Semua Bab 氷の宰相の専属経理係 ~完済したはずの借金に、「溺愛」という名の永久利息がつきました~: Bab 21 - Bab 30

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第21話「廃倉庫の計算式、暴力に対する唯一の解」

ガタッ、と大きな揺れがあり、馬車が停止した。 重い鉄扉が開く音。湿気たカビと錆びた鉄、そして微かな機械油の匂い。(……到着ね)私は麻袋の中で、浅い呼吸を繰り返しながら状況を分析した。 移動時間は四十二分。馬車の速度と方向から推測するに、場所は王都北端の廃棄工業地帯。「おい、起きろ。到着だ」乱暴に袋の口が開けられ、私は床に放り出された。 冷たいコンクリートの感触。 私は「怯えた令嬢」を演じながら、ゆっくりと身を起こした。「こ、ここは……?」見渡す限りの鉄骨と、積み上げられた木箱。 広大な廃倉庫だ。 そして奥、男たちが厳重に守る一角に、巨大な金属プレス機が鎮座し、その横には鋳造されたばかりの金貨が山積みにされていた。(……ビンゴ)私の脳内電卓が、ファンファーレを鳴らした。 動かぬ証拠だ。ここが偽造金貨の製造工場。 この光景をアレクセイ様に見せれば、黒幕まで一直線に辿り着ける。「さて、お嬢ちゃん。約束のモノを出してもらおうか」目の前に立ったのは、頬に大きな傷のある男──実行部隊のリーダーだろう。 背後には棍棒やナイフを持った手下が四人。 全員、目つきが据わっている。「……何の、ことですか?」 「とぼけるな。アインスワースの執務室から持ち出した『裏帳簿』だ。それさえ渡せば、命だけは助けてやる」嘘だ。 男の瞳孔が開いている。心拍数も上がっているだろう。 彼らは証拠を手に入れた後、私をここで始末する気だ。私は震える手で鞄を抱きしめ、後ずさった。「……渡しません。これは、国の財産です」 「あぁ? 国の財産だァ?」 「そうです。この帳簿には、貴方たちが盗んだ二十億ベルの行方が記されています。それを回収するのが、経理係である私の義務です」私が毅然と言い放つと、男たちは顔を見合わせ、下卑た笑い声を上げた。「ギャハハ! 傑作だ! こんな状況で経理だとよ!」 「ここにはテメェ一人、俺たちは五人だ。叫んでも誰も来ねえぞ」リーダーがジャキッ、と錆びたナイフを取り出した。「……痛いのは嫌だろ? 大人しく鞄をよこせ」男が一歩近づき、私は後ずさる。 背中が、高さ三メートルはある木箱の山にぶつかった。(……質量、推定三百キログラム)私は恐怖に震えるふりをしながら、視線を巡らせた。 木箱の積み方。重心の位置。床の傾斜。 そして、一番下の木箱を支え
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第22話「氷結地獄へようこそ、私の愛しい人を傷つけた罪人たち」

廃倉庫の気温は、もはや生物が生存できる領域を割り込んでいた。 吐き出した息が瞬時に白い粒となり、床に落ちていく。「あ、あぁ……俺の、腕が……!」リーダーの男が、氷の塊と化した自身の右腕を見つめ、絶望の悲鳴を上げた。 感覚がないのだろう。恐怖だけが彼の顔を歪ませている。 木箱の雪崩から這い出そうとしていた他の手下たちも、異変に気づいて動きを止めた。 いや、止めざるを得なかったのだ。パキパキパキッ……!乾いた音が連鎖する。 彼らの足元から這い上がった氷が、足首を、膝を、そして腰までを瞬く間に拘束していたからだ。「な、なんだこれ!? 動けねえ!」 「助け、助けてくれェ!」男たちの喚き声が廃倉庫に響く。「……騒がしいな」アレクセイ様が、氷漬けにされた男たちを一瞥した。 その目は、道端のゴミを見るように無関心で、しかし底知れぬ殺意を秘めていた。彼は右手を軽く持ち上げ、指を鳴らした。ガゴォォォッ!!倉庫内の空間そのものが圧縮されたような轟音。 天井付近に無数の氷の槍が出現した。 その数、およそ五十。切っ先は全て、男たちの心臓と頭部に照準が合わされている。「ヒッ……!? 宰相、アインスワース!?」 「待ってくれ! 俺たちはただ、頼まれただけで……!」男たちが半狂乱になって命乞いをする。 だが、アレクセイ様は眉一つ動かさない。「頼まれた? ああ、そうか。誰に頼まれたのか、吐くつもりなんだな?」アレクセイ様が指を僅かに動かすと、氷の槍が一本だけ落下し、リーダーの男の太腿を貫いた。「ギャアアアアッ!!」 「質問に答えろ。誰の指示だ?」 「ぐ、グリーブスじゃねえ! もっと上だ! 財務省の……!」 「名前を言え」さらに一本、槍が男の肩を掠める。 容赦がない。尋問というよりは、一方的な蹂躙だ。 普段の「腹黒いけれど理性的」なアレクセイ様ではない。今の彼は、感情のリミッターが外れた破壊の化身だ。「閣下……!」私は震える声で彼を呼んだ。 このままでは、彼は全員殺してしまう。怒りで我を忘れている。 私の声に、アレクセイ様がピクリと反応し、ゆっくりとこちらを振り向いた。 その瞳から、修羅のような険しさがスッと消え、痛々しいほどの焦燥が浮かび上がる。「リアナ……!」彼は氷の槍を空中に待機させたまま、疾風のように私のもとへ駆け寄った。 そして、私
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第23話「その傷の手当は、高くつきますよ?」

