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第5話

Author: ヘリオトロープ
私の心を完全に折った最後の出来事は、兄のスマホだった。

涼太がシャワーを浴びている間、ソファに置かれたスマホが新しいメッセージの着信で光った。リビングを横切ろうとした私の目に、その画面が飛び込んできた。

グループ名は【結愛の家族】

メンバーは、父、母、涼太、悠真、そして結愛。

私の血の繋がった両親、私の兄、そして3年間私と付き合ってきた彼氏が、私だけを仲間外れにして、結愛と5人で「家族」という名のプライベートグループを作っていたのだ。

私はLINEを開いた。

グループが作られたのは、私たちが新居に引っ越してきた日だった。最初のメッセージは結愛の部屋の写真で、その下には母の言葉が添えられていた。

【私たちの結愛ちゃん、ついに自分だけの小さなお城ができたわね】

涼太はこう返していた。

【俺の妹を泣かせる奴がいたら、俺が絶対に許さないからな】

私はスクロールし続けた。

マットレス、ランプ、飾り棚、誕生日ケーキ、それに悠真が結愛を絵画教室へ送っていく相談……彼らは、私がコンクリートの床で寝続けられるかどうかを気にする時間の何倍も、結愛が快適に過ごせるように計画を練っていた。

そして、母からのボイスメッセージを見つけた。

「悠真くん、最近、奈緒よりも結愛ちゃんの方を大事にしてくれてる気がするわ。あの子は本当に辛い思いをしてきたから、あなたがいつもそばで守ってくれると思うと、私も安心よ」

