Todos os capítulos de 妊娠を隠して消えた私と五年後に再会したら、元契約だけの恋人がしつこいんですけど?: Capítulo 31 - Capítulo 40

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第31話

冬馬は誰よりも知っていた。香織が渉のもとを去ってからの5年間、渉がどんな風に生き、苦悩してきたかをー。彼女が渉と暮らした家に、彼女の痕跡は何も残されていなかった。でも会社には、至る所にそれが残っていたのだ。彼女が渉の為に用意したコーヒー豆や茶葉、彼女用のカップ。彼女のデスクはいつも綺麗に整えられていたが、彼女が使いやすいと気に入って使っていた筆記具もそのままだった。そして社長室にはー。渉のデスクに貼られた、注意書きが書かれた付箋。〝昼食の時間は必ず守ること〟そして、胃の調子がいつも悪い渉の為の〝胃薬は一番上の引き出し〟や、〝必ずコップ一杯のぬるま湯で飲むこと〟といった細かいものまであった。そんな些細なものたちを、渉は一つも処分しなかった。いつだったか、気を利かせようと勝手にこの色褪せた付箋を新しくしようとした新人の秘書は、その場でクビになった。誰もが皆、触らぬ神に祟りなし、と渉のものには手を触れることも、余計な口出しをすることもなくなった。そんなある日ー。雪の降る深夜、冬馬は渉からの電話で急いで書類を届ける為、会社に向かった。シン…とした廊下を抜けて社長室をノックしたが反応がなく、そっとドアを開けると、そこに渉はいた。彼は疲れたように椅子にもたれ、その目を閉じていた。眠っているのかと静かに部屋の中に身体を滑り込ませ、冬馬は持ってきた書類を置いた。何か上掛けを…と近づくとー。彼はその手に一本のマフラーを大事そうに握りしめていた。淡いベージュ色の、暖かそうなマフラーだった。お気に入りだったのか、何度も洗われたことがわかる、少しくたびれたものだった。冬馬は覚えていた。あれは、香織が使っていたものだ。彼女は冬になると毎年あれを使っていた。冬馬がじっと見つめていると、渉の手がふいにそれを優しく撫でた。「
last updateÚltima atualização : 2026-07-28
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第32話

週末。香織は仕事が休みの今日、子供たちの幼稚園の発表会に来ていた。「ママ〜、ちゃんと動画撮っててね〜」そう言いながら手を振って控室に入って行く2人を見送って席に着き、そっと周りを見渡すと、やはり両親が揃って来ている家庭が多かった。やっぱり寂しいのかな…。先ほど登園してきてすぐ、声をかけてきたお友だちが片手に母親、片手に父親の手を握っているのを見て、鳳花の繋いだ手にきゅっと力が入ったのを、香織は感じていた。まだ5歳だもんね…。家には兼悟も、梨里夫妻も、使用人たちもいるとはいえ、やはり〝父親〟という存在は特別なのかもしれない。「っ…」そう思った時、また刺すような頭痛がした。香織はこめかみに手を押しあて、しばらく息を詰めてじっとその痛みに耐えた。やがてじわじわと痛みが遠のき、薄っすらと浮かんだ冷や汗をハンカチで拭って、香織は頭を軽く一振りした。そしてふぅ…と一つ息をつくと、舞台に上がった子供たちの動画を撮り始めた。同じ組で、少しだけ離れて立っている2人。鳳花は楽しそうに、龍牙は真面目に歌っているその様子を収めて香織も満足し、最後は思い切り拍手を送った。*一方、兼悟と渉は、朝早くからこの辺りでは名門と言われているゴルフ場に来ていた。プロジェクトをスムーズに進める為、観光庁や文化庁、両庁の担当者との、いわゆる接待ゴルフだった。そこでー「お上手なんですね。私にも教えていただけませんか?」コースに出る前の肩慣らしをしていた渉のもとに、一人の女性が近づいてきた。「……」彼女は、黙って次のボールをセッティングする渉に一瞬口元を引きつらせたが、気を取り直したように微笑み、彼の側に立った。兼悟は渉から少し離れた場所で同じようにボールを打っていたのだが、この光景を見てフッ…と鼻で嗤った。見え透いてる。
last updateÚltima atualização : 2026-07-29
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第33話

