沙綾は拳を強く握りしめた。指の傷の痛みが唐突に胸を突いたが、それでも時彦の瞳からは、微塵の感情の揺れも読み取れなかった。沙綾は彼の手を振り払い、奈々を連れて受付へと向かった。「すみません、小林沙綾と申します。事情聴取に伺いました」「小林さん、取調室へどうぞ」警察官に促され、「はい」彼女は淡々と頷いた。背後から、朱里の慌てふためく声が聞こえてきた。「時彦、どうしよう」「安心しろ。誰にも君に濡れ衣を着せさせはしない」時彦の声は確信に満ち、ひどく優しかった。それは、一切の労を惜しまず誰かを守ろうとする時の姿だった。かつては、そうやって守られていたのだ。陰鬱で冷酷な性格の時彦は、ビジネスの世界で容赦ない手段を渡り歩いてきた。だが、唯一、その優しさが向けられていたのは自分だけだった。他の人間など取るに足らず、自分だけが特別扱いされていた。だが、その優しさが向けられなくなった時、彼の冷酷さは……かつて築き上げた一方的な信頼もろとも、すべてを打ち砕くには十分すぎた。おそらく、最初から間違っていたのだ。その「特別扱い」に甘えるべきではなかった。自分にだけ優しく、他の人間にはどこまでも冷酷な人ではなく、根は優しい人を選ぶべきだったのだ。なぜだか、ふと陣の顔が思い浮かんだ。感情を押し殺し、沙綾は奈々に付き添われて取調室へと入った。陣に遭遇したこと以外、供述の内容は以前と変わらなかった。「小林さん、実行犯の男二人と鈴木有栖はすでに身柄を確保され、自身の犯行を全面的に認めています。しかし、彼らは遠藤さんとは面識がなく、双方の間に連絡手段もありませんでした」警察官が言った。「事件当夜、遠藤さんはあなたのご主人である高橋さんと片時も離れておらず、実行犯や鈴木有栖と接触した形跡はありません」あの時、薬効が全身を駆け巡り、自分は意識が朦朧としていた。まさか、聞き間違えたとでもいうのだろうか。「私を狙った理由について、何か言いましたか」「本人の供述によれば、あなたのわいせつ写真を撮って脅迫し、金を要求するつもりだったとのことです」筋は通っているように聞こえる。取調室を出ると、朱里が満面の笑みで時彦の腕にすがりつき、背後に遠藤夫妻を従えて、沙綾の目の前を通り過ぎていくのが見えた。沙綾は無表情のまま、奈々と一
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