夫と息子に捨てられた私、大物の子を授かった のすべてのチャプター: チャプター 351 - チャプター 360

380 チャプター

第351話

「何だって?莉乃が、誰とホテルに入った?」怜央は一瞬、言われた意味を理解できなかった。妊娠中の莉乃が、別の男とラブホテルへ入った。それだけでも十分すぎるほど衝撃的だった。結婚式まで挙げた自分を差し置いて、ほかの男と関係を持とうとしている。これほどの屈辱はない。だが瀬川の口から返ってきたのは、さらに信じがたい名前だった。「誠一さんです。花宮莉乃は、誠一さんと一緒に入りました」瀬川も、怜央がどれほどの怒りを覚えているか察しているのだろう。「位置情報はすぐ送ります。こちらの者が外で見張っています。入ったばかりなので、当分は出てこないかと……」それだけ告げると、早々に電話を切った。これ以上何か言えば、怒りの矛先が自分に向きかねないと思ったらしい。直後、怜央のスマホへ何枚もの写真が送られてきた。莉乃が誠一の腕に親しげに絡みつき、人目も気にせず耳元へ唇を寄せている。むき出しの欲望を宿した視線が、蛇のように誠一の首筋へ絡みついていた。インド文化では、蛇は欲望の象徴とされる。その一枚の写真だけでも、莉乃がどれほど激しく誠一を求めているのか、十分に伝わってきた。怜央には信じられなかった。瀬川が「当分は出てこない」と言った意味も、嫌というほどわかる。胸の奥で、怒りが一気に燃え上がった。表情から温度が消えていく。――莉乃は、いったいどこまで自分を馬鹿にしていたのか。怜央は乾いた笑いを漏らした。思えば十数年前、莉乃を見つけ、必ず恩を返すと誓ったあの日から、自分はずっと愚かだった。莉乃にとって、自分は金を出してくれる都合のいい存在でしかなかったのだ。怜央はすぐに車を走らせ、瀬川から送られてきた場所へ向かった。一方その頃。征臣に屋敷を追い出された莉乃は、美玲から思いがけない情報を聞き出していた。美玲は、ひどく落ち込んでいる莉乃を見かね、葉山家が進めている案件について少しだけ口を滑らせたのだ。近く大型設備に関する案件が正式発表されれば、葉山グループの株価にも大きな影響が出る可能性がある。今回、葉山家が征臣を訪ねたのも、その設備調達に関する協力を取りつけるためだという。莉乃は有頂天になり、すぐ薫子へ報告しようとした。だが、その前に誠一のことが頭に浮かぶ。ここ数日、莉乃
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第352話

誠一に、そこまでの度胸はなかった。莉乃をなだめるように笑う。「どうして、そこまであの女と張り合うんだ?」莉乃は鼻を鳴らし、誠一を睨んだ。「私のどこが、あの女に負けてるの?」誠一も、さすがにそこで嘘をつく気はなかった。「顔なら向こうのほうがきれいだろ。それは認めるしかない」莉乃は悔しそうに顔をしかめた。「何よ、それ。あなたまであの女に興味があるの?」「美人なのは事実だ」誠一は莉乃の腰を引き寄せる。「でも俺が好きなのは、お前みたいに欲の深い女だよ」その一言で、莉乃の機嫌はたちまち直った。誠一の首へ腕を回し、そのまま唇を重ねる。何度か口づけを交わすうちに、二人の熱も次第に高まっていった。誠一は莉乃の腰を抱いたまま、ホテルの中へ入っていく。その頃、地下駐車場では――怜央が車を停めた直後、見覚えのある一台が目に入った。ナンバーまで、はっきり覚えている。幼い怜央と母を捨てた、あの男の車だった。胸の奥に沈めていた記憶が、一気によみがえる。ほかに男などいくらでもいる。それなのに、なぜ莉乃はよりによって誠一を選んだのか。いや――怜央はそこで考え直した。送られてきた写真の二人は、あまりにも親密だった。とても最近始まった関係には見えない。怜央が莉乃との関係を受け入れ、結婚式まで挙げたのは、つい最近のことだ。それまでは莉乃がどれだけ迫ってきても、恋人として認めたことはなかった。ならば二人は、それ以前から関係を持っていた可能性が高い。婚約の場に莉乃が現れなかったとき、怜央は彼女を深く傷つけてしまったのだと思い、罪悪感まで抱いた。あれほど自分を愛しているのだと、本気で信じていた。だが違った。莉乃は最初から、怜央など愛していなかったのかもしれない。ただ利用していただけだ。本当に心を許していたのは、自分を喜ばせる術を知っている年上の男だった。何も知らず、裏切られた挙げ句、笑いものにされていたのは怜央だけだった。怜央は、苦い記憶の象徴のようなその車を睨みつけた。かつて誠一は、この車に次々と違う女を乗せていた。そのせいで母は深く傷つき、怜央自身も長い間、愛情とは縁のない家庭で苦しんだ。車を降りると、瀬川とボディガードたちが近くで待っていた。
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第353話

