『――お前は、人を殺せない中途半端なゴミ屑だ』 冷たく、無機質な声が響く。 それはかつて、自分が〝父親〟と呼んでいた男の声だった。 金属の壁に囲まれた、薄暗い廊下。 どれだけ全力で逃げ惑っても、その冷酷な声と、背後に迫る無数の這いずるような足音からは逃れられない。 自分は、人間と化け物の中間として産み落とされてしまった、ただの失敗作。 人間の心を持っているせいで無差別に人を殺すことができず、化け物としては使い物にならないと見限られた出来損ない。『やめ……っ!』 首根っこを掴まれ、足が宙に浮く。 眼下に開いたのは、〝異形〟どもを地上へと送り出すための真っ暗なハッチ。その下には、どこまでも深く、凍てつくような漆黒の海が口を開けていた。 無慈悲に、その海へと投げ落とされる。 どぼん、と重い水音を立てて冷たい海中に沈む。半分は人間である白玖の身体には、呼吸するための酸素が必要だった。 水面に手を伸ばしても届かない。肺から空気が抜け、代わりにしょっぱい海水が入り込んでくる。 息ができない。苦しい。沈んでいく。暗い、冷たい海の底へ――。「……っ!!」 白玖は弾かれたように上体を起こし、荒い息を吐き出した。 全身がびっしょりと冷たい汗に塗れている。 肺いっぱいに新鮮な空気を吸い込み、ここが凍てつく海底ではなく、特務軍本部の特別室のふかふかしたベッドの上であるという事実を、時間をかけて脳に認識させた。「……白玖様」 ふと隣を見ると、緋依が不安に満ちた深紅の瞳で、白玖の顔を覗き込んでいた。彼女の小さく温かい手が、白玖の冷え切った手をぎゅっと握りしめている。「ひどくうなされていました。……大丈夫ですか?」「ああ……」 白玖は乱れた前髪を乱暴に掻き上げ、誤魔化すようにふっと息を吐いた。「最近、海の調査に行く機会が多かったからね。……ちょっと、嫌な夢を見ただけだよ」 ベッドから降りた白玖が窓辺に向かい、薄手のカーテンを開ける。 窓の外には、抜けるような高い青空と、大通りの銀杏並木が黄金色に色づき始めた帝都の街並みが広がっていた。いつの間にか季節は移ろい、帝都はすっかり秋の装いを見せている。 あの海岸での襲撃から、数週間が経過していた。 奇襲を受けた菫川主任は、医療班の懸命な処置によって命の危機こそ脱したものの、いまだに目を覚ます気配は
Last Updated : 2026-08-15 Read more