき合わせている。俺は、どうしたらいいのだろう。このまま、ただ眺めているのが正解なのだろうか。「それじゃあ、また。」「はい、おやすみなさい。」凛と成海がそう言葉を交わし、凛は部屋に戻った。俺は黙って先に階段を下りた。 成海を玄関へ連れて行き、手を振って別れた。成海は笑顔で手を振っていた。だが、俺は笑顔を作れていたかどうか分からない。玄関のドアが閉まり、ぽつねんと取り残された俺に、後ろから母が声を掛けた。「仁さん、お茶でも飲む?」 母はティーカップ2つにお茶を入れ、ダイニングテーブルに運んできた。1つを俺の前に置く。「ありがと。」俺はそう言って受け取った。薄いグリーンのお茶は、飲んでみるとカモミールだった。心を落ち着かせるハーブティーだ。「成海さん、とてもいい人ね。さすが仁さんの御眼鏡にかなっただけの事はあるわ。それにカッコいい。」母もお茶をすすりながら、落ち着いた声で言った。「凛も気に入ったみたいね。成海さんの方はどう?ああ、聞かなくても分かるわよ。凛はあなたにそっくりだもの。あなたの事が好きなら、きっと凛の事も好きになるわ。」「え?」一瞬何を言われたのか分からなかった。俺の事が好きなら?「いや、成海は別に……」否定しようとして、言葉に詰まった。そうしたら母に先を越された。「隠さなくてもいいわよ。」「……どうして分かった?」「そりゃあね、若い人が毎週土曜日に出かけるようになったら、それは恋人が出来た証拠だもの。ただの友達なら、毎週って事はないわ。」母にそう言われて、確かにと思っておかしくなった。色々な友達としょっちゅう出かけている人ならとも
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一難去ってまた一難

 『お前、形だけ結婚しようとか、考えなくていいからな。世間体なんて気にしなくていいから。さっきお母さんにも言っておいたから。』部屋に戻り、凛にメッセージを送った。すぐ前の部屋にいるのだが、面と向かっては言いにくいので、スマホで。うちは家族間でもLINEで会話をする事が多い。『何の話?』凛からの返事はこう。母から作戦を持ちかけられていたわけではないのか?『お父さんもお母さんも、私と成海さんをくっつけようとしてたよね。それは分かった(笑)』『結婚するつもりなかったけど、成海さんならいいかもって思った(笑)』は?なんだと?そもそも笑い過ぎだコラ!成海はダメだ、と言うべきか。それともやはり言わぬ方がいいのか。迷う!……とりあえず黙っておこう。 「おはよう。ふああ。あ、ねえ仁兄さん、成海さんって今度いつ来る?」ある朝、凛が俺に言った。「は?もう来ないよ。」そっけなく言うと、「えー、なんでー。仲いいんでしょ?また連れてきてよー。」お前は駄々っ子か!そして子供か!とっくに社会人の凛は、普段は大人ぶっているくせに、こんな時だけ末っ子らしくなる。「お前には一生会わせてやんない。」俺もつい意地を張る。だが、これは本心だ。絶対に会わせてやるもんか。 会社では、ごく自然に成海と距離を取っている。だからプライベートな話もしない。それなのに、この日は俺が休憩をしている時に、成海がやってきた。「仁さん、ちょっといいですか。」「何?」「あの、妹さんの事なんですけど。」声を潜めて成海が言う。「凛がどうかしたか?」「メッセージをいただきまして……。何度も。」「え!?」絶句した。成海のどこがそんなに良かったんだ?そりゃ、俺だって好きになったわけだが、それはこいつが俺にぞっこんだったからで……。まさか!成海が俺に似ているからと、凛の事をじっと見つめたりしたものだから……。こいつの熱視線には特別な力が!「ビシッと断っていいから。むしろ、そうしろ。いいな。」俺が厳しめに言うと、「はい、わかりました!」成海が姿勢を正して言った。 週末、成海と会う為に新宿駅で待ち合わせた。「仁さん!」手を振る成海を見て、思わず駆けだした。すると、成海が急に驚いた顔をした。不思議に思って手前で立ち止まると、猛スピードで誰かに追い抜かれた。「成海さーん!やっと会えたー