そう考えると、誠一は急に面白くなくなった。もし本当に怜央の子なら、自分がこれまで莉乃にしてきたことまで馬鹿らしく思えてくる。もっとも、その可能性は低い気もしていた。誠一は何気ない口調で尋ねる。「怜央は、腹の子が自分の子だと思ってるんだろ?本当にあいつの子って可能性はないのか?」すっかり気が緩んでいた莉乃は、何の警戒もせず笑った。「あの役立たず?薬まで使ったのに、まともにできないまま意識を失ったのよ。本人は何があったと思ってるのか知らないけど、私、一度だってあの人に抱かれてないわ」その瞬間、怜央の顔から血の気が引いた。莉乃の言葉が、一つひとつ胸の奥へ突き刺さる。だが、それでもまだ一つ疑問が残っていた。数年前の、あのときは――誠一も同じことを思い出したらしい。「そういえば晴翔のときは、どうやって会長を騙したんだ?親子鑑定じゃ、本当にお前と怜央の子だって出たよな。でも、お前の最初の相手は俺だったはずだろ?」誠一は、以前からずっと気になっていた。鑑定結果が出た日のことは、今でもよく覚えている。宗一郎自身が手配した検査だった。病院も検査機関も宗一郎の管理下にあり、報告書へ細工する余地などない。それなのに、莉乃はいったいどうやって結果をすり抜けたのか。宗一郎の側近を買収するのも現実的ではない。まして、宗一郎が関係する病院そのものへ手を回せるはずもなかった。莉乃は得意げに笑った。「そんなの簡単よ。紗和の髪を取っておいたの」「紗和の?」誠一が目を見開く。「じゃあ晴翔って、紗和と怜央の子なのか?」怜央の胸が、強く締めつけられた。今、莉乃は何と言った?晴翔は――紗和が産んだ子供なのか。自分と紗和の間に生まれた、あの子なのか。誠一は納得できないように眉を寄せた。「でも、あのとき子供は助からなかったって聞いたぞ?」当時、誠一も怜央に対して多少の後ろめたさは感じていた。莉乃と紗和の争いが取り返しのつかない結果を招いたあとも、邦彦から、莉乃が逮捕されたら死ぬと言っていると泣きつかれた。そこで宗一郎には、紗和の身体がもたず、子供は死産だったと嘘をついたのだ。莉乃は、さらに楽しそうに笑った。「父の恋人が、あの産科で看護師をしてたの。同じ日に亡くなった赤ちゃんと
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第354話

