Lahat ng Kabanata ng 余命一年の生贄少女は、帝都を護る兵器の神様に捧げられる: Kabanata 21 - Kabanata 30

55 Kabanata

21.花ノ瀬孤児院と、神様の来訪

 キキィィィィィッ! 豪快なブレーキ音と共に、黒塗りの自動車が盛大な砂埃を上げて急停止した。 帝都の中心部から遠く離れた、自然豊かな郊外の街・花ノ瀬。豊かな緑に囲まれた小高い丘の上に建つ、古いけれどどこか温かみのある大きな木造建築。そこが、緋依が育った孤児院だった。「とうちゃーく! 緋依、大丈夫?」 運転席から軽やかに降り立った白玖が、助手席のドアを開けて覗き込んでくる。 一方の緋依はといえば、座席に深く沈み込み、文字通り目を回していた。ジェットコースターのような暴走ドライブのせいで、足元はおぼつかなく、三半規管は完全に悲鳴を上げている。「……ただでさえ短い寿命が……あと半分くらいに縮んでしまうかと思いました……」 ふらふらと車から這い出た緋依を、白玖は悪びれる様子もなく笑って受け止めた。「あはは、無事に生きていてくれて良かった!」「わ、私が死んだら一番困るのは白玖様なんですから……も、もう少し大切に扱ってください……」「大切にしてるでしょ。我儘を聞いて、ここまで連れてきてあげたんだから」 白玖はそう言うと、ぐったりしている緋依の額に、チュッ、とごく自然にキスを落とした。 甘い感触に、緋依は一瞬で車酔いも吹き飛ぶほど顔を真っ赤にした。「っ! ちょ、ちょっと白玖様! こんな外で、誰かに見られたら……」「緋依!?」 緋依の慌てた声を遮るように、建物の入り口から甲高い声が響いた。 見れば、橙色の髪を可愛らしいおさげに結んだ少女が、目を丸くしてこちらを見つめている。緋依の二歳年下の親友、白梅小夜だった。 小夜はパタパタと駆け寄ってくると、緋依の身体を思いっきり抱きしめた。「緋依、緋依、緋依ーっ!」「小夜! 久しぶり、元気だった?」 緋依が生贄に選ばれて特務軍へ引き取られた時、彼女は一週間も泣き続けていたほど緋依のことを慕っていた。 小夜は嬉しそうに顔を上げたが、すぐにそばかすのある顔を曇らせた。「元気よ! ……って、緋依、顔色最悪よ!? 大丈夫!?」「えへへ……ちょっと、車酔いしちゃって……」 苦笑する緋依の後ろから、白玖がひょっこりと顔を出した。 色素の薄い美貌と、雪のように白い軍服。小夜はハッとして目を見開いた。「あ……も、もしかして、こちらの方が……?」「どーも。神様です」 白玖がニコッ
last updateHuling Na-update : 2026-07-24
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22.言えない想い

 日がすっかり落ち、窓の外に夜の帳が下りる頃。 孤児院の広い厨房では、子供たち全員分の夕飯の支度が慌ただしく進められていた。 エプロンを身につけた緋依は、橘が次に何を求めているかを瞬時に察し、調味料を手渡したり、野菜を刻んだりと、流れるような手際で立ち回っていた。特務軍の特別室で毎日白玖の世話を焼いている経験も生きているのだろう。「ふふ。緋依はすっかりお料理の腕を上げましたね。変わりないようで、安心しました」 大きな鍋を木べらでかき混ぜながら、橘が目を細めて微笑んだ。「先生たちも、みんな元気そうで本当に良かったです」 緋依が嬉しそうに答えると、橘は鍋から手を止め、緋依の頭を優しく撫でた。「あなたは昔から、すぐに頑張りすぎてしまいますからね。どうか、疲れた時はきちんと休憩するのですよ」「……はいっ」 母親のような温かい言葉に、緋依はこくりと力強く頷いた。 そこへ、「私も手伝うわ!」