夫と息子に捨てられた私、大物の子を授かった のすべてのチャプター: チャプター 371 - チャプター 380

380 チャプター

第371話

茶を飲み終えるたび、玲司の表情はますます険しくなっていった。周囲に気づかれないよう、急いで席を外した。「そんなはずがない。どうして、まったく同じなんだ……」昔、玲司は家族とともに、海外にある九条家の古城を訪れたことがある。そこで征臣と、いつも彼のあとを追っていた幼い少女に出会った。父に尋ねると、事情はかなり複雑だと教えられた。少女は九条家の血を引いておらず、和彦の養女である美雲の娘だった。だが九条家が今の地位を築けたのは、望月家の莫大な資産があったからでもある。望月家はかつて、港都でも屈指の名家だった。そのため和彦は、九条家の財産と権益の少なくとも半分を、美雲へ継がせると約束していたという。つまり、あの小さな令嬢もまた、九条家の正当な後継者の一人であり、征臣とほぼ対等な立場にあった。誰からも愛され、まさに家族の宝物として大切にされていた。少女の父は、さまざまな芸術に通じた才能豊かな男だった。いくつもの楽器を演奏し、ピアノも弾けば、謡曲も嗜んだ。茶にも深い造詣があった。独特の抹茶の点て方は、亡くなった母親から教わったものらしい。そして、その技を幼い娘へ伝えていた。少女は頭がよく、手先も器用で、何を教わってもすぐに身につけた。幼いながら、驚くほど口当たりがよく、香り高い茶を点てた。仕上げに父親から文字を描くよう言われたのに、書ではなく、いたずらっぽい猫の絵を描いたことがある。描き終えると、父へ向かって得意げに舌を出した。玲司は、そのささやかな出来事をずっと覚えていた。面白そうだと思い、自分でも長い間まねしてみたが、まともに泡を立てることすらできなかった。そこで初めて、非常に難しい技なのだと知った。だが今、紗和はいとも簡単に、きめ細かな泡を一服ごとに立てた。しかも、玲司の記憶にある猫とよく似た絵まで描いた。偶然で片づけられるだろうか。本当の九条家の令嬢は、莉乃ではなく紗和なのではないか。考えれば考えるほど、疑念は深くなる。ただ、一つ大きな矛盾があった。かつて征臣の両親は、海外で起きた交通事故により、33歳の若さで亡くなっている。当時は、さまざまな陰謀説が流れた。九条グループの実権を握るため、美雲が人を雇って殺させたという噂まであった。当時の状況だ
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第372話

「そのとおりだな」怜央は悲しげに答え、そのあとは長い間、何も言わなかった。玲司は黙って怜央を見つめながら、紗和が九条家の本当の令嬢かもしれないという話をするべきか迷っていた。それを知らせることが、今の怜央にとって良いのか悪いのかわからない。長く考えた末、結局は口を閉ざした。抹茶の点て方が似ているというだけで、同一人物だと判断するのはあまりにも早い。何の証拠もない。しかも今の怜央は、立て続けに衝撃を受け、白髪が増えるほど追い詰められている。そんなときに、さらに一生悔やむことになるかもしれない話を聞かせるのは、あまりにも酷だった。玲司には、そこまで残酷なことはできなかった。やがて怜央は、胸の内に押し込めていた苦しみを少しずつ吐き出し始めた。莉乃が九条家の令嬢ではなく、元運転手の娘にすぎなかったこと。裕福な男へ近づくため、無理をして名門校へ通っていたこと。そして、怜央を救った少女も莉乃ではなく、本物の九条家の令嬢だったこと。怜央は深く眉間に皺を寄せた。「俺は、あの女を命の恩人だと信じ続けてた。あいつをかばうために何度も紗和を傷つけたし、見下したことだってある。紗和に、取り返しのつかないことをした」涙が次々とこぼれた。あまりにも苦しそうな姿を見ていられず、玲司は言った。「いくつもの思い違いが重なったんだ。自分を責め続けても、何も戻らない」「でも俺のせいで、晴翔までひどい目に遭った。悪意のある人間にそそのかされて、実の母親を傷つけたんだ。あんなに幸せだったはずの家庭を、俺が壊した。いつか大きくなって、自分が母親に何をしたのかわかるようになったら、晴翔はきっと苦しむ。最近も夜中に泣くんだ。紗和ママにごめんなさい、会いたいって。どうして急に少しずつわかるようになったのか、俺にもわからない。俺は、あの二人に申し訳ない。馬鹿すぎた」怜央は何度も自分を責めた。玲司は黙って耳を傾けた。今は、言葉にして吐き出したほうが少しは楽になるかもしれないと思ったからだ。二人とも、ほとんど酒には口をつけなかった。怜央の状態があまりにも危うく、玲司も酒を勧める気にはなれなかった。しばらく話を聞いているうちに、ようやく怜央も少し落ち着いた。玲司は席を立ち、帰り際に肩を軽く叩いた。「過去は変え
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第373話

