บททั้งหมดของ 略奪された夜、一途な後輩に拾われました: บทที่ 11 - บทที่ 20

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第十一話「笑顔の裏側と、外堀を埋める罠」

 毎朝、洗面台の鏡の前で身支度を整え、最後に部屋を出る直前。紗良は、湊斗から贈られた真新しいピンクのショルダーバッグを肩にかける。 ほんのりと甘さを感じさせる、上品な桜色。指先でそっとなぞると、上質な革特有の滑らかで吸い付くような手触りと、新調したばかりの微かな匂いが伝わってくる。その重みを右肩に感じる一瞬だけ、どんよりと沈んだ紗良の胸の奥に、ぽっと小さな温かい灯がともるような感覚があった。『さっそく使ってくれて嬉しいです』 鞄を褒めたときの、照れくさそうに頬を染めた湊斗の顔が脳裏に過る。その不器用で真っ直ぐな好意を思い出すだけで、今日一日をやり過ごすための微かな活力が湧いてくるのだった。 チェーン店のイタリアンレストランから無理やり彼のアパートへ連れ込まれたあの忌まわしい夜から、すでに数日が経過していた。 紗良の中で、慎吾と別れるという意思は、もはや揺るぎない確固たるものとして固まっている。長年染み付いた情も、彼を支えなければという歪な使命感も、あの一夜で完全に砕け散った。 あとは、別れの言葉を告げるだけ。 しかし、いざそれを実行に移そうとすると、予想外の壁が立ちはだかっていた。「残業が長引いている」「急な接待が入ったから」と、慎吾が連日のように多忙を理由にして、二人で会う時間を徹底的に避けているのだ。 電話やメッセージという無機質な文字だけで終わらせることは簡単だ。けれど、自分の人生を長年縛り付けてきた相手だからこそ、最後くらいはごまかさずにちゃんと顔を見て、自分の口から明確な拒絶を突きつけたい。その生真面目なけじめが裏目に出て、すれ違いのまま時間だけが虚しく過ぎていく。 湊斗からの不器用で熱を帯びた告白に対する返事も、保留にしたままだった。彼に新しい関係を差し出すのは、過去の泥沼を綺麗に清算し、完全に一人になってからにすると、紗良は自分の中で固く決めている。 だから今はただ、右肩にある桜色の鞄だけを心の支えにして、息を潜めるように日常を繰り返すしかなかった。 蒸し暑くなり始めた空気が、街全体にじっとりとまとわりつく時間帯。定時を迎え、足早に家路につく社員たちの波に紛れるようにして、紗良は会社のエントランスを出た。 自動ドアが静かに背後で閉まった、その直後。 ふと視線を上げた紗良の足が、見えない杭を打ち込まれたようにピタリと止まった。
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-10
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第十二話「奪われるだけの惨めな姉は卒業する」

 昼下がりの総務課のオフィスには、キーボードを叩く乾いた音と、複合機が一定のリズムで紙を吐き出す機械音だけが響いていた。 梅雨入りを間近に控えた外の空気はどんよりと重く、空調の効いた室内にいても、どこか息苦しさを感じるような午後だった。 紗良は自席のパソコンに向かい、エクセルに数字を打ち込むという単純なルーティン作業をこなしていた。しかし、頭の片隅には常にあの桜色の鞄のことがこびりついて離れなかった。あの日、カフェのテラス席で美波に強引に奪われてから、すでに数日が経過している。会社のパーティはとうの昔に終わっているはずなのに、一向に返してくる気配がない。 しびれを切らした紗良は、昼休みの終わりに『パーティは終わったよね? そろそろ返してほしいんだけど』と、美波宛てにメッセージを送っていた。 ――ブーッ。 デスクの脇に裏返して置いていたスマホが、短く一度だけ震えた。 紗良はタイピングの手を止め、周囲の目を少しだけ気にしながらスマホを手に取る。ロック画面に表示されていたのは、ずっと待たされていた美波からの新着メッセージだった。 逸る気持ちを抑えながらアプリを開く。そこには、目を疑うような一言だけが、ぽつんと無機質に表示されていた。『売った』 たった、三文字。 理由も、言い訳も、謝罪も、何一つ添えられていない。「……え?」 かすれた声が漏れ、スマホの画面を見つめたまま、紗良の思考は完全に停止した。(売った……? 私が貸した、あの鞄を?) 湊斗が、誕生日に「いつもお世話になっているから」と、照れくさそうに笑ってプレゼントしてくれたものだ。紗良が美波に奪われないように長年ボロボロの鞄を使っていたことに気づき、それでも「これなら仕事でも使えるから」と、紗良の日常に新しい居場所を作ってくれた、真っ直ぐな好意の結晶。 紗良が二十七年の人生で初めて「渡せない」と抵抗しようとした、あの桜色。 それを、売った。現金に換えた。 頭の奥底で、ギリギリと保っていた何かが音を立てて崩れ落ちる感覚があった。周囲で響いていたはずのオフィスの喧騒や、電話の話し声が、まるで深い水底に沈んだかのように急速に遠のいていく。 足元から這い上がってくるような冷たい絶望とともに、幼いころから今日に至るまで、美波に奪われ続けてきた記憶の断片が、真っ黒な濁流となって一気に押し寄せ
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-12
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第十三話「冷ややかな決別」

