《誕生日の夜、恋人と家族に見捨てられ、偽物の姉に人生を奪われた本物の令嬢は、復讐のために生き直す》全部章節:第 31 章 - 第 40 章

107 章節

第31話

澪のアルバイト先である『サニーマート』は、この近辺で唯一、二十四時間営業をしているコンビニエンスストアだ。 澪がここで働き始めてから、もうすぐ二か月になる。 シフトは夜の八時半から十一時半までの遅番で、時給は決して高くない。それでも、遠坂家から自転車でわずか五分という近さは大きな魅力だった。 彼女が店に着くと、店長はレジの奥で小銭を数えていた。 店長の吉田は四十代の、少し頭の薄くなった男だ。多少ケチで細かいところはあるものの、従業員への接し方は悪くない。 だが、店長の娘は違った。 吉田美香――澪より一つ年上で、近所の公立高校に通っており、ときどき店を手伝いに来る。 澪は以前から、美香が自分へ向ける視線にどこか居心地の悪さを感じていた。口を開けば、その言葉の端々には決まって棘があった。 理由を知ったのは、しばらく経ってからだ。 美香には彼氏がおり、ある日店へ買い物に来た際、澪を見て思わず二度見したらしい。 それ以来、美香は尻尾を踏まれた猫のように、澪のやることなすこと気に入らなくなってしまったのだ。 澪にしてみれば完全な濡れ衣だったが、いちいち弁解するのも面倒だった。 商品の品出しをしていた店員の小野寺が、澪に向かって手を振る。 「澪ちゃん!今日は入荷が多くてさ。一人じゃ手が回らないんじゃないかって心配してたんだ」 澪は制服に着替え、エプロンと帽子を身につけて手を洗うと、レジへ入った。 「今日は混んでるんですか」 「まあまあかな。九時過ぎには落ち着いてくれると
last update最後更新 : 2026-07-06
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第32話

ピンポーン、とコンビニの自動ドアが開き、冷房の冷気がどっと流れ込んできた。 修が店内へ入ると、澪は商品棚の前にしゃがみ込み、品出しの真っ最中だった。 片手にポテトチップスの袋を持ち、少し引っ張られた制服の裾から、引き締まった腰がわずかにのぞいている。 彼は声をかけることなく、ただ棚の反対側に立って彼女を見下ろしていた。 澪が一箱分のポテトチップスを並べ終え、振り返った瞬間、危うく彼にぶつかりそうになった。 一瞬虚を突かれたように固まったものの、すぐに眉をひそめる。 「どうしてここにいるの」 修は両手をポケットに突っ込んだまま、淡々と答えた。 「腹が減ったから、何か買いに来た」 彼は棚から適当におにぎりを一つ手に取り、裏返して眺めては戻し、今度はサンドイッチを手に取って、また眺めては棚へ戻した。 澪はその横に立ち、無表情のまま彼を見つめる。 「ごゆっくりどうぞ」 そう言い残すと、彼女はきびすを返してレジへ戻り、それ以上相手にしようとはしなかった。 修は棚の前に立ち尽くした。 なぜ手に取ったのか自分でも分からないクッキーの箱を握りしめながら、その胸中はひどく複雑だった。 本当は買い物のついでに、彼女と少しだけ言葉を交わそうと思っていた。 大した話ではない。ただのクラスメイト同士が交わすような、ありふれた雑談を。 だが、仕事中の澪は普段とはまるで別人だった。 普段ならまだ言い返してくることもあるのに、今の彼女は彼を一瞥すらし
last update最後更新 : 2026-07-07
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第33話