玲司は続けた。「忘れるな。お前は俺に、晴翔をちゃんと育てるって約束しただろ。お前が死んだら、あんなに小さい晴翔を誰が守るんだ?」「わからない!」怜央は泣きながら叫んだ。「最近、自分でも自分がどうなってるのかわからない。この世に、もう何一つ自分をつなぎ止めてくれるものがない気がする。真実を知ってから、苦しくてたまらない。善悪すら見抜けず、あんなに幸せだった結婚を自分で壊した。本当に愛してたのは紗和だったのに、ずっと傷つけ続けて、とうとう俺のところから離れていった。恩返しのつもりでしてきたことも、全部間違ってた。卑劣な詐欺師のために、十数年も時間も力も無駄にして、ずっとあの女の言いなりだったんだ。俺と紗和は、本当なら誰より幸せな夫婦になれたはずなんだ。俺は紗和に、ちゃんとした家庭を与えられたはずだった。ずっと一緒にいられたはずなのに。全部、俺が壊した。俺は最低だ。助けないで、あのまま川で死なせてくれればよかった。もう、死んで詫びるしかない」「ふざけるな!」玲司が怒鳴った。「花宮に騙されたことも、望月さんを傷つけたことも、お前の責任だ。でも、だからって死ねば済む話じゃない。死んだところで、『御堂家の後継者が川へ飛び込んだ』って騒ぎになるだけだ。望月さんの人生が良くなるわけじゃない。望月さんはもう、自分の人生を歩き始めてる。それでもあの人を大事に思うなら、必ずしも手に入れる必要はないだろ。遠くから見守ることだってできる。必要なときに力を貸して、あの人が自分らしく生きていけるよう支えることだってできる。それが、これからお前にできる償い方だ」怜央の身体が震えた。「俺に……まだそんなことをする資格があるのか?」これまで怜央は、愛するとはどういうことなのかも、愛する相手とどう向き合えばいいのかもわかっていなかった。今になってようやく、自分が本当に愛していたのは紗和だったのだと気づいた。それでも、その思いをこれからどう抱えていけばいいのかわからなかった。「今からでも……好きでいていいのか?紗和はもう……」「好きでいることまで、誰にも止められない。ただ、その気持ちを理由に相手を縛るな。静かに見守って、必要なときに助ければいい。それから、その気持ちの一部を晴翔にも向けろ。お前と同じ思いをさせるな。父親に大事に
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第374話

