検索欄には、麻里亜の名前が残っていました。 愛梨沙はそれを消さないまま、スマホを持つ指を少しずらしました。 maria_melt1 赤いものと甘い夜がすき その文字の下に、さっき聞いた声が沈んでいる気がしました。 ちゃんと考えてる 一度聞いただけではありません。 二度も三度も戻して聞きました。聞くつもりではなかったのに、拓哉の声が入るところで、どうしても指が止まりました。 白いテーブルの上には黒い缶があります。朝の手すりで汚れた白い手袋も、指先を少し曲げたまま置かれていました。 (考えてるのよね あんな声で言わされたのね 赤い爪のすぐそばで 水の音まで一緒に録られて かわいそう 拓哉さんの声、あんな夜に残されたままじゃだめよ 麻里亜さんが眠れない夜に開いて、またあなたの声を聞くもの) 愛梨沙は保存した動画を開きました。 暗い天井、白いシーツ、赤い爪。 画面の端はぼやけていて、何度見ても場所は分かりません。けれど音だけは妙にはっきりしています。 水の音 布の擦れる音 遠くで鳴る電子音 ぴん 愛梨沙は再生位置を戻しました。 ぴん また戻します。 ぴん 耳にイヤホンを入れると、部屋の静けさが少し遠のきました。白いコードが手袋のない指に絡まり、胸元で一度跳ねます。 「ほんとに別れるの?」 「ちゃんと考えてる」 そこで止めました。 拓哉の声を聞きたいわけではありません。いま確かめたいのは、声ではなく、その周りに残っている音でした。 愛梨沙は息を浅くして、少し前まで戻します。 氷が鳴る音。足音。低い機械の音。どこかの扉が閉まる音も混じっています。ホテルなのか、カフェなのか、それとも別の場所なのか。 愛梨沙はスマホを耳に近づけました。 (入ってこないで 今はだめ 拓哉さんの声を聞いたら、またそこだけ舐めちゃう 違うの あなたを聞きたいんじゃないの あなたを隠す場所を探してるの) 動画を止めて、画面を切り出しました。 天井 白いシーツ 赤い爪 それだけでは何も分かりません。 次に、カフェかホテルのロビーで撮られた動画を開きます。 テーブルの上にグラスがありました。氷が溶けかけ、麻里亜の赤い爪が縁を
Last Updated : 2026-07-01 Read more