Semua Bab 氷の宰相の専属経理係 ~完済したはずの借金に、「溺愛」という名の永久利息がつきました~: Bab 31 - Bab 40

42 Bab

第31話「深夜の執務室、眠れる森の経理係」

証人であった職人、ミラーが謎の死を遂げてから二日。 公邸の空気は重く沈んでいた。そんな中、私の元に一つの小包が届いた。「リアナ様。表門に『ファンからの差し入れ』と称して、これが置かれていたそうです」ルーカス様が持ってきたのは、高級菓子店の包装紙で包まれた重たい箱だった。 危険物探知は済ませてあるという。私は訝しみながら包装紙を解いた。 蓋を開けると、詰まっていたのは砂糖菓子ではなかった。「……あら」古びた紙幣の束。 ……金貨で運べば、荷馬車が一台必要になる金額だ。それを、こうして小箱一つに収めてしまえるのだから、紙幣とは便利なものだと思う。 一万ベル札が、ぎっしりと隙間なく詰め込まれていた。 ざっと見て、束が十個。「一億ベル、ですね」その上に、一枚のカードが添えられていた。 『賢明な判断を期待する。これを持って田舎へ帰れ。さもなくば、次は貴様の番だ』典型的な買収工作、兼、脅迫状だ。 一億ベル。 私の借金を二回完済してもお釣りが来る金額。「……馬鹿にするな」背後で、低い声が響いた。 アレクセイ様だ。彼もまた、箱の中身を覗き込み、氷のような冷気を放ち始めていた。「たったの一億ベルか? 私の補佐官の口を封じる対価が、これっぽっちだと?」 「ええ、同感です。あまりにも市場価格を無視しています」私は冷静に頷き、愛用のそろばんを弾き始めた。「計算してみましょう。もし私が手を引いて偽造金貨が流通すれば、ハイパーインフレで三ヶ月後にはこの一億ベルは紙屑です。さらに敵の追手を差し向けられる確率は九九%。逃亡生活の警備費や慰謝料まで現在価値に割り引くと、どう考えても赤字です」私は最後に、バチン! と決定的な音を立ててそろばんを止めた。「結論。この提示額は、私の人生と命を買い叩きすぎています。最低でも国家予算の三割、かつ非課税での一括払いくらい提示してもらわないと、交渉のテーブルにも着けません」私が真顔で言い放つと、アレクセイ様は呆気にとられた顔をし、それからフッと口角を上げた。「……ククッ、ははは! 国家予算の三割か! 強欲で結構! 一億ベルなど、君の価値の消費税にもならん」「ええ。経理係をナメないでいただきたいです」私は箱の蓋を乱暴に閉じた。「この金は『証拠品』として押収します。雑収入として計上できないのが残念ですが」 「……待て
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-06
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第32話「財務大臣の裏切り、黒幕の正体」

「……遅かったか」王都の一等地にある豪奢な屋敷。 財務大臣、マクシミリアン・バロン・グレイ伯爵の私邸。 その重厚な扉を、アレクセイ様の氷魔法が粉砕した直後のことだった。屋敷の中は、不気味なほど静まり返っていた。 使用人の姿もなく、家具には白い布。 だが、暖炉にはまだ赤い熾火が残っていた。「逃げられたようですね」私は暖炉の中に残っていた、燃えかけの紙片を火バサミで拾い上げた。「……これ、裏帳簿の一部です。証拠隠滅を図ったのでしょうが、詰めが甘い」紙片には、ガリソン商会への送金記録と、隣国ラ・メールの銀行口座番号が記されていた。 決定的だ。「ルーカス! 港と街道を封鎖しろ! まだ遠くへは行っていないはずだ!」「ハッ! 直ちに手配します!」アレクセイ様の怒号が響く中、私はデスクに近づいた。 その上に、一冊の革装丁の手帳が置き去りにされていた。 日記帳だ。私が開くと、そこには彼の歪んだ野心と、アレクセイ様への劣等感が書き殴られていた。『氷の宰相め。若造が偉そうに』 『私の計画は完璧だ。この国の通貨価値をゼロにし、隣国通貨を導入すれば、私は新政府のトップに立てる』『……色仕掛けも金も通じぬ女とはな。エリーゼを送り込んだのが、そもそもの間違いだった』そして、最後の日付のページで、私の指が止まった。 そこには、乱れた筆跡で、私に対する「明確な恐怖」が綴られていた。『……誤算だ。あの女だ。リアナ・フォレストとかいう、宰相の腰巾着だと思っていた女』『あいつは化け物だ。私が十年かけて構築し、財務省の精鋭ですら気づかなかった複雑な隠蔽工作を、あいつはたった数日で……いや、ほんの一瞥で見抜いた』『魔法ではない。ただの「計算」で、私の喉元に刃を突きつけてきた。アインスワースの魔力よりも、あの女の眼鏡の奥の瞳の方が、よほど恐ろしい』『もはや猶予はない。あの「計算機」が弾き出した答えが、私の破滅を確定させる前に──盤面ごとひっくり返すしかない』「……閣下」私は日記帳を閉じた。 彼は私を「愛人」ではなく「排除すべき最大の障壁」として認識していたのだ。「どうした、リアナ」「これを。大臣からの、私への『評価表』のようです」私が日記を渡すと、アレクセイ様は目を通し、その場で手帳を凍りつかせた。パキパキという音と共に、革表紙
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第33話「市場の大混乱、リアナの青空教室」