いつの間にか、美香もバックヤードから姿を現していた。 倉庫の入り口にもたれかかり、腕を組んだまま、まるで面白い見世物でも眺めるような笑みを浮かべ、修と澪を交互に見つめている。 三十分後、修はようやく手を止めた。 十分に買ったからではない。食品コーナーの棚が、まるで強盗にでも入られたかのように、すっかり空になってしまったからだ。 レジ台の上には商品が山のように積み上げられていた。 澪はレジの奥に立っていた。 何度も品出しを繰り返したせいで頬は赤く火照り、額にはうっすらと汗がにじんでいる。 彼女は商品の山と修を交互に見つめると、何も言わずバーコードスキャナーを手に取り、会計を始めた。 ピッ。ピッ。ピッ。 店内には、スキャナーの単調な電子音だけが響き続ける。 修は両手をポケットに突っ込んだまま、どこか得意げな表情を浮かべていた。 自分はとてつもなく良いことをしたのだと、心から信じて疑わなかった。 これだけ買ってやれば、今日の澪はきっとかなりの歩合をもらえるはずだ――そう思い込んでいたのだ。 「お会計、四万八千三百二十円になります」 澪が金額を告げた。 修は財布からカードを一枚取り出し、そのまま差し出した。 澪はカードを受け取って決済を済ませ、レシートと一緒に返すと、商品を袋へ詰め始めた。 最終的には、パンパンに膨れ上がった大きなレジ袋が六つにもなった。 レジ前にずらりと並んだその姿は、まるで出発を待つペンギンの群れのようだっ
last update最後更新 : 2026-07-07
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第34話

澪は奥の事務所へ呼ばれ、五分も経たないうちに戻ってきた。 その顔色は、見るからに青ざめていた。 「澪ちゃん……」 小野寺はおずおずと彼女の顔をうかがった。 澪は彼を見ることなく、更衣室へ向かった。 制服と帽子を脱いで丁寧に畳み、棚へ置く。そして自分の鞄を手に取ると、そのままコンビニを後にした。 背後で、自動ドアがピンポーンという音を立てて閉まる。 その頃には、九条家の車もすでに到着していた。 修はコンビニの外に立ち、使用人たちに大量のレジ袋を次々とトランクへ積み込ませるよう指示していた。 自転車を押して歩いてくる澪を見つけた彼は、まだどこか得意げな表情を浮かべていた。まるで彼女から「ありがとう」と言われるのを待っているかのようだった。 「どうだ?今日の売り上げ、相当なもんだったろ?」 澪は答えなかった。 顔を上げることもなく、自転車を押したまま彼の脇を通り過ぎようとする。 修の顔から、ゆっくりと笑みが消えた。 「どうした?」 そう問いかけても、澪は足を止めず、そのまま歩き続ける。 修は追いかけると、彼女の前に回り込んで立ちはだかった。 「どうしたのかって聞いてるんだ」 澪はようやく足を止め、ゆっくりと顔を上げた。 瞳は乾き切っていたが、その目元ははっきりと赤く充血していた。 「クビになったわ」
last update最後更新 : 2026-07-08
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第35話

修は眉をひそめた。 彼には理解できなかった。 コンビニのアルバイトなんていうくだらない仕事で、面と向かって陰口を叩かれた挙げ句、クビにされたというのに、一体何に未練があるというのか。 自分は澪にもっと良い選択肢を、もっと高い収入を、もっと体裁の良い仕事を与えようとした。 ――いや、これは仕事ですらない。ただ彼女を助けようとしただけだ。それなのに、なぜ澪はその好意を突き返すのか。 「一体どういうつもりだ」 何度も拒絶されたことで、修の怒りはついに限界に達した。彼は澪の腕を乱暴に掴み、そのまま力任せに自分のほうへ引き寄せる。 「俺がお前に何をしたっていうんだ!初めて会った時からずっと仏頂面で、まるで俺がお前に何かひどいことでもしたみたいな顔しやがって。 俺はお前を庇って平手打ちまで食らって、お前のために店の売り上げにも貢献してやった。それなのに、その恩をこんな形で返すのか」 澪は何も答えなかった。 修はなおも澪の腕を掴んだまま、激しく揺さぶる。 「何とか言えよ!黙ってないで答えろ!俺が何をしても、お前にとっては全部ありがた迷惑だって言いたいのか」 「足をどけて」 澪が不意に口を開いた。 修は視線を落とす。 足元には、いくつものトマトが転がっていた。 もみ合った拍子にビニール袋が破れ、中身が地面に散らばってしまったらしい。そのうちの一つを、修は靴で踏み潰していた。 真っ赤な果汁がアスファルトの上に飛び散り、まるで血だまりのように広がっている。&nbs
last update最後更新 : 2026-07-08
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第36話

