Todos los capítulos de 夫と息子に捨てられた私、大物の子を授かった: Capítulo 361 - Capítulo 370

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第361話

紗和は抜き取った髪を、すぐに小さな保存袋へ入れた。ほかの者に任せるのは不安だった。だからこそ、自分で確かめに来たのだ。袋をバッグへしまい、帰ろうとしたときだった。晴翔がおそるおそる呼びかける。「ママ……」紗和が振り返ると、晴翔は抱いてほしそうに両手を伸ばしていた。ほんの少しくらいなら――紗和は子供を抱き上げた。そして、そばにいた佐伯へ尋ねる。「もう何か食べた?」佐伯は首を横に振った。「晴翔は、ここのクリームマッシュルームスープとミートソースパスタが好きなの。佐伯さんも何か頼んで、一緒に食べてあげて。会計は済ませておくから、私はこれで帰るね」抱き上げてもらった晴翔は、つい先ほどまで嬉しそうにしていた。だが紗和が帰ると聞いた途端、しょんぼりとうつむいた。「ママ、どうして帰っちゃうの?」紗和は理由を説明せず、晴翔を子供用の椅子へ下ろした。晴翔は離れたがらなかった。「ママ、来たばっかりでしょう?もう少しだけ、ぼくを抱っこして」明らかに甘えている。「今度、時間があるときにね」そう言われ、晴翔はひどく寂しそうな顔をした。紗和にも、母親として揺れるものはある。だが今はまだ、子供の願いをすべて受け入れることはできなかった。店を出たところで、怜央と鉢合わせた。紗和は気づかないふりをし、そのまま通り過ぎようとする。だが怜央が腕をつかんだ。紗和は反射的に身体を強張らせ、すぐに振りほどく。その仕草に、怜央の顔が傷ついたように歪んだ。もう一度手を伸ばし、今度は強引に紗和を引き寄せる。そのまま、逃がすまいとするように腕の中へ抱き込んだ。「紗和」押し殺した声が、かすかに震えている。「莉乃が俺を騙してたことは、もう全部知ってる。昔、俺を助けたのもあいつじゃなかった」怜央は息を呑み、続けた。「それに……俺が本当に愛してるのは、お前だ」紗和は力いっぱい胸を押した。「怜央、放して――」だがそのとき、怜央の視線が何かを捉えた。紗和の言葉を遮るように口元へ手を当て、そのまま商業施設の搬入口へ続く、人目につきにくい通路へ連れ込む。「静かに」低く告げ、外を示した。通路の隙間から見ると、征臣の車がちょうど前を通り過ぎていくところだった。征臣が普
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第362話

征臣は紗和の手を引き、そのまま車へ乗り込んだ。紗和は気がかりなことを抱えていたせいで、どうしても上の空だった。キスをされても心ここにあらずで、その態度がついに征臣の怒りに火をつけた。征臣はボディガードへ連絡し、しばらく後をついてこなくていいと命じた。そのまま人気のない郊外の道路まで車を走らせ、路肩に停める。自分のシートベルトを外すと身体を寄せ、紗和のベルトも外した。「俺を怒らせたらどうなるか、お前ならよくわかってるはずだ」低く響いた声に、紗和は以前のことを思い出した。征臣はかつて、紗和に腹を立てるたび、あのやり方で何度も求めてきた。そしてそのたびに、もう二度と怒らせないと約束できるかと迫った。紗和は不安そうに彼を見る。「征臣……」言い終える前に、征臣は紗和を抱き上げた。有無を言わせず腕の中へ引き寄せ、向かい合わせに膝の上へ座らせる。紗和は激しく脈打つ胸を押さえながら、平静を装って尋ねた。「どうしたの?機嫌が悪いの?」精悍な顔は固く強張り、顎の線が鋭く浮かび上がっている。征臣は目を細め、押し殺した声で問いかけた。「紗和。俺に隠してることはないか?」紗和は目を伏せた。「もう知ってるなら、どうして聞くの?」怜央と一緒にいるところを見ていなければ、征臣がここまで怒るはずはない。征臣は指に力を込めて紗和の頬をつかみ、親指で唇を荒々しくなぞった。「俺の何が不満なんだ?」強く顔を持ち上げられ、顎の骨まで痛む。紗和はにじみそうになる涙を堪え、できるだけ落ち着いた声で答えた。「あなたは、私をとても大切にしてくれてるわ」征臣の声が一気に荒くなる。「だったら、なぜ隠れて御堂怜央に会った?なぜだ。答えろ!」最後の一言は、奥歯を噛み締めたまま吐き出された。その声に、紗和の胸まで震える。それでも懸命に気持ちを落ち着かせ、説明した。「隠れて会ったわけじゃない。偶然、あそこで会っただけよ。私だって、怜央が来るなんて知らなかった……」征臣は頬から手を放した。その代わり、細い腰を強くつかむ。「偶然だと?信号が変わるたびに進路を変えて、3回もボディガードの車を撒いた。俺が気づいてないとでも思ったのか?なぜそんなことをした?あの男にあれだけ傷つけられて、それでもま
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第363話