王都の中央市場は、地獄の釜の蓋が開いたような騒ぎだった。「金貨なんて紙屑だ! 店を開けろ! 小麦粉をよこせ!」 「偽物をつかませやがって! 俺の全財産がパーだ!」 「拾え! 拾えばタダだぞ!」空からは私兵たちがばら撒いた偽造金貨が雨のように降り注ぎ、地面ではそれを拾う者、商店を襲う者が入り乱れている。 正常な経済活動は停止し、ただ「恐怖」と「欲望」だけが渦巻いていた。「……酷い」馬車を降りた私は、その光景に立ち尽くした。 これは経済ではない、略奪だ。「リアナ、下がっていろ。これ以上近づくのは危険だ」アレクセイ様が私を背に隠し、冷気を纏わせて周囲を威圧する。 だが、興奮した群衆は「氷の宰相」の姿を見ても怯むどころか、逆に殺気立って押し寄せてきた。「おい見ろ! 宰相だ! 国のトップがのこのこ出てきたぞ!」 「お前らが偽物を刷ったんだろう! 俺たちの金を返せ!」石ころが飛んでくる。アレクセイ様は氷の障壁でそれを弾いたが、彼の表情は苦渋に満ちていた。 自国の民に魔法を向けることは、彼にはできない。「……閣下。魔法を解いてください」 「なっ? 何を言っている!」 「拡声の魔法だけお願いします。あと、あの高い木箱の上まで私を運んでください」私は市場の中央、野菜用の空き箱が積み上げられた場所を指差した。「演説をします」 「馬鹿な! 標的になるだけだ!」 「いいえ。今、彼らを止められるのは『感情』ではありません。『計算』です」私は彼の手を強く握った。「信じてください。私は貴方の経理係ですよ? 数字の扱いで、誰かに負けたことがありますか?」アレクセイ様は数秒間、私を見つめ──やがて、短く息を吐いた。「……分かった。私の全魔力で、君の声を届けてやる」「あー、あー。マイクテスト。……聞こえますか、王都の皆様!」木箱の上に立った私の声は、アレクセイ様の魔法によって増幅され、市場の隅々まで轟いた。 突然の大音量に、暴れていた人々が動きを止める。 数千人の視線が一斉に私に突き刺さり、誰かが野次を飛ばした。「なんだあの女! 引っ込め!」 「宰相の愛人か!?」罵声が飛ぶ。石も飛ぶ。 アレクセイ様が弾こうとするのを手で制し、私はそろばんを「ジャラッ!」と一際大きく鳴らした。「黙りなさい! 今から『損をしないための特別授業』を始めます! 受講料
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-09
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第34話「氷壁の守護、その代償は高くつく」

