Lahat ng Kabanata ng 夫と息子に捨てられた私、大物の子を授かった: Kabanata 151 - Kabanata 160

380 Kabanata

第151話

話を聞き終えた紗和は、思わず笑いそうになった。ここまで来ても、怜央はまだ、紗和が莉乃を追い詰めるために来たのだと思っていた。だが、紗和にそんなつもりはなかった。紗和はただ、これ以上争わず、きっぱり別れるために来ただけだった。そこへ、宗一郎の怒声が飛んだ。「この愚か者が!まだ紗和を責めるつもりか。お前が女にだらしない真似をしなければ、こんな騒ぎにはならなかった。わしの顔にまで泥を塗りおって!」怜央はびくりとし、恨めしげに紗和をひと睨みしてから答えた。「おじいさま、本当に誤解なんです。紗和が勘違いしているだけで、妊娠したのも、望んでのことではありませんでした。莉乃に薬を使われたんです。傷に薬を塗ると言われて、その中に媚薬を混ぜられて……あの日以来、莉乃とは一切関わっていません。信じられないなら口座を調べてください。ここ数か月、莉乃には一度も送金していません。俺は反省しています」「お前が愚かでなければ、女にそこまでつけ込まれるものか!これから紗和に、どうやって生きていけと言うんだ。そんな最低な真似をしておいて、わしに言い訳したところで何にもならん!」そう叱りつけながらも、宗一郎は結局、二人を別れさせまいとしていた。「紗和、お前がいい子なのは分かっている。わしも約束を破りたいわけではない。だが怜央の話が本当なら、お前たちの間には確かに誤解があったのかもしれん」「おじいさま、ここまで来て誤解も何もありません。今日こそ、離婚を認めてください」だが怜央が、突然声を荒らげた。「俺は離婚しない!絶対に認めない。おじいさまが認めても駄目だ!」これまで宗一郎を恐れて逆らったことのない怜央が、この時ばかりは反抗的な態度を見せた。千鶴子はまだ遠くへは行かず、隣の部屋にいた。怜央の言葉を聞くと、苛立たしげに何度も床を踏み鳴らした。もともと紗和を嫌っていた千鶴子は、自分が転倒して脚を折って以来、ますます彼女を憎むようになっていた。毎日のように宗一郎に、紗和は家柄も大したことのない娘で、ここまで揉めた以上、もう怜央と穏やかに暮らせるはずがないと吹き込んでいた。家の中が荒れるくらいなら追い出したほうがいい。ただし、莉乃も同じような性悪女なのだから、家に入れてはならない。もっと格が高く、愛人を抑え込める女を探して怜央と再婚させ、早
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第152話

紗和は目を閉じた。もう何を言われても心は動かないと思っていた。それでも、怜央の言葉を聞くと虚しさだけが残った。「私が莉乃を責めている?」静かな声でそう切り返した。「怜央、よく考えて。今日の式典を台無しにしたのは、あなたたちの不倫でしょう。私じゃない。昨日、自分から莉乃と関係を持ったって認めたばかりなのに、今もあの人をかばって、それでも私が莉乃を追い詰めてるって言うの?自分でもおかしいと思わない?あなたにとっては、いつだって私がどう感じるかなんてどうでもいいのね。大勢の前で不倫を認められても、私は笑って受け入れて、何もなかったみたいに納得しなきゃいけないの?今日ここへ来たのは、離婚するためよ。あなたたちの恋愛劇に付き合うためじゃない。おじいさまの提案は受けない。子どもには何の罪もないし、私だってそこまで残酷にはなれない。でも、あなたとの関係だけは、必ずここで終わらせる」宗一郎は納得がいかない様子で眉をひそめた。「紗和、わしとて約束を反故にするつもりはない。望むなら、今すぐあの女をここへ呼びつけ、屋敷の医師に中絶手術をさせることもできる。確実に子どもを堕ろさせれば、後々まで悩まされることもないだろう」紗和は宗一郎の目をまっすぐ見返した。「そういう問題ではありません。誰かを傷つけてまで、決着をつけたいわけじゃないんです。私が望んでいるのは、離婚だけです。莉乃とその子どもがこの先どうなろうと、もう私には関係ありません。それは御堂家で決めることです」焦った怜央が一歩踏み出し、紗和の手をつかもうとした。だが紗和は、嫌悪をあらわにして身をかわした。「紗和、もう意地を張るな。俺を長年想ってきた気持ちは、たった一つの誤解にも勝てないのか?二度と同じことはしない。もう一度だけ、俺に機会をくれないか」「意地を張っている?」紗和は笑った。そんなつもりなど、どこにもない。「本当にどうでもいいの。今日、私たちの離婚を決める。それだけよ」怜央の目が、たちまち赤くなった。「俺は……認めない……」そこへ千鶴子が奥から飛び出し、怜央をなだめるように言った。「そこまであなたを追い詰めると言っている女と、これ以上一緒にいる意味があるの?もう離婚すればいいじゃない。御堂家から、この女を切ればいいのよ。紗和一人いなくなったところで
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第153話