「……閣下。もう歩けます。降ろしてください」宰相公邸の玄関ホール。 私はアレクセイ様の腕の中で抗議したが、彼は聞こえないふりをして大理石の階段を上っていった。 廃倉庫から馬車に乗り、ここに着くまで、私の足は一度も地面に着いていない。 完全なる「荷物」扱いだ。「黙っていろ。君は負傷者だ」 「擦り傷です。赤チンを塗っておけば三日で治ります」 「顔に傷が残ったらどうする。君の資産価値に関わる問題だ」もっともらしい理屈を並べているが、彼が私を離したくないだけなのは明白だった。アレクセイ様は私をゲストルームのベッドへではなく、なぜか彼の私室のキングサイズベッドへと丁寧に下ろした。 ふかふかの布団に沈み込む。「待っていろ。すぐに薬を持ってくる」彼は金庫から、クリスタルガラスに入った黄金色の液体の小瓶を取り出してきた。「……あの、閣下? それは?」 「最高級の治癒ポーション(秘薬)だ。エルフの里から取り寄せた年代物でな」 「ちょ、ちょっと待ってください!」私は慌てて手で制止した。 私の「鑑定眼」が、その液体の市場価格を弾き出していたからだ。「それ、『聖女の涙』ランクのポーションですよね!? 市場価格で一本五百万ベルは下らないはずです!」 「ああ、そうだな」 「頬のかすり傷ですよ!? 絆創膏(一枚一ベル)で済む傷に、五百万ベルを使うんですか!? コスパが悪すぎます! その瓶を売って現金でください!」私が叫ぶと、アレクセイ様は真顔で首を横に振った。「金で君の傷が消えるなら安いものだ。じっとしていろ」彼は私の抵抗を無視し、小瓶の液体を指先に取った。 そして、私の頬の傷口に、そっと塗り込む。 冷たい液体が触れた瞬間、じんわりとした温かさが広がり、痛みは嘘のように消え去った。「……すごい」 「鏡を見てみろ。跡形もないはずだ」手渡された手鏡を見ると、そこには傷どころか、肌荒れまで治ってツヤツヤになった頬が映っていた。 さすが五百万ベル。効果は劇的だが、私の心臓と貧乏性には悪い。「……ありがとうございます。でも、本当に勿体ないことを……」 「まだだ」アレクセイ様は小瓶をサイドテーブルに置くと、ベッドに腰掛け、私を抱き寄せた。 逃がさない、という強い意志を感じる腕。 彼は私の肩に顔を埋め、深く、長く息を吸い込んだ。「……閣下?」 「……
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第24話「借金完済の危機!? 宰相の妨害工作」

