All Chapters of 余命一年の生贄少女は、帝都を護る兵器の神様に捧げられる: Chapter 21 - Chapter 25

25 Chapters

21.花ノ瀬孤児院と、神様の来訪

 キキィィィィィッ! 豪快なブレーキ音と共に、黒塗りの自動車が盛大な砂埃を上げて急停止した。 帝都の中心部から遠く離れた、自然豊かな郊外の街・花ノ瀬。豊かな緑に囲まれた小高い丘の上に建つ、古いけれどどこか温かみのある大きな木造建築。そこが、緋依が育った孤児院だった。「とうちゃーく! 緋依、大丈夫?」 運転席から軽やかに降り立った白玖が、助手席のドアを開けて覗き込んでくる。 一方の緋依はといえば、座席に深く沈み込み、文字通り目を回していた。ジェットコースターのような暴走ドライブのせいで、足元はおぼつかなく、三半規管は完全に悲鳴を上げている。「……ただでさえ短い寿命が……あと半分くらいに縮んでしまうかと思いました……」 ふらふらと車から這い出た緋依を、白玖は悪びれる様子もなく笑って受け止めた。「あはは、無事に生きていてくれて良かった!」「わ、私が死んだら一番困るのは白玖様なんですから……も、もう少し大切に扱ってください……」「大切にしてるでしょ。我儘を聞いて、ここまで連れてきてあげたんだから」 白玖はそう言うと、ぐったりしている緋依の額に、チュッ、とごく自然にキスを落とした。 甘い感触に、緋依は一瞬で車酔いも吹き飛ぶほど顔を真っ赤にした。「っ! ちょ、ちょっと白玖様! こんな外で、誰かに見られたら……」「緋依!?」 緋依の慌てた声を遮るように、建物の入り口から甲高い声が響いた。 見れば、橙色の髪を可愛らしいおさげに結んだ少女が、目を丸くしてこちらを見つめている。緋依の二歳年下の親友、白梅小夜だった。 小夜はパタパタと駆け寄ってくると、緋依の身体を思いっきり抱きしめた。「緋依、緋依、緋依ーっ!」「小夜! 久しぶり、元気だった?」 緋依が生贄に選ばれて特務軍へ引き取られた時、彼女は一週間も泣き続けていたほど緋依のことを慕っていた。 小夜は嬉しそうに顔を上げたが、すぐにそばかすのある顔を曇らせた。「元気よ! ……って、緋依、顔色最悪よ!? 大丈夫!?」「えへへ……ちょっと、車酔いしちゃって……」 苦笑する緋依の後ろから、白玖がひょっこりと顔を出した。 色素の薄い美貌と、雪のように白い軍服。小夜はハッとして目を見開いた。「あ……も、もしかして、こちらの方が……?」「どーも。神様です」 白玖がニコッ
last updateLast Updated : 2026-07-24
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22.言えない想い

 日がすっかり落ち、窓の外に夜の帳が下りる頃。 孤児院の広い厨房では、子供たち全員分の夕飯の支度が慌ただしく進められていた。 エプロンを身につけた緋依は、橘が次に何を求めているかを瞬時に察し、調味料を手渡したり、野菜を刻んだりと、流れるような手際で立ち回っていた。特務軍の特別室で毎日白玖の世話を焼いている経験も生きているのだろう。「ふふ。緋依はすっかりお料理の腕を上げましたね。変わりないようで、安心しました」 大きな鍋を木べらでかき混ぜながら、橘が目を細めて微笑んだ。「先生たちも、みんな元気そうで本当に良かったです」 緋依が嬉しそうに答えると、橘は鍋から手を止め、緋依の頭を優しく撫でた。「あなたは昔から、すぐに頑張りすぎてしまいますからね。どうか、疲れた時はきちんと休憩するのですよ」「……はいっ」 母親のような温かい言葉に、緋依はこくりと力強く頷いた。 そこへ、「私も手伝うわ!」と小夜が意気揚々と厨房に入ってきた。しかし彼女は料理が絶望的に不得意だ。頼んでもいないのに奇抜な調味料の瓶をいくつか抱えており、橘と緋依は「ストップ!」「小夜は味見係をお願い!」と慌てて全力で阻止した。「もう、二人とも酷いわね。……でも、緋依のその手際の良さなら、絶対モテるわ。あの綺麗な神様を〝骨抜き〟にしちゃうのも、わかる気がする!」 味見用の小皿を持ちながら、小夜がニヤニヤと笑った。「ほ、骨抜きって……! ちょっと、小夜!」「あらあら、まあまあ。緋依は神様のことをすっかり骨抜きにしてしまったのですか?」 顔を真っ赤にして否定する緋依に、あろうことか橘までが楽しそうに乗っかってきた。「も、もう、橘先生まで……っ。骨抜きになんてしていないですよ!」 緋依が必死に弁解しようとした、その時だった。「どうもー。この子にすっかり〝骨抜き〟にされた神様でーす」「ひゃっ!?」 背後から突然、白玖が緋依をすっぽりと抱きしめ、彼女の頭の上に自分の顎を乗せてきた。 冷たいけれど心地よい体温。軍服越しに伝わる密着した距離感に、緋依の心臓が大きく跳ねる。「ほら、やっぱり!」「まあ、本当に仲良しですねえ」 小夜が指を差して笑い、橘が口元を手で覆ってくすくすと笑う。「ちょ、ちょっと白玖様……っ! 遊ばないでください!」 緋依は慌てて白玖の腕から逃れようとしたが、彼
last updateLast Updated : 2026-07-25
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23.残される者のエゴ