それなのにここ数日、征臣はなぜか、紗和がまだ怜央を忘れられずにいると疑い続けていた。湖へ落ちた紗和を怜央が助けようとした、あの日からだろうか。征臣は本気で、紗和が今も怜央を愛していると思っているのか。そう考えると、紗和の中にも怒りが湧き上がった。紗和もとうとう腹が立ち、わざと征臣に逆らうように顎を上げた。「だったら、どうするの?」「俺の怒りは、お前に受け止められるようなものじゃない。だから煽るな」紗和はこれまでずっと我慢してきた。征臣に合わせ、機嫌を損ねないよう気を遣い続けた。だが紗和だって、生身の人間だ。どれほど穏やかな人間でも、我慢を重ねればいつか限界が来る。ここ数日で、とうとうそれを越えてしまった。何もしていないのに、なぜここまで疑われなければならないのか。紗和は全身で拒むように激しくもがいた。征臣は身体を押さえつけ、片手で両手首をまとめてつかむ。そのままシートへ押しつけるように、強く動きを封じた。抵抗されればされるほど、征臣の中では屈服させたいという衝動が強くなる。自分以外のことなど考えられないほど、深く溺れさせたくなった。紗和は涙を浮かべながら、かすかに笑った。「征臣、放して……」その表情にさらに煽られ、征臣は赤くなった目で再び唇を塞いだ。言葉も抵抗も、すべて飲み込ませるような激しい口づけだった。車が停まっているのは、市街地から遠く離れた郊外の分岐路だった。近くを通るのは、轟音を響かせながら走り去る大型トラックくらいしかない。果てしなく広がる夜空には星が瞬き、涼しい風が草木を揺らしていた。革張りのシートが倒され、紗和はその上へ横たえられる。揺れる星空を見上げた。滲んだ星明かりが涙に溶け、目尻から静かに流れ落ちていく。ぼんやりした視界の中で、夜空は絵具を重ねた油絵のように滲んでいた。どれほど時間が過ぎただろう。やがて星明かりさえ薄れ、厚い雲が夜空を覆った。深夜の冷たい露が窓を濡らす頃になって、ようやく征臣は動きを止めた。コンドームを外し、口を結んでティッシュに包み、車内のごみ袋へ捨てる。紗和の身体をきれいに整えると、そのまま腕の中へ抱き寄せ、唇を重ねた。かすれた声で尋ねる。「痛むか?」紗和は答えなかった。二人の体
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第364話