と小夜が意気揚々と厨房に入ってきた。しかし彼女は料理が絶望的に不得意だ。頼んでもいないのに奇抜な調味料の瓶をいくつか抱えており、橘と緋依は「ストップ!」「小夜は味見係をお願い!」と慌てて全力で阻止した。「もう、二人とも酷いわね。……でも、緋依のその手際の良さなら、絶対モテるわ。あの綺麗な神様を〝骨抜き〟にしちゃうのも、わかる気がする!」 味見用の小皿を持ちながら、小夜がニヤニヤと笑った。「ほ、骨抜きって……! ちょっと、小夜!」「あらあら、まあまあ。緋依は神様のことをすっかり骨抜きにしてしまったのですか?」 顔を真っ赤にして否定する緋依に、あろうことか橘までが楽しそうに乗っかってきた。「も、もう、橘先生まで……っ。骨抜きになんてしていないですよ!」 緋依が必死に弁解しようとした、その時だった。「どうもー。この子にすっかり〝骨抜き〟にされた神様でーす」「ひゃっ!?」 背後から突然、白玖が緋依をすっぽりと抱きしめ、彼女の頭の上に自分の顎を乗せてきた。 冷たいけれど心地よい体温。軍服越しに伝わる密着した距離感に、緋依の心臓が大きく跳ねる。「ほら、やっぱり!」「まあ、本当に仲良しですねえ」 小夜が指を差して笑い、橘が口元を手で覆ってくすくすと笑う。「ちょ、ちょっと白玖様……っ! 遊ばないでください!」 緋依は慌てて白玖の腕から逃れようとしたが、彼
last updateHuling Na-update : 2026-07-25
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23.残される者のエゴ

 白玖の狂気じみた荒い運転に寿命が縮む思いをした緋依だったが、その猛烈なスピードのおかげで、厳しく定められている特務軍の帰営時刻には、見事なまでに間に合っていた。 それぞれ浴室で疲れを洗い流し、消灯された薄暗い寝室へ。 緋依が当たり前のように白玖の腕の中へ潜り込むと、彼は長い指先で緋依の深い藍色の髪を、愛おしむようにゆっくりと撫で始めた。「……楽しかったかい?」「はい! とても! 私の我儘を聞いてくださり、本当にありがとうございました」「君は、孤児院の奴らからも、街の奴らからも……色んな人から愛されているのだね」 白玖は、花ノ瀬の街を歩いた時のことを思い出していた。すれ違う近所のおばあちゃんや、商店街の魚屋やパン屋の夫婦までが、緋依を見るなり「綺麗になったねえ」と温かく声をかけてきたのだ。「えへへ……。孤児院のみんなだけじゃなく、私が育った花ノ瀬の皆さんは、親を持たない私を我が子のように大切にしてくれました。私は、あの温かい周りの人たちのおかげで、この残酷な世界が大好きになったんです。だから……私は恩返しがしたい」「その恩返しが、国のために命を捨てる〝生贄〟になるってこと?」「はい」「君を愛している奴らは、君がいなくなったら悲しい思いをするかもしれないよ?」 白玖の静かな問いかけに、緋依は少し考えるように目を伏せた。「そうかもしれません……。でも、それでも私は、私を愛してくれたみんなが、明日も明後日も、安心して笑って生きていける未来を作りたいんです。私が命を懸けることで、彼らの平和な日常が守られるのなら……」「ふぅん。君のその無償の愛とやらは、残される人間のどうしようもないエゴをこれっぽっちも理解してないね。酷く綺麗で、残酷だ」 どこか吐き捨てるような、白玖らしい皮肉めいた嫌味。 しかし、その言葉とは裏腹に、暗闇で見下ろしてくる彼の氷のような瞳は、微かに水気を帯びて潤んでいるように見えた。 彼はそっと緋依の首筋に顔を埋めると、チクリと、鋭い牙で肌を甘噛みした。「っ……!」 魔力を奪うための、あの激しい吸血ではない。微かに滲んだ血の雫を、彼がペロリと柔らかい舌先で舐めとる。 それはまるで、愛おしくてたまらないものを惜しむような、あるいは行かないでくれと縋るような、ひどく切ない愛情表現のようだった。 首筋に走ったピリッとした微か