 雨の合間の休日。灰色の雲からしとしとと冷たい雨が降り続く中、紗良は都内の大通りを歩いていた。 行き交う傘の波を縫うようにして辿り着いたのは、煌びやかなショーウィンドウを構える高級ブランドショップだった。静謐な店内に入り、紗良が迷うことなく手に取ったのは、鮮やかな赤色のレザーに大きな金のロゴがあしらわれた、新作のショルダーバッグだ。 控えめなものを好む紗良なら、絶対に選ばないデザイン。しかし、華やかでトレンドに敏感な美波なら、一目見ただけで欲しがるであろうデザインだった。 クレジットカードで一括決済を済ませ、自宅のアパートへと戻る。 雨に濡れた上着を脱ぎ、紗良はテーブルの上に真新しい赤い鞄を置いた。ためらうことなくインナーポケットの布地に小さく切れ目を入れ、家電量販店で買っておいた超小型のボイスレコーダーを忍ばせる。外からは絶対に見えず、触れても違和感のない位置に黒いテープで固定し、録音のスイッチを入れた。 小さな赤いランプが点灯し、すぐに暗闇に溶ける。 そこに、ドロドロとした憎しみや復讐心はなかった。あるのはただ、長年信じてきた人たちから裏切られ続けてきたことへの、静かな悲哀と諦観だけだ。もうこれ以上、不毛な嘘に振り回されて傷つきたくない。ただ事実を確認し、前に進むための確かな区切りが欲しかった。 紗良は自分の財布やスマホをその赤い鞄に入れ、さらに折りたたみ式のエコバッグを忍ばせると、雨の中、数ヶ月ぶりに実家へと向かった。 実家のリビングには、母が淹れたダージリンティーの温かい香りが漂っていた。休日の午後を持て余しているのか、ソファでは継父が新聞を広げている。 紗良は挨拶を手短に済ませると、自分が肩から提げていた赤い鞄を、わざとリビングのローテーブルの上の、一番目立つ場所へと置いた。 ほどなくして、二階から軽い足音が聞こえ、美波が下りてきた。 部屋に入ってきた彼女の視線が、テーブルの上の真新しいブランド鞄を捉えた瞬間、ピタリと止まる。愛らしい瞳の奥に、吸い寄せられるような強い興味の色が浮かんだ。「なに、それ。新しい鞄? いいなあ。貸して?」 美波はソファに駆け寄り、悪びれる様子もなく手を伸ばしてきた。いつものことだ。姉のものは自分のもの。欲しいと言えば、必ず手に入ると思い込んでいる無邪気な声。 紗良は、微かに胸の奥が痛むのを感じながら
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-13
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第十四話「最低な未来予想図」