「それは旦那様のお夜食です」 背後から円香の声が響く。 その声には、わざとらしいほど冷たい響きが滲んでいた。 「澪お嬢様は随分とご立派な腕をお持ちなんですから、お腹がお空きなら、ご自分でお作りになればよろしいでしょう」 澪は何も言わず、ただ身を横に引いて円香に道を譲った。 円香はトレイを持ち上げると、キッチンの隅に置かれた鍋を顎でしゃくる。 「どうしても作るのが面倒なら、残り物もありますよ。ほら、鍋にカレーが少し残っていますから」 そう言い捨てると、トレイを持ったままキッチンを出て、階段を上がり、二階へと消えていった。 澪は調理台の前に立ち、鍋の蓋を開けた。 鍋の底には冷え切ったカレーが薄くこびりつき、すっかり固まっている。 彼女は茶碗にご飯を半分ほどよそい、残っていたカレーを少しすくって電子レンジで温めた。 温まったカレーをご飯にかけ、軽く混ぜ合わせると、テーブルに腰を下ろし、一口ずつ静かに口へ運ぶ。 残り物のご飯に、残り物のカレー。 それが澪の夜食だった。 惨めだと思ったところで、何かが変わるわけではない。 円香の態度には、とっくの昔に慣れていた。この家へ来た初日から、あのメイド長は一度たりとも澪に好意的な態度を見せたことがない。 食事はいつも残り物、おかずも冷めたものばかり。 挨拶はなく、笑顔など望むべくもない。 澪は時折、円香の目には自分が道端の野良犬以下に映っているのではないか、とさえ思うことがあった。
last update最後更新 : 2026-07-09
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第37話

前世の彼女は離れに軟禁されていた。 そのため、この屋敷の人間関係については、まるで暗闇の中に閉じ込められていたように、何ひとつ知らなかった。 「何と言えばいいんでしょう……」 鈴は少し考えてから、ゆっくりと言葉を選ぶように話し始めた。 「円香さんは旦那様より少し年上で、お二人の関係は主従というより、血のつながらない姉弟みたいなものなんです。 旦那様がご機嫌を損ねていらっしゃる時でも、円香さんがそばで優しく一言なだめるだけで、すぐに怒りが収まってしまうくらいで」 澪は伏し目がちに視線を落とした。 何も口にはしなかったが、胸の中には疑問が次々と浮かんでいた。 鈴はそのまま円香について話を続ける。 円香は神崎家で何十年もの間、一日たりとも休まず働き続けてきたこと。 一年三百六十五日、遅刻も欠勤もなく、休みを取った日など両手で数えられるほどしかないこと。 毎朝五時に起きて誰よりも早く身支度を整え、旦那様が起きる頃には食卓に完璧な朝食が並んでいること――。 「ですから」 鈴は静かに話を締めくくった。 「円香さんがこの家で大きな顔をしていられるのも、ちゃんと理由があるんです。旦那様は、ほかの誰がいなくても暮らしていけます。でも、円香さんだけは手放せないんですよ」 澪の視線はキッチンを抜け、廊下の突き当たりにある階段へ向かった。 円香が夜食を運んで二階へ上がってから、もう二十分近くが経っている。 夜食を届けるだけで、そんなに時間がかかるものなのだ
last update最後更新 : 2026-07-09
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第38話