突然のその声に、鳳花はビクッと身体を揺らし、手に持っていた柄の長いスプーンをカシャン…と滑り落とした。香織は傍らのバッグからティッシュを取り出し、鳳花の目の前にある物をどかしてその小さな鼻を塞いだ。「龍牙、押さえてて」そう言うと、香織はすぐさま荷物をまとめ、「ちょっと待っててね」と支払いに向かった。そして戻ってくると鳳花を抱え、龍牙と手を繋いで店を後にしたのだった。*「香織…?」渉がマンションの地下駐車場に車を停めて、エレベーターで部屋のある階に向かっているとすぐさま、一階で止まった。扉が開いて何気なく乗ってきた人を見た時、彼は驚きに目を見開いた。そこには、2人の子供を連れた香織がいたからだ。「都月社長…?」香織も驚いた。こんな偶然があるなんて…。だが、「ママ…」腕に抱いた鳳花が呼びかけたことで、彼女はハッとした。「あの…」「血が出てるじゃないか。どうしたんだ!?」若干焦ったような声音でそう問われ、香織は事情を説明した。この近くのファミレスでお昼ご飯を食べていたのだが、鳳花が鼻血を出してしまって、家にも帰れずホテルも遠かった為、ここを思い出して申し訳ないが使わせてもらおうと思ったのだ…と。「そうか…鼻血でまだよかった」ホッとしたようにそう呟き、渉は鳳花の顔を覗き込んだ。「どこか苦しいところとか、痛いところはあるか?」「ううん。ない」小さな声でそう答える鳳花に、彼は優しくその頭を撫でた。「泣かなくて偉いな。ママは荷物も持ってるから、おじさんが抱っこしてあげるよ」「ほんと…?」「ああ。おいで」鳳花は、そう言って手を差し出す渉を見て、次に香織を見た。いい?
last updateÚltima atualização : 2026-07-30
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第34話

渉は屈み込むと、龍牙と顔を突き合わせた。「なんで家に帰れないんだ?」その答えは、龍牙こそが知りたかった。「知らない」そう答えると、渉はふむ…と首を捻った。そして、あろうことか「なぁ、お前たちのお父さんってのは、中村兼悟なんだよな?」と言ったのだ。「はぁ?」今度こそ、龍牙は渉を思い切り睨みつけた。兼悟おじさんがパパだって!?コイツ、すっごい嫌な奴だっ。いや、クズ男だ!龍牙は、最近ショートドラマにハマっている梨里おばさんに言われたのだ。「龍牙っ、あなたはこんなクズ男になっちゃダメよっ」て。おばさんが言うには、さんざん女を弄んだ挙句責任も取らず、ポイ捨てする男なんだそうだ。そのクセ、女が振り向かなくなったら必死に追いかけてくるらしい…。意味がわからない。それからこうも言われた。「あなたが目指すのは、このイケメンハイスペックヒーローよ!」て。イケメンも、ハイスペックも、ヒーローもわかるけど、この3つが揃ってるような人、いるかな…?無理じゃない?そう思って、流しておいた。それなのに、まさかこんな身近にその〝クズ男〟がいるなんて!でもそういえば、コイツはママにやけに絡んでくるらしいから、やっぱり後悔してるってこと?龍牙はやっぱりよく分からなくて、ふぅ…と息をついたのだった。でも、これだけはわかった。コイツは、僕たちを兼悟おじさんに押しつけようと思ってる。やっぱりママと僕たちを捨てたんだっ。そう思って、彼はこの都月渉という男をギリギリと睨まずにはいられなかった。さっき、ちょっとはいい奴なのかと思ったのに…っ。龍牙は、先ほどエレベーターの中で触れられた感触を思い出して、ふるふるっと頭を振ってそれを追い出した。そんな彼をじっと見つめていた渉は、思ってたの
last updateÚltima atualização : 2026-07-31
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第35話