 じっとりと重い空気がまとわりつく夕下がり。 紗良は、都内の古い雑居ビルにある探偵事務所の応接室に座っていた。 無機質なスチールデスクを挟んだ向かい側には、初老の調査員が静かに腰を下ろしている。彼の顔には、これまで数え切れないほどの修羅場を見てきた人間特有の、感情を交えないプロフェッショナルな落ち着きがあった。「神崎さん。ご依頼いただいていた件ですが、調査が完了いたしました」 調査員はそう言うと、ずっしりとした厚みのあるクラフト封筒から、一冊のファイルと写真の束を取り出し、紗良の目の前にそっと差し出した。「結論から申し上げますと、対象者である佐伯慎吾氏と、妹君である神崎美波氏の不貞関係は、間違いなく事実です」 淡々と告げられたその言葉に、紗良は小さく息を呑み、テーブルの上の写真へと視線を落とした。 そこに写っていたのは、まぎれもなく自分の恋人と、義理の妹の姿だった。 会社の最寄り駅から少し離れた人目のつかない路地裏で、ネイビーのスーツを着た慎吾が美波の肩を抱き寄せている写真。週末の昼下がり、都内のブティックから両手いっぱいに紙袋を提げて出てくる二人の姿。そして、夜の闇に紛れて慎吾のマンションへと吸い込まれていく後ろ姿と、翌朝、時間差で同じ扉から出てくる二人の姿。 慎吾のあの穏やかで優しい笑顔も、美波の無邪気で愛らしい瞳も、すべてが紗良のよく知る「家族」と「恋人」のものだった。 紗良は震えそうになる指先を反対の手でそっと押さえながら、一枚ずつ写真をめくっていく。「……もう一つ、ご報告しておかなければならないことがあります」 調査員が、少しだけ声のトーンを落として言った。「お二人の関係は、ここ最近始まったものではありません。独自の聞き込みと過去のSNS等の裏付け調査を行った結果、彼らの密会は、妹君が大学に入学された時期――すなわち、今から約四年以上も前から継続的に行われていた形跡が確認されました」「……四年前、から」 紗良の口から、掠れた声がこぼれ落ちた。 四年前。それは、慎吾が膝の怪我でバスケの夢を絶たれ、絶望の淵に沈んでいた時期と完全に重なる。 少しでも彼の力になりたくて、紗良が睡眠時間を削って柔道整復師の資格勉強に励み、高額な治療費を工面するために借金まで背負って働き詰めに働いていた、あの時期だ。 第一章のあの夜、慎吾は床に這
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-15
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第十五話「不意打ちの求婚」

 雨はしつこく、夕方になっても一向に止む気配を見せなかった。 バスケ部の練習中、テーピングやアイシング用のコールドスプレーといった消耗品の在庫が急に底をついていることが発覚した。本来なら業者の納品を待つところだが、週末の遠征試合に向けてどうしても今日中に補充しておきたいとコーチから頼まれ、紗良は急遽買い出しに出ることになった。 外は本降りの雨。社用車は他の部署が出払っていて使えず、困っていた紗良を見かねた湊斗が「俺、車出しますよ。荷物も重くなるし」と申し出てくれたのだ。 そうして今、紗良は大型スポーツ量販店からの帰り道、湊斗が運転する黒いSUVの助手席に座っていた。 車内には、微かに柑橘系のカーフレグランスの香りと、湊斗の体温を感じさせるような空気が満ちている。フロントガラスを叩く雨粒を、ワイパーが一定のリズムで弾き飛ばす音だけが、密室の空間に静かに響いていた。 帰宅ラッシュの時間帯と雨天が重なり、車は幹線道路のひどい渋滞に巻き込まれていた。テールランプの赤い光の列が、雨に滲んでどこまでも続いている。 仕事の一環としての買い出しとはいえ、密室で彼と二人きりになるのは久しぶりだった。ハンドルを握る湊斗の長い指や、横顔の端正な骨格が、対向車のライトに照らされるたびに否応なく視界に入ってくる。 探偵事務所で受け取ったあの残酷な調査報告書と、ボイスレコーダーの音声。すべてを知ってから彼に会うのは、これが初めてだった。慎吾と美波のゲスな計画を知り、長年の呪縛から解き放たれた紗良の心は、かつてないほどに静かで澄み切っていた。 しかし、だからといって、目の前にいる湊斗の胸にすぐさま飛び込めるわけではない。「……先輩」 不意に、アイドリングの微かな振動に混じるようにして、湊斗の低い声が車内に響いた。 赤信号で車が完全に停止する。湊斗はサイドブレーキを引くと、ハンドルから手を離し、助手席の紗良の方へとゆっくりと顔を向けた。 薄暗い車内でもはっきりと分かるほど、彼のダークブラウンの瞳は真剣な熱を帯びていた。「俺と、付き合ってください。形だけじゃなくて、ちゃんと」 ごまかしのない、真っ直ぐな交際の申し込みだった。 あの一途な瞳に見つめられるたび、紗良の頑なな心がどれほど救われ、温められてきたか分からない。彼が隣にいてくれたからこそ、残酷な真実にも立ち向かう
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-16
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第十六話「滑稽なピエロの終わり」

