救急車が九条総合病院へ到着した。 父はそのまま処置室へ運ばれていく。「ご家族の方ですね」 救急隊員が振り返った。「普段、お薬は飲まれていますか?」「高血圧の薬を飲んでいます」 綾香が答えると、橘が薬袋を差し出した。「こちらでございます」 救急隊員は中を確認し、頷く。「ありがとうございます。こちらもお預かりします」 薬袋をケースへしまい、さらに尋ねる。「持病は高血圧だけですか?」「はい。そのはずです」「分かりました」 救急隊員は素早く記録を取ると、処置室へ向かっていった。 扉が閉まる。 廊下には重い沈黙だけが残った。 綾香は両手を強く握り締める。(お願い……)(助かって) 前世では何もできなかった。 でも今回は違う。 まだ間に合うはずだ。 その時だった。「綾香」 聞き慣れた低い声がした。 振り向くと、白衣姿の遥臣が立っていた。「先生!」 遥臣は綾香を見ると、小さく眉を上げる。「今日は随分と大きな猫だな」 綾香は一瞬だけ目を丸くした。 けれど、すぐに小さく笑う。「ええ」 それだけ答える。「猫?」 理央が不思議そうに二人を見た。「どういう意味ですか?」 遥臣は理央へ視線を向ける。「患者との世間話だ」 短く答え、それ以上は何も説明しない。 そのまま処置室へ向かおうとする。「先生!」 綾香は思わず呼び止めた。 遥臣は足を止め、静かに振り返る。「……お願いします」 その一言だけで十分だった。
Terakhir Diperbarui : 2026-08-01 Baca selengkapnya