紗和は目を見開いた。その鋭く重みのある声に、なぜか聞き覚えがあるような気がした。懐かしさではない。身体の奥深くに刻みつけられた恐怖に近く、聞いた瞬間、全身がこわばった。だが紗和は、この老婦人と会ったこともなければ、この老いた鋭い声を聞いた記憶もない。この人が、九条家の老夫人なのか。20年前、最も華やかな時代を築いた名家の元女当主。故郷へ戻り、余生を過ごすと報じられていた人物だ。九条家は、この街で語り継がれるほどの大富豪だった。資産を飛躍的に増やしたのち、一族で国外へ移住したことも、街で知らぬ者はいない。薫子の鋭い目が、紗和を射抜いた。「望月と名乗ったわね?」その声に、紗和の肩がわずかに跳ねた。自分を見る薫子の瞳には、言葉にしがたい複雑な悪意が満ちていた。息苦しさを覚えながらも、紗和は答えた。「はい」薫子は紗和の鼻先に指を突きつけた。「その苗字を名乗っているだけで、叩かれて当然よ」紗和はじっと相手を見返した。「名前だけで叩くというなら、同じ苗字を持つ人は大勢いるでしょう。なぜ全員を叩きに行かないんですか」薫子は激怒した。「今日、この女を徹底的に痛めつけなさい。手加減した者は、ただでは済まさないわよ!」黒田はすぐに怜央の脇を抜けた。怜央が止めようとしたが、訓練された動きで押しのけられた。次の瞬間、力強い手が紗和の頬を打ち抜いた。耳の奥で激しい音が鳴り響き、意識を失いかけた。身体が大きくよろめき、そのまま力なく床に崩れ落ちた。ここまで強硬に出るとは、怜央も思っていなかった。紗和は今も自分の妻だ。これ以上、黙って見ているわけにはいかなかった。怜央はすぐに人を呼び、正式な許可を得て屋敷に保管していた拳銃を2丁持ってこさせ、そのうちの1丁を手に取った。「もう一度紗和に手を出したら、俺が撃つ」怜央は拳銃のスライドを引き、弾を薬室に送り込んだ。紗和は殴られた衝撃で呆然とし、しばらくして、ようやく身を起こした。訓練を積んだ男の腕力は、普通の人間とは比べものにならない。ほんの1、2発でも、脳震盪を起こしかねないほどだった。それでも怜央がここまで出るとは、紗和も予想していなかった。千鶴子が、情けないと言わんばかりに声を上げた。「怜央、何をしているの!たかが女一人のために、そこま
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第154話

