《誕生日の夜、恋人と家族に見捨てられ、偽物の姉に人生を奪われた本物の令嬢は、復讐のために生き直す》全部章節:第 41 章 - 第 50 章

107 章節

第41話

「それはこっちのセリフだ」 修の表情が一気に険しくなった。 隣に立つ佐藤へ顔を向ける。その声には、抑え込んだ怒りがにじんでいた。 「佐藤、どういうことだ」 佐藤は澪の姿を見た途端、あからさまに動揺した。 手に持っていた台本を無意識のうちに丸め、何度も強く握り締める。 「えっと……利弘くんが、理奈さんがヒロインをやってくれるって言うから、それで……」 「だからって、約束を反故にするのか」 修の声が鋭く響き、佐藤はびくりと肩を震わせ、一歩後ずさった。 「しゅ、修さん……」 利弘はパイプ椅子から立ち上がると、取り繕うような笑みを浮かべた。 「俺が勝手にやったことっすよ。佐藤さんには関係ないっす。演劇部の舞台で人手が足りねえって聞いたから、理奈を連れてきて力になろうと思っただけで、別に他意はないっす」 「お前に聞いていない」 修は利弘を一瞥することすらなく、氷のように冷たい声で言い放った。 利弘の顔から血の気が引いた。 それでも彼なりの意地がある。無意識に理奈の手首を掴み、小声で言った。 「理奈、帰るぞ。こんなくだらねえ舞台劇なんかやる必要ねえよ。うまいもんでも食いに行こうぜ――」 「帰るわけないでしょ」 理奈の声は、鋭く部屋に響いた。 彼女は一歩前へ踏み出す。 
last update最後更新 : 2026-07-11
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第42話

修は二人の間に立ち、交互に視線を向けながら、事態が思いがけない方向へ転がり始めたことに内心ほくそ笑んでいた。 ――俺の思い描いていた筋書きとは少し違う。 だが少なくとも、澪は断らなかった。しかも、自分からやる気を見せたのだ。 「佐藤」 修は顔を向け、まだ呆然としている演劇部部長を促した。 「オーディションを始めろ。今すぐだ」 「い、今から!?」 佐藤は目を丸くした。 「当たり前だろ」 修は壁際に置かれていたパイプ椅子へ歩み寄ると、一脚を無造作に引き寄せて腰を下ろし、すっかり観客気分になった。 「俺の時間は高いんだ」 「え、えっと……分かったわ。ちょっと待ってね……」 佐藤は慌てて台本をぱらぱらとめくり、やがて一つのページで指を止めた。 「第五幕、第七場よ」 小さく咳払いをしてから、声を張る。 「美佳子が、相手役の直樹から別れの手紙を受け取る場面――」 「おい、ちょっと待て」 オーディションを受ける二人が動くより早く、修が険しい顔で口を挟んだ。 「美佳子と直樹って恋人同士なんだろ?なのに、なんで別れの手紙なんか出てくるんだよ」 佐藤は、美佳子が本当のヒロインではないという事実を説明する勇気がなかった。 その場を何とか取り繕おうと、曖昧に笑ってごまかす。 
last update最後更新 : 2026-07-12
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第43話

修は椅子の背もたれに身を預け、腕を組んだまま無表情で答えた。 「まあな」 本音を言えば、理奈の演技は彼の予想をはるかに上回っていた。 同時に、このあと演じる澪のことを思うと、知らず知らずのうちに手に汗を握っていた。 そう口では答えながらも、修の視線は部屋の隅に立つ澪へと向けられていた。 彼女はそこに静かに立ち、先ほどと何一つ変わらない表情を浮かべている。 理奈があれほど圧倒的な演技を見せたというのに、まるで意にも介していないようだった。 ――いや。 気にしていないふりをしているだけなのかもしれない。 理奈は椅子から立ち上がると、澪の目の前まで歩み寄り、わずかに顎を上げて言った。 「次はあんたの番よ」 澪は静かに頷き、まっすぐ椅子へ歩み寄ると、そっと腰を下ろした。 その座り方は、理奈とはまったく違っていた。 両手は力なく膝の上に置かれ、指先は自然に緩んでいる。 わざとらしい震えなど一切ない。 それは、何度も握り潰され、しわだらけになった手紙を手の中に残しているようでもあり、あるいは、その手紙さえすでに指の間から滑り落ちてしまったかのようでもあった。 そして、沈黙が訪れる。 理奈の時よりも、さらに深く、さらに長い沈黙だった。 一秒、また一秒と時間だけが過ぎていく。 澪は微動だにしない。 表情も変わらない。 
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第44話