 生ぬるい風が、夜の帳が下りた街を撫でていた。 網戸越しに聞こえてくる遠くの虫の音と、時折通り過ぎる車の走行音だけが、六畳一間の静かなアパートに微かな生活感を落としている。 紗良は、ローテーブルの上に置かれた分厚い茶封筒を、冷え切った指先で見つめていた。今日、探偵事務所から速達で届いたばかりの、追加の調査報告書だ。 ペーパーナイフを手に取り、慎重に封を切る。中から滑り出てきたのは、数枚の新しい写真と、詳細な行動記録が印字された用紙だった。 報告書を一枚ずつ確認し、写真をめくる。 最初に現れたのは、見覚えのあるブレザーの制服姿で寄り添う、高校時代の美波と慎吾の写真だった。おそらく探偵が二人の共通の知人や過去のSNSから発掘してきたのだろう。あどけなさの残る美波が、慎吾の腕にすっきりと身を寄せ、彼もまた満更でもない笑顔でカメラにピースサインを向けている。(……高校のころから、もう始まっていたのね) 大学時代からだと思っていた関係は、もっと根深かった。紗良が慎吾の膝の治療費のために身を粉にして働き、借金まで背負って彼を支えようと必死になっていたあの暗黒の時代。その裏で、二人はこんなにも無邪気に、そして残酷に笑い合っていたのだ。 指先が微かに震えるのを止められず、紗良は次の写真をめくった。 ドクン、と心臓が嫌な音を立てて跳ねた。 そこに写
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-17
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第十七話「シトラスの記憶と、決別の夜」

 夕暮れの、息苦しいほどの湿気が全身にまとわりつく。 マンションのエントランスを抜けると、日中の熱をたっぷりと吸い込んだアスファルトの匂いが、むっと鼻腔を突いた。西の空は毒々しいほどに赤黒く熟れ、遠くの街路樹からは虫の鳴き声が、まるで悲鳴のように途切れ途切れに響いている。生ぬるい風が首筋を撫でるたび、肺に吸い込む空気がひどく重く、足元から泥濘に沈み込んでいくような錯覚に陥った。 右手の中で固く握りしめたスマートフォンが、やけに熱を帯びて重い。 暗転した画面をタップすると、「一条湊斗」の文字が白く浮かび上がる。それを見つめるだけで、指先が微かに震え、手のひらにじわりと冷たい汗が滲んだ。(ここで立ち止まったら、もう二度と前に進めなくなる――) 乾ききった喉を潤すように、痛みを伴う嚥下を繰り返す。今日、すべてを終わらせる。これ以上の残酷な嘘にも裏切りにも、もう付き合う必要はないのだから。 冷え切った決意を胸の奥底に縛り付け、紗良は震える親指で発信ボタンを押した。 数回の無機質なコール音が鳴る。自分の早鐘のような鼓動が、その電子音と重なって頭蓋の奥でうるさく反響した。 やがて、通話が繋がる微かなノイズの後、低く、けれど深い安心感を与える声が鼓膜を震わせた。『先輩?』 湊斗の声を聞いた瞬間、全身を縛り付けていた透明な糸がふっと切れたように、強張っていた肩の力が抜ける。それと同時に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。ひどく熱くて、甘くて、それでいて泣きたくなるような切ない痛み。「湊斗くん……今、大丈夫?」『はい。ちょうど練習が終わったところです。……先輩、今から向かうんですか』「うん。今、マンションを出たところ」 電話越しだというのに、彼の声には紗良の僅かな緊張を見透かすような響きがあった。『声、硬いですよ。無意識にまた、唇を痛いくらい噛み締めてるんじゃないですか』 図星を突かれ、慌てて力を抜く。裂けた皮膚から、微かに鉄の味が口の中に広がった。「……湊斗くんには、誤魔化せないね」『当たり前です。ずっと先輩のことを見てきたんですから。……もし辛かったら、今からでも俺がそこに行きます。先輩の手を引いて、あんな男のところから連れ去ってしまいたいのが本音ですから』 彼の不器用で、けれど真っ直ぐな独占欲が痛いほどに伝わってくる。 先日、彼からぶつけ
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-17
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第十八話「五年の愛が終わる夜」