「……夢じゃないですよね?」宰相執務室。 私の目の前には、国王陛下の玉璽が押された一枚の証書があった。 『報奨金支給通知書』。 そこに記された金額は、金貨三千枚──すなわち、三千万ベル。「夢ではない。現実だ」デスクの向こうで、アレクセイ様が苦虫を噛み潰したような顔で肯定した。 国が被るはずだった二十億ベルの損失を防いだと考えれば、妥当な成功報酬だ。「やりました……! これで、私の借金残高は一気に一千八百万ベルまで圧縮されます!」私はそろばんを弾き鳴らした。「生活費を切り詰めれば、運用次第で一年以内に完済可能です!」あとたったの一年で、あの地獄のような借金生活から解放される。「ふふっ、あはは! 見えました、黒字ラインが! 私の人生、V字回復です!」私が歓喜の舞を踊りそうになっていると、部屋の気温がスッと下がった。「……そうか。一年で、終わるのか」アレクセイ様が、死刑宣告を聞いた囚人のような声で呟いた。「一年後、君はここを去る。……私のいない世界へ。私という変数が存在しない、君だけの未来へ」 「ええ、そうです! ああ、でも閣下には感謝していますよ? 完済しても、お中元くらいは贈りますね」 「……お中元」彼はガクリと項垂れた。──かと思うと。「……認めんぞ。そんな短期契約で、私が満足するとでも思ったか!」バンッ! とデスクを叩いて立ち上がった。 その目は血走っており、何やら危険な光を宿している。「リアナ。喉が渇いただろう。お茶にしよう」パチンと指が鳴らされ、すぐに侍従が湯気の立つティーカップを私の前に置いた。 一口飲むと、花のような香りと濃厚な旨みが広がる。「……美味しい。これ、いつもの紅茶じゃありませんね?」 「ああ。東方の秘境で、満月の夜にしか摘まれない幻の茶葉だ。──一杯、五万ベルだ」「──ぶっ!!」私は思わず咽せた。「ご、五万……!? カップ一杯で!?」 「君が飲んだ。消費したのは事実だ。……この代金は、君の借金に上乗せしておく」カチャリ。 アレクセイ様が、私への貸付金管理台帳に『+50,000』と書き込んだ。「詐欺です! メニュー表を見せられていません!」 「私の執務室での提供物は、全て時価だ。……さらに部屋の『快適空間維持費』が一時間一万ベル、椅子のレンタル料が月三万ベル、ペルシャ製カーペ
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第25話「弟妹からの手紙、買収された家族たち」

「……閣下。座ってください。緊急査問会を開きます」翌朝。 私は出勤してきたアレクセイ様を、仁王立ちで出迎えた。 私のデスクの上には、昨日弟から届いた手紙と、私が徹夜で試算した「推計・支援総額リスト」が置かれている。「朝から怖い顔だな。……昨日の肩もみのおかげで、私はすこぶる快調なんだが」 「それは良かったです。では、そのクリアな頭脳で説明していただきましょう」私はリストをバシッ! と叩いた。「昨日、弟の手紙にあった『屋根の修理』と『家庭教師』。これについて詳しく実家に問い合わせたところ、驚愕の事実が判明しました」 「ほう?」 「まず、屋根。ただの雨漏り修理かと思いきや、使用された瓦は『王宮と同じ耐火・断熱素材』。施工業者は『王室御用達の工務店』。……見積もり額、推定八百万ベル」私は次々と指を折って数え上げた。「次に食料支援。週に一度届くという『お肉』ですが、これは最高級ブランド牛『キング・ロース』ですね? 一キロあたり二万ベルの肉を、育ち盛りの子供二人にキロ単位で送りつけているとか」 「子供の成長にはタンパク質が不可欠だ。筋肉こそが資本だからな」 「限度があります! 弟が『最近、ステーキが飲み物みたいに溶けるんだ』と書いていました。舌が肥えすぎて、もうスーパーの特売肉に戻れませんよ!」さらに、と私は続ける。「極めつけは家庭教師です。派遣されたのは、王立アカデミーの名誉教授だと聞きました。時給換算でいくらですか? 私の月給を超えますよね?」 「……彼は引退して暇を持て余していたからな。ボランティア価格で請け負ってもらった」 「嘘です! 教授が『宰相閣下に研究費を寄付していただいた』と泣いて喜んでいたそうじゃないですか!」私はリストをアレクセイ様の胸に押し付けた。「合計すると、ここ数ヶ月で貴方が私の家族に投じた金額は……約二千万ベル。私の借金残高の半分に迫る勢いです。……閣下、これは何のマネですか?」アレクセイ様はリストを一瞥し、ふんと鼻を鳴らした。 悪びれる様子は微塵もない。むしろ、「バレたか」と楽しんでいるようだ。「リアナ。君は経理係として優秀だが、投資家としての視点が足りないな」 「投資?」 「ああ。君の弟、レオと言ったか。彼が送ってきた算術のドリルを見たが、筋がいい。論理的思考力は姉譲りだ。妹のマリーも、色彩感覚に優れ
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第26話「その噂、否定させていただきます」

