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All Chapters of 魔女の嫁入り: Chapter 11 - Chapter 20

23 Chapters

11.夜に想う/あのとき、わたしが見つけたひとは(2)

「わから、ない……かな」 あの女のひとは消えてしまいました。今はもう姿が見えませんし、どこにいるのかもわかりません。 怨霊や悪霊のような例外を別にすれば、霊というのは総じて霞のように希薄な存在です。 わたしが彼女を見出すことができたのは、わたしの『目』がそうしたものだから。 その希薄さゆえのことか、総じて霊という存在は『自分を見つけてくれる誰か』に寄ってゆくものなので、もしかしたらあの女性もまたこの店に――わたしのところへ来てくれる可能性はあるでしょう。 けれど、「フリスはそれを、望み薄だと考えている訳だ」 拙い話を要約し、問い返してくれる彼に。 こくん、とわたしは頷きました。 あの女性はお店に入ってきてから一度もわたしの声に応えてくれませんでしたし、ずっとお店の商品棚を見ていました。わたしはあのひとを見ていたけれど、あのひとはお店にいる間ずっと、わたしのことなんて見てはいませんでした。 わたしが彼女を見出すことができたのは、わたしの『目』がそうしたものだから。 けれど、彼女がどうして、わたしの目で見えるところへ来ていたのかは、わたしにもわかりません。 もしかしたら、自分が死んでしまっていることにさえ、彼女は気づいていないのかもしれません――何となしにふらふら表の道を散歩していたら、たまたまわたしのお店が目に留まって、ちょっとした好奇心で入ってみたというだけで。「……当面の害はないとはいえ、気付いてしまった以上は放置するのもな。今は無害なただの霊かもしれないが、それでも彼女には、この世に縫い留められるだけの『何か』はあるんだ」 難しい顔で、シオンくんは眉根を寄せていました。 そして、そう――シオンくんの言うとおりなのも、やはり間違いのないのです。 今はただの霊であったとしても――自分をこの世界に縫い留めた情念の正体に気づいてしまったら。 その瞬間から、彼女は自分の抱いた末期の苦しみにと
last updateLast Updated : 2026-09-09
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12.誰かが見た夢/昏き常世に横たわり、憑きて重なるあなたの影は(1)

 ――その日のあたしは朝から機嫌がよくなかった。 あたしだけじゃなく、あいつも同じに機嫌が悪かった。 そして、あたし達のどちらも、お互い完全に意地になっていた。 あたし達は冒険者だ。長いこと二人で組んで、ルクテシアの方々を渡り歩きながらそれなりにうまくやってきた。 冒険者とは言え男と女のふたり連れ。あたしとあいつの関係は、まあお察しってとこ。たまに空気の読めないバカヤロウがあたしにコナかけてくることもあったけど、そういう時は要らんコナかけの礼代わりに、そいつの鼻っ面を潰してやって大いに笑った。あたしとあいつのどっちかで。 そう。つまるところ、あたし達はそういう冒険者だった。 そのときあたし達が請け負っていたのは、サンリーフからルチルタスまでルクテシア島を横断する、大型馬車の護衛だった。 二人で受けるにはちと荷が重い類の依頼だったけど、あたし達は気にしなかった。腕に自信があったし、だから余計な人間まで入れて分け前を減らすのに気が乗らなかった。よくあることだ。 護送する車の中身が何なのかは教えてもらえなかったが、そういうのも、まあよくあることだ。ただの護衛としちゃ破格の報酬を見れば、あんまり表沙汰にしたくないブツだってくらいのことは察しがつく。  魔獣捕縛用のおそろしく頑丈ででかい檻におさまったそれが、それこそ危険な魔獣なのか、ご禁制品の愛玩奴隷なのか、表に出せない隠し財産の類なのか――そんな事は知らない。どうでもいい。金払いのいい依頼人なら要らぬ詮索はしないのが、あたし達の流儀だった。 そんな、護衛の旅程――この頃には道中のほとんど消化して、馬車はコートフェルの郊外まで到達していた。 中部ルクテシアで最大の貴族領たるオルデリス公領の領都。そこから西へ抜けて、カドルナ伯領の領都ルチルタス――あたし達の護衛の終着点までは、隣接する境を越えればすぐそこだった。 そういう――油断があったんだろうね。 ここまでの旅程があんまり順調だったから。『この仕事が終わったらよ、次はもっと……デカいヤマにあたりてえよなぁ。未
last updateLast Updated : 2026-09-10
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13.誰かが見た夢/昏き常世に横たわり、憑きて重なるあなたの影は(2)