last updateHuling Na-update : 2026-07-26
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24.本物の神を見た

 季節は巡り、帝都・白嶺は初夏を迎えていた。  分厚い鉛色の雲が空を覆い隠し、数日にわたってしとしとと雨が降り続く梅雨の時期。特務軍本部の特別室も、どこか薄暗くしっとりとした空気に包まれている。 キッチンからは、出汁の香ばしい匂いが漂っていた。緋依は手際よく作った朝ごはんを食卓に並べ、白玖が起きてくるのを待っている。  本日の献立は、こんがりと焼けたアジの開き、出汁が効いた甘めの厚焼き玉子、ひじきの煮物、ネギと豆腐のお味噌汁、彩り豊かな漬け物、そして炊きたての麦ごはんだ。「白玖様、朝ごはんが冷めてしまいますよ」 緋依が寝室のドアをそっと開けると、ベッドの中心には布団にぐるぐると包まった白い塊があった。「うう……雨の日、やだぁ……。頭痛いし、湿気で身体がだるい……」 布団の隙間から、恨みがましい声が漏れ聞こえてくる。「はいはい、わかっていますから。ほら、起きてください」 緋依は慣れた手つきで容赦なくシーツを捲り上げ、ベッドから出たがらない白玖の背中をぐいぐいと押し出した。だらんと力のない彼に簡単な部屋着を羽織らせ、半分引きずるようにして食卓の椅子へと座らせる。「……相変わらず、美味しそうだな」 先ほどまで死んだ魚のような濁った目をしていたというのに。緋依の手料理を見た瞬間、白玖の氷のような瞳がパァッと輝き始めた。  「いただきます」と両手を合わせ、夢中になってアジの開きに箸を伸ばす。「ん〜! やっぱり、美味しい」 口いっぱいに麦ごはんを頬張りながら、幸せそうに目を細める白玖。その無邪気な顔を見つめながら、緋依はふと胸の奥に小さな寂しさを覚えた。(あの日、白玖様にからかわれて『結婚したいです』って意地悪で返してから……さすがに、あの手の軽口は叩かなくなっちゃったな) 以前は「嫁においで」と日常的にからかわれていたのに。自分が大胆な返しをして彼を赤面させて以来、パタリと止んでしまったのだ。平穏ではあるものの、ほんの少しだけ物足りなさを感じている自分がいる。(って……それはさすがに我儘ですよね。私は今年の冬には、命を捧げる生贄になる身なのに) 自分の矛盾した感情を振り払うように、ふるふると首を横に振る緋依。白玖は味噌汁のお椀を持ったまま、不思議そうに彼女を見つめて小首を傾げていた。 食後。手早く後片付けを済ませ、特務軍の白い軍服に着替
last updateHuling Na-update : 2026-07-27
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25.パンを持つ少女

 しと、しと、しと……。 心地よかったはずの優しい雨音は、微睡みの底へと沈むにつれて、鼓膜を激しく打つような土砂降りの音へと変わっていった。 それは、白玖がまだ今よりも幼い姿をしていた頃の、遠い、遠い昔の記憶。『この、気味の悪い化け物め!』『薄気味悪いんだよ、俺たちの街から出て行け!』 冷たい雨が打ち付ける路地裏で、複数の人間の男たちから容赦ない蹴りと殴打を浴びていた。 不気味な白髪と氷のような瞳。ただ死なないというだけで、魔力を持たない当時の白玖には反撃する力など少しも残されていなかった。 