カァァァンッ!!私の投げた「三代目そろばん」は見事に暗殺者の手首を直撃した。 男が苦悶の声を上げ、吹き矢の筒を取り落とす。 発射された毒針の軌道がわずかに逸れ──私の頬を掠めて、後方の木箱に深々と突き刺さった。 針から滲み出た紫色の液体が、木材をジュウジュウと音を立てて腐食させていく。「……ッ、強酸性の劇薬!?」暗殺者は手首を押さえながら、憎々しげに私を睨みつけた。 そして、懐から何かを取り出した。 それは針ではない。握り拳ほどの大きさの、黒く脈打つ水晶玉──「魔力爆弾」だ。「死なば諸共だァァァッ!!」男が絶叫し、水晶玉を地面に叩きつけようとする。 ここには数千人の市民がいる。 爆発すれば、あるいは毒ガスが撒き散らされれば、大惨事になる。「いけない……!」私の足が動くより早く、世界が白く染まった。「──展開」静かな、しかし凛とした声。 アレクセイ様だ。 彼は私を背に庇うように一歩踏み出し、両手を広げた。ゴオォォォォォォッ!!猛吹雪が渦巻く。 アレクセイ様の全身から溢れ出した膨大な魔力が、瞬時に巨大なドーム状の「氷壁」を形成した。 それは私だけでなく、市場にいる群衆すべてを覆い隠す、城壁のような厚みを持っていた。ドォォォォォンッ!!直後、暗殺者の放った爆弾が炸裂した。黒い炎と毒の煙が、氷のドームの中で荒れ狂う。だが、氷壁はビクともしない。 爆発の衝撃も、致死性の毒ガスも、すべてをその内側に封じ込め、外の世界を完璧に守り抜いていた。「……ぐ、ぅ……ッ!」アレクセイ様の喉から、苦しげな呻き声が漏れた。 見ると、彼の顔色が土気色に変わっている。 氷壁を維持する彼の手が、小刻みに震えている。「か、閣下!? 魔法を解いてください! もう爆発は収まっています!」 「まだだ……毒ガスが……残っている……」彼は歯を食いしばり、さらに魔力を注ぎ込んだ。 ドームの内側で、毒の霧が氷の結晶に取り込まれ、無害化されていく。 浄化だ。 防御だけでなく、広範囲の浄化魔法を同時に行使している。 しかも、先ほどの「拡声魔法」で魔力を消費した直後に。「完全に……消滅させるまで……」彼の銀髪が、魔力枯渇の反動で白く褪せていくように見えた。 膝が震え、体が傾く。「閣下!!」私が叫んだ瞬間、毒の霧が完全に凍りつき、キラキラと輝く粉雪となって消え失せた。 同時
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-10
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第35話「宰相休養、公邸での甘い軟禁生活」

「……絶対安静、ですか」宰相公邸の主寝室。 天蓋付きのベッドに横たわるアレクセイ様を見下ろし、私は宮廷医師の診断結果を復唱した。「はい。命に別状はありませんが、魔力の回路が焼き切れる寸前でした。少なくとも一週間は魔法の使用を禁止。過度なストレスも厳禁です。……でないと、次は本当に命に関わりますよ」老医師は眼鏡を光らせ、アレクセイ様に釘を刺した。 アレクセイ様は不服そうに唇を尖らせている。「大袈裟だな。一晩寝れば治る」 「治りません。貴方は人間であって、永久機関ではありません」私は医師にお礼を言って部屋から出し、ドアに鍵をかけた。 カチャリ。これで、この部屋は密室だ。「リアナ。鍵をかけてどうするつもりだ? まさか、弱った私を襲う気か?」 「はい、襲いますよ。……仕事という名の暴力でね」私は隣の部屋から運ばせてきた執務机と、山のような書類の束をベッドの横に配置した。「本日より、ここが臨時執務室です。私はここで、閣下の看病と通常業務を並行処理します」 「……ここで、か?」 「はい。閣下が勝手にベッドから抜け出して仕事をしないよう、二十四時間監視するためです」私が宣言すると、アレクセイ様はきょとんとして、それから嬉しそうに目を細めた。「なるほど。つまり、私が完治するまで、君はずっと私の視界の中にいるわけか」 「そうなりますね。嫌なら大人しく寝ていてください」 「嫌なものか。最高の療養環境だ」彼は枕の位置を直し、リラックスした体勢になった。 氷の宰相の威厳はどこへやら、今の彼は完全に「甘えモード」に入っているようだ。「リアナ。喉が渇いた。……桃のコンポートのシロップ割りがいい」 「糖分の過剰摂取は回復を遅らせますよ」文句を言いつつ用意させたグラスを渡そうとすると、彼は手を出さずに口を開けた。「……手が痺れて動かないんだ」 「嘘をおっしゃい。さっき枕を直していましたよ」確信犯だ。 でも、昨日の彼の姿──私を守るためにボロボロになった姿を思い出すと、無下に断ることはできなかった。「……今回だけですよ」スプーンでシロップ水をすくい、彼の口に運ぶ。 彼はそれを子鳥のように飲み込み、満足げに微笑んだ。「……甘いな。君に飲ませてもらうと格別だ」彼は悪びれもせずに言い放つ。 この人、魔力と一緒に「羞恥心」まで使い果
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第36話「逃亡大臣の末路、凍てつく断罪」