あの日、両親と紗和が乗っていた車も、大型車に前後から挟み込まれた。逃げ道は、ほとんど残されていなかった。最後に両親は、自分たちの命と引き換えに、わずかな隙間へ向けて思いきりハンドルを切った。車の前部を横の車へぶつけ、その車を道路の外へ押し出したのだ。そのおかげで包囲から抜け出すことはできた。だが両親は助からなかった。後部座席にいた紗和だけを、命と引き換えに守ったのだ。思い出した。紗和は、すべてを思い出した。あの事故も偶然ではなかった。何者かが同じやり方で、両親を殺したのだ。涙が頬を伝った。だが今は、泣いている場合ではない。征臣は悪態をつきながらも、巧みにハンドルを操り続けていた。感情に任せてボディガードを遠ざけなければ、相手にこんな隙を与えることもなかった。後悔が一瞬、征臣の胸をよぎる。その手の甲へ、紗和がそっと触れた。「征臣、大丈夫。私に方法がある。少しだけ時間を稼いで」征臣はうなずいた。瞬時に冷静さを取り戻した。どれほど追い詰められても、自分を見失うわけにはいかない。車高の低いスポーツカーに対し、隣を走る大型車ははるかに車高が高い。征臣はぎりぎりまで距離を詰め、わずかな空間を使って相手の動きをかわし続けた。だが後方の大型トラックは、すでに車体の後部すれすれまで迫っている。あと少しでも前へ出られれば、横の大型バンとの間に押し込まれる。そうなれば命はない。緊張が極限まで高まる中、征臣はアクセルを限界まで踏み込んだ。車は狭い隙間を縫うように、一気に前へ飛び出した。距離を取ったあと、征臣がバックミラーを見る。そこで異変に気づいた。3台とも、ほぼ同時に速度を落としていた。やがて完全に動きを失い、惰性だけで進み始める。前方の大型トラックは積み荷が重いため、そのまま長く進んだ。一方、後方と側面の車は先に速度を落とす。そのわずかな差によって、車同士の間隔が開いたのだ。征臣は運転を続けながら、こちらへ向かっているボディガードへ指示を飛ばした。「3台の運転手を全員捕らえろ。一人も逃がすな」横を見ると、紗和は小型端末を開き、画面いっぱいにコードを走らせていた。征臣はすぐに察する。「あの車を止めたのは、お前か?」紗和はうなずいた
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第365話

紗和は、征臣に対する態度まで変わっていた。これまでは彼を恐れ、警戒し、どこか距離を取ろうとしていた。だが今、その眼差しにはまったく違う感情が宿っている。紗和の目から、涙が一気にあふれ出した。「思い出したの、征臣。全部、思い出したわ」「何を思い出した?」「今まで忘れてたことを全部。しかも、驚くくらいはっきりと」征臣は息を呑み、慎重に少しだけ身体を離した。紗和の顔をじっと見つめる。「俺のことも……思い出したのか?」紗和は力強くうなずいた。「ええ」両親を失ったあの事故は、紗和から幼い頃の記憶まで奪っていた。征臣にまだ彼女を守り抜くだけの力がなかった、あの頃。記憶を失ったことは、ある意味では紗和を守っていたのかもしれない。そうでなければ、あまりにも辛い過去に、何度も苦しめられていただろう。もともと紗和は、この世で誰よりも幸せな子供だった。大勢から愛され、ほんの少し一緒に過ごしただけでも、誰もが自然と彼女を好きになった。だが、そのすべてを一度に失った。両親の事故について、征臣は事情を知る立場にいた。それでも、今まで真相を話すことはできなかった。紗和も、今はそれ以上問い詰めなかった。幼い頃のように、征臣の胸へ顔を埋める。だが不意に、表情が止まった。自分はいったい、何者なのだろう。頭の中が急に混乱し始めた。目の前にいる征臣は、両親を除けば、幼い頃の自分が最も好きで、最も信頼していた人だった。それなのに――暗く苦しい別の記憶まで、次々と押し寄せてくる。大学で怜央と出会った。背が高く、頼もしく見えた怜央なら、自分を守ってくれる。支えになってくれる。当時の紗和は、無意識のうちにそう思ったのだろう。その事実は、征臣だけでなく、今の紗和自身にも受け入れがたいものだった。さらに多くの記憶が、幼い頃の記憶と激しくぶつかり合う。紗和は顔を上げた。「征臣、頭がすごく痛い。車まで抱いていって、家に連れて帰ってくれる?」大きな瞳には、まだ涙がたまっている。甘く柔らかな声を聞き、征臣は一瞬動きを止めた。何も言わずに紗和を抱き上げ、そのまま車の座席へそっと下ろす。帰り道、紗和はずっと眠っていた。邸宅へ着くと、征臣は再び紗和を抱き上げ、主寝室のベ
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第366話