男たちが去った後、泥水の中に倒れ伏していた白玖は、ズキズキと激痛を訴える足を引きずりながら、なんとか自分の寝床へと向かった。 そこは、帝都の片隅にある廃棄された古い石造りの地下水路。ひどく入り組んでおり、人間からは見つかりにくく、雨風を凌ぐにはちょうどいい場所だった。 薄暗い水路の壁に背中を預け、白玖は荒い息を吐き出した。 激しい痛みを発している左足を見る。不自然な方向に曲がり、赤黒く腫れ上がっていた。(……これは完全に骨が折れてるな) 白玖は苦痛に眉根を寄せた。 死なない体質とはいえ、修復には時間がかかる。ぐぅ、と情けない音を立ててお腹が鳴った。人間の食べ物でも命は繋げるが、今日はゴミ箱を漁ることもできず、食べ物は一切見つけられなかった。 足は激痛に苛まれ、腹は空き、雨の冷たさが体温を奪っていく。(……この世界には、僕への救いなどないのか) 目を閉じ、孤独と絶望に心を沈めようとした、その時だった。 タッタッタッ、と、石畳を駆け下りてくる軽い足音が聞こえた。「ご、ごめんなさい……! 雨がすごくて、来るのが遅くなってしまったわ」 薄暗い地下水路に、場違いなほど華やかな声が響く。 雨で滑りやすくなった石の階段を慎重に下りてきたのは、一本の傘を差した少女だった。 艶やかな深い藍色の長い髪に、宝石のように輝く深紅の瞳。年齢は十四歳ほどだろうか。見事な矢絣の着物に海老茶色の袴を合わせ、足元は革の編み上げ靴という、いかにも名家の令嬢といった身なりをしている。 千鶴という名前のその少女は、人間から迫害されて地下に隠れ住む白玖に同情したのか、度々こうして親の目を盗んでは食料を運んでくれる、ひどく〝変な人間〟だった。 絶望の底にいた白玖にとって、暗
last updateHuling Na-update : 2026-07-28
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26.僕の生贄に、何してくれてんの?

 急行した専用車両から飛び降りた瞬間、むせ返るような濃密な血と泥の匂いが白玖と緋依の鼻を突いた。 市街地は、すでに地獄のような惨状を呈していた。降り続いていた雨はいつの間にか上がっていたが、あちこちにできた大きな水溜まりは、崩壊した瓦礫の破片と、無残に引き裂かれた人々の真っ赤な血が混ざり合い、ひどく濁った色をしている。  悲鳴と怒号が交錯する最前線。そこには、すでに大太刀を振るって〝異形〟と渡り合っている長い銀髪の男――対異形特務軍総帥の鷺原斎と、指揮を執る赤髪の首席参謀官、火野玲奈の姿があった。「遅いぞ、白玖。待ちくたびれた」 大太刀で〝異形〟の胴体を両断しながら、鷺原が鋭い視線を向けてくる。「こっちは寝起きだったんだから、少しは労ってほしいね」 白玖が飄々と返すと、火野が安堵の表情を浮かべて駆け寄ってきた。「白玖様、緋依! 到着感謝します。私はこれより住人の救助と避難誘導に切り替えます。総帥殿、白玖様の援護をお願いします!」 「ああ、頼む」 火野が手早く指示を出し、兵士たちと共に瓦礫の奥へと走っていく。 白玖は氷のような瞳で、前方に蠢く群れを見据えた。今回の〝異形〟は図体が大きいうえに、異常に脚部が発達している個体が多く、動きがひどく素早い。特務軍の兵士たちの銃撃も容易く躱されている。「……ごめんね。ちょっと乱暴になるかも」 「えっ――」 緋依が聞き返すよりも早く、白玖は彼女の首筋に顔を埋め、鋭い牙を立てた。  チクリとした微かな痛みの後、トクン、トクンと自身の熱い血と魔力が彼の中へ吸い上げられていく感覚。  難航する戦況を見越した戦場での急ぎの儀式は、いつもよりもずっと強引で、けれど不思議なほど甘美な痺れを伴っていた。 