紗和は、征臣の車で家庭裁判所まで来た。征臣が頬を撫でる。「中まで一緒に行くか?」紗和は首を横に振った。「調停委員もいるし、記録も残るわ。それに、晴翔との面会について話すのは私と怜央の問題よ。あなたが同席する立場ではないでしょう」征臣は意外にも、すんなりとうなずいた。車を降りると、入口では彩葉が待っていた。紗和は淡いローズ色のワンピースを身にまとっている。華やかな色合いがよく似合い、ひときわ目を引いた。彩葉も少し驚いた。紗和はもともと美しいが、以前はいつも控えめな服を選び、化粧も薄く、どこかうつむきがちだった。それが今日は、調停へ来たとは思えないほど堂々と華やいで見える。以前は征臣が怖いと何度も話していたため、彩葉は思わず尋ねた。「今の旦那さん、何も言わなかったの?」紗和は笑った。「このワンピースも、あの人が用意してくれたものよ。クローゼットの服は全部、私のために仕立てさせたものだし、いつ何を着るかは私が決めていいの」むしろ怯えたり、後ろめたそうに振る舞ったりするほうが、征臣の疑念を招く。紗和は朝から、征臣が用意した服を楽しそうに選んで着ていた。ここ数日も同じように堂々と振る舞っていたため、征臣も余計な疑いは抱かなかった。そこへ怜央の車が到着した。怜央は車を降りると、晴翔の手を引いた。朝、晴翔にはもう一度説明してあった。紗和こそ本当の母親で、莉乃はずっと嘘をついていたこと。今日は本当の母親に会うが、悲しませるようなことは言わないこと。一度父親に置いていかれた晴翔は、また捨てられるのを何より恐れていた。そのため素直にうなずき、怜央の言うことを守ろうとしていた。怜央は代理人とともに、晴翔を連れて紗和の前まで歩いてきた。怜央が何か言うより先に、晴翔が声を上げる。「ママ!今日、すごくきれい!」その言葉に、怜央の胸までわずかに明るくなった。晴翔の言うとおりだった。遠くからでも、紗和の姿はすぐに目に入った。ほっそりとした身体を包む淡いローズ色の生地に、銀糸の繊細な刺繍が上品な光を添えている。まるで物語の中から抜け出してきたようだった。紗和が息をのむほど美しいことは、以前から知っている。それでもまた、目を奪われた。紗和は晴翔を見下ろし、額を
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第375話

幼い子供に、大人同士の事情は理解できない。対立する場面を目の前で見せれば、かえって心を傷つけることもある。怜央は顔を赤くし、素直に謝った。「ごめんなさい」彩葉は少し意外に思った。晴翔を連れてきたのは、紗和の気持ちを揺さぶり、交渉を有利に進めるためではないかと疑っていたからだ。離婚案件を扱う弁護士として、似たような例はいくつも見てきた。だが今の怜央からは、そのような意図は感じられない。以前、離婚協議の場で見せた傲慢で身勝手な態度とも、まるで違っていた。「晴翔が、どうしても母親に会いたいと言ったので連れてきました。子供の前では、できるだけ書面を中心に話しませんか」紗和はうなずいた。彩葉も、もともと同じ提案をするつもりだった。まだ文字を十分に読めない晴翔の前では、要点を書面で確認するほうがいい。彩葉は怜央の代理人へ書面を一枚差し出した。「こちらから提示する合意案の第1項です」【第1項父母は、晴翔の親権者および主たる監護者を父である御堂怜央とし、晴翔が父と生活することを確認する】代理人が内容を確認し、怜央へ回す。読み終えると、怜央はすぐに答えた。「異議はありません」晴翔は紗和が産んだ子供であり、今の怜央に残された、かけがえのない家族だった。父親を慕い、頼りにもしている。これからは、自分が責任をもって育てるつもりだった。紗和が親権者の変更を求めないことも、ある程度は予想していた。晴翔は以前、紗和をひどく傷つけた。一時は、この先歩けなくなる可能性さえあるほどの怪我を負わせている。彩葉は次の書面を渡した。【第2項晴翔の通常の養育費は父が負担する。母は、将来、公正証書遺言その他の適法な方法により、自らの婚前財産から晴翔に遺す範囲を定める。母の再婚後に形成される財産については、夫婦間の財産関係および遺言等により、法の許す範囲で別途整理する】読み終えた怜央の胸に、かすかな温かさが広がった。晴翔は紗和を傷つけ、一時は生涯にわたる障害を残しかねないほどの怪我まで負わせた。それでも紗和は、婚前財産の中から息子に遺すものを用意するつもりでいる。子供を責めず、母親として受け入れようとしているのだ。「異議はありません」彩葉は少しだけ肩の力を抜いた。もっと厳しい争いにな
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第376話