もちろん、薫子も莉乃の話を鵜呑みにはしなかった。人を使って詳しく調べさせた結果、怜央が莉乃のためなら手段を選ばなかったのは事実だった。だからこそ、わざわざここまで足を運んだのだ。ところが実際に来てみれば、身分の低い女一人を懲らしめることすら、怜央に銃を向けて阻まれた。忠誠を示さなければと焦った莉乃は、すぐに口を挟んだ。「怜央くん、どうして私に銃を向けるの?落ち着いて話そうよ」怜央も苛立ちを抑えずに答えた。「先に話し合いを拒んだのはそっちだ。莉乃に中絶させようとしたことに、紗和は関係ない。これ以上紗和に手を出すなら、俺の家から出ていってくれ。冷静に話せるようになってから、もう一度来ればいい」莉乃は少しずつ怜央に近づき、笑顔を浮かべた。「一度叩いただけでしょう。血も出ていないし、大したことないよ。その銃を私に渡して。おばあさまには、私からやめるように言うから」莉乃になだめられ、怜央は銃を下ろし、テーブルのそばに置いた。紗和はまだ床に座り込んでいた。血こそ出ていないが、頬はひどく腫れ、激しいめまいにも襲われていた。莉乃が間に入ったことで、双方はいったん席に着いた。怜央が紗和を助け起こした。紗和は、このまま帰りたかった。苗字が望月だというだけで、何の理由もなく殴られた。警察に訴えても、薫子が罰を受けるとは思えない。その理不尽さが、たまらなく恐ろしかった。それでも紗和は気になっていた。莉乃は本当に九条家の令嬢なのか。薫子とともに、何をしに来たのか。薫子は陰気な目で紗和を睨んだ。心底嫌っているような顔で、こう提案した。「その女は、そこにひざまずかせておきなさい。そうしているのが一番お似合いよ」怜央は眉をひそめた。「九条さん、妻が何をしたんですか。いきなり殴って、今度はひざまずかせるなんて」薫子は怒鳴り返した。「お前に口を挟む資格はない。私は宗一郎と話しているのよ」宗一郎も、そこまで紗和を辱めようとする理由が分からなかった。だが薫子の隣に座る莉乃が、時折こっそり笑っているのを見て、すべてを察した。来る前に莉乃が吹き込み、薫子を使って紗和に仕返ししようとしているのだろう。式典会場の化粧室で、紗和が莉乃を殴りつけ、尿まで飲ませたという話は宗一郎も聞いていた。もっとも、薫子が
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第155話

紗和は足元の座布団を見つめ、それから怜央に目を向けた。怜央は彼女の視線を避け、よそを見ていた。まるで、自分とは何の関係もない絵を眺めているかのようだった。あまりにも馬鹿らしくて、笑いが込み上げた。紗和は離婚するために来た。この歪んだ結婚から、何も残さずきれいに抜け出すために。それなのに、まだ離婚さえ決まっていないというのに、会ったこともない老婦人にひざまずけと言われるなんて。何のために?望月という苗字だから?紗和は椅子の肘掛けに手をつき、ゆっくり立ち上がった。頬はひどく腫れ、耳鳴りもまだ収まっていない。それでも背筋を伸ばし、まっすぐ前を見た。「ひざまずきません」声は決して大きくなかった。けれど、静まり返った客間には、その言葉がはっきりと響いた。薫子がすっと目を細めた。年老いてなお、その眼差しには人を射すような鋭さが残っていた。「今、何と言ったの?」「ひざまずかないと言いました」紗和は目を逸らさず、正面からその視線を受け止めた。「私は何も悪いことはしていません。望月は、両親から受け継いだ大切な苗字です。私を育て、人として大切なことを教えてくれた両親から、誰かに苗字を気に入られなかったくらいでひざまずけとは、教わったことはありません」千鶴子が甲高い声で割り込んだ。「聞いた?この言い草!目上の人に向かって、よくそんな口が利けるわね。ひざまずかせてもらえるだけ、ありがたいと思いなさい!」「では、お義母さまがひざまずいてください」紗和は千鶴子の言葉を遮り、天気の話でもするように淡々と言った。「ひざまずかせてもらうことが名誉なら、今日は私の代わりに、その名誉を受けてはいかがですか」千鶴子は顔を真っ青にし、震える指で紗和を指した。だが、いつまでたっても言葉が出てこなかった。頃合いを見計らって莉乃が立ち上がった。心配そうで困り果てたような顔を作り、分からず屋の子どもをなだめるような、柔らかな声で紗和に話しかけた。「紗和さん、もう意地を張らないで。おばあさまがどれほどのお方か、分かっているでしょう?ひざまずく機会をいただけるだけでも光栄なの。いったんひざまずいて、落ち着いて話そうよ。怜央くんを困らせないで――」「黙って」紗和が莉乃に向けた眼差しは、真冬の水のように冷たか
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第156話

