昼休みの1時間で、婚約者との7年を終わらせることにした。東邦アドワークスの1階ロビーは、天井が3階分ぶち抜きで高い。磨かれた石の床が足音を跳ね返して、来訪者を上から見下ろす作りになっている。設計した人間は、たぶんこの空間を、「威厳」と呼びたかったのだろう。私には、値踏みの空間にしか見えなかった。バッグの中で、小さなケースが硬い角を立てている。私は白鳥有栖(しらとり ありす)。PRプランナーとして働いている。正確に言えば、性格のきついPRプランナー。仕事は、ものに価値をつけること。商品そのものは作らない。作られたものが、いくらの顔をして世に出るかを設計する。同じ化粧品でも、見せ方とPRのフレーズ1行で、1万のものが、5万にも10万にもなる。人はほとんどの場合、中身ではなく価値を買っている。その仕事を7年やってきた私が、自分にだけは値札を貼れずにいた。昨日の夜が、また蘇る。「有栖、聞いてほしい」向かいに座った藤崎悠真(ふじざき ゆうま)は、猫なで声で口を開いた。「あのことは、その……勢いで」「あなたは勢いでほかの女を抱くわけね。続けて」「本当に好きなのは有栖だ」「好き?そんな契約書にも書けないこと、よく言うわね?」彼は答えなかった。7年つき合って、来月、式を挙げる予定だった男が、その質問ひとつで黙った。私はそれを、答えだと受け取った。「威厳」のあるロビーの受付には、若い女性が座っていた。名札に「三浦みなみ(みうら みなみ)」とある。おそらく派遣社員だろう。制服の襟が少しだけ大きくて、肩のところで余っている。私が近づくと、彼女は背筋を伸ばして立ち上がって言った。「本日のご用件は……」「届け物です」私は彼女の言葉を遮り、バッグから取り出したケースを、受付カウンターの上に置いた。黒いベルベットが、受付カウンターの白い天板の上でひどく目立つ。「内線、お借りできますか?」受付カウンターの向こう側に立っている女性が、戸惑いながら答えた。「あ、はい。ご担当は……」「営業部の藤崎悠真さんです」受付の女性はパソコン画面を確認しながら、番号を押した。悠真と取り次いでくれた。しばらくして受話器を受け取ると、聞き慣れた声がした。「有栖?会社まで来たの?」「1階のロビーよ」「いま行く。待って」「婚約指輪、受付に置いていく
Last Updated : 2026-08-03 Read more