怜央は扉のそばに立ち、異様なほど静かな目で莉乃を見ていた。だがその瞳の奥では、外からは計り知れない感情が渦巻いている。憎しみ、軽蔑、嫌悪。そして、そのどれとも違う、莉乃が意味を考えたくない何か。莉乃はようやく我に返り、慌てて誠一から離れた。ベッドを下り、膨らんだ腹を両手でかばいながら、怜央のもとへ駆け寄る。いつからそこにいたのか、まったくわからない。ただ、今ここで怜央を完全に敵へ回すわけにはいかなかった。誠一は御堂家から見放され、今では何の力も持たない男にすぎない。一方の怜央は、再び御堂家の後継者として認められている。何とか誤魔化さなければならない。そうしなければ、本当に何をされるかわからなかった。莉乃は怜央のそばまで来ると、必死にすがった。「怜央くん、誤解しないで。私の意思じゃないの。この人に薬を飲まされて、無理やり……」涙を浮かべ、さらに訴える。「お願い、信じて。私だって被害者なのよ」莉乃が必死に言い訳を重ねている間に、誠一は急いで服を整えた。今の誠一にも、怜央と正面から争うつもりなどない。怜央は御堂家の後継者の座を取り戻し、グループ内でもその地位を確かなものにしている。それに比べ、誠一は放蕩と女遊びを繰り返し、資産を食いつぶした挙げ句、今では信託から入る金で暮らしているだけの男だと思われていた。まだ怜央と張り合えるだけの力はない。もっとも、こういう場面には慣れていた。これまでにも、既婚女性と関係を持って修羅場になったことは一度や二度ではない。こういうときは、まずその場を離れるに限る。怜央の脇を通り過ぎようとした、そのときだった。低い声が落ちる。「……最低だな」誠一は不愉快そうに顔を歪めた。怜央が幼い頃から、父親らしいことなど何一つしてこなかった。大人になってから同じ場に居合わせても、怜央は他人同然の態度を貫き、挨拶すらしない。その怜央が、初めてはっきりと誠一に言葉を向けた。だが「最低だ」という言葉は、誠一だけに向けられたものではなかった。こんな男の息子でありながら、自分もまた紗和を裏切り続けてきた。怜央自身にも向けた言葉だった。もちろん、莉乃にはそこまでわからない。すぐさま怜央に同調した。「そうよ、怜央くん。この人が悪
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第355話

「それなのに、あなたは何もできないまま意識を失った!ほかの男なら、あんなに私を満たしてくれるのに!あなたが私を抱かないから、私はあなたの子供を産めなかった。それなのに、紗和だけは妊娠して……幸せそうに母親になるのを待ってた!どうしてよ?私はあれだけ考えて、あれだけ手を尽くしたのに何一つ思いどおりにならなくて、あの女だけが簡単に全部手に入れる。そんなの、許せるわけないでしょう!だから、わざと喧嘩を吹っかけて、隙を見てお腹を思いきり蹴ったの。流産させるために!なのに、あの子は死ななかった。あれだけやっても生き残ったのよ!紗和の子供なんて、絶対に残しておくわけにはいかなかった!でもそのあと、もっといいことを思いついたの。紗和があなたを奪ったなら、今度は私があの女の子供を奪えばいい。しかも、その子に私を母親だと思わせるの……私、頭いいでしょう?全部、紗和が悪いのよ!それにあなたも!何もしてくれなかったあなたが悪い!私をこんなふうにしたのは、あなたたち――」最後まで言い終えることはできなかった。次の瞬間、怜央の手が莉乃の首をつかんでいた。息ができなくなるほど強く締め上げられる。莉乃は目を見開き、必死に暴れた。両手で怜央の手首をつかみ、引き離そうとする。だが、びくともしない。顔がみるみる赤くなり、やがて血の気が引いていく。視界まで暗くなりかけたところで、怜央はようやく手を緩めた。ぎりぎりのところで、理性が戻ったのだ。今、莉乃を殺すわけにはいかない。ここで死なせてしまえば、それで終わってしまう。それでは到底、足りなかった。何より、殺人を犯せば自分の人生まで終わる。ホテルには監視カメラもある。莉乃のような人間のために、これ以上自分の人生を失うつもりはなかった。すでに十分すぎるほど、壊されてきたのだから。怜央は莉乃を乱暴に突き放した。莉乃はよろめき、そのままベッドの縁へ倒れ込む。柔らかな寝具に受け止められ、怪我はしなかった。だが、全身の震えが止まらない。ほんの少し前まで、本当に死ぬと思っていた。怜央は本気だった。莉乃が慌てて起き上がり、逃げようとした瞬間、怜央は部下に扉を塞がせた。ここで逃がすわけにはいかない。薫子のもとへ逃げ込まれれば、簡単には手を出せなくなる。
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第356話