悠真の返信。

【安心してください、おばさん。結愛ちゃんがいつでも頼れる相手でいますから】

涼太の返信。

【だからお前は家族なんだよ、悠真】

私の母が、私の彼氏に別の女を一生世話し続けろと頼み、私の兄がそれを引き受けた彼に感謝している。

悠真が私と未来を築くはずの人間だということなど、誰も覚えていなかった。

トークリストの一番上には、悠真と結愛との三人グループチャットがピン留めされていた。

結愛のメッセージ。

【このグループのこと、奈緒ちゃんが知ったら怒るかな?】

続いて悠真の返信。

【奈緒にはバレないから大丈夫】

1分後、結愛の返信。

【よかった。奈緒ちゃんに誤解されたくないもん】

自分が何をしているか、彼女は完全に理解していた。ただ、自分は何も悪いことをしていないというポーズを取り続けたかっただけなのだ。

視界が滲むまで、私はその画面を見つめ続けた。

私を仲間外れにすれば傷つくと、全員が分かっていた。分かった上で、「奈緒を傷つけることよりも、結愛を快適にさせることの方が重要だ」と彼らは判断したのだ。

私はスマホをソファに戻した。指先が氷のように冷たかった。

まるで、私の愛するすべての人々が私に不利な証言をした裁判の、判決文を読まされたような気分だった。

判決はとっくの昔に下っていた。私はただ、自分がすでに負けていたことを最後に知らされただけの愚か者だったのだ。

バスルームから出てきた涼太が私の顔を見て、表情を変えた。

「お前、俺のスマホ触ったのか?」

「『結愛の家族』ってグループ、何?」

涼太はソファからスマホをひったくった。

「あのグループは、結愛ちゃんのサポートについて相談するためのものだ」

「じゃあ、なんで悠真が入ってるの?」

「アイツも手伝ってくれてるからだろ」

「悠真は私の彼氏だよ」

感情を抑えようとしたが、声が上ずってしまった。

「3年も付き合ってる私の彼氏なのに。どうしてみんなで私だけをのけ者にして、悠真と結愛をいれた家族のグループなんて作れるの?」

母の顔がこわばった。

「声が大きいのよ」

「お母さん、悠真に結愛をずっと世話してくれて安心だなんて言ってたじゃない!」

「あの子には頼れる人が必要なのよ」

「私にだって必要だよ!」

止める前に、その言葉が口から飛び出していた。これだけのことをされても、自分が家族を必要としていることを訴えなければならない自分が情けなかった。

「あんたには両親も兄もいるじゃない」と母は言った。

「結愛ちゃんは、この家族のせいで父親を亡くしたのよ」

「だからといって、私の彼氏まで彼女のモノになるわけ?」

「何を言ってるの?」

「私の人生のすべてが、結愛に譲るべきものだってみんな思ってるんでしょ!」

結愛の顔が真っ白になった。

「奈緒ちゃん、私、そんなこと一度も望んで──」

玄関のドアが開き、悠真が入ってきた。

彼は涼太のスマホと場の空気を見て、すぐに自分の身を弁護し始めた。

「奈緒、お前は物事を大げさにしすぎだ」

「大げさ?じゃあ何なのよ」

「ただのサポートグループだ。それだけだろ」

「『結愛の家族』なんて名前のサポートグループが?」

「結愛ちゃんが今までどれだけ苦労してきたか、知ってるだろ」

「記念日に私を放っておいて、結愛と一日中過ごしてたことは知ってるわ」

彼の顎の筋肉がピクッと動いた。

「まだその話をするのか?」

「結愛には3万円のプレゼントを買って、私には何が好きなのかも思い出せずにスーパーの半額キャラメルを押し付けた」

「あれは間違えただけだ」

「3年間、ずっと同じ間違いをしてるじゃない!」

結愛が泣き出した。

「奈緒ちゃん、私、こんなこと誰にも頼んでないよ……」

母はすぐに彼女を引き寄せた。

「結愛ちゃん、あなたは何も悪くないのよ」

涼太は彼女のそばへ寄り、悠真は隠そうともしない苛立ちを込めて私を睨んだ。

「結愛ちゃんは落ち込んでたんだ。頼りにしてる時に見捨てるわけにはいかないだろ」

「私との約束が先だったじゃない」

「記念日なんて別の日でも祝えるって言っただろ!」

私は彼を見た。

「あなたはいつも、私のことを『また別の日に愛せばいい』って思ってる」

一瞬、悠真の表情が揺らいだ。しかし、すぐにまた苛立ちが戻ってきた。

「人の言葉を捻じ曲げるな」

「捻じ曲げてなんかない。あなたが3年間、その言葉の本当の意味を態度で示し続けてきたんじゃない」

涼太が私たちの間に割って入った。

「いい加減にしろ!結愛ちゃんのお父さんは俺の命の恩人なんだ。この家族の全員が、彼女に恩返しする義務がある」

「おじさんが亡くなった時、私はまだ13歳だった!それに関係ないでしょう!私があなたを川に突き落としたわけじゃない!」

部屋が静まり返った。

私はこれまで、その言葉を口にしたことは一度もなかった。

涼太は、まるで私が許されざる大罪を犯したかのような目で私を見た。

「誰もそんなこと言ってないだろ」

「じゃあなんで、私が10年間もその代償を払い続けなきゃいけないの!?」

母が息を飲んだ。

「なんてこと言うの……」

「だってそうじゃない!13歳の時に自分の部屋を結愛に奪われて、1年間も納戸で寝かされた!今だって結愛の部屋には何十万もかけてるのに、私はまた納戸で寝かされてる!」