「……ねえ、聞いた? アインスワース公爵家の噂」王宮の回廊を歩いていると、給湯室の陰からヒソヒソ声が聞こえてきた。 足音を忍ばせ、聞き耳を立てる。「聞いたわよ。あの『氷の宰相』が、どこかの貧乏令嬢に骨抜きにされているんですって?」 「ええ。なんでも、彼女の機嫌を取るために、国庫の金を横流しして貢いでいるとか……」 「まあ! 公爵家の資産も底をついて、破産寸前だという話よ。愛に狂うと、男は駄目になるのねぇ」クスクスという嘲笑。 私は手に持っていた書類の束を、グシャリと握り潰した。(……許せない)私が「貧乏令嬢」と馬鹿にされるのはいい。事実だからだ。 だが、許せない点が一つある。『アレクセイ・フォン・アインスワースが、女一人に貢いだ程度で破産する』このデマだ。 これは、彼の資産管理を任されている私の「経理係としてのプライド」に対する、重大な侮辱である! 私がついているのに破産? ふざけるな。彼のポートフォリオは、利回り年五%の超優良経営だ!「……ルーカス様」 「は、はい。なんでしょう、その鬼のような形相は」背後に控えていた護衛騎士のルーカス様が、私の殺気に後ずさる。「今すぐ、移動式の黒板を用意してください。チョークは三色。指示棒も忘れずに」 「は? これから会議ですか?」 「ええ。……『公開訂正講義』です」私は眼鏡をカチャリと押し上げ、噂話の発信源である「貴婦人たちのお茶会」がある方角を睨みつけた。「数字の読めない有閑マダムたちに、真の『富豪』の桁の違いを教えて差し上げます」王宮のサロン・ド・ローズ。 有力貴族の夫人たちのお茶会の話題の中心は、もちろん宰相閣下のスキャンダルだ。バンッ!!優雅な空間に似つかわしくない轟音と共に、扉が開かれた。 入ってきたのは、地味な灰色のドレスを着た眼鏡の女と、巨大な黒板を担いだ騎士団長クラスの男だ。「な、なによ貴女は!?」 「不躾な! 衛兵を呼びなさい!」騒然とする夫人たち。 私はそれを無視し、サロンの中央に黒板をドンと設置した。「お楽しみ中、失礼いたします。宰相補佐官付経理係、リアナ・フォレストです」私は指示棒をパシン! と黒板に叩きつけた。「只今より、巷で流布されている『アインスワース公爵破産説』についての、訂正会見を行います。……ルーカス様、チョークを」 「あ、はい……(俺、
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第27話「瞳の奥の光、眼鏡という名の封印」

パキッ。乾いた音が、執務室の静寂を切り裂いた。 私が床に落ちたペンを拾おうとした、その時だった。 長年連れ添った相棒──ツルをセロハンテープで三箇所補強し、レンズには無数の傷が入った年代物の丸眼鏡が、ついに重力と経年劣化に負けて崩壊したのだ。「あ……」私はフレームが真っ二つに割れた眼鏡を拾い上げ、絶望した。「嘘でしょう……。まだ償却期間(寿命)まで半年はあったはずなのに」 「寿命というか、それはもう遺物の域だったぞ」デスクの向こうで、アレクセイ様が呆れたように言った。「ちょうどいい。新しいのを買え。経費で落としていい」 「ありがとうございます。……ですが、納品されるまでの間、どうしましょう」私の視力は極めて悪い。眼鏡がないと、世界は色彩のぼやけた光の粒と化す。「まあ、今日は執務室から出なければいい話です。閣下、お昼休憩の際は私の手を引いて……閣下?」返事がない。 ぼやけた視界の中で、銀色の光(アレクセイ様)が、なぜか固まっている。「……リアナ。顔を上げろ」 「はい?」言われるがままに顔を上げる。 アレクセイ様が近づいてくる気配がした。 彼の指が、私の顎に触れる。「……やはり、凶器だな」彼が低く呻いた。「君は、その眼鏡を『封印』として使っていたのか?」 「封印? いえ、ただの視力矯正器具ですが」 「……鏡を見てみろと言いたいが、見えないんだったな」アレクセイ様は深いため息をつくと、脱ぎ捨ててあった自分のジャケットを手に取り、バサッ! と私の頭から被せた。「むぐっ!? な、何をするんですか!」 「隠蔽工作だ。いいかリアナ、その顔で一歩も外に出るな。窓際にも立つな。誰とも目を合わせるな」 「視界ゼロです! 窒息します!」私がジャケットから顔を出そうとすると、彼は慌てて私の目を手で覆った。「だめだ! その無防備な瞳を晒すな!」 「仕事になりません! どうしたんですか、急に!」 「……君の裸眼の破壊力が高すぎるんだ。ただでさえ美しいのに、焦点が合わずにとろんとしたその瞳で見つめられたら……男どもは一撃で落ちる」彼は真剣そのものの声で言った。「君という『国家機密』が漏洩する緊急事態だ」「失礼します、閣下。財務省からの決裁書類をお持ちしました」タイミング悪く、執務室に若い文官が入ってきた。 アレクセイ様は舌打ちし、
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第28話「 軽すぎる金貨、重すぎる陰謀の再来」

