「……以上で、全ての業務の引き継ぎを完了いたします」朝の光が差し込む宰相執務室。 塵一つなく磨き上げられた床。 背の順に整列されたファイル。 そして、デスクの上に置かれた一本の鍵。私は深く一礼した。今日、この瞬間をもって、私の雇用契約は満了する。「長い間、お世話になりました。……ご健勝をお祈り申し上げます」顔を上げると、デスクの向こうにいるアレクセイ様と目が合った。 彼は彫像のように動かない。 その顔色は蒼白で、目の下には濃い隈があった。昨夜、一睡もしていないのだろう。 私も同じだ。お互いに、ボロボロの顔をしている。「……行くのか」絞り出すような声だった。「はい。借金は完済されました。私にはもう、ここに留まる理由がありません」 「……理由は、借金だけか?」 「契約書には、そう書いてあります」私は心に蓋をして、事務的に答えた。 そうしなければ、崩れ落ちてしまいそうだったから。「では、失礼します」私は踵を返し、扉へと歩き出した。 カツ、カツ、カツ。 ヒールの音が、カウントダウンのように響く。 あと十歩。五歩。三歩。 ノブに手をかける。 これで終わり。 さようなら、私の愛した氷の宰相──。ダンッ!!背後から、凄まじい音がした。 デスクを蹴り倒すような音。 そして、突風のような気配が私に迫る。「行くなッ!!」「え……?」振り返る間もなかった。 背後から、強い力で抱きすくめられた。 アレクセイ様だ。 彼は私の背中に覆いかぶさるようにして、ドアノブにかけた私の手を、自分の手で強引に押さえつけた。「か、閣下……? 何を……」 「行くな。行かせない」耳元で聞こえる声は、宰相の威厳など欠片もない、駄々っ子のような響きだった。 彼の腕が、私の体に食い込むほど強く締め付けられる。 震えている。 あの「氷の宰相」が、小刻みに震えている。「契約終了です。これは監禁罪に当たります」 「知ったことか! 私が法だと言っただろう!」 「滅茶苦茶です……!」 「ああ、滅茶苦茶だ! 計算も論理も知るか! 君がいなくなる世界など、私にとってはエラーでしかないんだ!」アレクセイ様は私を強引に反転させ、向き合わせた。 至近距離にある彼の顔は、苦悶に歪んでいた。 アメジストの瞳が、潤んで揺れている。「……金を払えばいいんだろう?」彼は私の肩を掴んで揺
Terakhir Diperbarui : 2026-08-16 Baca selengkapnya