All Chapters of 妹に婚約者も名誉も奪われましたが、私は王宮中の弱みを知っています 〜泣き寝入り令嬢の静かな復讐が、冷血宰相の執着を呼びま: Chapter 51 - Chapter 60

70 Chapters

第51話 カトリーヌの告白

カトリーヌ・メイア女官長は、翌朝になっても完璧だった。 完璧であろうとしていた、という方が正しいかもしれない。 王妃宮の別室。 監査局保全官が二名、扉の外に立っている。 窓は開かず、机の上には水差しと薬湯ではないただの白湯。 カトリーヌは椅子に腰掛け、背筋を伸ばし、白い手袋をはめていた。 昨夜、倒れた人間とは思えないほど姿勢が整っている。 だが、顔色は紙のように白く、目の下には濃い影が落ちていた。 髪も、よく見ればわずかに乱れている。 ほんの一筋。 かつてのリディアなら、その一筋を見ても気づかなかっただろう。 いや、気づいても、気づいてはいけないものとして目を逸らしたかもしれない。 王妃宮では、乱れを見ることさえ無礼だった。 だが今のリディアは、その乱れを見た。 記録はしない。 ただ、見た。 この人も崩れるのだと思った。「おはようございます、リディア様」 カトリーヌは静かに言った。「おはようございます、カトリーヌ女官長」 リディアは向かいに座る。 隣にはギルベルト。 後ろにはロザリーとセオ。 この配置にも、カトリーヌはもう異議を唱えなかった。 昨日までなら「王妃宮の内情をそのように大勢で扱うのは」と柔らかく釘を刺していただろう。 だが今日は違う。 柔らかな釘を打つ力も、少し失っているように見える。 ギルベルトが、机の上に一枚の記録紙を置いた。「昨夜の証言を正式聴取として確認する」「はい」「ユージーン・ヴァルモント公爵の名を出したな」
last updateLast Updated : 2026-09-27
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第52話 妹と元婚約者の証言再び

王宮で二度目に証言台へ立つというのは、一度目より楽になるものではなかった。 少なくとも、セレスティナ・ヴェルクレアにとってはそうだった。 控え室の鏡の前で、彼女は自分の顔を見ていた。 頬は少し青い。 唇も、いつもより色が薄い。 髪はノーラが丁寧に結ってくれたが、華やかな飾りはつけていない。 淡い白桃色のドレスもやめた。 今日着ているのは、灰青色の落ち着いたドレスだった。 最初は地味すぎる気がして、胸のあたりが妙に心細かった。 けれど、鏡の中の自分を見ているうちに、少しだけ思った。 可哀想に見せる服ではない。 守ってもらうための服でもない。 たぶん、それでいい。「お嬢様」 ノーラが後ろから声をかけた。「お水を」「ありがとう」 セレスティナは杯を受け取り、両手で包んだ。 飲むというより、手の震えをごまかすために持っている。「私、また泣くかもしれないわ」「泣いてもよろしいかと」「でも、泣いたら」「泣いた後に何を言うかです」 ノーラは、以前と同じことを言った。 その言葉は、もう叱責ではなかった。 支えだった。 セレスティナは小さく頷いた。「泣いた後に、嘘を言わなければいいのよね」「はい」「泣いた後に、お姉様のせいにしなければいいのよね」「はい」「泣いた後に、誰かが私を悪くないことにしてくれるのを待たなければ」 そこまで言って、声が少し詰まった。 ノーラは何も言わなかった。
last updateLast Updated : 2026-09-28
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第53話 母オルガの最後の証拠

 オルガ・ヴェルクレア公爵夫人から監査局へ面会願いが届いたのは、花暦室の隠し書簡が保全された翌日の朝だった。 封筒は、ヴェルクレア公爵家のものだった。 厚い紙。 青銀の封蝋。 几帳面に整えられた宛名。 けれど、筆跡は少し震えていた。 リディアは、その封筒を見ただけで誰が書いたのか分かった。 母だ。 昔から、母の文字は綺麗だった。 社交界の誰に見られても恥ずかしくない文字。 優雅で、整っていて、どの行も真っ直ぐ。 ただし、その美しさの中に、時々ひどく細い震えが混じる。 感情を隠しきれなかった時の震え。 昔のリディアは、それを見るたびに心配した。 お母様がまた傷ついている。 私がうまくしなければ。 私が場を整えなければ。 そう思っていた。 今は違う。 震えた文字を見ても、すぐには駆け寄らない。 その震えが、誰かを縛るための鎖になっていないかを見る。 リディアは封を切り、文面に目を通した。『リディアへ。 監査局へ、提出すべきものがあります。 あなたにとっても、私にとっても、見苦しいものです。 ですが、これ以上、家の中に置いておくべきではないと判断しました。 可能であれば、本日、監査局にてお会いしたく存じます。 母としてではなく、慈善基金および白羽の会関連資料の提出者として扱ってください。 オルガ・ヴェルクレア』 母としてではなく。 リディアはその一文を、しばらく見つめていた。 母が、そう書いた。 以前なら考えられなかった。 
last updateLast Updated : 2026-09-29
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第54話 旧貴族派の公爵