 白玖の狂気じみた荒い運転に寿命が縮む思いをした緋依だったが、その猛烈なスピードのおかげで、厳しく定められている特務軍の帰営時刻には、見事なまでに間に合っていた。 それぞれ浴室で疲れを洗い流し、消灯された薄暗い寝室へ。 緋依が当たり前のように白玖の腕の中へ潜り込むと、彼は長い指先で緋依の深い藍色の髪を、愛おしむようにゆっくりと撫で始めた。「……楽しかったかい?」「はい! とても! 私の我儘を聞いてくださり、本当にありがとうございました」「君は、孤児院の奴らからも、街の奴らからも……色んな人から愛されているのだね」 白玖は、花ノ瀬の街を歩いた時のことを思い出していた。すれ違う近所のおばあちゃんや、商店街の魚屋やパン屋の夫婦までが、緋依を見るなり「綺麗になったねえ」と温かく声をかけてきたのだ。「えへへ……。孤児院のみんなだけじゃなく、私が育った花ノ瀬の皆さんは、親を持たない私を我が子のように大切にしてくれました。私は、あの温かい周りの人たちのおかげで、この残酷な世界が大好きになったんです。だから……私は恩返しがしたい」「その恩返しが、国のために命を捨てる〝生贄〟になるってこと?」「はい」「君を愛している奴らは、君がいなくなったら悲しい思いをするかもしれないよ?」 白玖の静かな問いかけに、緋依は少し考えるように目を伏せた。「そうかもしれません……。でも、それでも私は、私を愛してくれたみんなが、明日も明後日も、安心して笑って生きていける未来を作りたいんです。私が命を懸けることで、彼らの平和な日常が守られるのなら……」「ふぅん。君のその無償の愛とやらは、残される人間のどうしようもないエゴをこれっぽっちも理解してないね。酷く綺麗で、残酷だ」 どこか吐き捨てるような、白玖らしい皮肉めいた嫌味。 しかし、その言葉とは裏腹に、暗闇で見下ろしてくる彼の氷のような瞳は、微かに水気を帯びて潤んでいるように見えた。 彼はそっと緋依の首筋に顔を埋めると、チクリと、鋭い牙で肌を甘噛みした。「っ……!」 魔力を奪うための、あの激しい吸血ではない。微かに滲んだ血の雫を、彼がペロリと柔らかい舌先で舐めとる。 それはまるで、愛おしくてたまらないものを惜しむような、あるいは行かないでくれと縋るような、ひどく切ない愛情表現のようだった。 首筋に走ったピリッとした微か
last updateLast Updated : 2026-07-26
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24.本物の神を見た