「どんな夢だ?」紗和は答えた。「父と母が死ぬ夢……」征臣は少し黙ったあと、静かに言った。「夢じゃない。それは、本当に起きたことだ」残酷ではある。だが今は、現実を曖昧にしてはいけなかった。医師からも、紗和に尋ねられたことには、知っている限り正直に答えるよう言われている。周囲が現実を否定すれば、かえって記憶の混乱を深める可能性があるからだ。紗和は涙を拭わず、そのまま続けた。「九条家の叔父さんが、燃えてる車から命懸けで私を助けてくれた夢も見たわ」征臣はうなずいた。「俺が頼んだんだ。あの人も昔からお前を可愛がってた。だから危険を承知で助け出してくれた」「そのあと、田舎へ連れていかれて、優しいおばあちゃんと暮らしたの。もう、征臣とは一緒にいられなかった」「お前を殺そうとしてる奴がいた。だから国内の、人目につかない場所へ隠してもらったんだ。居場所を知られないように、こちらから金を送ることも、電話をかけることもできなかった」紗和は泣きながら続けた。「それから、人さらいにも遭った。縄で縛られて、車に引きずり込まれたの」征臣の目が暗く沈む。「国内に残してた部下が、その車を横転させた。犯人のうち二人は死んだ。もう、お前を傷つけることはできない」紗和は征臣を見つめた。「征臣は、ずっと私を守ってくれてたのね。ずっとそばにいてくれたのに……私は、ほかの人を好きになってしまった」征臣は何も答えられなかった。目が痛々しいほど赤くなる。幼い頃の二人は、いつも一緒だった。紗和は何度も、大人になったら征臣お兄ちゃんのお嫁さんになると言っていた。征臣も、そのたびに笑って答えた。それなら、大きくなるまで待っている、と。だが成長した紗和が別の男を愛する姿を、征臣はただ見ていることしかできなかった。涙に濡れた紗和の瞳が、きらきらと揺れている。「征臣、どうして私のところへ来てくれなかったの?私が好きになるはずだったのは、あなたなのに!」「……何だって?」征臣は目を見開いた。「今、何て言った?」紗和が、自分を好きだと言ったように聞こえた。思わず両肩をつかむ。普段の冷静さは完全に消えていた。「俺が好きなのか?今、俺が好きだって言ったんだな?」征臣がここまで取り乱したのは
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第367話

「怜央との間にできた子供は、5年前、流産したときに死んでなかったの」記憶を取り戻す前の紗和なら、怖くて話せなかったかもしれない。だが今の紗和は、もう征臣を恐れていなかった。本来、二人は誰よりも近しい存在だった。だからこそ、隠し事などせず、何でも話せるはずだと思った。征臣は目を見開く。「どういうことだ?」「今日、あなたのボディガードを撒いて出かけたのは、怜央に会うためじゃない。あなたはそうだって決めつけてたけど、違うの。家政婦の佐伯さんから連絡をもらったの。5年前に養子として迎えた晴翔が、実は私が産んだ子供だったって。莉乃が別の赤ちゃんとすり替えて、私たちを離婚させるために利用してたのよ」入り組んだ話だったが、征臣はすぐに理解した。「それは……本当なのか?」紗和は、毛根のついた髪が数本入った保存袋を取り出した。「今日は佐伯さんに晴翔を連れてきてもらったの。自分で髪を採って、親子鑑定をしようと思って。店を出たところで、怜央と偶然会ったの。佐伯さんには、私が来ることを怜央へ知らせないよう頼んでたから、どうしてあそこに現れたのかはわからない。それで……あなたが誤解するようなことになったの」征臣は保存袋と、紗和の顔を交互に見た。やがて視線を落とし、低い声で尋ねる。「鑑定で本当の子供だとわかったら、御堂怜央のもとへ戻るつもりなのか?母親としての責任を果たすために?」「違うわ」紗和ははっきり否定した。「そんなことは考えてない。記憶を取り戻す前でも、それだけは同じよ。晴翔は私が育てた子供だし、実の子同然に愛してた。でも離婚を決めたとき、親権も監護も怜央に任せるって決めた。ただ、確かめたいの。失ったと思ってた子が生きてるってわかったら、それだけでも、ずっと残っていた傷が少し癒える気がするから」征臣はまだ納得しきれない様子だった。「確かめたあと、どうする?」子供は物ではない。今さらお腹の中へ戻せるわけでもなく、すでにこれだけ大きくなっている。紗和は少し考えてから答えた。「私の中では、子供と結婚はもう別の問題なの。あの子がいるからって、私たちの結婚が変わることはない。怜央と結婚したところから、私は道を間違えてた。私は、選ぶ相手を間違えたの。征臣。あの子のこと、私はどうしたらいいと思う?
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第368話