 天井に吊るされたアンティーク調のシャンデリアが、琥珀色の柔らかな光を落としている。 磨き上げられた大理石の床。静かに流れるクラシック音楽。グラスが触れ合う微かな音と、抑えられた談笑のざわめき。駅前の一等地に店を構える高級フレンチレストランの店内は、非日常の華やかさと落ち着きに満ちていた。 テーブルクロスは雪のように白く、手元には銀色のカトラリーが整然と並べられている。 向かいの席に座る慎吾は、先ほどから落ち着きがない。何度もワイングラスの細い脚を指でなぞり、結んだネクタイの結び目を無意識に直している。彼が緊張しているのは、誰の目にも明らかだった。 フルコースの料理は、どれも色鮮やかで芸術品のように美しかった。だが、紗良の舌はその味を一切感知していなかった。口に運ぶたびに砂を噛んでいるような錯覚に陥り、胃の奥には重く冷たい鉛が沈み込んでいる。 喉元までせり上がってくる吐き気を、水を飲んでなんとか冷たい胃の腑へと流し込む。(私、今、どんな顔をして座っているんだろう) 五年前、彼と付き合い始めたばかりの頃なら、このシチュエーションに胸をときめかせ、頬を赤らめていただろう。大好きな彼が、自分のためにこんな素敵な場所を用意してくれた。その事実だけで、世界が薔薇色に輝いて見えたはずだ。 彼が微笑みかけてくるたび、胸の奥がチクリと痛む。 愛していた。真っ直ぐに、彼との未来を信じていた。そのかつての感情の残滓が、紗良の心を切り刻む。どうしてこうなってしまったのか。どこでボタンを掛け違えたのか。だが、どれほど過去を惜しんでも、彼が義妹の美波と裏で繋がり、自分を嘲笑っていたという悍ましい真実は覆らない。 やがて、美しく盛り付けられたデザートの皿が下げられ、食後のコーヒーの香ばしい匂いがテーブルの間に漂い始めた。 慎吾が、小さく咳払いをする。「……紗良」 低く、甘く、少しだけ震えた声。 紗良は静かに視線を上げた。慎吾の目は真剣そのもので、紗良だけを真っ直ぐに捉えている。まるで、世界にたった二人きりしかいないかのような、熱を帯びた瞳。「今日、ここに君を呼んだのはね。伝えたいことがあったからなんだ」 慎吾はそう言って、テーブルの上で紗良の手に自らの手を重ねようとした。紗良はテーブルクロスを引くふりをして、自然な動作でその手を避ける。空を切った慎吾の手が僅か
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-18
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第十九話「踏み出した新しい未来」