「……ここですね」王都から馬車で三時間。 国境近くの深い森に、その別荘はひっそりと建っていた。 地図にも載っていない隠れ家だが、アレクセイ様の探索魔法と、私の資金ルート逆探知からは逃れられなかった。「ああ。中にいる。……金の匂いと、腐った野心の匂いがプンプンするな」アレクセイ様が馬車を降りる。 今日の彼は、いつもの宰相としての正装ではない。 動きやすい狩猟服に、漆黒のマント。 その表情は、先日の甘い看病生活の時とは別人のように冷たく、研ぎ澄まされていた。 まさに、「氷の宰相」の真骨頂。「リアナ。君は私の後ろにいろ。……今回は、手加減できそうにない」 「はい。見届けさせていただきます。私の計算の答え合わせを」私は眼鏡を押し上げ、彼の背中に続いた。別荘の扉は、鍵がかかっていたが意味をなさなかった。 アレクセイ様が手をかざしただけで、錠前が凍りつき、粉々に砕け散ったからだ。静まり返ったホール。 だが、奥の部屋からガサゴソと何かを詰め込む音と、男の独り言が漏れてくる。「くそっ、入り切らん! 絵画は置いていくか……いや、金塊だけは……!」私たちは音もなくその部屋へと近づいた。 ドアが開いている。 中では、やつれた顔の男──財務大臣バロン・グレイ伯爵が、旅行鞄に必死で金目のものを詰め込んでいた。 かつての威厳ある大臣の姿はそこになく、ただの強欲な逃亡者がいるだけだった。「……荷造りは終わりましたか、グレイ閣下」私が声をかけると、グレイ伯爵は「ひぃっ!?」と悲鳴を上げて飛び上がった。 振り返った彼の顔が、私たちを見て絶望に染まる。「あ、アインスワース……!? な、なぜここが……!」 「貴方の隠し口座の送金履歴を追いました。ガリソン商会からの『緊急避難資金』の着金先。……随分と分かりやすいパスワードでしたね。『GOLD』だなんて」私が冷ややかに告げると、伯爵はガタガタと震え出した。「ま、待て! 話せば分かる! 私はただ、国の未来を憂いて……」 「黙れ」アレクセイ様の一言が、部屋の空気を凍てつかせた。 彼はゆっくりと、死神のような足取りで伯爵に歩み寄る。「国の未来? 笑わせるな。貴様が憂いていたのは、自分の懐具合だけだろう」 「ち、違う! あれは必要な犠牲だった! 通貨を切り替えるための……!」 「そのために、毒ガスを撒き散らし、罪のな
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第37話「事件解決、そして訪れる「別れ」の予感」

「号外! 号外だーっ! 財務大臣マクシミリアン・バロン・グレイ、国家反逆罪で逮捕!」 「偽造金貨組織、壊滅! 宰相閣下、万歳!」王都の大通りに、新聞売りの少年の声が響き渡る。 窓の外を見下ろすと、数日前まで暴動寸前だった市場は、嘘のように平穏を取り戻していた。 人々は安心して買い物をし、店先には「政府公認・金貨交換所」の看板が掲げられている。「……計算通り、ですね」私は宰相公邸の自室で、静かに呟いた。 グレイ伯爵の逮捕から三日。 押収された彼の隠し資産──総額五十億ベルは全て国庫に没収され、被害を受けた経済の補填に充てられた。 ハイパーインフレの危機は去り、ベルの価値は守られた。 完璧なハッピーエンドだ。 国の経理係としては、これ以上ない成果と言えるだろう。コンコン、と控えめなノックの音がした。「リアナ様。王宮からの使者の方がお見えです」 「はい、今行きます」私は鏡の前で服装を整えた。 今日受け取るものが、私の人生を劇的に変えてしまうことを、私は知っていた。応接室に通されると、そこには侍従長が恭しく待っていた。 彼は私を見ると深々と頭を下げ、一枚の豪奢な羊皮紙と、重厚な木箱を差し出した。「リアナ・フォレスト嬢。この度の貴女様の働き、誠に天晴れでございました。国王陛下より、特別報奨金が下賜されます」 「……恐縮です」私は震える手で木箱を受け取った。 ずしりと重い。 中には、王立銀行発行の最高額面小切手が入っているはずだ。「金額は、金貨二千枚。……二千万ベルでございます」「に、二千万……」息を呑んだ。 私の借金の残債は、先の報奨金を充当した後でも、約一千八百万ベルある。 つまり──。「……完済、ですね」 「はい。それどころか、二百万ベルほどの余剰金が出ます。さらに、陛下からはフォレスト家の爵位保全と、弟君たちの学費免除の特権も授与されるとのことです」侍従長はニコニコと笑っている。 貧乏令嬢が一夜にして借金をなくし、特権まで手に入れたのだ。 私は飛び上がって喜ぶべき場面だ。なのに。(……どうして?)私の心臓は、冷たい鉛を飲み込んだように重かった。 口角が上がらない。 「ありがとうございます」という言葉が、喉に張り付いて出てこない。「……リアナ嬢? いかがなさいましたか?」 「あ、いえ……あまりの光栄に、言葉が出
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-12
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第38話「完済通知書、震えるペンの先」