紗和は月に2回、それぞれ2日間、晴翔と過ごすことになった。何があっても、自分が産んだ子供であることに変わりはない。ただ、この条件だけは征臣に事前に相談していなかった。それでも以前ほど怖くはなかった。夜、きちんと話せばいい。そう思っていた。彩葉と怜央側の代理人は、細かな条件を一つずつ確認し、必要な表現を修正していった。調停委員も交えて最終的な内容を整える。紗和が流れるような字で署名し、続いて怜央も署名した。合意した内容は調停調書に記載され、正式に成立した。話し合いが終わると、紗和は晴翔と最近の食事について少し話した。以前は異食の症状があったが、このところは落ち着いているらしい。やがて帰ろうとすると、晴翔が尋ねた。「ママ、どこへ行くの?」「ママは仕事に行くの」晴翔は少し考えた。「パパみたいに、たくさんの人にお仕事を頼むの?」佐伯から、紗和は大きな会社を経営し、大勢の社員がいると聞いたのだろう。どれも事実だった。佐伯はずっと紗和を気にかけていたが、再婚していることまでは知らなかった。紗和はうなずいた。晴翔は子供用のスマートウォッチを差し出した。「ママのと、つないでもいい?」紗和は受け取り、自分の新しい連絡先を登録してから返した。晴翔はとても喜んだ。怜央も自分のスマホを取り出しかけたが、紗和はすでに背を向けていた。彼は何も言わず、晴翔の手を引いて自分の車へ向かった。「あまりママを困らせるな。仕事で忙しいんだから」晴翔は、わかったような、まだよくわかっていないような顔でうなずいた。それでも怜央には、真実を聞いたばかりの頃より、また少し成長したように見えた。ここ数日、怜央が毎日そばで過ごし、父親から大切にされていると感じられるようになったことも影響しているのだろう。晴翔はもう、紗和が自分のもとから離れたことを、以前のように激しく責めてはいない。今日は紗和にも、長い間抱いてもらえた。紗和を乗せた車は、そのまま走り去った。夜。入浴を終えた紗和は、ドレッサーの前で肌の手入れを済ませ、ベッドへ上がった。征臣は紗和の身体を引き寄せ、頭を優しく揉みほぐしてやる。記憶を取り戻してから、断続的な頭痛や悪夢が数日続いていた。その間、征臣はずっと紗
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第377話

そんなもの、紗和にわかるはずがない。理由は単純だった。征臣は毎回のように体勢を変え、思いつくものをほとんど試していたからだ。その最中の紗和に、どれを好んでいるのか考える余裕などない。頭はぼんやりし、ときには何も考えられなくなる。すぐに身を任せるしかなくなるため、判断の手がかりもなかった。思い返しただけで、頬が熱くなる。「後ろから?」征臣は笑った。「正解だ」紗和が無垢な目で見つめる。次の瞬間には、もう身体の向きを変えられていた。……征臣は、涙に濡れた小さな顔を片手で包み、じっくり眺めた。指先を白くなめらかな首筋へ這わせ、そのまま身体の線をたどっていく。やがて腰をつかみ、尻を強く叩いた。紗和は唇を尖らせ、顔を真っ赤にする。子供の頃は、尻を叩かれるのが大嫌いだった。だが今、この状況では――思いがけないほど強く、身体の奥が熱くなった。紗和は、自分でも戸惑うほどそれを好んでいた。……どれほど時間が過ぎただろう。征臣は紗和を腕の中へ抱き込み、荒い息のまま唇へ口づけた。「紗和、俺を愛していると言え」征臣はこれまで一度も、紗和から愛していると言われたことがなかった。どうしても、その言葉を聞きたかった。以前の紗和なら、聞こえないふりをして唇を固く閉ざしていただろう。だが今は違う。「愛しているわ」征臣の顔が、一瞬で明るくなる。すぐに唇を重ねると、紗和もその口づけを受け入れた。ようやく二人は、互いの気持ちを確かめ合うように、深く身体を重ねることができた。しばらくして、征臣は聞き違いだったのではないかと不安になった。紗和の顎をつまみ、もう一度尋ねる。「誰を愛している?俺の名前を言え」「あなたよ」息は乱れ、瞳は濡れている。それでも紗和は、とても幸せそうだった。「征臣、あなたを愛している」征臣は額を重ねた。「もう一度言ってくれ、紗和」低くかすれた声で、さらに求める。「いや、100回でも1000回でも言ってくれないか?」一度だけでは、とても足りなかった。紗和はうなずいた。「言うわ。1000回でも。あなたを愛している……」征臣の胸にも、激しい感情があふれ出した。競うように思いを伝える。「紗和、俺も愛してい
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第378話

