―― 休題 Cの回想録 ―― 何て腹の立つ奴だ、というのがシリルがイレヱヌに対して抱いた印象だ。 シリルは産まれながらに総てを与えられた人間だった。銀の匙を咥えて産まれた処か、しゃぶりついて産まれてきた状態だ。ベネディクト家は英吉利で旧くから存在する家柄で祖先は王族とも血縁関係にある事が実家の羊皮紙で作られた家系図のタペストリィからも確認出来る。富、名誉、地位という総ての人間が欲して止まない者を自分は産まれながらに持っている。そして、シリルは何もない、空っぽな人生を歩んでいる事も日に日に気付く事になった。 朝食を摂りに食堂に向かうとシリルだけしか居なかった。「父さん、母さんは?」シリルが生まれる前からベネディクト家に仕える執事に訊くと「旦那様は仕事に向かわれました。奥様は外にお出掛けです」と想像していた通りの答えが返ってくる。朝、部屋の窓から父親のキャデラック・フリートウッドが家の門から出るのを見た。きっと外で作った愛人の元へいそいそと向かったのだろう。おそらく母親はそろそろ酔って朝帰りをする。両手には抱えきれないほどドレスや宝飾品、毛皮があるに違いない。二人とも自分達息子には一切の興味が無い。家庭内は完全に壊れていたのに何故か両親は離婚をする事はなく、世間の目に曝される度に、立派な政治家の優しい夫と貞淑で上品な妻という偽りの姿を演じ続けた。(うちは、完全に壊れている)シリルはある時期からそう感じた。アガサ・クリスティーの“ねじれた家”と其の引用元であるマザーグースの“ねじれた男”を思い出した。 There was a crooked man, and he walked a crooked mile, ねじれた男がいて ねじれた道を一マイル歩き He found a crooked sixpence against a crooked stile; ねじれた六ペンス硬貨を ねじれた踏み段のところで見つけた He bought a crooked cat, which caught a crooked mouse, ねじれた猫を買ったら その猫がねじれた鼠をつかまえた And they all lived together in a little crooked house. そしてみんな一
最終更新日 : 2026-09-16 続きを読む