Semua Bab 余命一年の生贄少女は、帝都を護る兵器の神様に捧げられる: Bab 31 - Bab 40

55 Bab

31.外泊届とほっぺの口づけ

 翌朝。 白玖が薄く目を開けると、いつものように腕の中にすっぽりと収まっているはずの〝抱き枕〟がいなくなっていることに気がついた。 シーツの隣のスペースはすでに熱を失っており、彼女がベッドを抜け出してからそれなりの時間が経っていることがわかる。 昨日の川での出来事――スイカの果汁を舐めとったことで、少し距離を詰めすぎただろうか。気まずくなって早く起きてしまったのかもしれない。そんなことをぼんやりと考えながら、白玖は寝癖のついた髪を掻き回して身を起こした。 特別室のキッチンや居間を探しても、緋依の姿はなかった。「どこ行ったんだ……」 白玖は軽い羽織を肩に掛け、特務軍本部の中を歩き回り、やがて中庭へと続くガラス扉の向こうに、深い藍色の髪を見つけた。 夏の強い朝日が照りつける中、本部の大きな花壇の前にしゃがみ込み、緋依がせっせとジョウロで水をあげていたのだ。花壇には、彼女の背丈ほどもある大輪の向日葵が、太陽に向かって真っ直ぐに咲き誇っている。「君はついに、僕の世話係だけでなく、特務軍の雑用係まで始めたのかい?」 背後から呆れたように声をかけると、緋依はビクッと肩を震わせて振り返った。「あ、白玖様……おはようございます。あはは……すみません。なんだか今朝はちょっと早く目が覚めてしまったので、日課のお散歩ついでに、お花にお水をあげていました」 緋依はジョウロを置き、少し恥ずかしそうに微笑んだ。 その視線の先にある大きな向日葵を見上げ、緋依は眩しそうに目を細める。「向日葵って、太陽の方を向いて咲くんですよね。どんなに暑い日でも、真っ直ぐに上を向いて。とっても前向きで、見ているだけでたくさん力を貰えて……私、昔から大好きな花なんです」 そう言ってふわりと微笑む彼女の藍色の髪には、春の日に白玖が買ってあげた、薄紅色の桜を象ったガラス細工の髪飾りが、朝の光を浴びてキラキラときらめいていた。 夏を象徴する向日葵の黄金色と、春を留めたような薄紅色の桜。その鮮やかなコントラストが、白玖の目をひどく惹きつけた。「君は、本当に自然が好きなんだね」 数百年という途方もない時間を生き、ただ世界を呪って戦い続けてきた白玖にとって、路傍に咲く花も木々も、ただの背景に過ぎなかった。どうせいつかは枯れて消えてしまうものに、愛着など抱く意味がわからなかったのだ。「好きで
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-05
Baca selengkapnya

32.十五歳の誕生日

 ――キキィィィィィィッ!! 猛スピードで郊外の山道を駆け抜けてきた黒塗りの高級車が、盛大な砂埃を巻き上げて豪快に急停止した。「……きゅう……」 特務軍の本部で無事に外泊届を受理され、春ぶりに花ノ瀬の孤児院へとやってきた緋依だったが、助手席のドアを開けるなり、力なく目を回して座席に沈み込んだ。 相変わらず命の危険を感じる白玖の暴走ドライブにより、三半規管は完全にノックアウトされている。「まあ、緋依。また目を回しているのですか?」「緋依ーっ! いらっしゃい!」 聞き慣れた優しい声と明るい声に、緋依はふらふらとしながらも顔を上げた。 そこには、エプロン姿の橘先生と、満面の笑みを浮かべた小夜が立っていた。緋依が『この日に孤児院へお泊まりに行きます』と手紙を出していたため、みんな首を長くして待ってくれていたのだ。「橘先生、小夜……っ。ただいま、帰りました」「ええ、おかえりなさい。白玖様も、遠いところを運転お疲れ様でした。さあ、中へどうぞ」 橘に促され、白玖に背中を支えられながら孤児院の玄関の扉を開けた、その瞬間だった。「緋依お姉ちゃん、お誕生日おめでとうーっ!!」 元気な声と共に、色鮮やかな和紙で作られた無数の紙吹雪が、緋依の頭上へとふわりと舞い降りた。 玄関の物陰にひっそりと隠れていた孤児院の子供たちが一斉に飛び出してきて、小さな手いっぱいに握りしめていた手作りの桜吹雪を撒きながら、目を丸くしている緋依に次々と飛びついてきたのだ。「えっ……? あっ……そっか、私……!」 連日の激務と過酷な運命の中で、緋依自身ですらすっかり忘れていた。夏生まれの彼女は、数日前に十五歳の誕生日を迎えていたのだ。 広間に入ると、部屋中が手作りの折り紙の輪飾りで色鮮やかに装飾されていた。 長テーブルの上には、ご馳走が所狭しと並べられている。錦糸卵が色鮮やかなちらし寿司、手作りの卵サンド、きつね色に揚がったコロッケ、季節の果物の盛り合わせに、ふかふかのカステラ、大きなボウルに入ったプリン、そして冷たい手作りのレモネード。 さらに中央には、街のパン屋さんが緋依のために特別に焼いてくれたという、真っ赤な苺がたっぷりと乗った大きな誕生日ケーキが飾られていた。「これ、私からのプレゼント! 野原で編んだ花冠だよ!」「私からは、刺繍を入れた手巾! あと、これは街のお
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-06
Baca selengkapnya