「……いい天気ですね」王都の大通り。澄み渡る青空の下、私は新しい眼鏡の位置を直しながら呟いた。 隣を歩くアレクセイ様は、変装用の伊達眼鏡をかけ、平民風のジャケットを羽織っている。 今日は公務の合間の息抜きという名目で、私の買い出しに無理やりついてきたのだ。「ああ。君と歩くには悪くない日和だ」 「荷物持ち、ありがとうございます。でも、そろそろ重いでしょう?」 「この程度、書類の束より軽い」アレクセイ様の手には、洗剤、トイレットペーパー、保存食の缶詰などが詰まった買い物袋が提げられている。 国の宰相に何を持たせているんだと護衛のルーカス様が遠くで頭を抱えているが、本人が「君の生活を支えている実感が湧く」と言って聞かないので仕方がない。「さて、最後にお釣りをもらって帰りましょう」私は馴染みの乾物屋で支払いを済ませた。 ……あれ? 私はふと、先ほど別の店でお釣りとして受け取った「一万ベル金貨」に目をやった。 見た目は新品同様に輝いている。 王国の紋章が刻印され、目視で確認できる限り、完璧な本物に見える。私はその金貨を指先で摘み上げた。チャリッ。軽い音がした。 本当に、ごくごく僅かな違和感。 普通の人間なら「気のせい」で済ませるレベルの、指先に残る感触の差異。「リアナ? どうした、また値切り交渉か?」アレクセイ様が不思議そうに覗き込んでくる。 私は答えず、その金貨を掌に乗せ、目を閉じた。 全神経を指先の触覚に集中させる。(……計測開始)私の脳内にある天秤が揺れる。 左皿には、正規の一万ベル金貨。規定重量二十・〇グラム。 右皿には、今ここにある金貨。天秤が、左に傾いた。 右が軽い。(……十九・五グラム)〇・五グラム足りない。 たったそれだけ? いいえ、違う。 金の比重を考えれば、この大きさで〇・五グラムも軽くなるはずがない。 中身が違うのだ。 表面は本物の金でコーティングされているが、中心部に比重の軽い安価な金属──鉛や銅が混ぜられている。「……閣下」私の声が震えた。 冷や汗が背中を伝う。「どうした。顔色が悪いぞ」 「……この金貨、どこで手に入れたか覚えていますか?」 「さっきの……帽子屋のお釣りだったか? それがどうかしたのか」 「ニセモノです」私が断言すると、アレクセイ様の目が鋭く細められた。 彼は即座に
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-04
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第29話「悪貨は良貨を駆逐する、しかし私の計算は駆逐されない」