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スイッチ~どこまで進んでいいのか

 「成海、来週またお前んち行っていい?ドラマ観ようぜ。」「あ、はい。もちろんいいですよ。」俺は笑ってOKした。デートした帰りの事。「最近暑くて、外歩き回るの辛いもんなー。」仁さんはそう続ける。確かにギラギラした日差しの中、移動するのはキツイ季節になった。家で過ごすのもいい。仁さんは他意なく言っているのだろう。 いや、ひょっとすると……そろそろ関係を進めようという合図なのか?恋人同士が、部屋に行っていい?と聞くのはつまり、体の関係を持とうと?「成海?」仁さんが俺の顔を見た。そろそろお別れの地点だ。今、仁さんを家に送っているところだった。家まで行くと色々と面倒だ、と仁さんが言うので、家が見える手前の曲がり角でお別れする事にしていた。「なんで黙ってるんだ?考え事か?」仁さんが言う。「いえ、別に。それじゃあ俺はこの辺で。仁さん、また月曜日に。」俺は笑って言った。「うん、送ってくれてありがとう。」手を振って、俺は踵を返した。 どうしよう。先走って嫌がられたらショックだが、仁さんが期待しているのに何もしなかったら、愛想をつかされるかもしれないぞ。やはりそのつもりで準備をしなければ。 先日は、仁さんが「成海を独り占めしたい」と言ってくれて、めちゃくちゃ嬉しかった。もう、そう言ってくれただけで、どんな障壁があろうとも生きていけると思った。このままずっと俺が仁さんを独り占めできたなら。ああ、生まれてきて良かった。とはいえ、デートをしていても、人目があるので全くと言っていいほど触れられないのが少し寂しい。俺は、肩と肩が触れたくらいで喜んでいるのだ。でも、もっと抱きしめたり、口づけたり……そういうの、したいと思うのは当然ではないか。 かと言って、俺の部屋に誘うのも……イチャイチャしにおいで、とでも言っているようで憚られる。だから、こうやって仁さんの方から家に来ると言ってくれるのは大変嬉しい。 だが、前回家に来た時には軽いキスとハグだけで済ませたわけで、今回もそのくらいだろうと思って来るのだとしたら。どこまで触れていいのか分からない! そういう、悶々とした思いを抱えつつ一週間を過ごした。だが、必要な物を調べ、揃えておいた事は言うまでもない。 土曜日がやってきた。家を片付け、布団を干し、シャワーを浴び、歯磨きをし、布団を取り込んでベッドの上に整え、仁さ
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愛を形に

 仁さんの手を取り、立たせ、ベッドに連れて行った。仁さんはベッドに腰かけ、静かに俺を見上げる。「いい、ですか?」はやる気持ちを抑え、声を掛けた。「うん。」仁さんはそう言って、うつむいた。恥ずかしがっているようだ。可愛い。とても愛しい。辛い事はさせたくない。どうしたら仁さんが辛くなく、お互いが気持ちよくなれるのだろう。この間からずっと考えていた。 仁さんは着ているシャツのボタンを自ら外し始めた。ちゃんと同意している事を示してくれている。俺も自分が来ているシャツをバッと脱いだ。俺は部屋着同然だったので、Tシャツ短パンである。一方、電車に乗って来た仁さんは、長ズボンを履き、ちゃんとベルトをしていた。俺は仁さんのベルトに手を掛けた。一瞬仁さんの顔を見る。仁さんはじっと俺の目を見つめていた。俺はベルトを引き抜き、ズボンのボタンを外し、ジッパーを下げ、仁さんの肩をそっと押して倒した。ベッドに横になった仁さんのズボンを引き抜き、ベッド脇に落とす。「成海……」仁さんが両手を広げた。俺は仁さんを抱きしめ、口づけをした。舌を絡めると、二人のスイッチが完全に入った気がした。お互いがお互いを求めている。息遣いも荒くなり、俺は仁さんの首すじや胸に唇を這わせる。仁さんは時々声を漏らし、それを恥ずかしがるようにこぶしを口に当てた。 仁さんは顔が麗しいだけでなく、ボディも美しかった。スレンダーだがほどよく引き締まった筋肉。