33.あいつとはしたくせに

 すっかり日が落ち、虫の音が響き始めた夜の庭。 春の日に交わした約束通り、緋依が帝都から準備してきていた花火をみんなですることになった。 縁側には橘が腰を下ろし、子供たちが庭を駆け回るのを優しく見守っている。シュッシュッと火花を散らす紙包みの細い手花火に、地面を這い回るように回転する小さな鼠花火、そしてポンッと小気味良い音を立てて火の粉を吹き上げる筒花火。 薄暗かった孤児院の庭は、赤や緑の色鮮やかな火花と、子供たちの弾けるような歓声で明るく照らされていた。「白玖様。緋依のために、こんなにも温かい時間をくださり、本当にありがとうございます」 縁側で花火を見つめていた橘が、隣で静かに佇む白玖へと声をかけた。「僕はただ、我儘な生贄のアッシーになっただけですよ。それに、僕自身も退屈しのぎになっていますから」 白玖が煙管の先をもてあそびながら飄々と返すと、橘はふふっと柔らかく微笑んだ。「それでも、です。あの子は今、私が知る限り……今までで一番、幸せそうな顔をしています。彼女にそんな表情をさせてくださるのは、白玖様、あなただけなのですよ」「……」 白玖は何も答えず、ただ氷のような瞳を細めて、子供たちに混ざって笑う緋依の姿を見つめていた。 やがて、手持ちの花火が少なくなり、子供たちが橘の周りに集まって火の始末を始めた頃。 少し離れた木の陰に立っていた白玖の隣へ、緋依がそっと歩み寄った。(素直に、自分の気持ちを……) 夕暮れ時の小夜の言葉が、緋依の背中を押していた。 緋依は少しだけ躊躇った後、意を決して、こつん、と白玖の大きな肩に自分の頭を寄りかからせた。 突然の可愛らしい甘え方に、白玖は僅かに目を見開いたが、すぐに愛おしそうに口角を上げると、彼女の華奢な肩を長い腕で引き寄せ、しっかりと抱きしめた。 互いの体温が交わり、心地よい静寂が二人を包み込む。 しかし、その美しい親愛の情景を、縁側の奥からひどく険しい顔で睨みつけている存在に、緋依は全く気がついていなかった。「……最後は、これだね」 白玖が差し出したのは、二本の線香花火だった。 火をつけると、パチパチと小さな、けれどとても繊細で美しい火花が丸く咲き乱れる。 暗闇の中で、パチパチという微かな音だけが響く。やがて火花の勢いは静まり、最後にぽたりと、小さな赤い火玉が土の上へと落ちて消えた
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-07
Baca selengkapnya