 重厚なガラス扉を押し開けると、夜の生ぬるい空気が全身を包み込んだ。 空調の効いたレストランの静寂から一転、街の喧騒が鼓膜を打つ。遠くを走る車のエンジン音。すれ違う人々の笑い声。少し湿気を帯びた排気ガスの匂い。 肺の奥まで外気を吸い込むと、不思議と呼吸が楽になった。 五年という長い歳月、自らを縛り付けていた透明な鎖がようやく千切れたのだ。指先の震えは止まり、視界は夜の闇の中でもクリアに澄み渡っている。 新しい風が、少し汗ばんだ首筋を撫でていく。 だが、その解放感は長くは続かなかった。 エントランスの階段を下りようとした紗良の足が、ピタリと止まる。 街灯のオレンジ色の光が落ちる歩道の片隅。そこに、見慣れたシルエットが四つ、並んで立っていたからだ。(……え?) 一瞬、幻覚でも見ているのかと思った。 少し居心地が悪そうに周囲を見回している母。その隣で、スーツ姿の継父。そして、二人の腕にすがりつくようにして立つ、華やかなワンピース姿の義妹・美波。 さらに、彼らから少しだけ距離を置いた場所に、黒いシャツにジャケットというラフな出で立ちの、一条湊斗が立っていた。「あ、お姉ちゃん!」 紗良の姿に気づいた美波が、甲高い声を上げて駆け寄ってくる。「やっと出てきた! もう、待ちくたびれちゃったよ」 美波の顔には、隠しきれない優越感と嘲笑が張り付いていた。紗良が安い指輪でプロポーズされたと思い込んでいる、勝ち誇った顔だ。「美波……どうして、みんなここにいるの?」「どうしてって、お姉ちゃんが今日プロポーズされるからに決まってるじゃない! 『姉がとうとう結婚を決めたみたいだから、みんなでお祝いしよう』って、私がお父さんとお母さんを呼んであげたのよ。感謝してよね?」 恩着せがましく言う美波の後ろで、母と継父が「おめでとう、紗良」「いやあ、急に呼び出されて驚いたよ」と、呑気な笑顔を向けてくる。 紗良は、眩暈がしそうだった。(この子、どこまで……) 姉が滑稽なプロポーズを受ける姿を、両親と一緒に高みの見物とするつもりだったのだ。「それにね、ついでに湊斗くんも呼んだの」 美波はそう言って、ツンとすました顔で湊斗の方を振り返った。「私たち、もうほとんど付き合ってるような関係だし? 家族のイベントには、彼にも参加してもらわなきゃなって思って」 美波の底
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-20
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第二十話「暴かれた義妹の嘘」

 凛とした結婚宣言が夜の空気に溶け込み、三人の家族は彫像のように固まっていた。 開いた口が塞がらない美波。信じられないものを見るような目の母。困惑に顔を歪める継父。 滑稽なまでの沈黙の中、紗良は湊斗の腕からゆっくりと手を離した。彼の確かな体温が微かに遠ざかるが、胸の奥に灯った熱は少しも揺らがない。夜の生ぬるい風が頬を撫で、微かに排気ガスの匂いが鼻を突いた。 一歩、美波の方へと踏み出す。 ヒールの底がアスファルトを叩く硬い音が、静寂を切り裂いた。 紗良は、強張った顔で立ち尽くす美波へと真っ直ぐに向き直った。「……お姉ちゃん、何言ってるの? 頭、おかしくなったの?」 震える声で取り繕おうとする妹に、紗良は静かに微笑みかけた。そこには怒りも、憎しみもない。ただ、静寂に満ちた湖面のような凪いだ心があった。「ごめんね。今まで」「……は?」 訳のわからない顔をする美波の前で、紗良は自身のバッグから厚みのある茶封筒を取り出した。紙の擦れる乾いた音が耳に届く。 封を開き、中から一枚のカラー写真をゆっくりと引き出した。 表面のツルツルとした光沢が、街灯のオレンジ色の光を反射する。それを、美波の目の前へとそっと差し出した。 写っているのは、高校の制服姿の美波と、バスケ部のジャージを着た若き日の慎吾。二人が身を寄せ合い、親しげに笑い合っているツーショット写真だった。探偵が慎吾の過去のSNSや交友関係の奥底から洗い出した、動かぬ過去の記録。「ずっと好きだったんでしょう? 高校のころから」 写真を見た瞬間、美波の顔からスッと血の気が引いた。完璧に引かれたルージュの赤だけが、不気味なほどに浮き立って見える。「な、なにこれ……」「私に隠れて、ずっと関係を続けていたこと。私と結婚したあとに、私を捨てて一緒になる計画を立てていたこと」 さらに写真を数枚、重ねて差し出す。ホテルへ入る二人の後ろ姿。夜の路地裏で生々しく唇を重ねる姿。 背後で、レストランの重厚なガラス扉が開く音がした。 青ざめた顔でフラフラと出てきた慎吾が、紗良の手の中にある写真を目にして息を呑む。彼もまた、言い逃れのできない現実を前に完全に顔色を失い、亡霊のように立ち尽くしていた。 紗良は彼を一瞥することもなく、最後の一枚を美波の目の前に翳した。「お腹の子……彼との子なんでしょう?」 産婦
last updateปรับปรุงล่าสุด : 2026-07-21
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