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第5話

作者: えみっ子
「狂ってるのか!」

修一の声は小刻みに震えていた。

「佳乃はただでさえ脚を失ったも同然なんだぞ。あんなに綺麗好きだったあいつに、脚の切断まで強いる気か?殺す気かよ!」

「お前が佳乃を愛しているのは分かっている!だがな、修一。五年前の大火事を忘れたとは言わせないぞ。あの時、火の海から俺たちを救い出してくれたのは誰だ?

紗耶香が命懸けで助けてくれなかったら、俺もお前もとっくに死んでいたんだ!」

瓦礫の隙間、完全な暗闇の中で佳乃は目を見開いた。

五年前の大火事。

あの時、命を投げ打って二人を外へ引きずり出したのは自分だ!

なのに彼らは、それを紗耶香だと勘違いしているというの?

だから……それが、あの二人が異常なまでに紗耶香を溺愛する理由だった。

言い争いの末、やがて二人の意見が一致する声が響いた。

「……まずは紗耶香を頼む!」

佳乃は暗闇の中で目を見開いたまま、遠ざかっていくレスキュー隊のライトの光を見つめていた。

紗耶香を抱きかかえて逃げる二人の背中はひどく急いでいて、背後の廃墟を一瞥する時間すら惜しいようだった。

再び巨大な余震が襲い来る。

崩落する天井が視界を埋め尽くし、彼女の最後の意識もまた、そこで完全に途絶えた。

激痛とともに意識が浮上する。目を開けると、天井の蛍光灯の白い光が目に刺さって思わず涙が滲んだ。

無意識に自らの脚へ手を伸ばす――

よかった。

まだ、ある。

「あと30分遅れていたら、両脚とも残せませんでしたよ」

ガーゼを取り替えながら、看護師が言った。

「池上さん、本当に運が良かったですね」

真っ白な天井を見つめながら、佳乃の口角が歪む。

泣くよりもずっと惨めな笑みだった。

運が良い?

いっそあの地震で死んでしまえればよかったのに。

バンッ、と乱暴な音を立てて病室のドアが開いた。

真弘と修一が埃まみれの姿で飛び込んでくる。

その顔には、いかにもとってつけたような焦燥が張り付いていた。

「佳乃!」

真弘が縋るように佳乃の手を握りしめる。

「あの時はあまりにもパニックで、お前の姿を見失ってしまって……」

修一はベッドの脇に片膝をつき、石膏で固められた彼女の脚を恐る恐る撫でた。

「本当にすまない。次は絶対に、一秒たりとも君から目を離さないから」

佳乃はゆっくりと、真弘から手を引き抜いた。

その瞳は、よどんだ泥水のように何の感情も宿していない。

彼らの吐き気を催すような拙い嘘など、もう一文字たりとも聞きたくなかった。

「佳乃……?」

修一がようやく異変に気づき、微かに声を震わせた。

「なあ、何か言ってくれないか」

沈黙だけが返る。

*

それから丸三日間。

佳乃は精巧に作られた操り人形のように、泣きもせず、笑いもせず、一切の言葉を発しなくなった。

ついに焦りを感じた真弘は、彼女を無理やり連れ出して全身の精密検査を受けさせた。

「身体的な数値はほぼ正常です」

医師は眼鏡のブリッジを押し上げながら言った。

「一度、心療内科の受診をお勧めします」

心療内科の診察室の扉が閉まると同時に、真弘は苛立たしげにネクタイを緩めた。

「心療内科にまでかかるほど、大袈裟な話なのかよ!」

やがて、診断書を手にした医師が重々しい足取りで出てきた。

「池上さん。患者さんは重度のうつ病を発症しています。併せて、強い自殺企図も見受けられます」

「……なんだと?」

真弘は雷に打たれたように硬直した。

「あんな些細なことで、うつ病になるっていうのか!」

ドンッ!

修一の拳が壁にめり込み、擦りむけた関節から血が滲んだ。

「些細なことだと?佳乃の身体を不具にし、二度と踊れないようにして、一生尿バッグを引きずる生活を強いた!それが些細なことだと言うのか!何の罪もないあいつを、俺たちがここまで追い詰めたんだろうが!」

修一は真っ赤に血走った目で真弘の胸ぐらを掴み上げた。

「佳乃は俺がこの手で大切に守り抜いてきた女なんだ!お前の言うことに従うのは、この前が最後だ。紗耶香が命の恩人だろうと、俺からの恩返しはもう済んだ!これ以上お前の都合で佳乃を傷つけるような真似は絶対に許さない!」

「俺だって実の妹だぞ!」

真弘も負けじと怒鳴り返す。

「俺が好んであんな真似をしたとでも思っているのか!すべては紗耶香のためだったんだ!」

荒げた声を響かせた後、真弘はひどく疲れたように修一の腕を振り解いた。

「……分かった、もういい。どうせ紗耶香もダンスコンクールで優勝できたんだ。もう佳乃があいつの道を塞ぐことはない。これからは、もっと佳乃を大切にしてやろう」

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