「やだ、あなたたち。なんでそんなにそっくりなの?」「っ…」クスクスと笑いながら言う香織に、だが渉も龍牙も、一瞬その身体を強張らせた。特に渉は香織を見つめたまま、思わず息を呑んでいた。彼は、こんな風に笑う彼女を見たことが一度もなかったのだ。彼の記憶の中の彼女はいつも感情を抑え、礼儀正しく、穏やかだった。もちろん、笑うことはあった。だがそれは、〝笑うべき場面だから〟笑う、決して表情を崩すことのない〝丁寧な微笑み〟だった。渉はふと気がついた。過去自分の側にいた香織は、いつも〝社長秘書〟でしかなかったということにー。そしてここに、一人の〝香織〟という人物として笑う彼女がいる。それに気がついた今、渉の胸は虚しい痛みに襲われていた。しかも、似てる…?俺と、この子が…?訝しげにそう思っていると、龍牙はすぐさま渉から距離を取り、そして言った。「そんなわけないでしょっ。全然、似てないよ!」「ふふっ…ごめんごめん」そのムキになった言い方に、香織も笑いを収めた。だがその目に滲む涙を指で拭っている時も、彼女の口角は上がっていた。渉は、そんな風に戯れる2人をただじっと見つめていた。そして彼は龍牙の視線に気がついた。この小さな子供は警戒するように彼を見つめ、その眉を僅かにひそめて唇をきゅっと結んでいた。その顔には見覚えがあった。昔、鏡の中で何度も目にしてきた顔だ。怒りを飲み込み、理不尽に耐えていた時、自分はこんな顔をしていた。ーー似ている…。いや、まさかな…。一瞬浮かび上がった考えに、だが「そんなはずはない」と自ら否定し、首を振った。彼女とは、妊娠をしてはいけないという条件で契約をしたのだ。もししたのなら、彼女は報告をしたはずだし、少なくとも、相談はしただろう。それもせず、一方的に姿を消すなんて理不尽なこと、彼女はしない。渉は過去、彼女に絶対の信頼を寄せていた。だから、彼女が自分に黙って妊娠し、あまつさえそれを隠して契約満了とともにいなくなるなんて、そんなことをするはずがないと信じていた。そう思うと、やはりこの子たちは兼悟の子なのだろうと、彼の中に確信が満ちた。そして、益々彼を憎らしく思った。彼女は黙って自分のもとを去り、新しい人生を歩み、そして新しい男と家庭を築き、その男の子供を授かった。足を前に踏み出したのは、彼女だけだ
last updateÚltima atualização : 2026-08-01
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第36話

瀬奈は部屋の隅々にまでぐるりと視線を彷徨わせた。そしてふと、目の前にある柔らかそうなソファに目を向けた時、その視界に引っかかるものがあることに気がついた。彼女はその違和感を探るように、ソファの隙間に落ちているそれをじっと見つめ、近づいて手に取ってみた。それは小さな、可愛らしい女の子用の髪留めだった。リボンの結び目にキラキラと輝くラインストーンがあしらわれた、小さなヘアピン。瀬奈は、チラリと周りに視線を遣って誰も見ていないことを確かめると、何事もなかったようにそれを掌の中に握り込み、そしてそっとポケットの中に滑り込ませた。彼女はポケットの中のこのヘアピンをぐっと握ると、フッ…と歪んだ笑みを浮かべた。なるほどね…。いつもいつも、邪魔が入る。自分の認めた男に言い寄る女には、本当にうんざりする…。瀬奈の思考の片隅に、泣きながら自分を責めるあの生意気な女の姿が蘇った。ふんっ…。瀬奈の瞳に、嘲るような昏い影が過ったー。*翌日ー。今朝香織は、遅刻ギリギリで出勤してきた。幼稚園に送る時になって、鳳花が「ヘアピンがない!」と騒ぎ始めたからだ。「どこに置いたの?」と尋ねても「わかんない」と首を振るだけで、彼女は途方に暮れていた。最終的にまた帰ってきてから探そうと提案して、涙目の鳳花と龍牙を連れて家を出たのだった。幼稚園は一旦会社を通り過ぎて行かなければならず、香織は朝からかなり疲弊していた。そして秘書課のドアを開けた時、彼女はその違和感に気づいた。「おはようございます」香織の挨拶に、皆が視線を逸らした。なに…?ここまで来る時にも少し違和感はあった。でも時間が気になって急ぐあまり、ここに至るまでまったく気に留めてなかったのだ。だが今や彼女は、そのチラチラと向く視線やコソコソ
last updateÚltima atualização : 2026-09-01
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第37話