澪自身だけが知っていた。 あのわずか数分の間、脳裏を駆け巡っていたのは、美佳子の物語などではなかった。 それは、心の奥底に封じ込めたはずの、前世の記憶だった。 修が大勢の前で綾音に愛を告白し、自分をボロ雑巾のように捨て去ったあの日。 周囲から浴びせられた嘲笑と、値踏みするような視線。 激しい雨の夜。 泥だらけで地面に這いつくばる自分の前に、傘を差した修が立ち尽くし、容赦なく浴びせたあの冷酷な言葉の数々。 「澪さん……」 佐藤の声が、彼女を現実へと引き戻した。 澪は深く息を吸い込み、そのすべてを再び胸の奥へ押し込める。 「ただの演技よ」 その声は、もういつもの静けさを取り戻していた。 「手を離してちょうだい、修」 修は身をかがめ、澪の表情を覗き込んだ。 その瞳には、確かな理性が戻っている。 表情も、普段の淡々としたものに戻っていた。 さっきまで、まるで魂を失ったように見えた彼女の姿が、幻だったのではないかと思えるほどだった。 そこでようやく、修はゆっくりと手を緩めた。 理奈はその場から一歩も動かなかった。 だが、その指先はかすかに震えていた。 修に舞台の端から引き戻された澪を見つめながら、胸の一番柔らかな場所を誰かに思い切り打ち鳴らされたような衝撃が、今もなお身体の奥で響き続けていた。 
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第45話

澪は気にも留めない様子で、涼しげな笑みを浮かべた。 「お褒めにあずかり光栄です」 「褒めてるように聞こえた?」 理奈は呆れを通り越して、思わずため息をついた。この子、口が達者なだけじゃない。どうやら相当図太いらしい。 とはいえ、あれだけ全力で演じたおかげで、気分はすっかり晴れやかになっていた。大きく伸びをすると、利弘に向かって顎をしゃくる。 「行こう、利弘。お腹が空いて倒れそう!」 利弘は待ちくたびれていたのか、真っ先に飛び起きると、理奈の肩を抱き寄せながら歩き出した。 「おう、行こうぜ! 校門前の焼き鳥屋、今日は俺のおごりだ!」 二人は笑い合いながら部室を後にした。 その場がひとまず丸く収まったのを見届け、佐藤はようやく大きく息をつく。 「じゃあ……今日はこれでおしまいね。来週の月曜から本格的に稽古を始めるから、詳しいことはLINEグループで連絡するわ。澪さんもグループに入ってくれる?」 澪はスマートフォンを取り出し、佐藤が差し出したQRコードを読み取った。 画面が切り替わり、「演劇部・桜色輪廻」というグループチャットが表示される。メンバー一覧には十数人の名前が並び、それぞれ異なるアイコンが設定されていた。 その中で、澪の指先が見覚えのあるアイコンの上で止まる。 綾音だ。 案の定、彼女もこのグループに入っていた。 そのアイコンを見つめていると、不意にすぐそばから声がした。 「さっきの……」
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第46話

あまりにも唐突な一言に、修も澪も不意を突かれた。 「違う!」 澪は自分の唾でむせそうになりながら慌てて否定する。 「お祖母ちゃん。この人はクラスメイトで、たまたま通りかかって手伝ってくれてるだけなの」 「初めまして」 修はすでに歩み寄り、軽く頭を下げていた。 まるで恋愛ドラマから抜け出してきたような、非の打ちどころのない紳士ぶりだ。 「九条修と申します。澪のゆう――」 「ただのクラスメイトよ、お祖母ちゃん」 澪はこっそり彼の足を思い切り踏みつけ、歯の隙間から声を絞り出した。 「コホン……まあ、その通りです」 修は咳払いを一つして言い直す。 「おばあ様のお役に立てる機会をいただけて光栄です。どうぞ、こちらへ」 「九条……修……」 奈津子は一瞬動きを止めた。 「君、あの九条家の人なのかい?」 「ええ、そうです」 奈津子は澪をちらりと見て、再び修へ視線を戻す。 九条家といえば、名門中の名門。 本来ならC組の澪とは、一生縁が交わることなどない相手だ。 この二人がなぜ一緒にいるのか、どうにも腑に落ちない。 とはいえ、修の整った顔立ちと礼儀正しい振る舞いを見て、それ以上は追及しなかった。 
last update最後更新 : 2026-07-14
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第47話

ヒマワリ森沢は、虹見市の郊外、丘の中腹にひっそりと佇む高級介護施設だった。 車が自動ゲートをくぐり、並木道をゆっくり進んでいく。 数分もしないうちに視界がぱっと開けた。 白い低い塀に囲まれた広大な敷地には、低層の建物がゆったりと配置され、至るところに豊かな緑があふれている。 噴水、遊歩道、カフェはもちろん、巨大なガラス張りの温室まで備わっていた。 澪は事前にネットやパンフレットで写真を見ていたが、実際に目にすると、その規模に圧倒される。 ここは介護施設というより、森と海に抱かれた高級リゾートのようだった。 メイン棟は白い外壁に大きな窓が並ぶ洋館風の建物で、目の前には丁寧に刈り込まれた芝生が広がっている。 制服姿のスタッフが、車椅子の入居者たちを連れて庭を散歩していた。 車が停まると、院長が数名のスタッフを従えて入口で待っていた。 院長は桐生という五十代半ばの女性で、仕立ての良い白衣を着こなし、プロらしい落ち着いた笑みを浮かべている。 「神崎様、九条様、奈津子様。ようこそお越しくださいました」 桐生院長自ら案内してくれた奈津子の部屋は、南向きのスイートルームだった。 専用バルコニー付きで、浴室には手すりと恒温シートを完備。 ベッドサイドには緊急呼び出しボタンがあり、テレビも目に優しい最新型だった。 奈津子は部屋の真ん中でくるりと一回転すると、澪の手を引いてバルコニーへ連れ出した。 「正直に言いな。あんた、裏で何したんだい?高利貸しに借金でもしたのかい?それとも、何か後ろ暗いことでも?」&
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第48話