王立銀行発行の小切手。 額面、二千万ベル。 それは、羊皮紙一枚とは思えないほどの物理的な重さを持っていた。 私の手の中で、それは「自由への切符」であると同時に、アレクセイ様との縁を切る「絶縁状」のように感じられた。(……行きましょう、リアナ。これが貴女の望んだゴールなのだから)私は震える足を叱咤し、廊下を歩いた。 一歩進むごとに、心臓が冷えていく。 宰相執務室の前。 いつもならノックもせずに飛び込んで「書類が散らかってます!」と怒鳴るところだ。 でも今日は、手が震えてノックができない。「……入れ。そこにいるのだろう」中から、低い声がした。 気配でバレている。 私は深呼吸をし、重い扉を開けた。「失礼いたします」夕暮れの執務室。 アレクセイ様はデスクに座り、窓の外を見ていた。 逆光で表情は見えない。 だが、その背中から漂う空気は、かつてないほど張り詰めていた。「……来たか」「はい。お約束どおり、精算に参りました」私はデスクの前に進み出た。彼との距離、わずか二メートル。この距離が、今日は無限の谷のように遠い。私は小切手をデスクの上に置いた。 そして、徹夜で作成した『借入金完済計算書』をその横に添えた。「閣下。これまでの借入金、および利息、遅延損害金、その他諸経費……全てを含めた全額です。これにて、完済とさせていただきます」事務的な口調を保つのが精一杯だった。 少しでも気を抜けば、声が震え、泣き出してしまいそうだったから。アレクセイ様はゆっくりと椅子を回し、私と向き合った。 そのアメジストの瞳が、小切手を見つめる。 そして、眉間に深い皺を寄せた。「……計算が、合わないな」「はい?」「足りないと言っている」彼は小切手を指先で弾いた。「二千万ベル? 馬鹿な。私の計算では、君の借金はあと一億ベルは残っているはずだ」「はあ!? 一億!? どこの悪徳金融ですか!」私は思わず素の声で叫び、そろばんを構えた。「法定利息は年一五%です! 私の計算に間違いはありません! どこからその一億なんて数字が出てきたんですか!」「……慰謝料だ」「い、慰謝料……?」「ああ。君が私の心を掻き乱し、業務に支障をきたしたことへの精神的苦痛に対する賠償金だ。日割り計算で加算している」アレクセイ様は真顔で、子供のような理屈を並べ立てた。「それか
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-13
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第39話「最後の業務は、引き継ぎではなく「思い出作り」」

