「聖には関係ないでしょ。」 「関係ないって言われるの、何回目だろうな」 「数えてんの?」 「数えてないけど、毎回じゃない?」 「そういうとこ」 「嫌いなんだろ?」 「大嫌い」 「知ってる」 麻里亜の唇が一瞬だけ結ばれました。 大嫌いと言われても動かない男。 その場に立ったまま、麻里亜のスマホから目をそらさない男。 聖の呼び方に、麻里亜の肩はすぐには跳ねませんでした。 その名前を聞き慣れているみたいに。 拓哉の前では見せない間が、二人の間にありました。 (いつから そこにいたの 拓哉さんが白い箱を持つ前から? 赤い爪が 薔薇のルビーに触れる前から? あなたは 麻里亜さんの唇が 誰を呼ぶ前の形まで 知ってるの?) 聖は缶コーヒーを持ち上げました。 「飲むか?」 麻里亜はすぐ顔をしかめます。 「いらない。まずそう」 「甘いやつ買うほど気が回んなかった」 「だから嫌いなの」 「昔から、甘いのしか飲まねえもんな」 「昔の話しないで」 「じゃあ今の話するわ。手、震えてるぞ。」 麻里亜の爪が、黒いスマホケースを強く押さえました。 「震えてない」 「震えてる」 「見ないでよ」 「見せてきてるの誰だよ」 「見てるのは聖でしょ」 「駅前でそんな顔して立ってたら、誰でも見るわ」 「誰でもとか言わないで」 麻里亜の声が、ほんの少し濡れました。 怒っているのに、濡れていました。 聖は缶を少しだけ下げます。 押しつけません。 でも引きもしません。 麻里亜が受け取れる高さに、ただ持っています。 その距離が嫌でした。 近すぎないのに、離れてもいない。 麻里亜が一歩よろけたら、すぐ届く距離。 「いらないって言ってるじゃん」 「うん」 「じゃあ下げて」 「手ふさがってる方が、送信しづらいだろ?」 麻里亜は一瞬だけ黙りました。 それから、奪うように缶を取りました。 「ほんと最悪」 「どういたしまして」 「お礼言ってない」 「知ってる」 麻里亜はプルタブに指をかけました。 赤い爪が銀色の輪を引き上げます。 カチ 小さな音がしました。 黒い飲み物 赤い爪 銀色の口 麻里亜は缶に口をつけません。 ただ、開けただけです。 飲むためではないように見えました。 受け取ったことを
Last Updated : 2026-07-10 Read more