34.百パーセントの愛

 昨夜の千日紅の花畑での出来事が頭から離れず、緋依は結局、ほとんどまともに眠ることができなかった。 薄暗い客間で規則正しい寝息を立てる白玖を起こさないように、緋依は夜明けと共にそっと布団を抜け出し、孤児院の広い厨房へと向かった。 特務軍への帰還を控えた早朝。盛大に誕生日を祝ってくれた孤児院のみんなへのお礼として、せめてもの恩返しに手料理を振る舞いたかったのだ。 大きな羽釜で炊き上げた麦ごはんを、熱いうちに丁寧にふっくらとおむすびにしていく。 隣の鍋では、豚肉と根菜をたっぷりと入れた具だくさんの味噌汁が、ごま油の香ばしい匂いと共に湯気を立てていた。 あとは、出汁を利かせた甘い厚焼き玉子と、あらかじめ仕込んでおいたきゅうりと茄子の浅漬けだ。 トントンとリズミカルに包丁を動かしていると、背後から優しく声をかけられた。「おはよう、緋依。やはり厨房にいましたね」「あっ、橘先生。おはようございます」 エプロン姿の橘が、微笑みながら隣に並んでくれる。二人で手際よく朝食の準備を進めていると、やがて「ふわぁ……」と大きなあくびをしながら、小夜が目をこすりつつやってきた。「おはよう、二人とも……。私も手伝うわ……」「おはよう、小夜。……あっ、小夜は火と包丁を使わないで! えっと、お箸を並べてくれるかしら!」 小夜に料理をさせれば、孤児院の朝食が壊滅的な事態になることは火を見るよりも明らかだ。緋依は慌てて彼女を配膳係へと誘導した。 美味しそうな匂いに釣られ、小さな子供たちも次々と起きてきて、厨房に立つ緋依の足元にちょこちょことまとわりついてきた。「こらこら、火を使っていて危ないから、向こうで待っていてね」「えー。ねえ、緋依お姉ちゃん、今日帰っちゃうのー? もっと一緒に遊びたい!」 緋依のエプロンを引っ張って駄々をこねる子供たちを、緋依は無下にはできず、しゃがみ込んでその小さな頭を優しく撫でた。「ごめんね。私には、帝都でやらなくちゃいけない、大切なお仕事があるのよ」「ちぇー。でも、また秋になったら来るでしょ? 裏山の栗拾い、みんなで約束したもん! すっごく楽しみにしてるんだから!」「……っ」 無邪気なその言葉に、緋依の胸の奥がチクリと痛んだ。 自分が生贄として命を落とす冬が来る前に、もう一度だけ。 緋依は溢れそうになる涙をぐっとこらえ、とびきり
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-08
Baca selengkapnya

35.最初で、最後の恋

 特務軍本部、特別室。 普段は殺風景なほど整然としているその部屋は、今やむせ返るような濃密で甘い香りに包まれていた。 居間のテーブルや窓辺、棚の上には、大小さまざまな花瓶が所狭しと並べられ、そのすべてに真紅の薔薇が生けられている。「はぁ……。それにしても、本当にすごい量……」 緋依はハサミで最後の一本の茎を斜めに切り落とし、丁寧に花瓶へと挿しながら、深いため息をついた。 白玖から〝百パーセントの愛〟という花言葉と共に贈られた、百本の薔薇の花束。それを抱えて本部へ帰還した時の気まずさは、今思い出しても顔から火が出そうだった。 何しろ、緋依の身体がすっぽりと隠れてしまうほどの巨大な花束だ。誰ともすれ違わないようにと、白玖の背中に隠れるようにして廊下の端をこそこそと歩いていたのだが――不運なことに、書類の束を抱えて足早に歩いてきた首席参謀官の火野と、曲がり角でばっちり鉢合わせてしまったのだ。『…………』 火野は、神様である白玖と、巨大な真紅の薔薇を抱えて顔を真っ赤にしている緋依を交互に一瞥した。そして、一瞬だけ目を丸くした後、すべてを察したような真顔になり、書類の束を脇に抱え直した。『緋依様、少々お待ちを』 それだけ言い残し、踵を返した火野。彼女はその後、驚異的な手際の良さで本部中のあちこちから空いている花瓶をかき集め、特別室へと次々に運び込んでくれたのだ。 さらには『生けるのもお手伝いいたしましょうか?』とまで申し出てくれたが、ただでさえ激務を極める火野を、自分たちの痴話事にお付き合いさせるわけにはいかない。緋依は平謝りしながら、丁重にその申し出を断ったのだった。「うぅ……。火野さんに、〝生贄〟の分際で神様と恋仲にあるなんて、呆れられていないかしら……」 緋依が不安げに眉尻を下げてぽつりとこぼすと、背後から長い腕が伸びてきて、緋依の腰をすっぽりと抱きしめた。「別に、生贄が恋愛しちゃいけないなんて軍の規則はないんだしさ。いいんじゃないの?」 肩に顎を乗せ、白玖が甘えるように擦り寄ってくる。軍服越しにも伝わってくる彼の心地よい体温に、緋依は小さく身を強張らせた。「だけど……私はどう頑張っても、ただの生贄ですよ。今年の冬には……命を落として、白玖様を残して逝ってしまうのに……」 いずれ確実に失われてしまう命。その残酷な事実を口にすると、白玖
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-09
Baca selengkapnya