 季節は巡り、帝都・白嶺は初夏を迎えていた。  分厚い鉛色の雲が空を覆い隠し、数日にわたってしとしとと雨が降り続く梅雨の時期。特務軍本部の特別室も、どこか薄暗くしっとりとした空気に包まれている。 キッチンからは、出汁の香ばしい匂いが漂っていた。緋依は手際よく作った朝ごはんを食卓に並べ、白玖が起きてくるのを待っている。  本日の献立は、こんがりと焼けたアジの開き、出汁が効いた甘めの厚焼き玉子、ひじきの煮物、ネギと豆腐のお味噌汁、彩り豊かな漬け物、そして炊きたての麦ごはんだ。「白玖様、朝ごはんが冷めてしまいますよ」 緋依が寝室のドアをそっと開けると、ベッドの中心には布団にぐるぐると包まった白い塊があった。「うう……雨の日、やだぁ……。頭痛いし、湿気で身体がだるい……」 布団の隙間から、恨みがましい声が漏れ聞こえてくる。「はいはい、わかっていますから。ほら、起きてください」 緋依は慣れた手つきで容赦なくシーツを捲り上げ、ベッドから出たがらない白玖の背中をぐいぐいと押し出した。だらんと力のない彼に簡単な部屋着を羽織らせ、半分引きずるようにして食卓の椅子へと座らせる。「……相変わらず、美味しそうだな」 先ほどまで死んだ魚のような濁った目をしていたというのに。緋依の手料理を見た瞬間、白玖の氷のような瞳がパァッと輝き始めた。  「いただきます」と両手を合わせ、夢中になってアジの開きに箸を伸ばす。「ん〜! やっぱり、美味しい」 口いっぱいに麦ごはんを頬張りながら、幸せそうに目を細める白玖。その無邪気な顔を見つめながら、緋依はふと胸の奥に小さな寂しさを覚えた。(あの日、白玖様にからかわれて『結婚したいです』って意地悪で返してから……さすがに、あの手の軽口は叩かなくなっちゃったな) 以前は「嫁においで」と日常的にからかわれていたのに。自分が大胆な返しをして彼を赤面させて以来、パタリと止んでしまったのだ。平穏ではあるものの、ほんの少しだけ物足りなさを感じている自分がいる。(って……それはさすがに我儘ですよね。私は今年の冬には、命を捧げる生贄になる身なのに) 自分の矛盾した感情を振り払うように、ふるふると首を横に振る緋依。白玖は味噌汁のお椀を持ったまま、不思議そうに彼女を見つめて小首を傾げていた。 食後。手早く後片付けを済ませ、特務軍の白い軍服に着替
last updateLast Updated : 2026-07-27
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25.パンを持つ少女

 しと、しと、しと……。 心地よかったはずの優しい雨音は、微睡みの底へと沈むにつれて、鼓膜を激しく打つような土砂降りの音へと変わっていった。 それは、白玖がまだ今よりも幼い姿をしていた頃の、遠い、遠い昔の記憶。『この、気味の悪い化け物め!』『薄気味悪いんだよ、俺たちの街から出て行け!』 冷たい雨が打ち付ける路地裏で、複数の人間の男たちから容赦ない蹴りと殴打を浴びていた。 不気味な白髪と氷のような瞳。ただ死なないというだけで、魔力を持たない当時の白玖には反撃する力など少しも残されていなかった。 男たちが去った後、泥水の中に倒れ伏していた白玖は、ズキズキと激痛を訴える足を引きずりながら、なんとか自分の寝床へと向かった。 そこは、帝都の片隅にある廃棄された古い石造りの地下水路。ひどく入り組んでおり、人間からは見つかりにくく、雨風を凌ぐにはちょうどいい場所だった。 薄暗い水路の壁に背中を預け、白玖は荒い息を吐き出した。 激しい痛みを発している左足を見る。不自然な方向に曲がり、赤黒く腫れ上がっていた。(……これは完全に骨が折れてるな) 白玖は苦痛に眉根を寄せた。 死なない体質とはいえ、修復には時間がかかる。ぐぅ、と情けない音を立ててお腹が鳴った。人間の食べ物でも命は繋げるが、今日はゴミ箱を漁ることもできず、食べ物は一切見つけられなかった。 足は激痛に苛まれ、腹は空き、雨の冷たさが体温を奪っていく。(……この世界には、僕への救いなどないのか) 目を閉じ、孤独と絶望に心を沈めようとした、その時だった。 タッタッタッ、と、石畳を駆け下りてくる軽い足音が聞こえた。「ご、ごめんなさい……! 雨がすごくて、来るのが遅くなってしまったわ」 薄暗い地下水路に、場違いなほど華やかな声が響く。 雨で滑りやすくなった石の階段を慎重に下りてきたのは、一本の傘を差した少女だった。 艶やかな深い藍色の長い髪に、宝石のように輝く深紅の瞳。年齢は十四歳ほどだろうか。見事な矢絣の着物に海老茶色の袴を合わせ、足元は革の編み上げ靴という、いかにも名家の令嬢といった身なりをしている。 千鶴という名前のその少女は、人間から迫害されて地下に隠れ住む白玖に同情したのか、度々こうして親の目を盗んでは食料を運んでくれる、ひどく〝変な人間〟だった。 絶望の底にいた白玖にとって、暗
last updateLast Updated : 2026-07-28
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