「管理会社から、回答来ました」翔太が、手にした封筒を軽く上げる。マンションのエントランス前。夜の冷たい空気の中で。私は足を止めた。「説明会の時の?」「そうです」「思ったより早かったね」「一応、急いでもらったので」自動ドアが開く。翔太が先に中へ入り。私も後へ続いた。エントランスには誰もいない。翔太は封筒から数枚の紙を取り出した。「追加費用の範囲は、前より分かりやすくなってます」「見てもいい?」差し出された紙を受け取る。説明会で曖昧だった宅配ロッカーの交換費用。工事の基本料金。設備の状態によって追加される金額。項目ごとに分けて書かれていた。「本当だ。ちゃんと直ってる」「まだ上限は分からないですけど」翔太が私の横から紙を覗く。肩が近づく。コート越しでも分かる距離に。少しだけ身体が固くなった。けれど。翔太は気づいた様子もなく、該当する行を指した。「この検査が終わるまで、最終金額は出せないみたいです」「じゃあ、追加になるかもしれないのは変わらないんだ」「そうですね。でも、何にいくらかかるかは分かるようになったので」「説明会で翔太が聞かなかったら、そのままだったかもね」「ほかの誰かが聞いたと思いますよ」「誰も気づいてなかったじゃん」「愛子も?」名前を呼ばれ。紙から顔を上げる。翔太は少しだけ口元を緩めていた。今までのような。愛子さん、ではない。「今、さん付けしなかったね」私が言うと。翔太の眉が僅かに上がる。「嫌でした?」「嫌ではないけど」五年前は。最初から愛子と呼ばれていた。再会してからは、ずっと愛子さん。隣人として線を引くための呼び方なのだと思っていた。翔太は少し考えるように私を見る。「愛子でいいよね」「急だね」「最近よく喋るし」翔太は何でもないことのように続ける。「さん付けしてるの、やっぱり変な感じがして」その言い方が自然すぎて。拒む理由が浮かばなかった。「じゃあ、いいよ」「愛子も、最初から翔太って呼んでますしね」「今さら島原さんとは呼べないでしょ」「俺も同じです」翔太が小さく笑う。呼び方が戻っただけ。五年前へ戻ったわけではない。それでも。愛子さんと呼ばれるたびに感じていた薄い壁が。一つだけなくなった気がした。「これ、各部屋にも届くんだよね?
最後更新 : 2026-07-02 閱讀更多