十分な魔力を得た白玖は緋依から唇を離すと、次の瞬間、その身体を神々しい巨大な白狐の姿へと変じさせた。  地響きとともに顕現した決戦兵器。真っ白な毛並みを揺らし、白玖は猛然と〝異形〟の群れへと飛び込んでいく。 強靭な顎で骨を噛み砕き、鋭い爪で肉を引き裂く。まさに鬼神のごとき猛攻だった。  その後方から、緋依は両手を前に突き出し、膨大な魔力を練り上げる。「はぁっ!」 地面を隆起させて岩の足場を作り出し、白玖の機動力をサポートする。さらに氷の魔法を放ち、素早い〝異形〟の足元を凍らせて動きを鈍らせる。  磨
last updateHuling Na-update : 2026-07-29
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27.白狐の怒りと、神様の口づけ

 火野によって緋依が安全な後方へと運ばれていったのを確認した直後。白玖の身体は、再び目も眩むような白銀の光に包まれた。  激しい地響きと共に、巨大な白狐が戦場に顕現する。 しかし、今の彼から発せられる気配には、普段の気怠げで飄々とした余裕など微塵も残されていなかった。そこにあるのは、己の大切な光を傷つけられた獣としての、純粋で狂暴な殺意だけだ。 白玖は鼓膜を劈くような咆哮を上げると、一切の防御を捨てて〝異形〟の群れへと突撃した。  強靭な顎が化け物の首を軽々と噛み千切り、大木のような九本の尾が薙ぎ払うだけで数体の〝異形〟が原型を留めずに吹き飛んでいく。 血と肉片が雨のように降り注ぐ中、白玖はただひたすらに目の前の動くものを蹂躙し続けた。一切の慈悲も容赦もないその苛烈な猛攻は、あまりにも凄惨で恐ろしく、周囲で防衛線を張っていた兵士たちに(果たして、どちらが本当の〝化け物〟なのだろうか)と畏怖の念を抱かせるほどだった。 一方、その凄惨な蹂躙劇から少し離れた戦線では、もう一人の規格外の存在が猛威を振るっていた。  対異形特務軍総帥、鷺原斎である。 美しい長い銀髪を血風に揺らしながら、鷺原は身の丈ほどもある大太刀を羽のように軽々と振るい、立ちはだかる〝異形〟を次々と両断していく。  本来、全軍を統括する総帥という立場であれば、安全な後方で指揮を執るのが軍の定石である。しかし、彼個人の戦闘能力はあまりにも高すぎた。 後方支援でくすぶらせておくよりも、前衛で直接剣を振るわせた方が遥かに戦果が上がるのだ。  そのため、放っておくと鷺原は現場の指揮を首席参謀官である火野に丸投げし、血路を開きながらどんどん最前線へと突出してしまう悪癖があった。『鷺原総帥! 前に出すぎです、少しは自重してください!』 通信機越しに飛んでくる火野の怒声もどこ吹く風。鷺原は涼しい顔で大太刀を血振りし、「指揮はお前に任せている」とだけ言い残して、さらに奥へと斬り込んでいった。 かくして、〝神〟と総帥という二つの圧倒的な力により、あれほど街を埋め尽くしていた〝異形〟の群れは、やがて完全に沈黙した。 しかし、戦いが終わった市街地には無残な爪痕が残されていた。特に、突然現れた双頭の巨大な〝異形〟――あのような特異で凶悪な個体は、特務軍の長い歴史の中でも初めて確認されたものだった。
last updateHuling Na-update : 2026-08-01
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28.虫嫌いな神様と蛍の夜