「お前がどういう人間か、もう全部わかってる!生まれで人の価値が決まるわけじゃない。だが、お前はこれ以上ないほど卑しい!性根は腐りきって、俺の金に寄生し、俺の血を吸うことしか考えてこなかった!お前ほど汚らしくて、卑しくて、反吐が出る女を、俺はほかに知らない!」「違う……」莉乃の顔が大きく歪んだ。頭を抱え、両耳を塞いで何度も否定する。聞きたくない。これ以上、何も聞きたくなかった。怜央にすべてを暴かれる少し前まで、莉乃は自分が誰よりうまくやっていると思っていたのだ。征臣には屋敷を追い出された。それでも、葉山家の令嬢である美玲は自分を味方だと思っている。誠一も自分に夢中で、惜しみなく機嫌を取ってくれる。世間から見れば、自分は九条家の令嬢であり、御堂家の後継者と結婚式まで挙げた女だった。そのすべてを、怜央が今、一つずつ剥ぎ取っていく。隠し続けてきた過去まで突きつけられ、莉乃は耐えられなくなった。「もうやめて!お願いだから、やめて!」莉乃が取り乱せば取り乱すほど、怜央の目は冷えていった。「さっき自分で、うつも妄想も悪化したと言ったな。以前の受診歴も残ってる。今の状態も含めて、一度きちんと専門医に診てもらえ」莉乃は慌てた。床に膝をついたまま、怜央の足元までにじり寄る。「怜央くん、そんなことできないでしょう?私のために、あれだけ長い時間を使って、あれだけいろんなものをくれたじゃない。今さら私を捨てられるはずないわ!」怜央は足元ですがる莉乃を振り払った。もう顔を見ることさえ嫌だった。汚くて耐えられなかった。ほどなくして、民間の精神科病院から二人の職員がやって来た。一人は鎮静剤を用意し、もう一人は搬送中に暴れたり自傷したりするのを防ぐための拘束具を手にしている。それを見た瞬間、莉乃の顔から血の気が引いた。「怜央くんに、私を精神科へ入れる権利なんてない!行かない!私は病気じゃない!絶対に行かないから!」怜央の表情は少しも動かなかった。「以前の診断書も治療記録も残ってる。今のお前の状態も、十分すぎるほど異常だ。自分が病気だとわからないところまで悪化してるなら、なおさら入院して治療を受けろ」莉乃は激しく抵抗した。だが二人の職員に押さえられ、そのまま鎮静剤を打たれた。しば
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第357話

翌朝、怜央はひどくやつれた姿でリビングへ現れた。佐伯は晴翔の朝食を手伝っていた。これまでずっと、晴翔の世話をしてきた家政婦だ。怜央が晴翔を引き取り、これからは自分のもとで育てると聞き、佐伯は心から喜んでいた。まだ外も暗い3時には起き、晴翔の好物をいくつも用意していたほどだ。だが怜央の姿を目にした途端、驚いて手を止めた。「旦那様……どこかお身体の具合でも悪いのですか?」怜央は淡々と答えた。「そうかもしれないな」そのまま晴翔のそばへ歩いていく。一度父親に置いていかれた晴翔は、また捨てられるのではないかと思ったのか、たちまち泣き出した。「パパ、ぼくを捨てないで。ぼく、パパが大好き」このところ、晴翔は本邸でも決して幸せに暮らしていたわけではない。何度も、パパのところへ行きたいと泣いていた。怜央は膝をつき、小さな頬を伝う涙を指で拭った。「大丈夫だ。もう二度と、お前を捨てたりしない」そう言って、改めて息子の顔を見つめる。晴翔という名には、晴れ渡る空のようにまっすぐ育ち、いつか自分の力で大きく羽ばたいてほしいという願いが込められていた。今こうしてじっと見れば、その目元は以前よりもずっと紗和に似ている。晴翔の顔の向こうに、紗和の面影が重なった。怜央はしばらく動けなかった。晴翔がおそるおそる尋ねる。「パパ、おばあちゃんがね、ママは新しい赤ちゃんを産むから、もうぼくの面倒を見られないって言ってた。本当なの?」以前、妊娠した莉乃に甘えようと近づいた晴翔は、足で蹴り飛ばされたことがあった。怜央は首を横に振った。「お前の母親は、あの嘘つき女じゃない。晴翔。お前は紗和と俺の、本当の息子なんだ」佐伯は、手にしていた茶碗とスプーンを落としかけた。「旦那様……それは、本当なのですか?」怜央はうなずいた。「莉乃は、紗和と俺を引き離すために、生まれたばかりの子供を別の死産児と入れ替えた。紗和には、子供は助からなかったと思わせたんだ。俺も、病院からそう聞かされて……紗和をこれ以上苦しませたくないと思って、確かめもしなかった。だが本当は、晴翔こそ俺と紗和の子供だった。佐伯さん。今になってこんなことを知った俺は……もう遅すぎると思うか?」佐伯の顔には、隠しようのない衝撃が浮かんでいた
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第358話