……いや、違う。 彼に泣きつくわけじゃない。 これはただの取引だ。 彼が金を払い、私が稽古に付き合う。 それだけの話だ。 そう思うと、胸の奥に絡みついていたわだかまりが、ほんの少しだけほどけた。 カーテンが少しだけ開いていて、その隙間から差し込む月明かりが、壁に細く白い筋を描いていた。 澪はその白い光をぼんやりと見つめながら、今日あの言葉を口にした時の修の表情を思い返していた。 彼は本当に、一緒に舞台劇を演じる相手を探しているのだろうか。 それとも、ただ私を自分のそばに置いておくための口実が欲しいだけなのだろうか。 澪は脳裏に浮かんだその馬鹿げた考えを、すぐに振り払った。 彼が何を考えていようと、私には関係ない。 私が気にかけるべきなのは、お祖母ちゃんのことだけだ。 お祖母ちゃんが良い療養施設に入れるなら、私は何だってやる。 澪は寝返りを打ち、布団を頭まですっぽりとかぶると、繭のように小さく体を丸めた。 とにかく、明日は修の反応を探ってみよう。 ただ一つ厄介なのは、彼のLINEを知らないことだった。 連絡を取るには、A組の教室まで足を運ぶしかない。 修の悪友たちの前で、自分から彼に話しかけなければならない。 そう思っただけで、澪は胃のあたりがきりきりと痛み始めた。 A組の連中が向けてくる視線は、まるで動物園の
last update最後更新 : 2026-07-10
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第39話

綾音は礼儀正しく微笑んだ。 「ありがとう、利弘」 だがその胸の内では、綾音は利弘のことを心の底から見下していた。 女癖は悪く、頭の中は空っぽ。 褒められるところなど、どこを探しても一つとして見当たらない。 半年以上もしつこく言い寄られ、ラブレターの束や山のようなプレゼントを贈られたこともあったが、綾音はそのすべてを手つかずのまま送り返していた。 そんな利弘を、綾音は自分の「大親友」である理奈にあてがったのだ。 理奈にとって、綾音はこの学校で唯一、かろうじて友人と呼べる存在だった。 理奈は容姿端麗、成績優秀、運動神経も抜群。 家柄がごく平凡であることと、少し近寄りがたい性格をしていることを除けば、ほとんど非の打ちどころがない。 全校には、理奈に密かに想いを寄せる男子が星の数ほどいた。その中には、家柄も容姿も申し分ない者が少なくなかった。 それでも綾音は、あえて自分が見下している相手――利弘を理奈に押しつけた。 陰で焚きつけ、背中を押し、二人の仲を取り持ち続けた。 理奈が本当に利弘との交際を受け入れる、その日まで。 理由はいたって単純だった。 理奈が利弘と並んで歩いている姿を見るたびに、胸の奥から言いようのない満足感が込み上げてくるのだ。 自分が捨てたゴミを、理奈は宝物のように大事にしている。 高嶺の花と呼ばれる理奈が、そんな男の隣に立っている。 そう思うだけで、おかしくてたまらなかった。 
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第40話

廊下の突き当たりの窓は開け放たれ、そよ風が吹き込み、修の前髪を無造作に揺らしていた。 「で、気が変わったってわけか」 修は窓枠にもたれかかり、手の中でスマートフォンを弄びながら、視線だけは片時も澪から逸らさなかった。 「ええ」 澪は彼の正面に立ち、背筋をまっすぐ伸ばす。 「でも、条件を変えさせてもらうわ。それを承知してくれないなら、この話はなかったことにする」 修は思わず口元を緩めかけたが、慌ててその笑みを押し殺した。 軽く咳払いを一つすると、わざともったいぶるように口を開く。 「言ってみろ。どんな条件だ」 澪は鞄の中から一冊のパンフレットを取り出し、彼へ差し出した。 修は怪訝そうな顔で受け取り、中を開く。 それは、虹見市にある私立介護施設のパンフレットだった。 「私のお祖母ちゃんを、この施設に入れてほしいの。一番いい部屋で、一番いい介護スタッフをつけて。入居費用は、あなたが毎月支払って」 修は一瞬、目を丸くした。 彼女は別の条件を出してくるものだと思っていた。 たとえば、「私たちの関係を誰にも話さないこと」とか、「稽古中は必要以上に近づかないこと」とか――そんな条件を想像していたのだ。 まさか、こんな願いを口にするとは思ってもみなかった。 修はパンフレットへ視線を落とし、ぱらぱらとページをめくる。 そして再び顔を上げ、澪を見た。 「たったそれだけか?」&nbs
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