王立書庫に流れた噂は、思ったより早く広がった。 商務院から移送された北方旧所領関連の控えに欠落があった。 その欠落は、もともと商務院にあった時からのものではなく、王立書庫へ移された後に生じたのではないか。 つまり、書庫の管理に不備があったのではないか。 声高に言う者はいない。 だが、王都という場所では、声高でない噂ほど厄介だった。 廊下の端で交わされる短い会話。 茶器を置く侍女の沈黙。 書庫番を見る商務院役人の妙に丁寧な目。 それらが、紙に書かれない形で空気を濁らせていく。 第二王子ルシアンは、その空気を王立書庫の閲覧室で受け止めていた。 机の上には、商務院から移送された箱の記録が三種類並んでいる。 ひとつは、商務院側の引き渡し目録。 ひとつは、王立書庫側の受領目録。 そしてもうひとつは、移送時に立ち会った書庫番たちの署名控え。 どれも退屈な紙だ。 普通の貴族なら、目を通す前に眠くなるだろう。 だが、退屈な紙ほど嘘を隠しにくい。 ルシアンは、受領目録の端を指で押さえた。「第三区分、北方旧所領、鉱石搬出関連。箱数三。封蝋確認、異常なし」 近習が横で読み上げる。「はい。受領時点で封蝋に破損なし、と記されています」「封蝋が無事でも、中身が無事とは限らない」「ですが、箱の中身まではその場で全頁確認しておりません」「だから、そこを突かれた」 ルシアンは淡々と言った。 噂を流した者は、そこを狙っている。 王立書庫は箱を受け取った。 だが受領時、全頁の確認はしていない。 ならば、欠落がいつ起きたかはわからない。 王立書庫が管理不備を起こした可能性もある。 そういう話にしたい
Zuletzt aktualisiert : 2026-10-06 Mehr lesen