氏名:望月鷹斗。二十歳。 経歴欄には、びっしりと資格が並んでいた。 国家二級介護士資格、栄養士免許、調理師資格、大型免許、救急救命士資格……。 実績欄には、小さくこう記されている。 「総合格闘技大会にて臨時救護スタッフを歴任」 なんだ、この人。 スーパーマンか何かなのだろうか。 「この人――」 澪は写真を指さし、院長を見上げた。 「どうしてこの方が、このリストに入っているんですか?」 桐生院長はそのページに目を落とし、穏やかに説明した。 「ああ、鷹斗くんですね。非常勤ではありますが、当院でも特に評価の高い介護士の一人です。まだ若いですが、専門知識も技術も申し分ありません。それに――」 何かを思い出したように、院長は微笑みを深める。 「見た目も爽やかですし、お料理も一流なんですよ。うちの入居者様はみなさん、彼の作る食事を楽しみにしていらっしゃいます。特に口の肥えた方ほど、彼を指名されるんです」 澪が口を開くより早く、隣にいた修が嫉妬を隠さない声を漏らした。 「介護士なら介護士らしくしてりゃいいのに、妙に色気なんか振りまいて……」 桐生院長は修の本音など知る由もなく、介護士としての資質を疑われたと勘違いしたのか、慌てて付け加えた。 「鷹斗くんは、お年寄りのメンタルケアにも非常に長けています。その点はどうぞご安心ください」 「今、非常勤とおっしゃい
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第49話

ずっと窓辺にもたれたまま黙っていた修が、不意に口を開いた。 両手をポケットに突っ込んだまま一歩前へ出ると、鷹斗の姿を頭の先から足元まで、品定めするように二度ほど眺める。 「男の介護士?しかも八時間もつきっきりで世話をするって?」 「日中のみです」 鷹斗は背筋をまっすぐ伸ばし、静かに前を見据えた。 「私は奈津子様の日常生活における基礎的なケア、外出時の付き添い、食事管理のみを担当いたします。入浴など、プライバシーに関わる介助は行いません」 修は何か言い返そうと口を開きかけた。 (俺が金を払ってるのに、なんで見ず知らずの男を澪の祖母に近づけなきゃならねえんだ) そう吐き捨てたかったが、奈津子本人がいる手前、その言葉を無理やり飲み込む。 彼は澪へ視線を向けた。 「本当によく考えたのか?本当にこいつじゃなきゃ駄目なのか?」 澪はその視線をまっすぐ受け止め、少しも悪びれることなく答えた。 「そうよ。何か問題でもある?」 「大ありだろ!」 「ここで決めるのは私よ」 澪は修の言葉を遮り、きっぱりと言い切った。 「そう言ったのは、あなたでしょう」 「俺は……」 修は一瞬言葉に詰まり、さっきの自分を殴り飛ばしたくなった。 形勢が悪いと悟った彼は、針で穴を開けられた風船のようにあっという間に勢いを失い、最後には観念したように吐き捨てた。 
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第50話

月曜日の放課後、旧校舎三階。 澪が演劇部の部室のドアを押し開けると、修は折りたたみ椅子に腰掛け、顔に台本を伏せたまま眠っているようだった。物音に気づくと、彼は台本を跳ねのけ、寝起きの不機嫌さをにじませた目をこちらへ向けた。 「遅刻だぞ」 「集合は六時じゃなかったの?」 「今は六時三十五秒だ。きっちり三十五秒の遅刻だな」 澪は呆れたように目を細め、それ以上まともに相手をするのをやめた。 「佐藤先輩は?」 「手直しした台本を印刷しに行った」修は背筋を伸ばし、澪の顔をじっと見つめた。 「機嫌が悪そうだな」 「あなたの顔を見て、機嫌が良くなるわけないでしょう」 修は片眉をひょいと上げた。何か言い返そうとした、その時だった。 部室のドアが開き、佐藤が綴じられた台本の束を抱えて入ってきた。額にはうっすら汗がにじみ、その笑顔にはどこか後ろめたさが滲んでいる。 「みんな、お待たせ。これが最終版の台本よ。まずは自分の役を確認してちょうだい」 澪は台本を受け取り、一ページ目を開いた。 目次のページには、はっきりとこう印字されていた。 『桜色輪廻』配役表 白川雪乃(ヒロイン):神崎綾音 藤堂直樹(ヒーロー):九条修 桜島美佳子(悪役令嬢):神崎澪 澪の指先が、紙の上でぴたりと止まる。 さらにページをめくる。 
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