「……え?」 思ってもみなかった言葉だった。 私が固まっていると。 湊くんが吹き出す。 「なに」 「いや」 肩を揺らしながら笑う。 「なんか、小動物みたいだなぁって」 「えぇ?」 思わず頬を膨らませる。 その反応を見て、湊くんはまた笑った。 教室に笑い声が響く。 こんな風に笑う人だったんだ。 最初に見た時は。 誰も近づけない人だと思っていたのに。 窓の外は、もう薄暗くなっていた。 グラウンドのライトだけがぼんやり光っている。 教室の中には、夕方と夜の境目みたいな静けさが落ちていた。 湊くんは椅子を後ろ向きにして座り、頬杖をつく。 「小動物って褒めてる?」 「一応」 「雑だなぁ」 「でも」 湊くんは少しだけ笑う。 「警戒してるくせに近寄ってくる感じ」 「……それ私?」 「うん」 また笑う。 湊くんがこんな風に笑うようになったの。 いつからだろう。 最初は。 会話を続けるだけでも難しかったのに。 今では。 「今日寒くない?」 とか。 「そのジュースまた飲んでんの」 とか。 そんな、どうでもいい話ばかりしている。 私は机に頬を乗せたまま、湊くんを見つめる。 たぶんこの人。 ちゃんと笑うんだ。 ちゃんと冗談も言うし。 ちゃんと優しい。 ただ。 それをずっと隠していただけで。 「……なに」 視線に気づいた湊くんが言う。 「いや」 私は少し笑う。 「湊くんって、思ったより普通の高校生なんだなって」 「失礼すぎるだろ」 「もっと壁って感じだった」 「なにそれ」 呆れたように笑って。 また窓の外を見る。 その横顔を見ながら。 ふと思った。 ——この時間、好きだな。 誰にも急かされない。 恋愛みたいな駆け引きもない。 無理に距離を縮めなくても。 隣にいられる。 それが心地よかった。 だからこそ。 少しだけ怖い。 もし。 これが”好き”に変わったら。 この静かな放課後は。 終わってしまう気がした。
Last Updated : 2026-06-29 Read more