私は悠真の方を向いた。

「私の彼氏は、結愛の趣味や好きな色、おじさんとよく行った川の場所まで全部覚えてるのに、3年付き合っても私の好きな食べ物すら知らない!」

そして、両親を見た。

「あなたたちは、実の娘以外の全員が入った『家族』を作ったのよ」

母の目が吊り上がった。

「あんたには関係ない話なのよ!」

その言葉が、私の内側から最後の何かを空っぽにした。それは事実だったからだ。

この10年間、この家で「私」が中心だったことなど一度もなかった。

涼太が一歩近づき、怒りで声を震わせた。

「彼女のお父さんは俺のために命を落としたんだぞ。俺は一生かけてその恩を返すつもりだ」

「私は、恩を返すななんて一度も言ってない」

「だったら、俺たちが彼女にするすべての親切が、自分から盗まれたものだみたいな顔をするのをやめろ!」

「実際に盗まれてるからよ」

涼太の顔が歪んだ。

「そこまで結愛ちゃんを恨むなら、出て行け」

私が動かずにいると、彼は叫んだ。

「この家族の借りを返す気がないなら、今すぐこの家から出て行け!!」

実の兄から、家から出て行けと命じられた。

誰も彼を止めなかった。

母は結愛を抱きしめ、悠真は目を逸らした。父はただ、「もういい、みんな落ち着きなさい」と言っただけだった。

父は涼太に謝れとも言わなかったし、ここはお前の家だとも、残れとも言わなかった。

その沈黙は、涼太の怒りよりも深く私をえぐった。

誰もが、私が泣きながら納戸に閉じこもり、後になって謝りに出てくるのを待っているのだろう。今までずっとそうしてきたから。

でも、今回だけは何も言わなかった。

私はリュックの中身を最後に確認した。身分証明、パスポート、キャッシュカード、そしてプロジェクトの採用通知。すべて入っている。

私がリュックを背負ってリビングに現れた時、彼らはちらりと私を見て、まるで申し合わせたように顔を背けた。

母がコップをテーブルに叩きつけた。

「今度は家出のつもり?いいわよ。出て行くなら、二度と戻ってこないでちょうだい」

涼太が冷たく笑った。

「どうせ1日も持たないさ。明日には泣きついて戻ってくるに決まってる」

私は言った。

「ええ。絶対に、二度と戻らない」

私はドアを開けた。

背後で、母はまだ私が身勝手だと罵っていた。涼太は、私に一人で生きていく力なんてないし、行く当てなんてないと言っていた。

明日になれば、許してくれと泣きついて帰ってくるだろうと。

私はタクシーに乗り込み、最後に一度だけ新居を振り返った。

これこそが、彼らがずっと望んでいたものだ。

私のいない家。

これからは永遠に、彼らの望み通りになる。

空港に着いた時、8月13日の午前1時を回っていた。研究施設へ向かう飛行機への搭乗がすでに始まっていた。

保安検査場を通過する前、私はスマホからSIMカードを抜き取り、ゴミ箱に捨てた。

彼らは、朝になれば私が泣きついて帰ってくると思っている。

彼らはこれから10年間、私から何の音沙汰も聞くことはないだろう。

お母さん。お父さん。涼太。悠真。

さようなら。

翌朝、母は朝食を作るために起きてきた。

「結愛ちゃん、スクランブルエッグとオムレツ、どっちがいい?涼太、早く起きなさい」

母は納戸の前を通りがかった時、何気なくドアを開けた。

そこは空っぽだった。

私の服も、書類も、リュックサックも、すべて消えていた。

「お父さん!」

母の声が裏返った。

「奈緒が本当に帰ってこない!出て行けって言ったら……あの子、本当にいなくなっちゃった!」

涼太は裸足のまま飛び出し、私の携帯に何度も何度も電話をかけた。しかし、何度かけても「おかけになった電話番号は現在使われておりません」という冷たい自動音声が流れるだけだった。

やがて悠真がやってきて、もぬけの殻になった納戸の入り口で凍りついたように立ち尽くした。

朝食の前には、私が泣いて帰ってくる。そう信じて疑わなかったのに。

その時、父のスマホが鳴った。画面には見知らぬ番号が表示されている。

「桜井さんのお宅でしょうか?」

電話の向こうの男は尋ねた。

「私は長谷川と申します。以前、早川大輔さんと一緒に働いていた者です」

彼は少し間を置いて、こう告げた。

「涼太くんが川に落ちたあの日のことで……どうしても、ご家族に知っておいていただきたい真実があるんです」

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