陣が手を離すと、沙綾はよろめきながら二歩後ずさった。ふと彼のズボンに視線を落とすと、何かに気づいたのか、その顔色が赤くなったり青くなったりと目まぐるしく変わった。男は陰鬱な表情で言い放った。「出て行け」沙綾は逃げるようにVIPルームを飛び出した。外にいた毅と鉢合わせし、驚いて視線を巡らせると、涼子の診察室から出てきた時彦と目が合った。「どこに行っていた?」時彦が冷ややかに尋ねる。背筋が凍りついた、その時だった。毅が口を開いた。「奥様は、お手洗いに行かれていました」沙綾はわずかに驚き、毅を盗み見た。どうして嘘をついてまで自分を庇ってくれたのだろうか。だが、彼が恭しく伏し目がちにしているのを見て、すぐに視線を戻した。一時間後、治療を終えると、時彦から帰宅するぞと告げられた。時彦と朱里の不倫の証拠を集めるためには、時彦のそばに戻らなければならない。心の中ではどれほど嫌でも、今は耐えるしかなかった。外に出た途端、時彦のスマートフォンが鳴った。電話に出た彼は、車を「スウェイ」へ向かわせるように命じた。時彦の後に続いて、個室へと足を踏み入れる。「時彦、早くお前のお姫様を連れて帰ってくれよ」時彦が部屋に入るなり、誰かが声を上げた。別の令嬢が、ローテーブルに突っ伏している朱里の体を軽く揺さぶった。「時彦さん、また奥さんをほったらかして来てくれたじゃない。ちゃんとあなたのことを想ってくれているんだから、もう落ち込まないの」その言葉だけで、二人の不倫関係がいかに公然のものとなっているかが、はっきりと示されていた。沙綾は入り口で足を止めた。周囲から軽いからかいの言葉を浴びながら、時彦が身をかがめ、朱里をお姫様抱っこで抱き上げるのを見つめていた。朱里の整った小さな顔は艶やかに紅潮しており、その細く柔らかな腕が時彦の首に巻きつく。こてんと頭を傾け、彼の首筋に顔を埋めると、燃えるような赤い口紅が彼の真っ白な襟元に鮮やかな跡を残した。「沙綾さん!」不意に誰かが驚きの声を上げた。個室の中は一瞬にして静まり返り、愕然とした視線が一斉に沙綾の顔へ集中した。誰かの手からグラスが滑り落ち、床にぶつかって砕け散る音が響いた。沙綾はハッと我に返った。時彦は険しい顔つきで、泥のように酔っ払った朱里を抱き抱えたまま、沙綾の
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