 ユージーン・ヴァルモント公爵は、約束の時刻より少しだけ早く王宮へ現れた。 その時点で、リディアは少し嫌な予感がした。 遅刻して威圧するのではない。 呼び出されたことに腹を立てて、あからさまに不機嫌を見せるのでもない。 むしろ、相手に「礼を尽くしている」と思わせるために早く来る。 そういう人間なのだろう。 王宮東棟の大聴聞室。 前回の悪女審問会よりも形式は簡略化されているが、出席者の顔ぶれはむしろ重い。 王太子アーヴィン。 王弟宰相ギルベルト。 王国監査局。 式部局の臨時代理。 王宮警備隊。 王妃宮からは、体調を理由に王妃イザベル本人は別室待機となっているが、本人署名の証言書が提出されている。 カトリーヌ・メイア女官長は、監査局保護下で別室に控えている。 エレミア・フォルスター侯爵夫人は、体調不良を理由に出頭を遅らせようとしたが、警備隊がすでに身柄を確保している。 そして今日、呼び出されたのが、旧貴族派の重鎮。 ユージーン・ヴァルモント公爵。 彼は、灰色の礼服に身を包み、銀の杖を手にしていた。 白髪は美しく整えられ、背筋は年齢を感じさせないほどまっすぐ。 顔には柔和な笑み。 目元には深い皺。 その皺さえも、慈悲深さの飾りに見える。 彼が入室した瞬間、何人かの年配貴族が反射的に姿勢を正した。 王太子派の若い官吏たちでさえ、空気に飲まれかける。 古い権威というものは、剣を抜かなくても人を従わせる。 リディアは、そのことを肌で感じた。「王太子殿下。宰相閣下」 ヴァルモント公爵は、深く礼をした。
last updateLast Updated : 2026-09-30
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第55話 悪女は王妃の声を返す

 ユージーン・ヴァルモント公爵の屋敷から押収された文書は、想像していたよりも整っていた。 整いすぎていた。 王都邸の秘書室。 西側別邸の文書庫。 古い従属家の使者名簿。 馬車管理記録。 紙の仕入れ帳。 白羽の会後援事務局との往復書簡。 王妃宮、式部局、婦人会への私信控え。 どれも几帳面に分類され、紙質もよく、保存状態も良い。 リディアは監査局の資料室で、その山を前にしていた。 完璧な整理。 それは、無実の証ではない。 むしろ逆だった。 自分が何を支配しているかを、相手はよく理解していた。 どの団体に、どの夫人を置くか。 どの施設へ、どの程度支援するか。 どの令嬢を、どう評判づけるか。 どの王族を、どんな象徴に仕立てるか。 人間の弱さも、善意も、涙も、名誉も、すべて帳簿の欄に入っている。 リディアは、薄い手袋越しに一枚の書簡を押さえた。『白羽の会支援配分に関する覚書』 そこには、支援先施設の名称が並んでいる。 聖ルカ孤児院の名もあった。 横には、短い注記。『北側屋根修繕申請。緊急性あり。ただし、近時、院長が直接寄付者への訴えを示唆。運営秩序維持のため、支援優先度を一段下げること。』 リディアの胸に、冷たい怒りが広がった。 緊急性あり。 分かっていたのだ。 屋根の修繕が必要なことも。 子どもたちが雨の日に困っていることも。 それでも、声を上げようとしたから優先度を下げた。 ただの不手際ではない。 ただの見落としでもない。 罰だ。 支援先が勝手に声
last updateLast Updated : 2026-10-01
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第56話 求婚、再提出