今の話だけでは、明らかな不審点は見つからない。征臣はさらに尋ねた。「遺体は、今どこに?」「葬儀社の安置室です。納棺師が身体を清め、身支度を整えております。庭から運び出したときには、服や身体に土がついていましたので」「遺言は、以前から用意されていたのか?」使用人はうなずいた。「はい。顧問弁護士を呼んでおります。まもなく親族へ内容を説明する予定です」征臣は、それ以上尋ねなかった。宗一郎は経営の第一線から退いたあとも、怜央を後継者として育てていた。少し前には、グループ内での立場を完全に回復させ、後継者だと公言している。宗一郎が保有する御堂ホールディングスの株式も、当然、怜央へ承継させるつもりだと思われていた。そうでなければ、長年かけて育てる意味がない。そのとき、紗和を呼ぶ声がした。「ママ!」振り返ると、怜央が晴翔を抱いて入ってきたところだった。実の祖父を突然亡くしたばかりで、怜央の顔色はひどく沈んでいる。知らせを受け、眠っていた晴翔を起こし、すぐに本邸へ車を走らせたのだろう。子供を床へ下ろすと、晴翔は人混みの中にいる紗和をすぐに見つけ、駆け寄ってきた。紗和も、これほど早く親しみを深めるとは思っていなかった。昨日はスマートウォッチから、いくつものメッセージが届いた。母親へ花を贈る、可愛らしいスタンプも添えられていた。紗和は少し胸を打たれ、晴翔の頭を撫でた。そこへ、耳障りな声が響く。「あら、晴翔じゃない」声の主は、弔問の場に似つかわしくないほど派手な姿をしていた。振り返った紗和の視線が、莉乃とぶつかる。腹はかなり大きくなっているのに、身体を冷やすことなど気にせず、露出の多い服を着て、濃い化粧までしていた。怜央も、莉乃の姿に驚いた。精神科病院へ入院させたはずなのに、どうやって外へ出たのか。それ以上に腹立たしいのは、隣にいる男だった。誠一は、莉乃との関係を隠そうともせず、堂々と連れ添っている。二人の距離も、恋人同士としか思えないほど近かった。莉乃は誠一の腕から手を放し、晴翔の前へ来た。晴翔が紗和の子供だと知られたことも、すでに聞いているらしい。腰をかがめ、慈しむふりをして頬に触れる。「かわいそうな晴翔。紗和ママが家にいない理由を知ってる?パパ
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第379話