36.硝子の靴は海に沈む

 百本の真紅の薔薇の甘い香りが、夜のしじまに溶け込んでいた。 特別室の寝室には、規則正しい微かな寝息が響いている。緋依の隣では、白い髪をシーツに散らした白玖が、子供のように無防備な顔で眠りについていた。 お互いの気持ちがはっきりと通じ合ってからというもの、白玖の緋依に対するスキンシップは、それこそ容赦というものがなかった。(……いや、気持ちが通じ合う前から、白玖様には容赦なんてなかった気がするけれど) 先ほどまで飽きるほどに重ねられていた唇の熱を思い出し、緋依は暗闇の中で一人、顔を熱くした。 熱に浮かされたように甘い口づけを繰り返すうちに、よほど疲れていたのか、白玖は緋依を抱きしめたまま眠りに落ちてしまったのだ。 緋依は、腰に回された白玖の長い腕をそっと外し、彼を起こさないように細心の注意を払いながらベッドを抜け出した。 寝室のドアを音を立てずに閉め、居間へと向かう。 ふかふかの長椅子に腰を下ろすと、サイドテーブルに置かれた真鍮の台座に、色鮮やかな切子細工の笠が被せられたランプのスイッチを捻った。柔らかなオレンジ色の光が、特別室の薄闇を丸く切り取る。 緋依が手に取ったのは、孤児院を出発する際に小夜から渡された、一冊の分厚い本だった。 ――〝硝子の靴は海に沈む〟。 表紙にそう印字された恋愛小説のページを、緋依は静かにめくり始めた。 物語の舞台は、海辺の古い港町。主人公の令嬢・瑠璃子は、生まれつき身体が弱く、足が不自由だった。舞踏会に憧れながらも、自分の足で踊ることなどできない彼女の楽しみは、劇場で開かれる舞踏会を二階席から眺めることだけ。 そんなある日、彼女は若い靴職人の久遠と出会う。彼は瑠璃子の足を傷つけない、青い硝子細工のような特別な靴を作り上げた。その靴を履いて、瑠璃子は初めて舞踏会の床に立ち、ほんの短い時間だけ、久遠の手を取って踊ることができたのだ。 しかし、幸せな時間は長くは続かなかった。瑠璃子の病状は悪化し、港町にいれば美しく清らかな令嬢のまま、静かに死んでいく運命にあった。 生き延びる手段はただ一つ。海の向こうの島にいる、禁じられた治療を行う医師を頼ること。しかし、その治療を受ければ、声も、足も、姿も……何かが変わり果て、二度と〝人間〟としての暮らしには戻れなくなるかもしれなかった。(……人では、なくなってしまう……)
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-10
Baca selengkapnya

37.神様の贖罪と、生贄少女の提案

 翌朝。 薄手のカーテンの隙間から差し込む朝の光が、寝室の床に細い道を作っていた。 白玖は眩しそうに細い目をすがめ、ゆっくりと意識を浮上させた。 無意識のうちに抱きしめていた腕の中には、心地よい温もりがある。少しだけ視線を落とすと、自分の胸に顔を埋めるようにしてまどろんでいる緋依の姿があった。 深い藍色の髪がシーツに散らばり、規則正しい小さな寝息を立てている。(……僕より起きるの遅いの、珍し……) いつもなら、白玖が目を覚ます頃には彼女はとうにベッドを抜け出し、キッチンで朝食の支度を始めているはずだった。夜通し読書でもしていたのだろうか。 白玖は愛おしそうに目を細めると、彼女の白い頬にかかっている髪を長い指先でそっと避けた。そして、まだ夢の世界を漂っている長いまつ毛に、ちゅっ、と静かに口づけを落とした。「んっ……」 微かな感触に、緋依が寝ぼけ眼をこすりながら身じろぎをする。 深紅の瞳がうっすらと開き、至近距離にある白玖の整った顔を捉えた。「……あれ。起こしちゃった?」 白玖が甘く囁くと、数秒の空白の後、緋依の瞳が一気に限界まで見開かれた。「っ!!」 緋依はバネ仕掛けのようにガバッと上体を起こした。「す、すみません……っ! 私ったら、とんでもない寝坊をしてしまい……!」 顔を真っ赤にして慌てふためく緋依の腕を掴み、白玖はそのまま力強く引いて、再びベッドの上へと倒し込んだ。「わっ……!?」「いやいや。むしろ君は、毎日早起きしすぎなくらいなんだからさ。はい。今日は特別に、二人で二度寝しよー」 抵抗を許さない強さで抱きすくめられ、緋依は白玖の胸板にすっぽりと閉じ込められてしまった。 すぐ耳元から聞こえる彼の規則的な心音。 昨日交わした深く熱い口づけの記憶が鮮明に蘇り、緋依の顔はさらに熱を持った。「で、でも……っ。早く起きて、朝ごはんを作らなくちゃ……」「朝ごはんが遅くなったくらいで死ぬわけじゃないし。それに、たまにはのんびりしてから、ゆっくり食堂にでも食べに行けばいいじゃないか。君にも、ちゃんと休息は必要だろ?」「でも……お休みをいただいて花ノ瀬の孤児院へお泊まりした時も、ゆっくりさせてもらったのに……」「ゆっくり? 君は孤児院でも、食事の用意をしたり小さな子供の面倒を見たり、休む暇もなく細やかに動き回っていたじゃないか」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-11
Baca selengkapnya