 白羽の会への王妃宮後援停止が正式に発表されてから、王宮の空気は三日ほど落ち着かなかった。 三日で落ち着いた、という意味ではない。 三日経っても落ち着かないことが、ようやく全員に分かってきた、という意味だ。 王妃宮の名を冠した慈善団体が、監査局と王太子府の管理下に置かれる。 それだけでも王都の社交界にとっては大事件だった。 さらに、ユージーン・ヴァルモント公爵家の文書庫から押収された記録により、白羽の会、婦人会、式部局、白鳩文具商会、地方支援団体のあいだに、想像以上に細かな連絡網があったことが明らかになりつつあった。 王妃イザベルの名義で出された書簡は、本人確認のないものから順に再確認。 白羽の会の会計は凍結。 ただし、支援先への食料、薬、毛布、屋根修繕などの緊急支援だけは止めない。 むしろ、監査局の監督下で優先的に出す。 リディアは、その再配分表を朝から読み続けていた。「聖ルカ孤児院、北側屋根修繕完了。追加で二階寝室の寝具交換、薬棚補充。冬季用毛布、人数分の一・二倍を確保」 リディアが読み上げると、セオが隣で頷いた。「一・二倍ですか」「予備分です。子どもは毛布を汚します」「現実的ですね」「ミラが、ノアの足は勝手に大きくなると言っていました。なら、毛布も余分に必要でしょう」「理由が少しおかしいですが、正しい気がします」 セオは書類に記録する。「次、地方施療院連絡会。薬草費増額要望は、過去の支援保留理由を再調査。王太子府財政担当官への直接書簡を理由に減額された疑いあり。仮増額を認めます」「了解です」「未亡人手仕事組合。礼状文面指定を停止。寄付者への感謝文は、支援先本人の
last updateLast Updated : 2026-10-02
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第57話 悪女監査官という噂

 噂というものは、帳簿より速い。 帳簿は、数字を書き、照合し、署名し、保管しなければならない。 だが噂は、誰かの扇の陰で生まれ、廊下の角で増え、茶菓子の皿に乗って運ばれ、夕方にはまるで最初から王宮の壁に刻まれていた真実のような顔をする。 リディア・ヴェルクレアは、そのことを嫌というほど知っている。 かつて彼女は、噂で悪女にされた。 妹を階段から突き落とした冷たい姉。 第二王子殿下を見下す婚約者。 実務はできるが心のない令嬢。 公爵家の調和を乱す長女。 噂は、剣より柔らかく人を刺す。 だから、王妃宮の後援停止から三日後、監査局の廊下でセオが妙な顔をしながら駆け込んできた時、リディアは嫌な予感がした。「補佐官」「その顔は、あまり良い知らせではありませんね」「良い知らせか悪い知らせか、判断が難しいところです」「では、悪い知らせ寄りですね」「最近、補佐官の判断が早いです」「あなたの顔に書いてあります」「えっ、そんなに?」 セオは自分の頬を触った。 リディアは書類から顔を上げる。 机の上には、白羽の会再編案、支援先施設一覧、旧寄付者名簿、王妃宮名義書簡の再確認表が積まれていた。 その上にさらに噂まで乗せられるのかと思うと、少しだけ頭が痛い。「言ってください」「はい」 セオは妙に姿勢を正した。「王宮と社交界で、補佐官の新しい呼び名が広まりつつあります」「新しい呼び名」「はい」「聞きたくないですね」「聞かない選択肢はありますか」「あります」「では、聞かなかったことにして報告します
last updateLast Updated : 2026-10-03
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第58話 白羽の会、最後の会計

 白羽の会の会計帳簿は、白かった。 表紙は白革。 角には銀の金具。 中央には、小さな羽根の箔押し。 まるで、触れる者の指先まで清らかでなければならないと言わんばかりの装丁だった。 だが、リディアはもう知っている。 白いものほど、汚れを隠しやすい。 王宮東棟の臨時監査室には、長い机が三つ並べられていた。 一つ目には白羽の会の会計帳簿。 二つ目には寄付受付記録、礼状控え、茶会費明細、支援先配分表。 三つ目には、支援先代表者から提出された申請書、受領書、未処理要望書。 出席者は多い。 王国監査局からはリディア、ロザリー、セオ、数名の監査官。 王太子府からは財政担当官。 王妃宮からは臨時女官長と書記官。 夫人代表として、ミルシュ男爵夫人、ローデン伯爵夫人、数名の旧白羽の会運営委員。 支援先代表として、聖ルカ孤児院のシスター・マルタ、地方施療院の管理者、未亡人手仕事組合の代表。 そして、少し離れた席に王妃イザベルの代理書記。 王妃本人は体調のため出席しない。 だが、開示された記録はすべて王妃宮へ報告される。 ギルベルトは、監査室の壁際に立っていた。 王弟宰相としての立場を示すため、今日は同席するだけで口を出さない、と言っていた。 ただし、リディアが朝食を抜いていないかは三度確認した。 三度だ。 しかも、セオとロザリーの前で。「補佐官、朝食は?」「取りました」「何を」「卵とパンとスープです」「量は?」「普通です」「普通とは」
last updateLast Updated : 2026-10-04
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第59話 ヴァルモント公爵の最後の策