王宮の最深部にある「王の間」。 円卓を囲むのは、国王陛下をはじめとする各大臣たち。 その末席に──場違いなほど地味な服を着た、リアナが立っていた。「……以上が、本日正午に市場で発見された金貨の分析結果です」私は震える手で眼鏡を押し上げ、一枚の金貨を円卓の中央に置いた。「規定重量二〇・〇グラムに対し、実測値一九・五グラム。中心部に鉛合金が混入されています。 極めて高度な技術で鋳造されており、素人が見抜くことは不可能です」私の報告に、財務大臣のマクシミリアン・バロン・グレイ伯爵が不快そうに鼻を鳴らした。「宰相閣下。このような小娘の妄言を聞くために、我々を緊急招集したのですか? たかが金貨一枚の不良品でしょう。職人の手元が狂っただけではありませんか」 「手元が狂って、鉛が混入するわけがないだろう」アレクセイ様が私の隣に立ち、氷のような視線で大臣を一瞥した。「続けろ、リアナ。この『一枚』が意味する未来を、彼らに教えてやれ」 「はい」私は深呼吸をし、背後の黒板に向き直った。 チョークを握る。「皆様。『悪貨は良貨を駆逐する』という法則をご存知でしょうか」カッカッカッ! 私は黒板にグラフを描き始めた。「もし、この『軽い金貨(悪貨)』が市場に大量に流れたら、誰もが『重い金貨(良貨)』を手元に隠し、『軽い金貨』だけを使おうとします。損をしたくないからです。その結果、市場からは『良貨』が消え、『悪貨』だけが溢れかえり、商人は金貨の価値を信用しなくなって商品の値段を上げます」 「物価高騰……インフレーションか」 「はい。ですが、ただのインフレではありません」私は赤いチョークに持ち替え、グラフの上に一本の線を垂直に引いた。「信用崩壊による『ハイパーインフレ』です。私の計算では、この偽造金貨が市場の三割を超えた時点で、通貨への信用は地に落ちます。現在の流通速度から推測すると……その『Xデー』は、あと三ヶ月後です」「さ、三ヶ月!?」 「はい。三ヶ月後には、パン一個の値段は現在の百倍、一万ベルになります。庶民は餓死し、暴動が起き、国は機能不全に陥ります。……これが、私の計算が導き出した『死のシナリオ』です」シン……と、会議室が静まり返った。 パン一個が一万ベル。その数字のリアリティが、大臣たちの楽観を粉砕したのだ。「……馬鹿な。たかが小娘の計算だろう
last updateTerakhir Diperbarui : 2026-08-05
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第30話「王立造幣局への潜入、機械の鼓動を聞け」

王立造幣局。 王都の北東、厚い石壁に囲まれたその施設は、国の心臓部だ。 普段は鼠一匹通さない要塞だが、今日の空気は違っていた。「ようこそお越しくださいました、宰相閣下」造幣局長の男が、脂汗を拭いながら出迎えた。 その目は泳ぎ、笑顔は引きつっている。 無理もない。「氷の宰相」が事前通告なしの抜き打ち監査に来たのだから。「仕事中すまないな。……少し、工場のラインを見せてもらいたい」 「は、はい! もちろんでございます! ですが、現在はメンテナンス中の区画が多く……」 「構わん。稼働している機械だけでいい」アレクセイ様は局長の言い訳を一蹴し、私に目配せをした。 私は無言で頷き、眼鏡の位置を直した。 今日の私は、ただの補佐官ではない。「監査官」だ。重厚な二重扉が開かれると、熱気と騒音が押し寄せてきた。 巨大なプレス機が一定のリズムで金属板を打ち抜き、数百人の職人たちが黙々と作業をしている。 一見すると、何の変哲もない工場の風景だ。「こちらが第一ラインです。ここでは五千ベル銀貨を……そしてあちらが、一万ベル金貨を製造する第三ラインでございます」局長が早口で説明する。 私は工場の隅々まで目を凝らした。 床の清掃状況、資材の積み上げ方、職人たちの手つき。 どれもマニュアル通りに見える。帳簿上の数字だけでなく、現場の風景もまた「綺麗」に整えられていた。「いかがでしょう、閣下。何も問題はないかと」 「そうだな。見た目は完璧だ」アレクセイ様が私を見た。「どうだ?」という問いかけだ。 私は工場の中央で立ち止まり、ゆっくりと目を閉じた。視覚情報を遮断し、聴覚を極限まで研ぎ澄ます。 工場の騒音は、私にとっては数字の羅列だ。(……聞こえる)第一ライン、正常。 第二ライン、正常。 そして、第三ライン──金貨の製造ライン。ガシャン、ッ、ドン。……ガシャン、ッ、ドン。(……見つけた)私は目を開けた。 そして、迷うことなく第三ラインのプレス機の前へと歩き出した。「あ、あの、補佐官殿? そちらは危険ですので……!」局長が止めようとするのを無視し、私は作業中の若い職人の前で足を止めた。 二十代半ばくらいの、真面目そうな青年だ。 彼は私の姿を見て、ビクリと手を止めた。「……その機械、止めてください」 「えっ、あ、はい……」機械が停止し、周囲
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