「一昨日、どうして俺のメッセージに返信しなかった?」その言葉に、香織は写真に留めていた視線を上げた。「俺が心配してるとは、思わなかったのか?」「あ……ごめんなさい」香織は、梨里にメッセージを送ったことで、この件は片付いたと思っていた。例え兼悟に送らなくても彼らは兄妹で、同じ家に住んでいるのだから伝わっているだろうと思っていたのだ。実際、昨日帰ってから、このことで彼に何か言われることもなかった。「梨里に送ったから…」そう言いかけると、はぁ…と兼悟がため息をついた。「そうか…」それは苛立ちからなのか、若干素っ気ない口調だった。香織は焦った。まさか、そんなにも心配してくれていたとは思わなかったのだ。だから事の顛末をかいつまんで説明した。鳳花が鼻血を出したこと。家に会社の人が来ていると梨里が知らせてくれたから、帰れなかったこと。近くに鳳花を休ませられるような場所がなくて、あのマンションに行ったこと。そうして、夜遅くになっても帰れなくて困っていたら、渉から泊まっていくように言われたことを説明すると、兼悟は俯いて眉間を指で揉み込んだ。結局、瀬奈に強く帰るよう言えなかった自分のせいか…。兼悟は心中渦巻く苛立ちをなんとか抑えつけ、「わかった」と言った。*瀬奈は、何か資料らしきファイルを手に社長室のドアの前に佇んでいた。その顔は、如何にも入るタイミングを計っているようだった。だがー。彼女は中で兼悟が香織に、渉との関係を問う声を聞いた。瀬奈は小さく嗤うと、仕方なさそうに自分たちアシスタントの控えている部屋に戻って行った。「どうだった?」部屋のドアを前にして、そこに集まっていた人たちが一斉に群がってきた。瀬奈にはわかっていた。彼女たちが欲しいのは、幸せに満ちた
last updateÚltima atualização : 2026-09-02
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第38話

「香織っ」社長室から厳しい叱責の声が飛んだ時、一瞬その場が静まり返った。が、また次の瞬間、まだ廊下にいた人々の顔には驚愕が広がり、ざわざわとそれぞれの同僚たちと囁きあった。「今、〝香織〟て言わなかった?」「え?あの2人って、やっぱり何か関係があるの?」そんな囁きから始まって、「もしかして、二股!?」などと、どんどん話が膨らんできた。まだ自分の部下たちを部屋に入れるべくその場にいた瀬奈の眉が、それを聞いて苛立ちに跳ね上がった。兼悟と香織の噂を再燃させるつもりはない。彼の過去に、子持ちの女とのスキャンダルなんて必要ないのだ。瀬奈は思った。彼らのことを最初に聞いた場所が悪かった。たぶん、誰かに聞かれたのだろう。彼女はいつの間にかあちこちで囁かれていた噂が広まらないように、兼悟の耳に入らないように、これまで細心の注意を払ってきた。それなのにっ…。瀬奈はギリッと奥歯を噛みしめ、後ろを振り向いた。そしてそこに、木村舷の後ろ姿があることに気がついた。瀬奈はその目を狡猾に細めた。そうね…。この程度の噂、もっと大きなことが起こればあっという間に忘れられるわ。彼女は頭の中で計算を巡らし、そしてまた、舷へとメッセージを打ち込んだのだった。夕方。香織が翌日の会議での報告資料の整理をしていると、ふとデスクの横に立つ人影に気がついた。白鳥瀬奈だった。彼女は言った。気の毒そうに。そして、実に楽しそうに。「社長が、今夜もう一度データの確認をしておいてほしいって言ってました。明日、何か問題が起きたら困るから、だそうです」そうして微笑みながらもチラリと時計に目を遣り、残業が確定した香織を気遣うようにぽんと肩を叩いた。「頑張って」そんな彼女の、わざとらしく寄せられた眉を見ても香織は一切気にせず、「わかりました。終わったら帰ります」と請け負った。なぜなら香織自身、このデータの裏付けが十分ではないかもしれないと心配していたからだ。香織の返事に、瀬奈の口元が僅かに引き攣れた。当たり前のように、平然と頷いたのが気に入らなかったのだ。ふんっ、いい子ぶって嫌な女っ。瀬奈はくるりと背を向けると、カツカツとヒールの音を鳴らして去っていった。*カチ…玄関の施錠が外れる音がして、兼悟が帰ってきた。「おかえりなさいませ」出迎えた家政婦に頷くと、彼は室
last updateÚltima atualização : 2026-09-03
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第39話