黒田は足を止めた。訓練を受けた者の勘で、すぐに分かった。この女の構えには、銃を扱った経験がまるでない。しかも引き金に指をかけている。いつ暴発してもおかしくなかった。だからこそ、迂闊には動けなかった。怜央の顔色が変わった。「紗和!銃を下ろせ!」「黙って」紗和は怜央を見ようともせず、薫子の胸元に銃口を向け続けた。薫子は動じない。口元に、面白がるような冷笑さえ浮かべた。「そんな物で誰を脅すつもり?銃を撃ったことがあるの?使い方も知らないでしょう」紗和は薫子を見つめ、不意に笑った。その笑みを見て、薫子の口元から笑いが薄れた。追い詰められ、我を失った者の笑いではない。何もかも見抜いた者の、静かな笑みだった。「おっしゃるとおりです。私は銃なんて撃てません」紗和の声は、かえって落ち着きを取り戻していた。「でも、この銃は今、私の手にあります。弾が入っているかどうか、あなたも身をもって確かめることになります。試してみますか?」薫子の顔色が変わった。「ひざまずきたくないというだけで、人殺しになるつもり?」紗和の目は揺らがなかった。「あなたも、わざわざ私をいたぶるためだけに来たわけではないでしょう。私をひざまずかせるために命まで懸けるなんて、割に合いますか?」さらに畳みかけた。「撃たれたくないなら、私から警察を呼んでも構いません。この銃は御堂家のもの、私は今も御堂家の嫁です。あなたは屋敷に押しかけ、私をこんな目に遭わせたうえ、まだ暴力を振るおうとしました。病院で診断を受け、すべて世間に公表してもいいんですよ」薫子の顔から、怒りのあまり血の気が引いた。宗一郎も、そんな騒ぎになるのは望んでいない。「もういい!紗和、馬鹿な真似はやめて銃を下ろせ。薫子さんも、もうお前をひざまずかせたりはしない」紗和は少し黙り、顔を引きつらせる千鶴子、暗い表情の怜央に順に目を向け、最後に薫子を見た。強気に構えていた薫子も、実際には脚から力が抜けかけていた。しぶしぶ、うなずくしかなかった。ようやく騒ぎは収まった。宗一郎は使用人に命じ、最上級の茶を用意させた。席が整うと、あらためて莉乃の素性を尋ねた。薫子は、先ほど莉乃を孫娘と呼んだ時と同じく、迷いなく答えた。「莉乃は、若くして亡くなった私の娘が
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第157話

もっとも、美雲の娘については、名前も年齢も一切明かされていなかった。九条家が素性を隠し、ごく普通の娘として育てていたとしても不思議ではない。宗一郎は感心したように息をついた。「薫子さんが大切にお育てになっただけあって、実に品のあるお嬢さんですな」品がある?何とも見事な変わり身だった。素性を知らなかった時は、腹の子など始末してしまえと迫り、莉乃を卑しい悪女だと罵っていた。それが九条家の令嬢だと分かった途端、生まれついての気品まであることになるらしい。薫子は目を細めた。落ちくぼんだ目に、一瞬、欲深い光が宿った。「お世辞は結構。今日は孫娘のことで、大事な話があって来たの」機嫌を損ねまいと、宗一郎は恭しく応じた。「ご相談でしたら、何なりと。わざわざお運びいただき、御堂家としても光栄に存じます」乗り込むなり人を殴ったことには腹も立った。だが、薫子が東都の要人とのつながりを持ち出したところで、宗一郎にも状況が見えてきた。喧嘩を売りに来たのなら、一歩も引くわけにはいかない。だが手を結ぶつもりなら、その機会を逃す手はなかった。薫子は軽く手を振ると、派手に爪を飾った莉乃の手を、老いた両手で包み込んだ。「二人の結婚を、早く正式に決めてちょうだい」そう言って、怜央にちらりと目を向けた。「莉乃はもう身ごもっているのよ。そうでなければ、私もわざわざ来たりしないわ。今日は私が話をつける。莉乃をいじめたこの女は、御堂家から追い出しなさい。今後は一切、関わらせないこと。怜央と莉乃は早く婚約させて、結婚させるのよ。あとは無事に子どもが生まれれば、すべて丸く収まるでしょう」その要求は、宗一郎にとっても予想外だった。その言い草は、あまりにも傲慢だった。御堂家を格下と見なし、すべて自分が決めるつもりらしい。莉乃が妊娠していなければ、足を運ぶこともなかったとまで言い切ったのだ。宗一郎は慎重に答えた。「一度結んだ縁を、そう簡単に切るわけにもまいりません。この件は、もう少し話し合えませんか」「今さら何を話し合うというの!」薫子は怒りをあらわにした。「家柄も財産も、莉乃は御堂家に何一つ引けを取らないわ。こちらから嫁がせてやると言っているのよ。いったい何が不満なの?」宗一郎は以前から、怜央が紗和より莉乃を愛していることを
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第158話