あまりにも奔放で混沌としていながら、その家なりの秩序だけは保たれている。そんな家庭だった。20人を超える愛人たちは玲司の母親に厳しく管理され、認知された子供をどの国へ留学させるかまで、彼女が決めていた。そんな環境で育った玲司は、父親の女性関係についてはとっくに割り切っている。それで心を痛めたこともなければ、怜央のように、顔を合わせても他人のふりをするほど父親との関係を断ってもいなかった。だが、莉乃が紗和の子供をすり替え、その子を利用して実の母親を傷つけ続けたと聞けば、さすがに怒りを抑えられなかった。「あの女、どこまで腐ってるんだ」玲司は顔をしかめた。「それにお前もお前だ。人を見る目がなさすぎる。見抜けないなら、せめて勝手に決めつけるなよ。花宮莉乃が偽物だって聞いても、正直そこまで驚かなかった。前から何となくおかしいとは思ってたんだ」玲司は続けた。「子供の頃の九条家の令嬢を知ってるからな。誰にでも可愛がられる、本当に天使みたいな子だった。あんな性格に育つとは、どうしても思えなかった。ただ、九条家の人間がそろって本物として扱ってる以上、俺が口を挟む話じゃないと思って黙ってただけだ」その言葉を聞いているうちに、怜央は耐えきれなくなった。声を押し殺そうとしても、嗚咽が漏れる。「俺は……本当に後悔してる。紗和に、あんなことをするべきじゃなかった。何も見えてなかった。俺こそ最低だ」大の男が、堪えきれずに泣いていた。玲司はもう責めなかった。「わかった。もう十分わかったよ。髪まで白くなってるじゃないか」ティッシュを何枚か抜き取り、怜央へ押しつける。「もう泣くな。泣いたって何も戻らない」少し間を置いて尋ねた。「それで、花宮はどうした?」怜央は低い声で答えた。「母が入ってる精神科病院に莉乃を放り込んだ。莉乃が誠一と寝たことも、母には伝えてある。母は双極性障害で、興奮すると手がつけられなくなることもある……」怜央は清美が入院している病院へ連絡し、莉乃をそこへ送り込んだ。清美が心を病んだ大きな原因は、誠一の度重なる裏切りだった。そのため清美は、誠一と関係を持つ女を激しく憎んでいる。怜央は莉乃を、あえてその清美と同じ病院へ入れたのだ。病院の一部の職員には怜央から金が渡っている。清美
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第359話

