依織が退院したという噂は、たちまちSNSへ広がった。これまでと同じように寧々のもとへ乗り込み、また騒ぎを起こすのだろうと、面白半分に待ち構える者までいた。暴露系のアカウントには、こんな投稿まで上がっていた。【久世夫人が退院。今度は白石寧々に何をすると思う?】コメント欄には、心ない言葉が次々と並んだ。「これまで流産してきたのも、全部白石のせいなんだろ?99人目にして、ようやく久世社長の本命が現れたってこと?」「久世依織って、金目当てで久世家にしがみついているだけじゃない。今の扱いも自業自得でしょ。早く離婚されればいいのに」ところが依織は反論するどころか、離婚を勧めるそのコメントへ静かに「いいね」を押し、自分のアカウントから、たった一言だけ返した。【皆さんの言うとおりです】その返信は瞬く間に拡散され、ネット上がにわかにざわめき始めた。暁人と親しい動画配信者まで、生配信をしながら本人のもとへ押しかけた。「暁人、やるじゃないか。あれだけ騒いでいた依織を、とうとう黙らせたのか?視聴者にも、その方法を教えてくれよ」暁人は答えず、届いたばかりのメッセージへ冷ややかな視線を落とした。【社長、奥様が久世家の本邸へ戻り、地下金庫へ入られました】暁人は鼻で笑った。配信のURLを依織へ送りつけると、カメラに向かって嘲るように言い放つ。「おとなしくなったわけじゃない。金を積めば黙る、それだけだ。昔から何も変わっていない。今回のことを水に流させるなら、2億円は必要だろうな。そうだろう、依織?」送られてきたURLを開き、夫が大勢の前で自分を笑いものにする姿を目にした依織は、そっと顔を伏せた。胸の奥を鈍く締めつける痛みが、暁人にとって自分は今も、金のためなら何でもする卑しい女でしかないのだと告げていた。つい先日、暁人との子どもを失ったばかりだった。妊娠8か月まで育った命を失ったというのに、彼は今も、金さえ渡せば依織は黙ると思っている。依織は頬を伝う涙を拭い、配信を閉じると、本邸の地下金庫へ足を踏み入れた。室内には有価証券や宝飾品、古美術品が厳重に保管されていた。どれも莫大な価値を持つものばかりだったが、依織は一度も目を向けず、最奥の棚から黄ばんだ書類を1通取り出した。8年前、久世家へ嫁ぐ際に署名した契約書は、実は2通あ
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