征臣に、紗和を責める資格などなかった。それでも、責めたいという感情までは消えてくれない。晴翔の存在を思うだけで、胸の奥が苦しくなる。紗和が別の男との間に子供をもうけたという事実を、晴翔はこれから先も、征臣の目の前へ突きつけ続ける。流産したのだと思っていた頃なら、どれほどつらくても、いつかは過去として飲み込めたかもしれない。だが、生きている子供はこれからも成長していく。もう過去の出来事として閉じ込めることはできない。この先ずっと、その存在と向き合っていかなければならないのだ。何のわだかまりもなく受け入れられる男など、そう多くはないだろう。征臣は何度も感情を飲み込もうとした。だが、とうとう立ち上がった。「少し外で頭を冷やしてくる」今のままでは、また紗和を傷つけてしまいそうだった。怜央に抱きしめられている姿を見た、あのときのように。立ち去ろうとした征臣へ、紗和はベッドから飛び下り、背後から腰へ抱きついた。大きくたくましい身体に反して、腰は意外なほど引き締まっている。「征臣、私を責めてるの?」甘く柔らかな声に、征臣は足を止めた。紗和からこんなふうに抱きつかれたことは、これまで一度もない。大人になってから、こんな声で自分に話しかけてきたこともなかった。だが征臣には、そのすべてが嬉しかった。仕草にも、表情にも、声にも言葉にも、自分を特別に思っていることが表れている。自分が怒っているかどうかを、紗和は気にしている。無理にそばへ置くようになってからも、紗和が征臣の気持ちを本気で気にかけているとは思えなかった。そうでなければ、あれほど何度も拒まなかったはずだ。古城でも拒まれた。征臣は不満を抱えながらも、まだ早いという紗和の言葉を受け入れた。宴の日にも、また拒まれた。そして怒りを抑えきれなくなり、とうとう紗和を抱いた。それでも一度として、心から好かれ、大切にされているとは思えなかった。約束や自分の力に屈し、仕方なく従っているだけだと思っていた。だが今、初めて紗和の本心に触れた気がした。「俺の気持ちを、気にしてるのか?」紗和は小さくうなずいた。「気にしてるわ」「どのくらい?」「この世で一番、あなたのことを気にしてる」その一言で、征臣の胸に溜ま
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第369話