 花と香水を詰めて作った香り袋――香袋だ。きれいな刺繍のついた袋はあちこち擦り切れているうえに垢だか汗だかヤニだかで茶色っぽく汚れてぼろぼろで、肝心の香りだってとっくの昔に消えてなくなってしまっている。 オンナノコの、『恋のおまじない』というやつだ。この袋を肌身離さず大切に持っていれば、いつか素敵な恋が訪れる――なんて、胸焼けしそうに甘ったるい『おまじない』だ。確か、魔女のお手製だか何だったか。そんなふれこみの。 家をを飛び出したときも、こいつを懐にしまいこんで――さすがに今はもう肌身離さずなんて持ってやしなかったが、愛用しているベルトポーチの底の方に、どうにも捨てる踏ん切りがつかないままおさまっていた。 ああ、笑える話さ。今でこそこんな冒険者のあたしだが、オンナノコだった頃にはこんなおまじないに吸い寄せられて、いつか素敵な男性と巡り合うなんて夢を見ていた頃もあったのだ。 いつか素敵なひとと巡り合って、夢見るような恋をして。 幸せな結婚をして。 愛するひとの、子供を産んで――『……くそが』 現実に立ち戻ると、いっそうイライラが募った。つまらないおまじないグッズは見つかるってのに、肝心の煙草は切らしてんだから話にならない。 あいつから謝りに来るべきだ。あたしは信じていた。 そしたらあたしだって、昨日の喧嘩を水に流してやれる。 ――あたしから謝るのは駄目だ。 そんなことしたら、きっと昨日の話自体をなかったことにされてしまう。 それだけは嫌だ。昨日散々に喧嘩して意見が決裂した後も、あたしはまだ自分の子供が欲しかったし、やっぱりあいつの子供が欲しかった。それだけだ。あたしは何も悪くない。 そうだ。あいつから素直に謝りに来てくれさえすれば、あたしは自分の望みをなかったことにせずに済む。もう一度、二人の話し合いのテーブルに載せられるんだ。 そうさ、男なら謝るべきだ。男らしく、ぐっと堪えて女に譲るべきだ。世の中ってそういうもんじゃないのかよ、あたしは何か間違ってるか? ――がつん! がちん
last updateLast Updated : 2026-09-10
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14.朝のひばり/軋む夢から醒めて

 「……ぁああああああぁあああぁぁぁぁ―――――――――――――!!!」 慟哭が耳を塞いでいました。 誰の? わかりません。知れるはずがないのです、そんなもの。 だってあたしは死んでしまった あいつは死んでしまった。 終わってしまった。終わってしまった。あんなに呆気なく。やりたいことも言いたかったこともまだいくらでもあったのに、なのに、「――ス、フリス! 目を覚ま――」 目の前が真っ白にふさがれている。 強い力があたしの身体を揺さぶっている。 ああ、きっとあの魔獣だ。尾の先にふたつめの頭を持ち、毒の息で肉を熔かす双頭の蛇竜――双頭蛇竜。 あの丸太のような腕であたしの身体をぐちゃぐちゃにする。あたしをばりばりと食べようとしている。あたしも、あいつも。「――を、覚――、……っちを見ろ、フリ――! くそ……!」 ああ――どうしてもっと早く逃げなかった! もう取り返しがつかない 死んじゃった! 死んじゃった! 死んじゃった!  あたしも!  あいつも!「っ、あああああぁあぁ、っ、が…… ああぁ、がああああああぁぁああ――――――――――――――――!!!」 何で。何で何で何で何で何で!? 何でこんなことになっちゃったの!? わたし幸せだったのに。他になんにもいらないくらい幸せだったのに! なのに何で!? 何で!! 「――フリス、こっちを見ろ! 俺を見ろ!!」  ──ごつん!「……ぁ?」 目の前は涙で塞がれていました。 耳は慟哭に塞がれていました。 ……誰の? その慟哭は――耳を塞ぐ泣き声は、わたしの。「……ぇ……ぁ、れ? いたい……
last updateLast Updated : 2026-09-11
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15.朝のひばり/ひだまりの降るところ