 市街地での双頭の〝異形〟の襲撃から、数日が経っていた。 今までにない特異で凶悪な個体の出現は、帝都の特務軍上層部に大きな波紋を呼んでいた。  そのため、普段は会議など一切顔を出さない白玖たちも、今回ばかりは珍しく連日の軍議に駆り出され、鷺原総帥らと共に長い話し合いを重ねる羽目になっていた。 討伐した双頭の〝異形〟の死体から採取された血液や細胞は、すぐに軍の研究所へと送られ、現在も昼夜を問わず解析が進められているらしい。 夕方。その日の息の詰まるような軍議をようやく終え、二人は特務軍本部にある特別室へと帰還した。「あー……疲れたー。人間どもの長い話は退屈でかなわないや」 軍服の上着を脱ぎ捨てた白玖は、そのまま窓枠にどっかりと腰掛け、長いため息と共に煙管をふかし始めた。細く紫色の煙が、夕暮れの空へと溶けていく。  緋依は白玖用のお茶を淹れながら、心配そうに眉を寄せた。「双頭の〝異形〟……これから先、あんな恐ろしいものがたくさん現れたらどうなってしまうんでしょう。被害も大きかったですし……新たな脅威ですよね」 「どうもならないよ。全部見つけて、僕が片っ端から噛み砕いて倒せば何の問題もないだろ? 僕に倒せない化け物なんていないんだから」 白玖は煙管の吸い口を弄りながら、どこまでも飄々と言い放つ。  しかし、先日の市街地での惨状を目の当たりにしている緋依としては、どうしても不安が拭えなかった。「それでも、白玖様ひとりで戦うのには限界があります。実際、軍の皆さんも民間の方々も、大きな被害が出てしまっていますし……」 「そうだねぇ。僕があと五人くらいに分裂できれば、なんとかなりそうなんだけど」 「白玖様が……五人……!」 緋依はハッとして目を見開き、真剣に考え込んでしまった。「そうなると、朝ごはんと夕ごはんの準備も五倍……お風呂の準備も、お着替えのお手伝いも……! お世話するのが、すっごく大変そうです……っ」 「……え、そこなの?」 あまりにも斜め上の心配をする生贄に、白玖は思わず呆気にとられた後、肩を揺らして可笑しそうに笑い声を上げた。  笑いが収まると、緋依はエプロンを手に取り、「それでは、夕ごはんの準備をしてきますね」とキッチンへ向かおうとした。  しかし、その背中に背後から長い腕が回り込み、すっぽりと閉じ込めら
last updateHuling Na-update : 2026-08-02
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29.同じ母体と、夏の贈り物

 季節は巡り、帝都・白嶺にも本格的な夏が到来していた。 朝。開け放たれた特別室の窓から、熱を帯びた風が吹き込み、薄手の白いカーテンを大きく揺らしている。外からは、朝からやかましいほどの蝉の鳴き声が容赦なく響き渡っていた。「あー……あっつい……。夏、嫌い……」 寝室のベッドの上。白玖はシーツに顔を押し付けながら、恨みがましい声を漏らした。 しかし、文句を言っているにも関わらず、彼の長い腕は隣に寝ている緋依の身体をギュッと強く抱きしめ、絶対に離そうとしないのだ。「白玖様、言っていることとしていることが違っていますよ」 緋依が呆れたように言うと、白玖は彼女の首筋にすりすりと額を擦り寄せてきた。彼の整った額には、暑さで玉のような汗が浮かんでいる。「白玖様、汗をかいています。こんなにくっついていたら、余計に暑いかと思うのですが」「いいの。ここまで僕に近づける生贄なんて、数百年生きてきて初めてなんだもの。抱き枕にくらいなってよ」「うーん……」 数ヶ月の共同生活を経て、もはや同じベッドで抱きしめられることへの〝恥ずかしい〟という照れは緋依の中からすっかり抜け落ちていた。 それよりも、彼が汗をかいたまま風に当たって、風邪を引いてしまわないかということの方が心配だ。 けれど。(でも……白玖様、やっぱりずっと、一人で寂しかったのかしら……) 数百年という途方もない時間を、人々から恐れられ、避けられながら戦い続けてきた孤独な神様。 