薫子に鋭く見据えられ、怜央は力なくうつむいた。苦悩が顔ににじんでいた。薫子が投げかけた問いの答えを、怜央自身も知りたかった。自分はいったい、誰を愛しているのか。本来なら、考えるまでもないはずだった。大切なのは莉乃で、幼い頃から想い続けてきた相手も莉乃だ。その気持ちは一度も変わっていない。莉乃のわがままは何でも聞いた。欲しがるものはすべて与え、どんな過ちも許してきた。愛していれば、理屈抜きで守りたくなる。誰よりも大切にしたくなるものだ。紗和を、そこまで無条件に甘やかしたことはなかった。ただ、紗和は長年、自分だけを愛し、身も心も捧げてきた。一緒に暮らすうちに情が湧くのは当然だ。今になって追い出すのは、あまりにもむごい。それなのに紗和は、怜央の苦しみを何一つ分かろうとせず、ひたすら離婚を迫ってくる。今ここで少し弱みを見せ、捨てないでと一言すがってくれれば、紗和を選ぶのに。それなのに紗和は、頑なに怜央を追い詰めるばかりだった。莉乃が九条家の後ろ盾を得たことも、怜央には予想外だった。将来、莫大な遺産が手に入ると聞いても、心は動かなかった。なぜか、莉乃と結婚できると分かっても、思っていたほど嬉しくない。今、何より願っているのはただ一つ。紗和と以前の暮らしに戻ることだった。薫子の問いには答えず、怜央は紗和を振り返った。声がかすかに震えた。「紗和、お前が嫌だと言うなら、俺は莉乃を選ばない」紗和は眉を寄せた。頬の片側は、時がたつにつれてますます腫れ上がっていた。それでも、ここへ来た目的を忘れたわけではない。表情も声も冷え切っていた。「二人が結婚しても、私は構わないと何度も言ったでしょう」冷たい声には、かすかな苛立ちさえにじんでいた。それを聞いた怜央の身体から、力が抜けた。紗和も、薫子と同じことを思っていた。今さら、何の芝居なのだろう。本当に裏切りたくなかったのなら、なぜ莉乃と関係を持ったのか。二人で旅行し、何度も身体を重ね、特許も会社も勝手に渡しておきながら、その間、一度でも妻への誠意を考えたのだろうか。今になって、愛ゆえに苦しんでいるような顔をされても、見ているだけで吐き気がした。莉乃は怒りを募らせたが、表には出さなかった。愛しているのはどちらかという、答えの決まりきった問い
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第159話