38.共犯関係

 特務軍本部の大理石張りの豪華な大食堂で、少し遅めの朝食を済ませた二人は、連れ立って薄暗い地下の区画へと足を運んだ。 緋依は、先ほどのベッドの中での甘いやり取りを思い出し、少しだけ火照る頬を隠すように俯きがちに歩いていた。けれど、その胸の奥には、確かな決意が宿っている。 ただ命を捧げて消えるのではなく、彼を縛り付ける過酷な運命の輪を、どうにかして断ち切りたいという強い意志だ。 普段は一般の隊員すら立ち入ることの少ないこの地下区画には、対異形特務軍の頭脳とも言える技術研究局が置かれている。 立ち並ぶいくつもの分厚い扉の奥。ひと際薬品とインクの匂いが強い部屋のドアをノックして開けると、そこは足の踏み場もないほど資料や得体の知れない標本が山積みになった、乱雑な研究室だった。 部屋の奥で、真鍮製の顕微鏡を覗き込んでいた藤色の三つ編みの青年が、ゆっくりと振り返る。 彼は白玖の白い軍服を見るなり、「ひっ……!」と声にならない悲鳴を上げ、ガタンと椅子を倒して壁際まで後ずさった。「あ、ごめんなさい、菫川主任! 驚かせてしまって……」 緋依が慌てて両手を振り、敵意がないことをアピールする。「少しだけ、お話を聞かせてほしくて来たんです」「お、お話……ですか? 神様が、私に……?」 織都は丸眼鏡の奥で怯えたように白玖を見つめたが、白玖は気にする風でもなく、興味なさそうに部屋の隅の資料をパラパラとめくっているだけだった。 緋依は一歩前に出て、真剣な表情で本題を切り出した。「菫川主任。……〝異形〟について、詳しく教えていただきたいのです」「〝異形〟について、ですか?」「はい。彼らは一体、どこからどうやって湧き出ているのか。あの化け物たちを生み出している〝大元〟は存在するのか……。そして、その大元を潰して、この戦いを根絶やしにすることはできるのか、と」 その言葉を聞いた瞬間。 壁際で小動物のように震えていた織都の挙動が、ピタリと止まった。 丸眼鏡の奥の眠たげだった瞳に、カッと鋭い光が宿る。彼は倒れた椅子を乱暴に直し、先ほどの怯えが嘘のように、ズンズンと緋依の目の前まで詰め寄ってきた。「つ、ついに……! ついに、私と同じような考えを持つ方が現れてくれたのですね……!」「えっ……?」「特務軍の人間は皆、目の前の敵を倒すことばかりに固執して、根本的な解決を
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-12
Baca selengkapnya

