ゆっくりと上昇した防護壁の奥、昏い緑色の非常灯に照らし出されたその姿は、この世のあらゆる悪夢を煮詰めたような冒涜的な存在だった。 上半身は、真っ白な肌をした人間の女性の形を保っていた。床一面を這い回るほど長い白い髪の隙間から覗く顔立ちは、恐ろしいほどに整っている。 しかし、その顔の半分を占めるような氷の色をした大きな瞳は今にも零れ落ちそうに見開かれ、絶え間なく黒い涙を流し続けていた。 だが、真に悍ましいのはその下だ。 女性の腹部は、極限まで風船を膨らませたかのように異様に張り裂けそうに膨れ上がっており、薄い皮膚の下で複数の〝異形〟の胎児たちが、ボコボコと不気味に蠢いているのが透けて見えた。 そして、腰から下は人間ではなく、赤黒い甲殻に覆われた巨大なムカデのような節足の群れへと変貌していたのだ。「キィィィィィィィィィィッ!!」 それは言葉を紡ぐことはなく、ただ鼓膜を劈くような奇声を上げた。彼女の自我はすでに失われ、膨れ上がった腹の中の〝子供たち〟を守り、近づく者を敵味方構わず排除するという原始的な本能だけで動くマザーと化していた。「うわ……っ」 想像を絶するおぞましさに、白玖が思わず後ずさった。 海への恐怖に加え、極度の虫嫌いである彼にとって、実の母親が巨大な多足の化け物になり果てているという現実は、視覚的にも精神的にも致命的なダメージだった。「臆したか、白玖! それでも貴様は神か!」 鷺原総帥の鋭い一喝が、凍りついた空気を叩き割った。「嫌だよ、あんな気持ち悪いの……!」「泣き言をほざく暇があるなら、さっさと顕現しろ!」 総帥に容赦なく叱咤され、白玖は顔を引き攣らせながらも膨大な魔力を解放し、嫌々ながら九尾の巨大な白狐へと姿を変えた。 その直後、マザーの無数の脚が床を削りながら、凄まじい速度で襲いかかってきた。巨大な外見からは想像もつかないほどの俊敏さだ。『狭いってばっ!』 白玖が狭い通路で巨体を翻して回避しようとした瞬間、その太い尻尾が背後に並んでいた巨大な培養槽に激突してしまった。 ガシャンッ、と分厚いガラスが砕け散り、緑色の液体と共に、まだ未成熟の〝異形〟の幼体たちが大量に床へとこぼれ落ちる。「おい、敵を増やしてどうする!」『うるさいなぁ! わざとじゃないしっ!』 総帥の呆れたような声に反論しながら、白玖は強靭な顎
Last Updated : 2026-08-25 Read more