形の良いヒップ。途中仁さんをうつ伏せにさせ、背中にも唇を這わせ、下着を下げてヒップや太ももにもキスを繰り返した。仁さんは上ずった声を上げ、体をくねらせる。仁さんの体をまた表に返し、硬くなった部分を口に含むと、「あっ!」ひと際大きい声を上げ、目を開けて俺を見た。だが、すぐに目をつぶり、顎を上げた。「ああ……」のけぞる仁さんの腰を押さえつけ、顔を上下させると、やがて仁さんは果てた。 仁さんは少し肩で息をしていたが、のっそりと起き上がり、ベッドに膝で立っていた俺の、起立したモノを掴んだ。「あっ!」何かを言う間もなく、仁さんはそれにかぶりついた。上目遣いで俺を見る。感動が押し寄せる。嬉しすぎて涙が出そうだ。気持ち良くて、嬉しくて、あっという間に果てた。「ありがとうございます。」ベッドに倒れ込み、仁さんを見上げて言った。完全にウルウルしている俺。「成海
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仕事にならない

 とても満ち足りた気分で仁さんを駅まで送り、その後ずっとニタニタしていた俺。ベッドに横になるや、枕を抱えて右に左にゴロゴロしてしまう始末。幸せ過ぎて怖い。また来週も仁さんはうちに来てくれるだろうか。来てくれたら、また今日みたいに……してくれるだろうか。 思わず不安になり、スマホを手に取る。仁さんとのトーク画面を開けるが、また来週も……と打って躊躇する。やっぱり辞めよう。何だかかっこ悪い。一度書いた文章を消し、その代わりに『お休みなさい』と書いて送った。すぐに既読になり、『お休み』と返って来た。それだけで不安は消えた。 翌日の日曜日も前夜と同じ状態だった俺。月曜日には流石に顔を引き締めないとまずい。仕事中にニタニタしているわけにはいかない。 会社に着き、周りの人と挨拶を交わすと、「あれ、成海君何かいい事でもあった?」と、同僚の吉沢さんに言われてしまった。そんなはずないのだが、まさか俺はまだニタニタしているのだろうか。「え、どうして?」恐る恐る聞いてみる。すると吉沢さんは、「なんか……表情が明るいから。」と言われた。「そう?別に何もないよ。」何食わぬ顔で返す俺。でもやっぱり、機嫌がいいのは確かだ。ほら、仁さんがやってきた。彼を見るだけで心が躍る。「おはよー。」仁さんが言うと、職場の皆が口々におはようございます、と返した。仁さんも明るい顔を……いつも明るいから、いつも通りだな。 しかし、俺の機嫌が良いのはここまでだった。仕事をしていると、仁さんの事が気になってしまう。仁さんをチラリと見ると、今度はベッドの上での乱れた仁さんの顔が頭に浮かんでしまう。ダメだ、朝からこんな事じゃ! ちょっと顔でも洗って来ようと席を立つ。洗面所で顔を洗い、戻って来ると仁さんと目が合った。また、艶めかしい仁さんの肌を思い出す。 いかん、いかん。俺はかぶりを振った。どうしてもダメだ。これじゃ仕事にならない。仁さんのいないところでないと。 とはいえ、今はそんな事を言っていられない。とにかく浮かんで来る仁さんのみだらな映像を打ち消し、打ち消しながら、何とか午前の仕事をこなした。 そんな日々が数日続いた。一日か二日で慣れるかと思ったのに、相変わらず仁さんの事を見るとふしだらな映像が脳裏に浮かび、仕事どころでなくなってしまう。「成海君、大丈夫?体調でも悪いの?」吉沢
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出世はしたが……