玲司は怜央を見つめ、尋ねた。「じゃあもし、本物の九条家の令嬢を見つけて、その人から『恩返しなら結婚してほしい』って言われたら、どうする?」「断る」怜央は即答した。「もう二度と、同じ間違いはしない」玲司はため息をついた。「だったら、望月さんのことも諦めろ」怜央の表情が強張った。玲司は容赦なく続ける。「望月さんがお前とやり直すことは、もうない」怜央は信じられないように問い返した。「どうして、そこまで言い切れる?紗和はまだ九条征臣と結婚してない」「結婚してるかどうかなんて関係ない。大事なのは、もう二人が肉体関係を持ったってことだ。普通、女は相手を将来自分の子供の父親にしてもいいと思わなきゃ、そこまで受け入れない。つまり望月さんは、もう九条さんと新しい家庭を築くつもりでいるってことだ。お前が勝手に思い込んでるみたいに、今もお前を忘れられずにいるわけじゃない。それに何より、九条さんは自分のものに対する執着が異常に強い。前に最高級ホテルを何軒か取り戻すために、相手の一族を徹底的に潰したって話も聞いたことがある。あの男が冷酷なのは、ただの噂じゃない。だから今は、望月さんのためにも、お前自身のためにも、晴翔のことは黙っておけ。それが、今までお前がしてきたことへの償いだ」玲司は、私情だけでなく、公の立場から見た利害まで含めて怜央を諭した。怜央の胸の奥に、重いものが沈んでいった。晴翔のことを伝えれば――失ったはずの子供が生きていたと知れば、紗和は自分のもとへ戻ってきてくれるかもしれない。ほんの一瞬、そんな夢を見た。だが、理性ではわかっている。そんな都合よくいくはずがない。真実を知ったとき、紗和が何を思うのかさえ、怜央にはわからなかった。たとえ紗和の心が揺れたとしても、今さら二人がやり直すことを許す者は、もう誰もいない。怜央は静かにうなずいた。この悲しさと無力感を、怜央自身もうまく言葉にできなかった。後悔だけが、尽きることなく押し寄せてくる。紗和には、この先どれだけ時が経っても、伝えきれないほどの「すまなかった」が残っていた。そのとき、建物の外の車道を、結婚式の車列が通り過ぎていった。怜央は、ふとあの日を思い出した。盛大な結婚式こそ挙げなかったが、希少な高級車を薔薇
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第360話

紗和の顔色が変わったことに気づき、彩葉が隣から画面を覗き込んだ。初めは、紗和が幸せに暮らしていると知った怜央が、未練がましいメッセージでも送ってきたのかと思った。だが内容を読んだ瞬間、彩葉の表情も変わった。「これ……怜央が仕組んだ罠じゃないの?晴翔が本当にあなたの子供なの?あのとき病院は、亡くなった赤ちゃんをきちんと処置したっていう書類まで出してたでしょう?」紗和の胸に、あの日の記憶が一気によみがえった。流産したあと、病院から子供は亡くなったと告げられた。どうしても顔を見たいと訴えたが、怜央からは、大量出血した紗和の処置をしている間に、病院へ任せたと聞かされた。あまりの苦痛に、その頃の記憶はところどころ抜け落ちている。莉乃への憎しみで頭がいっぱいになり、子供の死について最後まで自分で確かめようとはしなかった。もし莉乃がそこにつけ込んだのだとしたら――あり得ない話ではなかった。あの女なら、それくらいのことは平然とやる。当時、莉乃は怜央から多額の金を受け取っていた。今になって振り返れば、思い当たることはいくつもある。その金で病院の看護師を買収し、別の赤ちゃんと入れ替えたのだろうか。頭がひどく痛んだ。これ以上考え続ければ、何も整理できなくなりそうだった。「佐伯さんとは長い付き合いよ。簡単に嘘をつく人じゃない。たとえ怜央に頼まれたとしても、こんなことで私を騙すとは思えない」彩葉も衝撃を隠せなかった。「もし本当に、晴翔があなたの子だったら……どうするの?」紗和には答えられない。「彩葉……今、頭の中がぐちゃぐちゃなの。少しだけ、寄りかかってもいい?」彩葉は何も言わずにうなずき、自分から紗和の手を握った。少しでも支えになろうとするように、温かな手で包み込む。もし、これまでのことが何もなかったなら――晴翔の仕掛けた罠で大怪我を負い、一時は車椅子での生活さえ覚悟するほど追い詰められていなければ。晴翔に対する気持ちも、ここまで複雑にはならなかったかもしれない。紗和は長い時間をかけ、ようやく少しだけ気持ちを落ち着かせた。「まずは、鑑定に使えるものを手に入れる」彩葉もうなずいた。「そうね。メッセージだけじゃ、本当かどうかわからない。花宮と怜央が手を組んで、あなたと九条さん
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