「――ねえ。君、泣かないの?」 豪奢な長椅子に寝そべったまま、青年は退屈そうに目を細めた。 帝都・白嶺の空は、今日も重苦しい鉛色に沈んでいる。遠くの工場区画から絶え間なく吐き出される黒煙が、冬のどんよりとした雲と混じり合い、街全体を薄暗い影で覆っていた。 高くそびえる対異形特務軍の本部。その最上階に位置する特別室は、神を祀る荘厳な社であり、同時に国が最も恐れる兵器を縛り付けるための豪奢な牢獄でもあった。 部屋の主である青年、白玖は、窓辺から差し込む乏しい光を浴びながら、部屋の入り口に立つ小さな影を見下ろしていた。 雪を透かしたように色素の薄い、滑らかな髪。纏っている特務軍の軍服は、彼の特権を示すようにすべて霜を思わせる色合いで統一されている。彼の存在そのものが、まるで凍てつく冬の冷気を実体化させたかのようだった。 飄々とした態度とは裏腹に、細められた双眸の奥には、人ならざる者特有の冷酷な光が揺らめいている。 彼の視線の先には、たった今重い扉を開けて入ってきた一人の少女が立っていた。「泣く理由がありませんから」 凛とした声が、静寂に包まれた広大な部屋に響き渡る。 年齢は十四。まだ幼さを残す柔らかい輪郭に、夜の帳を溶かし込んだような深い藍色の髪が肩口で揺れていた。細身の身体には、彼女のために仕立てられた特務軍の制服が少しだけ大きく見える。 そして何より目を引くのは、彼女の瞳だった。 鮮血よりも深く、燃え盛る炎よりも強い意志を宿した紅の瞳。 それこそが、この国において特異な運命を背負う証だった。「藍沢緋依と申します。本日から特務軍への配属となり、白玖様のもとへ参りました。一年間、どうぞよろしくお願いいたします」 部屋を案内してきた軍の大人たちは、怯えるようにして早々に扉の向こうへと消えていったというのに。丁寧にお辞儀をして見せた緋依の顔には、微塵も恐怖の色がなかった。 白玖は小さく息を吐き出し、ゆっくりと長椅子から身を起こした。彼が動くたびに、上質な軍服の生地が微かな衣擦れの音を立てる。「調子が狂うねえ……。僕の前に立つ奴は、大抵もっと顔を青くして、震えて、自分の不運を呪って泣き喚くものなんだけど。君、自分がこれからどうなるか、本当に分かってる?」「はい。存
Last Updated : 2026-07-03 Read more