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11

その瞬間、用具入れの扉が勢いよく開けられた。 眩しい光が差し込む。 「……は?」 元彼が振り返る。 逆光の中に立っていたのは、 湊くんだ。 肩で息をしている。 きっと。 学校中を探して、 走ってきたんだ。 湊くんの視線は、 掴まれた腕へ落ちる。 その目を見た瞬間、 私は思った。 ──怒ってる。 声を荒げているわけじゃない。 表情が変わっているわけでもない。 それなのに。 普段の湊くんじゃないと、 すぐに分かった。 静かすぎるほど静かな空気が、 逆に怒りを物語っていた。 湊くんはゆっくり口を開く。 「……手、離して」 低く、 静かな声だった。 元彼は鼻で笑う。 「何、お前」 湊くんを見上げるようにして、 口角を上げた。 「お前こいつのなんなの?今彼?」 その言葉に、 湊くんは何も答えなかった。 数秒だけ、 相手をまっすぐ見つめる。 それから静かに口を開く。 「……違うけど」 そう言って、 一歩前へ出る。 「嫌がってるの分かんない?」 用具入れの狭い空間に、 重たい沈黙が落ちる。 元彼は舌打ちをすると、 乱暴に私の腕を離した。 「……うっざ」 吐き捨てるように笑う。 「なんなんだよ、お前ら」 そのまま肩をぶつけるように湊くんの横を通り過ぎ、 廊下へ出て行った。 足音が遠ざかる。 完全に聞こえなくなるまで、 誰も動かなかった。 静かになった瞬間。 膝から、 力が抜ける。 その場に座り込んでしまいそうになる体を、 なんとか支えようとする。 でも、 うまく息ができない。 手が震える。 視界がぼやける。 怖かった。 本当に。 湊くんが、少しだけ距離を空けたまましゃがみ込む。 無理に近づかず、怖がらせないようにしてくれているみたいだった。 そう思った。 「……柚」 名前を呼ぶ声は、 驚くほど優しかった。 その瞬間だった。 張り詰めていたものが、 一気に切れる。 「みな……とくんっ……」 掠れた声で名前を呼ぶ。 気づけば、 体が勝手に動いていた。 湊くんの胸へ、 勢いよく抱きつ
last updateLast Updated : 2026-07-07
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次の日。 部活を終え、 楽器ケースを肩にかけて部室を出た。 昨日のことが頭をよぎる。 今日は何事もないといいな。 そんなことを考えながら廊下へ出ると、 「……おつかれ」 聞き慣れた声がした。 顔を上げると、 壁にもたれかかるように立っている湊くんと目が合う。 「えっ、なんでいるの!?」 思わず声が大きくなる。 湊くんは少しだけ視線を逸らした。 「……いや、なんとなく」 その返事に、 私は思わず笑ってしまう。 「なんとなくでここまで来ないでしょ。教室反対側じゃん」 図星だったのか、 湊くんは小さく肩をすくめる。 「……そうかも」 珍しく素直な返事。 昨日のことがあったから。 元彼がまた現れないか、 心配で来た。 そう言わなくても、 彼の表情を見れば分かった。 その不器用な優しさが、 少しだけ嬉しい。 「じゃあ行こっか」 歩き出そうとすると、 湊くんは楽器ケースへ視線を向けた。 「それ、いつも重そう」 「今日は譜面いっぱい入ってるから重いよ〜」 「……持つ?」 あまりにも自然に言われて、 思わず足を止める。 「え?」 湊くんも、 言ってから少しだけ気まずそうに目を逸らした。 「……嫌なら別に」 「嫌じゃないけど!」 慌ててケースを差し出す。 湊くんは静かに受け取り、 何事もなかったように肩へ掛けた。 その姿が妙に自然で。 一緒に歩き出した瞬間、 少しだけ照れてしまう。 まるで。 普通の高校生カップルみたい。 そんなことを思ってしまった自分が、 なんだか恥ずかしかった。 放課後の廊下は人も少なく、 遠くから吹奏楽部の練習の音だけが聞こえてくる。 しばらく無言で歩いていると、 湊くんがぽつりと口を開いた。 「……今日、いた?」 前を向いたままの声。 心配しているのが、 隠せていない。 「今日は見てないよ」 「そっか」 その一言だけで、 少し安心したのが伝わる。 隣を歩く湊くんを見上げた。 少し前まで。 この人は、 誰とも距離を縮めようとしない人だった。 でも今は。 こうして部室まで迎えに来て。 荷物ま
last updateLast Updated : 2026-07-10
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壁にもたれながら、 元彼がこちらを見て笑っている。 「そいつさ」 元彼は彼女を指差す。 「元々俺のなんだけど」 「返してくんない?」 まるで物でも貸し借りするような言い方だった。 「まだ話終わってないんだよ」 その瞬間。 何も考えず、 一歩前へ出る。 柚を自分の背中へ隠すように。 ___ 完全に、 視界を遮る位置だった。 でも。 その背中が目の前にあるだけで、 少しだけ呼吸がしやすくなった。 湊くんは静かに元彼を見つめる。 「……なに」 低い声。 感情を抑えているのが、 逆によく分かった。 元彼は肩をすくめる。 「だから返せって」 湊くんは一歩も動かない。 「今は違うから」 短く言い切る。 「渡す理由ない」 そう言うと、 私の手を軽く引いて教室へ入る。 扉を閉めようとした、その瞬間。 ガンッ。 元彼の手が、 扉の隙間へ差し込まれた。 勢いよく押し返され、 扉が開く。 「っ……!」 元彼はそのまま教室へ入ってくる。 静かだった教室。 放課後になると、 二人だけの居場所になるこの空間。 そこへ土足で踏み込まれたような感覚に、 胸が締め付けられる。 逃げ場だった場所が、 逃げ場じゃなくなる。 そんな恐怖で、 息が詰まった。 湊くんはその気配を感じ取ったように、 すぐ私の手を握った。 元彼は鼻で笑う。 「なにそれ」 腕を組みながら、 馬鹿にしたように笑う。 「彼氏気取り?」 湊くんは何も答えない。 ただ、 いつもより少し低い声で言った。 「帰って」 「は?」 元彼が笑う。 「なんでお前に言われなきゃいけねぇの?」 湊くんは一歩だけ前へ出る。 「俺らの場所だから」 教室の空気が張りつめる。 元彼は苛立ったように舌打ちをした。 「お前さ」 睨みつける。 「関係ないくせにしゃしゃってくんなよ」 その言葉に、 湊くんの表情がわずかに揺れた。 ___ ___関係ない。 たしかに、 付き合っているわけじゃない。 家族でもない。 何も言い返せないはずだった。 でも、その時。 後ろか
last updateLast Updated : 2026-07-11
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