あの夜、夫によって薬を飲まされた五人の浮浪者と同じ部屋に閉じ込められたあと、奈月は震える指先で国際電話をかけた。「もしもし、なっちゃん?」受話器から兄の梅川新一(うめかわ しんいち)の声が聞こえた途端、込み上げる嗚咽を必死に噛み殺して告げた。「お兄ちゃん……っ!私、離婚することにした」新一は電話の向こうでほっと息をついた。「やっと目が覚めたか。大知はお前には向いてないって、俺、ずっと言ってただろう。こっちに来い」奈月は小さく頷く。「うん。離婚の手続きが全部片づいたら、すぐそっちに行くから」通話を終えると、奈月は羽織った大きめの上着の前をきつく引き寄せ、全身に浮かんだ青あざを隠すように、裸足のまま屋敷へと戻った。大知の部屋の前を通りかかったとき、扉の隙間から誰かに懺悔しているような声が漏れ聞こえてきた。「結奈……さっき、あの女には指一本触れていない。怒らないでくれ。お前と離れてどれだけ時が経っても、俺が愛しているのはずっとお前だけだ。それだけは絶対に変わらない」見なくても分かる。今この瞬間、大知の腕の中にはきっとあのぬいぐるみが抱かれているのだ。この三年間、ずっとそうだった。二人の服の裾や指先がほんの少し触れただけでも、彼は部屋に戻り、結奈が残したぬいぐるみに向かって懺悔するのだ。三年前。奈月の二十一歳の誕生日に、兄は都内の名家や有力者の子息たちを大勢招き、祝いの席を設けた。名目は誕生日だが、実際は彼女に見合いの相手を選ばせるための場だった。群がる男たちは羽を広げた孔雀さながら、我先にと彼女の気を引こうとした。そんな中、大知だけが違っていた。整った顔立ちを黒いスーツに包み、胸元には一輪の白い花。身の回りには人を寄せ付けないほど冷たい空気を纏っていた。自然と彼に視線が吸い寄せられた奈月に、兄は首を振って言った。「今日ここにいる男なら誰を選んでも文句は言わない。ただ、あいつだけはだめだ」その一言が、かえって奈月の好奇心をかき立てた。兄によれば、大知の想い人、兼松結奈(かねまつ ゆな)は、二人の愛が最も深まっていた頃に亡くなったという。それ以来、大知は固く心を閉ざし、誰も愛さないと決めた。胸に挿した白い花は、亡き恋人を悼み続ける証だった。死んだ最愛の人には、決して誰も取って代われない。彼に嫁いだところで幸せ
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