 ひとしきり吐き戻して、喉の震えも、耐えがたい吐き気もおさまって。 持ってきてもらった水で口の中をゆすぎ、どろどろの顔も洗って――そんな風にし終えたころには、どくどくうるさかった心臓も、苦しかった呼吸も、落ち着きを取り戻していました。「もう平気か?」「ぅん……」 ぐず、と胃酸混じりの洟を啜って。 こくん、と子供みたいに頷くしかできないわたしでした。 泣いたばかりなせいか、まだ頭の芯が痺れたみたいにじりじりと鳴っていました。恥ずかしくて、情けなくて、彼の目をまともに見られません。「ごめ……なさい。シオンくん。その……服、汚して」 謝る声は次第にちいさくなって、蚊が鳴くみたいにかすれてしまいます。 彼は「ああ」と笑って、「構うこたない。どうせおんなじのいっぱい持ってるんだから」「そ……かな……」 後ろめたさは消えることなく、ずっと根深く胸の中に張りついたままでしたけど。それでもシオンくんの言いようがおかしくて、わたしはちょっとだけ笑えてしまいました。 ちいさく笑って、けれどすぐにずぅんと胸が重たくなってしまいます。 なぜなら、「フリス?」「……あの。シオンくん。あの」 顔を上げようとした瞬間、わたしが吐いたものでべったり汚れた彼の服の胸元が目に飛び込んできて、うっと胸が詰まってしまいます。 後ろめたさで血の気が引いて、目の前がまっくらになりそうでした。 ええ、そうなのです。これだけ面倒をかけておきながら。 なのに、わたしはなおこのうえ、シオンくんにお願いをしなくてはいけなかったのです。「お願い……こんなことの後、だし……図々しいし、だめだと、思う。けど。でも」「何?」「…………お店」 自分で自分が恥ずかしくなってしまうくらいか細くて頼りない声で、わたしは『お願い』を言います。「おみせ、今日のお店、昼まで……昼まででいいから、お願い……したくて」
last updateLast Updated : 2026-09-12
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16.此処に至るまでのすべて/それは、かつて確かにあったこと(1)

 次に目が覚めたとき、外はすっかり日が傾いていました。 茜色の夕日が深く窓辺に差し込んで、ひだまりの外に深い暗がりを作っていました。 目を覚ましたわたしは、鏡台の鏡で目元がはれぼったくなくなっているのを確かめてから着替えを済ませ、簡単に髪を梳るだけで身支度を切り上げて部屋を出ました。 工房からお店に入ると、外に出していた立て看板を持ったシオンくんが、ちょうど表の入り口から入ってきたところでした。 店じまいの支度です。 結果的にではありますが、今日はほんとうに丸一日シオンくんに頼りきりになってしまいました。「お……おは、よぅ」「おはよう。よく眠れた?」「ぐっすり……。ぁ、あの、わたしも何か」「そう? じゃあ、帳簿の検算頼んでいいかな」「うん、っ……」 こくこくと何度も頷いて、カウンターの上に出してあった帳簿をめくり、数字を確認してゆきます。 きっとそうだろうと始める前から確信していましたが、帳簿は四分の一銀硬貨一枚分の狂いもありません。 ほう――と息をついて帳簿を閉じたのと同じタイミングで、閉店作業を終えたシオンくんがやってきました。「シオンくん。その……すこし、いい?」 その一言だけで、察するものはあったのでしょう。 気楽げな表情をすぅっと消して、こちらを見つめる――そんな彼を見つめ返して、わたしは言いました。「昨日、の……お客さんのこと」 彼女が何者で、どうしてわたし達のお店を訪ったのか。 そして、「ぜんぶ、分かったと思う」 ――彼女のために。わたしがこの先、何をしてあげられるのかも。◆ 今から二年ほど前のことになります。 トスカの町に接するラウグライン大森林へ、危険な魔物が逃げ込むという事件がありました。
last updateLast Updated : 2026-09-13
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17.此処に至るまでのすべて/それは、かつて確かにあったこと(2)

