宮原佳代へ連絡を取るまでに、綾香は二日ほど迷った。 母の名刺に書かれていた会社は、今も存在していた。ただ、宮原はすでに退職しているらしい。 それでも名刺と一緒に保管されていた古い住所録には、個人の連絡先も残されていた。 突然連絡して迷惑ではないだろうか。 そう思ったものの、意を決して電話をかけると、宮原は驚きながらも綾香のことを覚えていた。『まあ……綾香ちゃん?』「はい。突然申し訳ありません」『いいのよ。びっくりしただけ。最後に会った時は、まだ小さかったもの』 その言葉に、今度は綾香が驚いた。「私、宮原さんに会ったことがあるんですか?」『覚えてないわよね』 宮原は楽しそうに笑った。 それから話は思いのほか早く進み、数日後に二人で会うことになった。◇◆◇ 待ち合わせた喫茶店に現れた宮原は、六十代くらいの上品な女性だった。「綾香ちゃん?」「宮原さんですか?」「まあ、本当に大きくなって」 懐かしそうに見つめられて、綾香は少し戸惑った。 自分にとっては初対面に近い。 けれど、この人にとっては違うのだ。 二人で席につき、飲み物を注文する。「母とは、お仕事で?」「最初はね。同じ会社ではなかったんだけど、一緒に仕事をする機会が何度かあったの。それから気が合って、仕事が変わってからも会っていたわ」「お母様は、どんな人でした?」 尋ねると、宮原は少し考えてから笑った。「よく笑う人」「……よく笑う?」「意外?」「少し」 綾香の記憶にある母は、優しく穏やかな人だった。「仕事中はしっかりしてたけどね。二人でご飯に行くと、よく喋るし、よく笑うし。失敗した話なんかも平気でするのよ」「失敗?」「昔、仕事で使う大事な書類を忘れて、駅から会社まで全力で走って戻ったことがあったわ」「お母様が?」「そう。戻ってきた時には髪もぐちゃぐちゃで」 想像できなかった。 綾香の記憶にある母は、いつも綺麗に身支度を整えていたからだ。 けれど宮原が楽しそうに話すうちに、見たことのない若い母の姿が少しずつ浮かんでくる。「お花も好きでした?」「好きだったわよ」「やっぱり」「どうしたの?」「母の手帳から押し花が出てきたんです。私が小さい頃に渡した花でした」「まあ」 宮原の顔がほころんだ。「そういうもの、捨てられない人だったから」
Terakhir Diperbarui : 2026-09-13 Baca selengkapnya