「……閣下。これは何の冗談ですか?」翌朝。 私は完璧に仕上げた『業務引き継ぎマニュアル(全十巻)』をデスクに積み上げ、アレクセイ様に問いただした。 彼は私のマニュアルを一瞥もしないまま、コートを羽織って扉の前に立っている。「冗談ではない。業務命令だ」 「ですから、引き継ぎをしないと後任の方が困ります。私の独自計算式は、初見では解読不能ですよ?」 「後任などいない」彼はきっぱりと言い切った。「私が全部やる。……君の代わりなど、この世に存在しないからな」 「過労死しますよ?」 「構わん。……それより、行くぞ。今日は『重要拠点』の最終視察だ」アレクセイ様は強引に私の手を取り、執務室から連れ出した。 重要拠点? 財務省か、それとも造幣局か。 しかし、彼が向かった先は、予想もしない場所だった。「……ここですか? 重要拠点というのは」辿り着いたのは、王宮の裏庭。 雑草が生い茂り、資材が雑然と置かれた、殺風景な場所だ。 でも、私にとっては見覚えのある場所だった。「ああ。ここが、すべての始まりだ」アレクセイ様は地面の一角を革靴のつま先で指した。 そこには、私が数ヶ月前、木の枝で書きなぐった数式の跡が、雨風に晒されて微かに残っていた。「……あの時、君はここで、一人でブツブツと国家予算の矛盾を計算していたな」 「見ないでください。黒歴史です」 「いや、美しかった。泥だらけの靴で、ボロボロの服で……それでも君の瞳は、どんな貴族よりも知的に輝いていた」彼は懐かしそうに目を細め、隣にあるベンチに腰掛けた。 そして、隣をポンポンと叩く。「座れ。……あの日と同じ景色を、もう一度見たかったんだ」私は躊躇いながらも、彼の隣に座った。 肩が触れ合う距離。 風が吹き抜け、木々の葉がざわめく音だけが響く。「……リアナ」「はい」 「私は、君に出会うまで……この世界がただの『チェス盤』に見えていた」アレクセイ様がポツリと語り出した。「人間は駒。感情はノイズ。全ては利益と損失で計算できるゲームだと思っていた。……だが、君という『エラー』が、私の盤面を茶苦茶にした」 「エラー扱いは心外です」 「最高の褒め言葉だ。……君のおかげで、私は初めて、盤上の駒ではなく『生きた人間』として呼吸ができた気がする」彼は私の手を取り、その指に自分の指を絡ま
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-13
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第40話「荷造りは終わらない、捨てられないガラクタたち」

段ボール箱が三つ。 それが、私のこの公邸での生活の全てだった。「……少ないですね。備品ばかりで、私の私物なんてこんなものです」深夜のゲストルーム。 明日、私はここを出ていく。 契約終了に伴う退去。 それが優秀な経理係の去り際だ。「さて、あとはこの引き出しの中身を仕分けして、廃棄すれば完了……」私はデスクの引き出しをひっくり返し、中身を床にぶちまけた。 ガラガラ、と乾いた音がする。 出てきたのは、一見するとゴミのようなガラクタばかりだった。「……これ、まだ取っておいたんだ」最初に手に取ったのは、小さな白いボタン。 白蝶貝の、欠けたボタンだ。 以前、アレクセイ様のシャツから取れかけ、私が縫い直した時のもの。その際、予備として交換した古い方を、なぜか捨てずに持っていたのだ。『……君は、本当に私の修繕係だな』あの時の、彼の驚いた顔と、少し照れたような笑顔が脳裏に蘇る。 彼の体温。間近で嗅いだ香水の匂い。 ただのボタンなのに、掌に乗せると熱を持っているような気がした。「……資産価値、ゼロ。廃棄対象です」私はゴミ箱へ捨てようとした。 でも、指が動かない。 ゴミ箱の縁で手が止まり、震え出す。(……だめ。捨てられない)私はボタンをポケットにねじ込んだ。 次に出てきたのは、映画の半券のような紙切れ。 街へ「視察」に行った時、露店でもらった福引券だ。ハズレくじ。『一等賞は世界一周旅行か。当たったら、君と行くのも悪くないな』 『ハズレです、閣下。参加賞のポケットティッシュです』 『……ちぇっ』子供みたいに唇を尖らせていた、氷の宰相。 あの時、彼は確かに私との未来を夢見てくれていた。 たとえそれが、冗談だったとしても。そして、最後に拾い上げたのは──小指の爪ほどの、歪な形をした紫色の石だった。 魔力などほとんど残っていない、道端に転がっているようなクズ魔石。 彼が初めて私の「節約弁当」を食べた翌日、お礼だと言って本物の宝石と一緒に渡してきたものだ。『その紫色は、私の目の色に似ているだろう? 君にあげるよ』 『いりません、こんな石ころ』 『持っていてくれ。……私だと思って』「……馬鹿みたい」私はその石を握りしめ、膝を抱えて座り込んだ。「全部、ガラクタじゃないですか。市場価値なんてありません。質屋に持って行っても、一ベルにもなりません」
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-16
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