 ですが、不幸中の幸いと言うべきでしょうか。脱走から二日で討伐が完遂されたこともあり、近隣の町村やそこで暮らす人々が魔獣の被害に遭うことはありませんでした。 そして、そのせいもあってでしょう。事件はその恐ろしさと裏腹にあっという間に風化してしまい、今では人の口にのぼるのも稀なほどです。 ――けれど。 まったく犠牲がなかったわけではありません。 大型馬車の護衛としてついていた男女一組の冒険者が、脱走した魔獣の顎にかけられていたのです。 ふたりの冒険者の亡骸は、同じく惨殺された馬たちのそれと同様に――双頭蛇竜の毒息で全身の肌と肉を溶かされ、柔らかい内臓を貪り食われていたと聞いています。「……あの時の冒険者? フリスが見たっていう、女の客が?」「うん」 呻くシオンくんに、こくりとひとつ頷いて応じます。 どうしてそんなに当時のことを知っているのか、と思われましたか? それはわたし達が、件の事件に関わった当事者だったからです。 シオンくんとわたしは、森に逃げ込んだ双頭蛇竜を討伐した冒険者です。 そしてそれは、わたし達にとっての第二の冒険――四年に渡って一線を退いていたシオンくんがふたたび冒険者として旅立ち、後に《王権守護者》の二つ名を戴くに至るまでの冒険、そのはじまりでもありました。 あ、その……正確に言うと、当時の討伐に関わったのはわたし達だけではなくて、他にもビアンカさん達やユイリィちゃんがそうだったのですけれど。すみません。 そのあたりを詳しくきちんと話しはじめると、現状の本題からどんどん外れていってしまうので、今日のところはこれくらいで……また、いずれの機会があれば、そのときにきちんとお話しさせてください。すみません。「あの客がフリスの言うとおりのものだとしても、だ。だとしたら、何で今になって急に姿を見せたんだ?」 シオンくんは疑問を露に考え込みます。「あの事件は二年も前のことだ。同じ幽霊として現れるとしても、もっとずっと以前から」
last updateLast Updated : 2026-09-14
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18.此処に至るまでのすべて/相似たるわたしとあなた(1)

   むかし、どこかで誰かに教えてもらったことがあります。 『香り』というのは五感が感じる感覚の中で、もっとも強く残る記憶なのだと。 魔女の香袋は血族の血を通していにしえから連綿と伝えられてきた、紛れなき魔女術のひとつ。魔女術工芸品のひとつです。 それらはすべて、その効果ごとに使う花や薬草、香油の種類、袋に縫い付ける刺繍まで事細かに決まっています。 ゆえに、魔女術工芸品の製法にのっとり正しく作られる限りにおいて、同じ『おまじない』を込めた香袋は、どこのどんな魔女が作ったとしてもまったく同じものになります――もちろん、その香りも。「あのひとが探していたのは、この香り」 彼女が探していたのは、霊を見ることのできる『誰か』ではなかった。 彼女が探していたのは、今もその記憶に残る懐かしい香り。 ――そう。だからこそなのです。 もう二年も前に亡くなったあのひとが、今になってこのお店を訪《おとな》ったのは。 わたしが以前にこのお店で薬師をしていた頃、お店の棚におまじないの香袋を置いたことはありませんでした。 わたしがシオンくんやビアンカさん達と二度目の冒険の旅をしていた間、わたしの代わりに薬師としてこのお店を預かってくれていたお師匠さまも、それは同じだったのでしょう。 恋に出会うおまじないの香袋を作りはじめたのは、シオンくんとふたりでこのお店を開いてから。 工房でひとつひとつ仕込んでいた期間を足しても、ほんの二日前。だから彼女は、今この時にわたし達のお店を見出したのです。「ね……シオンくん。シオンくんは、《類感魔術》……それから、《感染魔術》って、知ってる?」「古い魔術――《呪術》で括られてる一派の魔術理論だろう? 『類似したものは互いに影響しあう』、『ひとたび接触したものは離れた後でも互いに影響を及ぼす』――だったか」「うん」
last updateLast Updated : 2026-09-15
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19.此処に至るまでのすべて/相似たるわたしとあなた(2)

