「……騎士団長。説明したまえ」王宮の宰相執務室。 普段は快適な室温に保たれているはずのその部屋は、今や真冬の雪山のような冷気に支配されていた。 窓ガラスにはびっしりと霜が張り付き、吐く息は白い。直立不動で立っているのは、王宮騎士団長のガレイン侯爵だ。 歴戦の猛者であるはずの大男が、今は小刻みに震えている。寒さのせいか、それとも目の前に座る「氷の宰相」の圧力のせいか。「は、はい! 現在、侵入経路を特定中ですが、おそらくは北塔の通気口から……」 「『おそらく』?」アレクセイ様が、手元の書類から視線を上げた。 その瞳は、感情を一切映さない硝子玉のようだった。「私が聞いているのは推測ではない。事実だ。 私の執務室に何者かが侵入し、機密書類に触れ、そして誰にも気づかれずに去った。……この国の警備体制は、ザル以下か?」 「も、申し訳ございません! 侵入者は魔力遮断のアーティファクトを使用していた形跡があり……」 「言い訳はいい。今すぐ警備レベルを『フェーズ1』に引き上げろ」ガレイン団長が息を呑んだ。『フェーズ1』。 それは戦時下、あるいは国王暗殺未遂などが発生した際に発令される、最高レベルの厳戒態勢だ。王宮の出入りは完全に封鎖され、全ての職員に身分照会が行われる。「か、閣下、それはあまりにも……! たかが書類が数ミリ動いただけのボヤ騒ぎで、そこまでは……」 「ボヤ? 私のテリトリーが汚されたんだぞ。これを大火と言わずになんと言う」パキリ。 アレクセイ様が持っていた万年筆が、指の圧力で粉砕された。 黒いインクが指に滲むが、彼は気にも留めない。「全職員の荷物検査、および過去一ヶ月の入退室記録の洗い出しだ。怪しい動きをした者は、即座に地下牢へ放り込め。……尋問は私が直接行う」 「は、はいっ! 直ちに!」団長は逃げるように敬礼し、部屋を飛び出していった。 嵐のような殺気だけが残された部屋で、私はそろばんを弾く手を止めた。「……閣下。やりすぎです」 「何がだ」 「警備レベルをフェーズ1に上げると、騎士団員の残業代だけで一日あたり二百万ベルの追加予算が発生します。さらに、検問による物流の停滞で、王宮への納入業者への遅延損害金も発生します」私はそろばんを振りかざして抗議した。「たかが泥棒一匹捕まえるのに、コストパフォーマンスが悪すぎます! もっと
Terakhir Diperbarui : 2026-07-14 Baca selengkapnya