怜央は奥歯を噛み締め、ようやく言葉を絞り出した。「愛しているのは、莉乃です」その答えを聞き、薫子は満足そうにうなずいた。先ほど迷ったことも、理解できないわけではない。望月というあの女は、確かに美しい。怜央が手放すのを惜しんでも無理はなかった。男など、気に入った女は何人でも囲っておきたいものだ。それに先ほど、紗和にひざまずくよう命じた時も、怜央は最後まで止めなかった。その程度の想いなのだろう。一方、莉乃が声を上げた途端、あっさり折れた。愛しているという言葉に嘘はないだろう。怜央はなおも歯を食いしばっていた。視界がにじみ、結婚初夜の光景が脳裏によみがえった。紗和は腕の中で小さく身をすくめ、初めて触れられることに怯えて、全身を震わせていた。涙を浮かべながら、優しくしてほしいと訴えていた。二人にとって、互いが初めての相手だった。怜央は不器用で、乱暴にしてしまうこともあった。それでも紗和は、いつも優しく許してくれた。今日まで、心から謝ったことなど一度もなかったのではないか。そして今、本当に夫婦でなくなろうとしていた。紗和を失いたくなかった。だが、もう後には引けない。莉乃を選ばなければ、彼女が薫子に殺されるかもしれなかった。何より、紗和自身がもう一緒にいたくないと言っている。莉乃は怜央の子を身ごもり、薫子という後ろ盾まで得た。今さら中絶させることなどできなかった。子どもを産ませる以上、紗和を引き留めることはできない。その現実を、認めるしかなかった。ならばせめて、莉乃に責任を取るべきなのだろう。自分には、ほかに選びようがない。怜央はそう思い込もうとした。紗和が一緒にいたいと望み、ほんの少しでも優しい眼差しを向けてくれさえすれば、どんな圧力にも耐え、別の方法を考えたのに。けれど紗和は、そうしなかった。頭の中は、もうめちゃくちゃだった。薫子は茶を飲み終えると、満足げに口を開いた。「話が決まったのなら、これからは身内ね。九条家が戻ってきたら、宗一郎、あなたともゆっくり話しましょう。婚約の準備は早く進めてちょうだい。ただし……」まぶたを重たげに伏せ、宗一郎に念を押した。「莉乃は九条家の令嬢よ。嫁ぐ相手は、当然、御堂家の後継者。それに異論はないわね?」宗一郎はすぐに意味を理解し、答え
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第160話

莉乃は勢いよく脚を振り上げ、紗和を蹴りつけようとした。紗和は素早く横へ身をずらし、間一髪でかわした。莉乃はなおも顔めがけて手を伸ばしたが、再びかわされ、よろめいた。千鶴子が慌てて莉乃を支え、その一方で紗和を乱暴に押しのけた。「何をしているの!九条家のお嬢様に怪我でもさせたら、どう責任を取るつもり?」紗和を責めながらも、莉乃には媚びるように寄り添い、身体を支えていた。莉乃は、自分を支えたのが誰なのか確かめもせず、紗和を憎々しげに睨みつけていた。式典会場の化粧室で味わわされた屈辱を、忘れるはずがない。この程度で引き下がっては、到底気が済まない。だが、人前でこれ以上騒いで、せっかく手に入れた令嬢としての体面を損なうのも惜しかった。莉乃はそこで、嘲るように言った。「本当に見苦しい人。怜央くんの心を手に入れられないからって、わざわざ本邸まで押しかけて騒ぐなんて。怜央くんはあなたなんか好きじゃない。愛しているのは私よ。もう二度と来ないで。ここに、あなたの居場所はないんだから」紗和は唇を引き結び、得意げな莉乃を見返した。莉乃とも御堂家とも、これ以上争うつもりはない。だが今日受けた仕打ちは、決して忘れない。今、一番大切なのは離婚だった。怜央との関係をきっぱり終わらせるため、紗和は離婚の手続きに必要な書類を用意していた。莉乃に向き直り、静かな声で告げた。「この書類に怜央が署名してくれれば、私は二度と御堂家の敷居をまたがない」彩葉がこの日のために準備してくれた、離婚の条件などを記した書類だった。怜央が署名すれば、あとは手続きを進められると聞いていた。一刻も早く怜央と結婚したい莉乃は、内容に目を通した。本人が出向かずに手続きを進められるなら、願ってもない話だった。それでも、書かれている条件が本当なのか確かめずにはいられない。「本当に1円もいらないの?何一つ持っていかないつもり?」紗和が抜け目なく立ち回り、すでにかなりの金を手にしたことは知っていた。だが長年尽くしてきたのだから、今こそ多額の慰謝料を取ればいい。それすらしないとは、呆れるほど愚かだった。莉乃の嘲りを意に介さず、紗和は答えた。「ええ。あなたが困るようなことは何も書いていない。怜央が署名すれば、あなたたちは結婚できるのよ」
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