「待って!」香織は突如として真っ暗闇となった部屋で、慌てて側に立つ棚に手を置き、それらを辿りながらドアまで行き着いた。だが何度ガチャガチャとノブを回してもドアは開かず、焦って取り出したスマホで兼悟に電話をかけた。トゥルルルル…トゥルルルル…呼び出し音はすれど、一向に出る気配がなかった。そこで香織はすぐに電話を切り、次に彼へとメッセージを送った。『資料室に閉じ込められたの、助けて!』送信が済んだその時、ふいに圏外の表示が表れた。「なんで急に…」それ以降、スマホは使えなくなった。そしてその光源だけが、香織の拠り所となった。一方、兼悟はー。「先生…まさか、今日はその為に私を?」目の前にある料理に手を付けることもなく、兼悟は眉を寄せた。彼は、統が自分に瀬奈を任せた時からあわよくば、と思っていることを予想していた。でもこんなにいきなり、なんの予兆もなく呼び出して提案してくるとは、思ってもみなかったのだ。兼悟の困惑した顔に、だがしかし、統は満面の笑みを向けてきた。「君だって、ある程度わかっていただろう?私の気持ちも、瀬奈の気持ちも」「……」わかっていた。わかっていたからこそ、瀬奈とは周りにも、本人にも誤解させないような距離感で接してきたつもりだった。一時期自宅まで来てスーツを選んだりしていた時も、一人で来ることは許さなかった。必ず兼悟の秘書と一緒でないと中には入れないよう、鍵なども渡さなかった。決して特別扱いなどしなかったのに、彼女が何をもって勘違いをしたのか分からないが、こんな話は到底受け入れられなかった。「すみませんがー」「中村くん」断わりの言葉は、統の静かな声に遮られた。「よく考えてから、返事をしなさい」「……」シン…と一瞬、周りの音が遮断されたかのように静まり返った。その時、兼悟のスマホがポケットの中で振動していた。何度かして止み、そしてすぐにまた一度だけ震えた。だが兼悟には、この時それを見る余裕などなかった。*香織はなんの反応も示さないスマホを見つめ、項垂れていた。「はぁ…どうしよう……」このまま帰らなければ、さすがに家の誰かが気づいてくれるだろう。でも電話もメッセージも通じないし、こんな資料室なんかに閉じ込められているなんて、わかる訳がない。頼みは、兼悟があのメッセージに気づいて来てくれることだ
last updateÚltima atualização : 2026-09-04
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第40話

渉はアクセルを踏み込んで、夜の街を疾走した。目にも留まらぬ速さで流れる景色になど見向きもせず、ただひたすらに中村兼悟の家に向かっていた。龍牙との会話で、香織のスマホの位置情報が会社で止まっていると聞き迎えに行こうとしたら、思いがけず彼から「連れて行ってほしい」と言われたのだ。「待っていろ」と伝えても、頑固に「連れて行け」と言われ、時間をかけたくなくて了承した。渉は、一度兼悟の会社を通り過ぎる時、ギリッと奥歯を噛みしめた。本音ではこのまま会社に乗り込んで行きたかった。でもこの時間、既に正面入り口は閉められて受付もないだろうことを考えると、彼にはここに入って行けるだけの理由がなかった。龍牙なら、彼女の息子なら、家族として彼女を迎えに来たという正当な理由がある。「くそっー」自分にはないそんな理由に歯噛みをし、渉は益々アクセルを踏み込んだのだった。香織、無事でいてくれっ…。焦るあまり、いくつかの信号も無視した。5年前、突然自分の側からまるで煙のように消えてしまった彼女を思い、心臓が引き攣れるほどの痛みに苦しんだ。あの頃、自分は引き継いだばかりの総裁の座を守る為にも、彼女のことだけに気を遣っていることはできなかった。冬馬に任せた調査も遅々として進まず、ただ時間だけが過ぎ去っていった。細かい引き継ぎ作業を終えても彼女の消息は分からず、自分で探し始めても、なんの進展もなかった。あの飛行機に乗っていなかったことが分かって安心したのに、その後の行方は杳として知れず、全ての痕跡を消して立ち去った彼女の非情さに、渉はひどく打ちのめされたのだった。そして諦めかけた今になって、彼女を見つけた。子供を連れていることに絶望しかけた心が、それでも彼女を諦めることを許さなかった。今度こそーー。渉はぐっとハンドルを握りしめ、アクセルを踏む足にも力が入った。門扉が見えてきた時、そこに立つ小さな影に渉は気がついた。キキッー!余裕なく停まる車
last updateÚltima atualização : 2026-09-05
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