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第7話

Author: ひとつの甜菜
大知がなおも何か言おうとしたところで、看護師が慌ただしく扉を開け、香奈が目を覚まし、どうしても彼に会いたいと泣いて騒いでいると告げた。

彼は弾かれたように立ち上がると、看護師の後を追うようにして慌てて病室を出て行った。

翌日、罪悪感からか大知はまた見舞いに訪れ、貧血によさそうな差し入れを持ってきた。

けれど奈月はそれに一口も手をつけることなく、彼の目の前で冷淡にゴミ箱へと放り込んだ。

大知は不快げに眉をひそめた。「いくら怒っていても、自分の体を粗末にするな」

奈月は嘲るように笑った。「はっ。自分の体くらい、ちゃんと大事にしてるわよ。ただ、あなたの持ってきたものは食べないってだけ」

大知は、奈月の自分への態度がかつてとは明らかに変わってしまったことを敏感に感じ取っていた。今回の件に関しては自分にも非があったと、彼自身もよく分かっていた。

低い声で言った。「香奈が回復して退院したら、自宅に帰す。もう二度とお前には近づけないようにするから」

奈月は無言のまま彼に背を向けた。

「あなたがどうしようと、あなたの勝手よ。私には関係ないわ」

大知の胸の奥に、言いようのない無力感がこみ上げた。最後に短くため息をつくと、彼は静かに部屋を出て行った。

三日後。奈月は自ら退院手続きを済ませ、それからずっとホテルに滞在した。

その間、大知からは何度も戻るよう電話がかかってきたが、彼女はそのすべてを無視した。

離婚届受理証明書が届くと、奈月はようやく自分から大知に電話をかけ、役所で待ち合わせる約束を取り付けた。

だが電話を切るより先に、ふいに背後からタオルのようなもので口と鼻を塞がれ、そのまま意識を失ってしまった。

再び目を覚ますと、奈月は香奈とともに公海上へと連れ出されていた。拉致犯は二人を太いロープで縛り上げ、船の帆柱に吊るしていた。

大知はたった一人で船を操縦し、二人のもとへと近づいてくる。

犯人は手にした銃を奈月と香奈に向けながら言った。

「真島社長、俺が要求した十億円、きっちり持ってきたか?」

大知は目の前に並べた箱をすべて開け放ち、告げた。「急なことで、今すぐ動かせた現金は五億四千万円だけだ。まずは二人を放してくれ。残りは明日必ず渡す」

犯人は突然激昂し、空に向けて銃を威嚇発砲した。「おい!ふざけた真似すんな、こっちはそんな悠長に待ってる暇はねえんだよ!」

大知の顔に焦りが浮かぶ。「約束は必ず守る。絶対に裏切らない。信じられないなら、俺が人質として残る。だから先に二人を放してくれ」

犯人はふと冷ややかに笑いだした。

「ふん。真島社長も案外、一途な男だったんだな。じゃあ聞くが、この二人のうち、どっちが本命なんだ?

十億円で二人を解放すると約束したが、今あるのは要求額の半分程度。というわけで、連れて帰れるのは一人だけだ。もう一人は……」

男はゆっくりと残酷な言葉を継いだ。「海に投げ込んで、鮫の餌にするしかないな」

それを聞いた瞬間、香奈は大知に向かって泣き叫んだ。

「大知さん、助けて、怖いよ……!」

奈月は、生きたいという強い思いを込めて大知を見つめた。まだイギリスに帰っていない。大好きな兄のもとへ戻っていない。こんなところで、理不尽に死にたくなどなかった。

大知の視線は奈月と香奈の間を激しく行き来し、なかなか答えを出せずにいた。

犯人はついに痺れを切らした。「早く選ばないと、二人まとめて鮫の餌にするぞ!」

今にもロープが切られようとしたその瞬間、大知は反射的に叫んだ。「奈月!」

その一言に、その場にいた全員が一瞬息を呑んだ。驚きと、そして歓喜が奈月の胸に押し寄せる。大知が自分を選んで助けるとは、夢にも思っていなかったのだ。

犯人はナイフを手に取り、香奈のロープに刃を当てた。「真島社長が奥さんを選んだんだ。なら、愛人ちゃんは海の底行きだな」

香奈は吊るされたまま必死に体をよじり、狂ったように泣き叫んだ。「嫌!鮫の餌になんてなりたくない!大知さん、お願いだから助けて!」

その悲鳴に、大知はようやく我に返ったかのようだった。指先で無意識に手首の赤い紐をさすりながら、焦った声で叫び直した。

「奈月を選ぶ!死ぬのは奈月だ!香奈を連れて帰る!」

奈月は一瞬にして、天国から地獄へと突き落とされた。さっきまで喜びに高鳴っていた心臓が、粉々に砕けたような激痛が胸を走った。

犯人は香奈を帆柱から降ろすと、奈月に向かって言った。

「なあ奥さん、聞いたか。お前を死なせることを選んだのは、他でもない、お前の旦那だ。恨むなら自分の旦那を恨むんだな」

次の瞬間、奈月を縛っていたロープが断ち切られ、彼女は糸の切れた凧のように、暗い海へと落ちていった。

冷たい海水が容赦なく口と鼻を覆い尽くす。だが、まだ死ぬ運命ではなかったのか、海へ落ちた衝撃で、手首を縛っていた縄が緩んだ。

自由になった両手で必死に水をかき、奈月はどうにか海面へと浮かび上がった。

それを見た大知の目に、隠しきれないほどの安堵の色が浮かんだ。彼はすぐさま浮き輪を投げ込むと、奈月を船の上へと引き上げた。

だが奈月は、船に乗ってからというもの、冷え切った体のまま、一言も発しなかった。

二時間後、船は街の港へと戻った。船を降りるなり、奈月はそのまま立ち去ろうとする。

大知が慌てて彼女の腕を掴んだ。

「奈月、無事でよかった。すぐに病院で診てもらおう!」

奈月はその手を無表情に振り払った。「大丈夫。それより、今、もっと大事な用事があるの。あなたも一緒に来て」

彼女は一刻も早く、この街を永遠に去りたかった。

大知は強烈な後ろめたさから、あっさりと頷いた。「分かった。一緒に行こう」

そのとき、香奈が急に大知の体へ弱々しくもたれかかり、震える声で言った。「大知さん、さっきの犯人、本当に怖かった……私のそばにいて」

奈月はこれ以上、一秒たりとも無駄な時間を過ごしたくなかった。

「あなたは香奈のそばにいてあげて。お姉さんに、一生彼女を守るって約束したんでしょう?」

そう言い終えると、奈月は迷いなくタクシーを拾って去っていった。

大知は遠ざかっていく奈月の決然とした背中を見つめながら、なぜか彼女を永遠に失ってしまうような焦燥感に襲われ、無意識に足を踏み出しかけたが、香奈に腕を強く引かれて止められた。

奈月は大急ぎでホテルに戻り、離婚届のコピーと離婚届受理証明書を、配達員に頼んで真島家へ届けさせた。

そのまま荷物を回収すると、タクシーで真っ直ぐ空港へと向かった。

飛行機に乗り込んだ瞬間、大知からの着信が入った。奈月は迷わず通話を切り、端末の電源を落とした。

今日から、彼女はただの梅川家の娘であり、もう大知の妻なんかではない。

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