「承諾」のボタンを押した後、私、桜井奈緒(さくらい なお)は目尻に浮かんだ涙を拭った。心のどこかでは、まだ誰かが気付いてくれるのではないかと期待していた。スマホをじっと見つめている私に、母の桜井真由美(さくらい まゆみ)が「どうしたの?」と声をかけてくれることを。佐藤悠真(さとう ゆうま)が早川結愛(はやかわ ゆあ)のカーテンから目を離し、私の異変に気付いてくれることを。何よりも、悠真が彼女の部屋から出てきて、泣きそうな顔をしている私を心配してくれることを望んでいた。だが、誰も気付かなかった。悠真が額に汗を光らせて結愛の部屋から出てきた。私はしばらく彼を見つめてから、その名前を呼んだ。「悠真、午後からずっと作業してるじゃない。少し座って休んだら?」自分の声が、すがるように響いているのが嫌だった。彼は手の甲で額の汗を拭ったが、その視線はすでに結愛の部屋のドアに向けられていた。「あとちょっと。カーテンレールが少し歪んでるから、そのままにしといたら結愛ちゃんが気にするだろ」彼はペットボトルを置くと、私を一度も見ることなく通り過ぎていった。私は段ボールの上に座ったまま、彼が結愛に「危ないから下がってて」と優しく声をかけながらレールを直す音を聞いていた。3年。悠真と付き合って3年になるけれど、彼が私のためにここまで丁寧に何かをしてくれたことなんて、一度もなかった。大学の寮に引っ越した日、私には重い段ボールが5箱もあり、しかも部屋はエレベーターのない建物の6階だった。悠真は手伝うと約束してくれていた。しかし到着の1時間前、「急用ができた」とLINEが入った。私はたった一人で、すべての箱を階段で運び上げた。その日の夜、結愛のインスタを見ると、遊園地で撮られた写真がアップされていた。どの写真にも、彼女の隣には悠真が写っていた。後で悠真から電話がかかってきた時、それでも私は「大丈夫だよ、気にしないで」と言ってしまった。私はこの3年間、ずっと「大丈夫」と嘘をつき続けてきたのだ。悲しい記憶に浸る私を引き戻すように、母がキッチンから顔を出した。「奈緒、いつまでそこに座ってるの?結愛のベッドに新しいシーツを敷くのを手伝ってあげなさい。ドアの横に置いてあるから」私は廊下の方を見た。私の荷物は、隅の方にボロボロの段ボールのま
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