39.海辺の逢瀬

 その翌日。 緋依と白玖の二人は、織都と打ち合わせた通り〝逢瀬〟という名目で、特務軍本部からほど近い帝都の海辺へと足を運ぶことになった。 しかし、出かける前の特別室で、緋依は白玖から手渡された包みの中身を見て、目を丸くして固まっていた。「えっ……!? こ、これを着るんですか!?」 緋依が震える手で持ち上げたのは、帝都の百貨店で売られているような、最新の流行を取り入れた海水着だった。 濃紺のワンピース型で、胸元は上品に詰まっており、可愛らしい短い袖がついている。 腰からふわりと短いスカートが広がるデザインは、露出こそ控えめだが、身体のラインがしっかりと出る作りになっていた。「海で逢瀬って名目で行くんだから、必須でしょ。それに、海が嫌いな僕としては、少しでも気分を上げる要素がないとやってられないし」 白玖は長椅子に寝転がりながら、悪びれもせずに飄々と言い放つ。 確かに〝異形〟の発生源を探るという極秘の任務をカモフラージュするためとはいえ、こんな可愛らしい海水着を着るなんて恥ずかしすぎる。「そ、それなら、白玖様も着てください! 私一人だけ海水着だなんて、絶対に恥ずかしいですっ」「え? ぼ、僕も着るの?」「当然です。私だけ着るなんて、不公平ですからね」 顔を真っ赤にしてじとっと睨みつける緋依の気迫に押され、白玖は「……わかったよ」と渋々折れるのだった。 太陽が照りつける、夏の終わりの海岸。 潮騒の音が響く白砂の浜辺に到着するなり、緋依は羽織っていた軍服の上着を脱ぎ捨てた。 濃紺のワンピース型の海水着は、彼女の透き通るような白い肌と深い藍色の髪によく似合っている。 対する白玖も、上着を脱いで貸し出し用の黒い海水着姿になり、あからさまに嫌そうな顔で波打ち際を見つめていた。「さあ、行きますよ白玖様!」「わっ! ちょ、ちょっと待って! 僕、本当に海嫌いなんだけど……っ」 緋依が白玖の大きな手を引き、強引に波打ち際へと走り出す。 ひんやりとした波がバシャッと足元にかかり、白玖は「ぎゃっ!」と、神様らしからぬ情けない声を上げた。「水着を着ているんですから、少しだけでも入りましょうよ! 大丈夫です、手、繋いだままにしますから」「んげぇ……。潮の香りが、ベタベタして気持ち悪い……」 心底嫌そうに鼻をつまむ白玖だったが、繋がれた緋依の手を振り
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-13
Baca selengkapnya

40.夕凪に潜む殺意

 あの心臓に悪い鷺原総帥との遭遇から、数日が経っていた。 緋依と白玖は、来る日も来る日も〝逢瀬〟という名目で帝都の海岸沿いを歩き回っていたが、これといった手がかりは見つかっていなかった。 その日も、空振りのまま夕暮れ時を迎えていた。 夏の終わりの海風には、微かに秋の涼しさが混じり始めている。 茜色に染まる空の下、遠くに見える港町の赤煉瓦の倉庫群が影絵のように浮かび上がり、等間隔に並んだ洋燈がぽつりぽつりと温かな光を灯し始めていた。 寄せては返す波の音と、草むらで鳴き始めた秋虫の声だけが、ノスタルジックな静寂を満たしている。「今日も、何もありませんでしたね……」 緋依が小さくため息をついた、その時だった。「――っ!」 背後から、音のない殺気が迫った。 白玖が緋依の腰を強く抱き寄せ、横へと大きく跳躍する。直後、二人が立っていた砂浜を、黒い影が弾丸のような速度で駆け抜けていった。 砂埃を上げて着地したその影を見て、緋依はゾッと息を呑んだ。 四つん這いで姿勢を低くした、異形の化け物。 人間の顔を無惨に引き伸ばしたような頭部には、今にもこぼれ落ちそうなほど飛び出した巨大な眼球が張り付き、耳元まで裂けた口からはダラダラと粘液が垂れている。「くそ。完全に気配を消していたな……!」 白玖が忌々しそうに舌打ちをした瞬間、彼の身体が眩い光に包まれ、強大な魔力が周囲の空気を震わせた。 白い軍服の青年から、数メートルもの巨体を持つ、九つの尾を揺らした美しい白狐の姿へと顕現する。『一体くらいなら、変身せずともどうにかなる……と、思ったが』 神の姿となった白玖が、牙を剥き出しにして低く唸る。 薄暗い波打ち際から、次々と黒い影が這い出してきたのだ。いずれも気配を完全に消しており、その数はざっと三十体は下らない。『緋依、通信機で本部に連絡して。この辺りの住民を急いで避難させておきたい』「わかりました!」 緋依は軍服のポケットから特務軍の通信機を取り出し、本部の管制室へと繋ぐ。同時に、背後の市街地へと向かって走り、海岸沿いに住む人々に危険を知らせるための警告の鐘を鳴らした。 通信機から、ノイズ混じりの切羽詰まった声が響く。『こちら本部! 現在、本部内にも気配を持たない新種の〝異形〟が多数侵入! 総帥殿と火野参謀官が前線で対応中ですが、ひどく混乱してい
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-14
Baca selengkapnya
Sebelumnya
123456
Pindai kode untuk membaca di Aplikasi
DMCA.com Protection Status