正人と別れた帰り道。夜風は思ったより涼しかった。駅からマンションまでの道を歩きながら、私は小さく息を吐く。拓也の話をした。ちゃんと。逃げずに。思っていたより苦しくなかった。もちろん平気になったわけじゃない。思い出せばまだ胸は痛む。でも。少なくとも数週間前のように呼吸が止まりそうになることはなかった。正人の言葉を思い出す。三年は長い。ちゃんと失恋したってことだろ。あの言葉は妙にしっくりきていた。失敗したわけじゃない。間違っていたわけでもない。ただ終わった。そして私はちゃんと傷ついた。それだけだ。マンションへ入る。エントランスは静かだった。平日の夜はいつもこんなものだ。エレベーターのボタンを押す。しばらくして扉が開いた。その中にいた人を見て、私は思わず瞬きをした。翔太だった。「あ」ほぼ同時だった。翔太もこちらを見る。「こんばんは」「こんばんは」自然に言葉が出る。前より少しだけ。本当に少しだけ。自然に。エレベーターへ乗る。扉が閉まる。以前ほど緊張しないことに、自分で少し驚いた。正人と話したからだろうか。それとも時間が経ったからだろうか。分からない。ただ。前より呼吸が楽だった。「遅かったね」翔太が言う。「そっちも」私が返す。翔太は少しだけ笑った。「確かに」その横顔を見ながら思う。五年前もこんな風に笑っていた気がする。変わった部分もある。でも。変わらない部分もある。そのことに最近よく気づく。「説明会どうだった?」私が聞くと。翔太は少しだけ首を傾けた。「思ったより長かったです」その言い方が少し可笑しくて、私は笑った。「出なくて正解だったかも」「かもしれないですね」翔太も少し笑う。静かな箱の中。以前ほど居心地の悪さはなかった。話すことがあるわけじゃない。でも無理に沈黙を埋めようともしない。そんな距離だった。「積立金の件は?」私は思い出したように聞く。「ああ」翔太が頷く。「結局その場では分からなくて」少し肩を竦めた。「後日回答になりました」「そうなんだ」「返信来たら連絡しようと思ったんですけど」そこまで言って。翔太がふとこちらを見る。「愛子、番号変えたよね?」私は思わず瞬きをした。番号って、スマホの番号のことか。その
最終更新日 : 2026-07-02 続きを読む