翌朝。 綾香は父の病室へ顔を出したあと、屋敷へ戻ってきた。 父は検査のため病室を離れている。 戻ってくるまで少し時間があると聞き、綾香はその間に確かめたいことがあった。 母の部屋。 静かな空気は、生前と変わらない。 綾香は真っすぐ机の前へ歩いた。「一番下の引き出し……」 手紙に書かれていたとおり、しゃがみ込んで取っ手を握る。 軽く引く。 動かない。「やっぱり……」 鍵が掛かっていた。 綾香は他の引き出しも開けてみる。 文房具や便箋、古いアルバム。 どれも整理されている。 けれど、鍵らしいものは見当たらない。 机の上も探した。 引き出しの裏も覗く。 それでも何もない。「どこに隠したの……?」 母は最後まで書けなかったのか。 それとも、あえて書かなかったのか。 その時だった。 コンコン。「お嬢様」 橘の声だった。 綾香は慌てて引き出しを閉める。「どうしたの?」「病院へ向かうお時間でございます」「あ……もうそんな時間なのね」「旦那様も、お嬢様をお待ちかと思います」「分かったわ」 綾香は机をもう一度見つめた。 あと少し。 あと少し時間があれば。 そう思いながら部屋を出ようとした、その時。「お嬢様」 橘がふと机へ目を向ける。「奥様のお部屋でございますか」「ええ」「少し掃除をしていたの」 咄嗟にそう答える。 橘は穏やかに微笑んだ。「奥様は、とても物を大切になさる方でした
最後更新 : 2026-08-03 閱讀更多