彩葉は、紗和の様子が以前と少し違うことに気づいた。顔立ちは何も変わっていない。それなのに一瞬、別人のように見えた。肩の力が抜け、心からくつろいでいるからだ。前にここへ来たときも、紗和はこの邸宅の主として彩葉を迎えていた。だが、自分にはこの場所が似合わないという思いがどこか態度に滲み、何か失敗しないかと落ち着かない様子だった。晴翔のことを征臣に知られたらどうしようと、ひどく怯えてもいた。身の丈を超えた相手との結婚には、それなりの苦労があるのだろう。彩葉はそう思っていた。だが今の紗和は、征臣の前でも少しも緊張していない。ごく自然に振る舞っていた。紗和はパソコンの画面を指した。「彩葉、私と征臣の希望はメールで送ってあるわ」彩葉は仕事用のパソコンを開き、届いていたメールを確認した。「この件は私が受ける。ただ、今の時点では怜央側から親権や監護について何か申し立ててきてるわけじゃないから、しばらく様子を見る方法もあるわ。晴翔がきちんと育てられているか確認して、問題があれば、その時点で家庭裁判所に面会交流や監護について調停を申し立てることもできる。その場合は、離婚時に決めた内容も改めて整理することになる」紗和は首を横に振り、きっぱりと言った。「彩葉、こっちから怜央の弁護士に連絡して、二つはっきり伝えてほしいの。一つは、月に2回、晴翔と会う時間を設けること。1回につき、最低でも2時間は確保すること。それから、私と征臣が結婚後に築く財産については、晴翔に相続させない形にしたい。養育費について希望があるなら、向こうから金額を提示してもらって。月に2回、晴翔と二人だけで会えれば、表情や様子、栄養状態を見て、虐待されていないか確認できる。それに財産をきちんと切り分けておけば、将来あの子が誰かに利用されて、私たちを攻撃するための道具にされるのも防げるでしょう」彩葉はうなずいた。「わかった。あなたの希望に沿う形で、こっちのチームと内容をきちんと整理して、法的に成立する合意書へ作り直す。そのうえで、相手の弁護士と正式に協議するわ」必要な手続きだった。紗和もうなずいた。彩葉はふと、不思議そうに言った。「でも意外ね。怜央が晴翔を使って、あなたを困らせようとしてないなんて。今まで一度も、自分からこの話を
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第370話

ちょうど休日に入ったところだった。怜央側が合意案を確認するのは、次の平日になる。3営業日以内に返答がなければ、彩葉は紗和の代理人として、家庭裁判所へ面会交流調停を申し立てるつもりだった。いずれにせよ、怜央は何らかの反応を示すはずだ。手続きの流れを聞き、紗和はそれなら待てると答えた。その夜、期間限定で客を招いていたレイクサイド・ガーデン邸では、最後の片づけが進められていた。今後、一般の客を迎えることはない。これからは、招かれた者しか足を踏み入れられない完全な私邸になる。庭も屋敷も、これからはただ一人のためにある。咲き誇る薔薇もまた、征臣が愛する人のために用意したものだった。同時に、この邸宅を披露した目的も十分に果たされていた。征臣はわずか1週間で、国内の大型案件をいくつもまとめ上げた。ここで築いた人脈と信用は、今後の事業にも長く生きていくだろう。仕事の拠点として高層ビルを数棟取得し、貿易会社にも出資した。葉山家との案件を含め、ほかにも複数の資金が動く見込みで、国内での事業基盤も急速に整いつつある。海外で展開してきたサンダーボルト・キャピタルの名称も、国内事業を含めて正式に統一された。午後、紗和と征臣は、間もなく帰る友人たちのために送別の茶会を開いた。記憶を取り戻してからの数日間で、紗和は本来の自分を少しずつ取り戻していた。もう再婚歴を気にして、自分は身の程知らずにも上流の男へすがった平凡な女だと卑下することもない。自分自身を受け入れられるようになり、内側から大きく変わっていた。少し前、初めて征臣に伴われて客の前へ出た頃は、まだひどく不慣れだった。誰よりも美しく人目を引きながら、用心深く、ほとんど自分から口を開かなかった。面と向かって挑発されても、警察を呼ばれても、征臣の後ろへ下がり、判断を任せていた。美しくはあっても、どこか心を閉ざしたままだった。だがこの日は違った。紗和は自ら茶会を取り仕切り、客一人ひとりへ自然に声をかけていた。その席で、幼い頃に父から教わった抹茶の点て方を披露することになった。少量の湯で抹茶を丁寧に練り、さらに湯を加える。茶筅を細かく動かしていくと、濃い緑の表面に、きめ細かな泡がふわりと広がった。最後に細い竹串を使い、その泡の上へ絵を
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