「篠原さん、またお会いしましたね」「……」前方からスタスタと右手を上げて近づいてくる男、都月渉を見て、香織は内心大きなため息をついていた。また…。このところ、どこに行ってもこんな風にこの男が現れる。兼悟の会社と渉の会社がこの度業務提携を結ぶことになって、なぜか香織がその担当者というか窓口になってしまってからというもの、この男は直属の上司でもないのに自分をこき使う。いったいどういうつもりなんだか…。あからさまにげんなりした顔つきの香織に、だが渉は気にした風もなく話しかけてくる。「ところで篠原さんー」「?」渉が香織の買い物袋を当たり前のように手に取って、言った。「実は、今回の業務提携なんですが…急に決まったものだったので、私、宿無しなんです」「……は?」耳にした言葉が信じられなくて目をパチパチと瞬く香織に、渉はニッと笑った。「ええ…?」いや、ちょっと待って。宿無し?どういうこと??急にそんなことを言われても…と困惑を隠せない彼女に、「ですからね」と渉が続けた。「あなたに物件を紹介してもらえないかとー」「あ、無理です」「いや、普通の部屋で結構なんでー」「無理です」「……」それでも一分の隙も見せない彼女に、渉は苦笑した。「そうですか…。困りましたね」彼のエスコートによって自然とカフェの席についていた香織は、その言葉に首を傾げた。「そちらの秘書さん…渡辺さん?に頼めばいいじゃないですか」香織は先日紹介された彼の秘書、渡辺冬馬を思い浮かべてそう言った。だが渉は、困ったように眉を寄せて首を振った。「彼はこの辺りのことはよく知りませんし。それに…支社設立に奔走してもらってますから、これ以上の負担はね…」「……」確かに。倒れちゃうかも…。香織は、複雑そうな顔で握手を交わした冬馬を思い浮かべて
Última atualização : 2026-07-18 Ler mais