「…………それは」 口ごもってしまうわたしに、シオンくんは畳みかけてきます。「今のフリスは、彼女と接触した結果として《感染魔術》の影響下にある。見たところ、昼に眠っていた間は彼女の『夢』を見なかったみたいだけど……また夜になれば、それも保証の限りじゃないんじゃないのか」「……………………」 図星です。彼の推察は、正鵠を射ていました。 いにしえより、夜は常世の住人たちのための時間だといわれてします。 それは夜の女神ネフィリールが死者の国を預かる女神でもあり、また死者の眠りと生者の眠り――そしてすべての大いなる神々の眠り、その安息を司る女神だから、なのだと。 そして現実としても、夜とは死霊や怨霊、悪霊、あるいは異界の悪魔たちのような《魔》に属する者達が、その力を増す領域です。 それは、神々が休息と安息の眠りにつき、その加護が一時緩んでしまうがためなのだと、そう言い伝えられています。 いいえ。真実あの『夢』を再び見ることとなったとしても、事態がそれだけならまだいいのです。わたし一人だけのことならば。 類感魔術・感染魔術の要諦は、『類似したものは互いに影響しあう』、『ひとたび接触したものは離れた後でも互いに影響を及ぼす』ということ。 今はまだ、魔女の《魔眼》で彼女を見てしまったわたしだけが一方的に影響を受けています。けれど、ひとたび結ばれてしまった縁《えにし》の影響は、やがて否応なく彼女の側へも波及してゆくでしょう。 いずれ、わたしが彼女の『記憶』を夢に見たように、彼女もまたわたしの『記憶』を見てしまうのです。 そして、わたしは――彼女が死者であることを知っています。 彼女がいかにして死者となったかを、わたしは知っているのです。伝聞というかたちではあるとしても。 だから、「……弔って、あげたい」 死は取り返しがつきません。 だから、死者である彼女に対して――わたしができる、たったひとつのことを。
last updateLast Updated : 2026-09-16
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20.魔女はひとり銀月の下、祝福あれと夜に詠う(1)

 夜の森――その奥まったところに、頭上の枝がぽっかりと開けて、白々とした月明りの差し込む空間があります。 まるで劇場のステージに明かりが降るようなそこは、森に住まう誰かのためにあつらえたみたいな、天然の舞台です。 けれど、魔法の技を深く修めた者にとって、ここはただそれだけの場所ではありません。 大地の霊脈――《龍脈》が幾重にも交わり、強い魔力を宿した土地。 魔術士達の間では、霊穴――あるいは《龍穴》と呼ばれる、見えざる魔力の泉。一種の霊地です。 強い魔力を宿した霊地はその魔力を養分として霊草や霊木が育ち、のみならず、魔術儀式に適した土地ともなります。 魔術儀式。あるいは《儀式魔術》。 土地や道具、魔法陣の力を借りて、通常の魔術の範疇では行使し得ない大きな力を振るうための術式です。 荷物運びと道中の護衛のために来てもらったパペットくんを伴って、その夜のわたしは、そこにいました。 ラウグライン大森林の外縁近くに位置するその場所、わたしが知る《龍穴》のひとつです。 裾の長い長衣に縁の広い三角帽子。肩にはケープをかけて、もしかしたらあなたも絵本や物語で見たことがあるかもしれない、魔女そのものの姿です。 月明りが差し込むその場所に魔法陣を描き、朝露を清めた水を小瓶に詰めたものへわたしの魔力を込め、瓶の口から振りまきます。 杖の先端で線を掘っただけの魔法陣がぼぅっと青褪めた光を放ち、舞台を月色に照らしだしました。 わたしの傍ら――敷布をかけた小ぶりの台座には、火を焚いたちいさな香炉。 これらの道具はすべて、今は少し離れたところで待ってくれているパペットくんに運んでもらったものでした。 あと、魔法陣を書いてくれたのもパペットくんです。その……硬い地面にしっかりした線を引くのが、わたしの腕力だと難しかったせいなんですけれど。「………………ふぅ」 支度は整いました。 腰に巻いたポーチから、香袋をひとつ――『素敵な恋に出会えるおまじない』の香り袋を香炉の火にくべ
last updateLast Updated : 2026-09-17
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