 週末には俺の家で仁さんと会い、少しずつ関係を深めていった。指を……入れてみるとか……色々と……少しずつ。 そして6月中旬、7月1日付で俺に辞令が出た。仁さんのおかげで、係長に昇進した。最年少記録を更新した。だが、どこの係に配属されたのかを確認し、目を疑った。それは第2企画部の発案課で、一瞬嬉しいと思ったのだが、なんと勤務地は福岡支社だった。 九州か!東京の本社内にもたくさん課はあるし、就業人数も東京本社がダントツだというのに、まさかの福岡支社とは。名古屋あたりなら週末に通えるかもしれないが、流石に福岡では毎週東京に来る事は難しいのではないか。 今は毎日仁さんと会っているからデートは週一で済んでいるけれど、普段会えないならもっと頻繁に会いたくなるに決まっている。それなのに……。悲しすぎて何を考えればいいのか分からない。 だが、せっかく仁さんが力を貸してくれて実った出世話。無下にするわけにも行かないぞ。困った。どうしよう。俺、やっぱり出世なんてしなくていい。ただ、仁さんの姿が見えないところで仕事がしたいだけなのに。 「成海……おめでとう。」仁さんが後ろから声を掛けてきた。「仁さん、俺、福岡なんて行きたくないです。」静かに言うと、仁さんは苦笑した。「俺も昨日聞いた時には驚いたよ。気持ちの整理も正直ついてない。気軽に話を進めた事を後悔したし。」「仁さん……。」抱きしめそうになったので、俺はこぶしを握り締めた。ここは会社だ。「成海、お前栄転だな、おめでとう!」同じ係の先輩がやってきた。「おめでとうございます!」「おめでとう!」みんながやってきた。それで、暗い顔をしてもいられず、笑った。顔では笑って、心では泣いた。 すぐにお別れの時はやってきた。引っ越すなんて思ってもみなかったので、準備はバタバタだった。実家に帰る暇もなかった。引っ越し業者を手配し、荷物をまとめ、引継ぎをし、東京本社最後の勤務の日。「成海君、あの……これ、選別。」吉沢さんから小さな箱を渡された。「第2係全員からのもあると思うけど、これは私個人から。成海君、元気でね。そしてまた戻ってきて。待ってるから。」待ってる?それはどういう意味だ?「あ、ありがとう。えーと、うん、また東京に戻って来ると思うから、その時はよろしく。」箱を受け取った。そして、終業時間になると、仁さ
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別れの日

 仁さんは酒を持ってやってきた。コンビニで買ったと思われる缶ビールと、スルメなどのつまみも持って来てくれた。「グラスもないだろうと思って、ビールにしたよ。これなら缶のままでいいだろ?」仁さんは言った。プシュッと缶を開け、乾杯した。何もない壁に寄りかかって座る。「なんでこんな事になっちゃったんでしょうね。」つい、呟く。「……うん。」仁さんが相槌を打つ。そして、二人黙って飲む。「成海、俺……福岡行くよ。毎週とは行かないと思うけど、1ヶ月に1回は行くから。」仁さんが言った。「じゃあ俺も、1ヶ月に1回は東京に来ます。そうしたら、2週間に1回くらい会えるって事ですよね?」俺がそう言うと、仁さんは俺の顔を見て頷いた。 どちらからともなく、キスをする。大丈夫、そんなに遠くない。それでも、毎日会っていた今までと比べたら、寂しくて、心配で、心が折れそうになる。「成海、浮気するなよ……」「仁さんこそ……」そんな事を言いながら、キスを繰り返す二人。そして、やっぱり吉沢さんにメッセージを送るのは辞めようと思った俺。そんな事から浮気が疑われるのだ。仁さんが他の人にプライベートな連絡をしたら、俺は嫌だから。「今日は、最後までしていいよ。」仁さんが囁いた。「え、大丈夫ですか?」「うん。大丈夫。覚悟出来たから。」少しずつ練習をしてきた俺たちのセックスも、とうとう本番を迎える。ベッドではなく、床にタオルケットを敷いた上で。「成海、来い!」「は、はい!」「う、うう……」「仁さん、大丈夫ですか?」「だいじょう……ぶ……」お互いにまだ不慣れだけれど、一つになれた。 「それじゃあ、気を付けて。」「はい。仁さん、お元気で。あ、着いたら電話します。」空港まで送ってくれた仁さんに別れを告げた。手を握っても変に思われないように、俺は握手を求めた。仁さんが俺の手を握る。握手をして、その手を静かに放す。指先が離れるその瞬間まで、仁さんの手の感触を味わった。仁さんがニッコリ笑う。俺も笑う。そして仁さんに背を向けた。
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