緋依はその深い孤独にそっと寄り添うように、自分にすがりつく白玖の柔らかな白い髪を撫でた。 すると、ぐぅぅぅ、と白玖のお腹から情けない音が鳴り響いた。「ふふっ。朝ごはんにしましょうか」 顔を洗い、手早く身支度を整えた緋依は、キッチンで手際よく朝食を用意した。 お盆に乗せて食卓へ運んだのは、ほかほかの炊きたての麦ごはん、湯気が立ち上る豆腐とあおさの味噌汁。こんがりと良い焼き色がついた鯵の開きに、出汁を利かせた甘めの厚焼き玉子。小鉢にはひじきの煮物と白菜の浅漬け、そして温かい番茶だ。「わあ……朝からこんなに作ったの? 暑いのにご苦労なこって」 テーブルについた白玖は、先ほどまでの気怠げな様子が嘘のように、氷のような瞳をキラキラと輝かせた。「白玖様には、たくさん食べていただかないといけませんから!」 緋依がふわりと笑って
last updateHuling Na-update : 2026-08-03
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30.スイカより甘い君の味

 特務軍の黒塗りの専用車両に乗り込み、白玖がエンジンをかけた瞬間。重低音が車体を震わせた。「白玖様、どうか安全運転でお願いしますね!?」「任せてよ。舌噛まないようにねー」 白玖が飄々と答えた直後、強烈な加速が緋依の身体を座席に叩きつけた。「ひゃあああああぁぁぁぁぁっ!?」 やはり、全く任せられなかった。アクセルを容赦なくベタ踏みした暴走ドライブに、後部座席で緋依は情けない絶叫を上げる。景色が凄まじい速度で後ろへと飛び去り、車は猛スピードで帝都の喧騒を抜け、郊外の山間部へと向かっていった。 車酔いと恐怖でふらふらになった緋依が、ようやく外の空気を吸えたのはそれからしばらくしてのことだった。「ほら、着いたよ。空気美味しいでしょ」「うぅ……寿命が縮みました……」 涙目で車を降りた緋依だったが、目の前に広がる景色を見て、ぱぁっと表情を輝かせた。 到着したのは、深い山々の間にひっそりと存在する、透き通るような清流の流れる浅瀬だった。木々の緑が濃く、サラサラと心地よい音を立てる川のせせらぎが、肌を刺すような夏の暑さを忘れさせてくれる。木漏れ日が水面に反射し、キラキラと眩しい光の粒を散らしていた。「わぁ……! とっても綺麗で、涼しいです!」「でしょ。さ、まずはスイカを冷やそうか」 緋依は持参した大きな紺色の風呂敷で、織都から貰った縞模様の立派なスイカをすっぽりと包み、紐でしっかりと結んだ。それを川の浅瀬に沈め、流されないように近くの大きな岩に括りつけておく。 山奥から流れ込んでくる湧き水は、真夏だというのに手が痛くなるほど冷たかった。これなら、お昼過ぎにはキンキンに冷えてくれるだろう。「さてと。スイカが冷えるまで、僕たちも涼もうか」 白玖は軍服の上着を脱いで木陰のシートに放り投げると、白いシャツの袖をまくり、ズボンの裾を膝下まで捲り上げて川の中へと足を踏み入れた。「冷たっ。けど気持ちいい」「私も入ります!」 緋依も同じように靴と靴下を脱ぎ、スカートの裾を少し持ち上げて、浅瀬へと足を入れた。ひんやりとした清流の感触が、足先から全身の熱を奪っていく。 最初は静かに水の冷たさを楽しんでいた二人だったが、白玖がわざとらしく足で水しぶきを跳ね上げ、それが緋依の頬にかかったことで状況は一変した。「あっ! 白玖様、やりましたね!?」「あはは、隙だら
last updateHuling Na-update : 2026-08-04
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