 ユージーン・ヴァルモント公爵は、追い詰められても声を荒げなかった。 そこが、かえって厄介だった。 怒鳴る者は、怒鳴った事実を記録できる。 机を叩く者は、叩いた音を証言できる。 顔色を変える者は、周囲に揺れを見せる。 けれどヴァルモント公爵は、揺れない。 揺れていないように見せることに、慣れすぎている。 白羽の会の会計帳簿が開かれ、王妃宮の後援停止が宣言され、彼の屋敷から私信控えや支援配分覚書が押収された後でさえ、公爵はまだ老紳士の顔を保っていた。 王宮東棟の再聴聞室。 今日は、ヴァルモント公爵家秘書室に関する追加聴取が行われる。 正面には聴聞官。 王太子アーヴィン。 王弟宰相ギルベルト。 監査局側に、リディア、ロザリー、セオ。 そして、少し離れた席にユージーン・ヴァルモント公爵。 公爵は、灰色の礼服に身を包み、銀の杖を膝の前に置いていた。 その佇まいだけなら、まるで被疑者ではなく、若い者たちの未熟な議論を見守る長老のようだった。 リディアは、その顔を見て思う。 この人は、まだ自分が裁かれる側だと認めていない。 裁く側に座っているつもりなのだ。 若い王太子を。 冷血宰相を。 婚約破棄された令嬢を。 王妃宮で声を取り戻した王妃を。 皆、若い。 皆、感情的。 皆、王国の重さを知らない。 そういう目で見ている。 聴聞官が口を開いた。「ヴァルモント公爵。本日は、白羽の会支援配分、リディア・ヴェルクレア嬢に関する評判整理案、ならびに婚約解消後にヴェルクレア公爵夫人へ送付された差出人不明文書について、追加確認を行います」「承
last updateLast Updated : 2026-10-05
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第60話 王太子、旧貴族派を裁く

 王太子アーヴィンは、長く「穏やかな後継者」と呼ばれていた。 それは褒め言葉でもあり、侮りでもあった。 穏やか。 慎重。 聞き分けがよい。 王国の均衡を重んじる。 若いが、古い貴族にも礼を尽くす。 そういう言葉で、彼は包まれていた。 包まれていた、というより、縛られていたのかもしれない。 王太子だから怒鳴ってはならない。 王太子だから急ぎすぎてはならない。 王太子だから古い貴族を立てなければならない。 王太子だから、弟の失敗も王家の恥として飲み込まなければならない。 リディアは、そのことに最近ようやく気づいた。 自分が「強い長女」として扱われていたように、アーヴィンもまた「穏やかな王太子」という席へ座らされていたのだ。 本人が望んだ部分もあっただろう。 王国のため、王家のため、民のため。 だが、望んだ部分があるからといって、その席が鎖ではなかったことにはならない。 その日、王宮中央議事室には、旧貴族派の重鎮たちが集められていた。 呼び出しの名目は、白羽の会およびヴァルモント公爵家関連監査に関する王太子府通達。 だが、実際には違う。 処分の宣言だ。 そして、王太子アーヴィンが旧貴族派へ初めて真正面から刃を向ける日でもあった。 議事室は広い。 壁には歴代王の肖像画。 天井には古い戦勝を描いた絵。 床は磨き抜かれ、窓から差す光が長い机の上を白く照らしている。 その白さは王妃宮のものとは違った。 こちらは権力の白だ。 人が長く踏み固めてきた、冷たい白。 リディアは監査局側の席に控えていた。 隣にロザリー。
last updateLast Updated : 2026-10-06
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