薫子に慰められ、千鶴子はようやく少し落ち着きを取り戻した。使用人に、弁護士を広間へ案内するよう頼む。集まった人々を見回し、弁護士が尋ねた。「ご親族以外の方には、席を外していただきますか?」千鶴子は首を横に振った。「その必要はありません。遺言の内容を説明してください」弁護士はうなずき、証書遺言の写しを開いた。まず読み上げられたのは、財産を誰に、どのように分けるかという内容だった。財産は大きく五つに分けられている。千鶴子の分を除く残り四つは、宗一郎との間に生まれた子供たちへ渡ることになっていた。二人には8人の子供がいたが、そのうち4人はすでに亡くなり、今も存命なのは4人だけだった。末の息子である誠一も、その中に含まれている。千鶴子は以前から、この末子を特に可愛がっていた。だが、すべての名前が読み上げられると、広間が大きくざわめいた。そこに怜央の名前がなかったからだ。紗和と征臣も、思わず顔を見合わせた。誰よりも衝撃を受けたのは、もちろん怜央だった。「まだ続きがありますよね?ほかに名前はないんですか?」弁護士は一覧をもう一度確認した。記載は多い。だが、ほかに受遺者の名前はなかった。「以上です」怜央は耳を疑った。「そんな……おじいさまは、俺に何も遺さなかったんですか?」「この遺言には、怜央さんへの遺贈は記載されていません」千鶴子が促した。「続きをお願いします」怜央の胸には疑念が渦巻いていた。だが大勢の親族がいる前で騒ぎ立てるわけにもいかず、ひとまず黙るしかなかった。弁護士はそのまま説明を続けた。株式、投資信託、不動産。そのほかの財産も、それぞれ指定された相続人や受遺者へ分けられている。やがて、御堂ホールディングスの株式に話が及んだ。「御堂ホールディングスの株式については、御堂誠一さんが承継することになっています」広間が再び大きくざわめいた。怜央は、今読み上げられている遺言とは別に、グループ株式について定めた遺言があるのだと思っていた。だが、これがすべてだった。株式を継ぐのは怜央ではない。誠一だった。誠一は満面の笑みを浮かべ、今にも祝杯を上げそうな勢いだった。一方、三人の兄たちは不満を隠そうともしない。「おかしいだろ
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第380話

誠一はとうとう我慢できなくなり、袖をまくって怜央へ殴りかかった。怜央もすぐに応戦する。互いの顔へ一発ずつ拳を入れたところで、使用人たちが慌てて割って入り、二人を引き離した。広間はたちまち騒然となった。征臣と紗和は、少し離れた場所からその醜い争いを見ていた。混乱に怯えた晴翔が、大声で泣き出す。紗和は見ていられず、征臣へ一度視線を向けてから晴翔のもとへ行き、その身体を腕の中へかばった。晴翔は泣きながら訴える。「ママ、パパが怪我した。パパが怪我したよ」晴翔にはまだ、紗和がなぜ別の男と一緒にいるのか理解できていなかった。莉乃から両親は離婚したと聞かされても、その意味をきちんと受け止められずにいた。幼い子供が現実を理解するには、まだ時間が必要だった。紗和も、こんな展開になるとは思っていなかった。晴翔を抱き上げ、そのまま怜央のもとへ歩いていく。「落ち着いて」怜央の目尻から血が流れていた。「どうやって落ち着けっていうんだ。本来なら俺が継ぐはずだったものを、子供の頃から俺と母を苦しめてきた男に奪われたんだぞ!」「あなたは何もかも失ったわけじゃないでしょう。フォトンテックの株も持ってる。まずは冷静になって」以前、怜央が追加出資の契約を結んだ際、宗一郎もその株式を怜央に持たせることを認めていた。怜央はもともと、自分でテクノロジー企業を立ち上げていた。紗和の支えもあり、会社は急速に成長した。だが莉乃のせいで大きな損害を受け、株価も急落した。そのときも、紗和が手を差し伸べた。その結果、怜央は今もフォトンテックの株式を相当数保有している。「でも本当なら、俺は――」紗和は言葉を遮った。「今は冷静になって。これ以上、みっともない姿を見せないで」怜央は歯を食いしばった。「御堂家が何代もかけて築いたものを、あんな卑劣な男に壊されるのを黙って見てろっていうのか?」怜央は、父親である誠一を心の底から憎んでいた。父親という存在そのものに、強い嫌悪を抱いている。その影響もあり、自分が父親になってからも、晴翔へ素直に愛情を向けることができず、十分に世話をしてこなかった。晴翔は父親に振り向いてほしくて、褒めてもらいたくて、怜央がかばう莉乃へ近づき、機嫌を取るようになった。そして次第
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